フォーカス
【NY】アメリカ現代社会を投影するダウッド・ベイの写真──Dawoud Bey: An American Project
梁瀬薫(アート・プロデューサー、アート・ジャーナリストアート・プロデューサー、アート・ジャーナリスト)
2021年10月01日号
「Dawoud Bey: An American Project」展はホイットニー美術館とサンフランシスコ近代美術館の共同開催によるアフリカ系アメリカ人写真家ダウッド・ベイの回顧展で、2021年度ニューヨークの美術館展覧会では主要な展覧会のひとつとなった。昨今のBlack Lives Matter(BLM)に関連する社会的なメッセージを特に軸にしたわけではなく、正統的で上質な写真展としての評価が高い。本展では1975年から2017年までの40年以上のキャリアから約80点の代表的な作品群が一堂に集結し、存命しているアフリカ系アメリカ人写真家では初めての大規模な回顧展となった。
ベイは1953年、ニューヨーク市クイーンズ生まれ。1998年以降、シカゴを拠点として活動を続けている。15歳のときにゴッドマザーから贈られたアーガスC3カメラが彼の人生を導くことになった。それまで写真に興味がなかったどころか、カメラを手にしたこともなかったベイは、YMCAの写真のクラスをはじめ、近所の写真スタジオのオーナーからも学んでいる。はじめてダウッド・ベイという名前を見たときは、その発音も耳に馴染まない名前だと思ったが、本名はデヴィッド・エドワード・スマイクル。名前を変えることはベイがハーレムをはじめストリート・フォトを撮っていた頃、芸術家のあいだで一種の流行りだったという。彼が影響を受けた詩人でアメリカの黒人文学界の巨匠アミリ・バラカ(リロイ・ジョーンズ)に倣った。「ダウッド」はデヴィッドのアラビア語読みで、「ベイ」は伝統的な西アフリカ太鼓を叩くジャズ・パーカッショニストのジェイムス・ホーソン・ベイに表敬して付けた。余談だがベイ自身も熟練したパーカッショニストだ。
ハーレムのストリート・フォト作品は、1979年にハーレムのスタジオ・ミュージアムで「ハーレムUSA」と題されて展覧会が開催された。その後も各地のレジデンスに参加し各地域で撮影を続けてきた。1991年にアフリカ系アメリカ人としてはじめてイエール大学の写真学部に入学。1998年からシカゴの私立大学で教鞭を執っている。ベイの作品はシカゴをはじめ、ブルックリン美術館、ウォーカー・アートセンター、デトロイト美術館など全米各地で展示されている。
被写体をダイレクトに捉えながら裏側の見えない世界を引き出す不思議な力は、幼少期からの難聴が関わっているのだと本人は語っている。「私はおそらくこの障害のためにほかの人より見る力が優れているのだと思う。隠された事実や時間の流れという目には見えないものを私の写真で見せたいのです」と対談で語っていた
が、アートを一種の個人的な表現としてだけでなく、社会的および政治的関与の行為のひとつとしていることは無論のこと、人々が簡単にアクセスでき、コミュニティを招集し、対話を開くためにある重要な仕事であるという理念を実践しているのだ。作品にある社会的コンセプトや歴史的背景、作家の意図とテーマが何であれ、完成された作品の美しさと強さがあり、その求心力(インパクト)に心を奪われるのだ。ベイが影響を受けたというアーヴィング・ペン、ロイ・デキャラバ、ウォーカー・エバンス、ジェームズ・ヴァン・ダー・ジーなどに次いで、歴史に残る写真家だと確信した。2017年には名誉あるマッカーサー基金の「天才助成金」なる特別な基金を授与された。
展覧会のハイライト
はじまりはストリート・フォト
ハーレムで生活する人々を捉えた「ハーレムUSA」のシリーズはベイの35mmカメラでの初期作品群。近代写真史に残るアーロン・シスキン『1932−1940年のハーレム・ドキュメント』が記録したような日常とはまた異なり、細部を見ているうちに時間が遡るような感覚を覚える。白黒にして人々がビビッドに捉えられた写真が印象的なロイ・デキャラバの伝説のハーレムのシリーズを彷彿とさせるが、それもそのはずベイはデキャラバのハーレムから多くを学んでいる。ハーレムだけでなくブルックリン界隈のストリートでも撮影。シンプルな生活──教会、道端、パレード、屋台のクッキー、床屋──でそれぞれの情景と人々がシンプルに写された。
また1985年にライト・ワーク写真センターでのアーティスト・イン・レジデンスに参加し、ニューヨーク州の中央に位置する商工業都市シラキュースの黒人地域にフォーカスを当てた。このレジデンシーで培ったある一定の地域での人々を撮影する方法とキャリアは後の作品の大きな鍵となった。
ベイのポートレイト写真の魅力は「カメラを通して一瞬他人の人生に入り込む」という行為に尽きる。《プロスペクト・パークでの若いカップル》(1990)にしても、被写体は見ず知らずのカメラマンへの警戒心がなく、限りなく自然なのだ。ポートレイトは1991年から約8年間ポラロイド写真の技法でも撮影される。20x24インチの大型ビューカメラを使ってスタジオで撮影されたカラー作品は、等身大の大きさが衝撃的だ。技法が変わってもベイのポートレイトに対する姿勢は一貫している。40年後のハーレムを撮った「戻ってきたハーレム」は時代の急激な変化を見せる作品群だ。
クラス・ピクチャーズ
ベイは1991年にポラロイド・ビュー・カメラを用いてスタジオでポートレイト写真を撮リ始める。「クラス・ピクチャーズ」のシリーズは2001年から2006年までシカゴでのレジデンス期間中に地域の高校生を被写体にして制作された。授業の合間に空いている教室を使い個々に撮影されたもので、作品の横に生徒それぞれが書いた短いテキストが添えられている。ポートレイトから人種の違いは明確にわかるが、それぞれの文章から個人の文化や宗教、環境の違いがうかがえる。同シリーズのカタログでは写真とテキストが対になっているが、美術館での展示では写真が主役だ。サイズの大きさも空間を圧倒する。作品を展示するということについて、ベイは「入場料を払わず、作品を見て、帰る」だけでなく、「美術館という公共の空間に展示された作品に、声を発し、問いかける」ことが重要なのだと語る
。クラス写真はアメリカでは毎年新学期に撮影される恒例の学校行事だが、毎日の学校生活を送る普段着の生徒の顔写真が美術館という特別な空間に展示され、鑑賞されるとき、写真のなかから一人ひとりの眼差しが鑑賞者にまっすぐに向けられ、対話が始まる。それぞれの生徒を通して、アメリカ社会の多様性が浮き彫りにされるのである。
考えなくていいことだけど、ときどき周りが自分をどう見ているか。何を最初に見るのか? (肌の)茶色? 顎ヒゲ? 帽子? 服装? 目の色? Tシャツのデザイン? おそらくまず私の肌の色だろうな。茶色い男。そして服装、黒いあごヒゲ、白のクフィ(祈る時の帽子)を見て私のことをムスリムだと判断するだろう。茶色……それは神が我々を創造した大地と土の色。ときどき思う。では私の魂は何色なんだろうと。天国の色だといいと思う
──オマー
私は働き者で、黒人だ。
笑顔が素敵で、髪が長い。
──ジェラルド
私は4カ国語を喋り、女優で、生まれて30秒のときに手を伸ばし、パパの顔からメガネを取った。8歳のとき、インドの従兄弟の学校に行った。屋根が無く、モンスーンのときには雨に濡れる。家(アメリカ)に戻って十分にお金を集めて、屋根を建て、学用品を揃えた。
──ウシャー
アンダーグラウンド・レイルロード
ベイの最近作である風景写真シリーズ「優しくやってくる夜」から。サイズの大きな白黒の暗い風景写真はミステリアスだが確実に何かを感じさせる。あるいは漆黒の風景のなかに引き込まれるような恐怖感さえ漂う。これらは「アンダーグラウンド・レイルロード」を主題にした作品だ。これは19世紀に「地下鉄道」と呼ばれた秘密組織で、アメリカ南北戦争前、黒人解放運動に賛同する人々によって作られた奴隷の逃亡援助を行なっていた。 南部の黒人奴隷を「奴隷ハンター」の手の届かない北部やカナダへ脱出させるのを目的として、オハイオ州で組織されていた。
背景となっているのはカナダを跨ぐエリー湖近辺の風景である。風景の裏には歴史のあいだに埋もれていた事実が暴かれていく。実際、作品を見ると、湖畔の暗がりには身を隠している人が存在し、農家のフェンスを必死で超えようとする逃亡者の姿を想像させるのだ。タイトルの「優しくやってくる夜」は詩人ラングストン・ヒューズの「夢の変化(Dream Variations)」の最後のセンテンスから引用されている。
......(略)
踊れ、回れ、回れ
短い1日が終わるまで
青白い夕暮れがきたら休め
高く、細い木々のあいだで
夜は優しくやってくる
僕のように黒い夜が
バーミングハム・プロジェクト
「バーミングハム・プロジェクト」(2012)は美術館ロビー階の展示室でビデオインスタレーションとして展示された。この会場は誰でも無料で入場できる。
この作品タイトルは1963年9月15日アラバマ州バーミングハムの教会でKKK(クー・クラックス・クラン)の襲撃で4人の少女が命を落とし、同日2人の若者が殺害された事件を指す。事件から50年を経て、ベイは当地の住民たちの肖像写真を撮る計画を立てた。亡くなった少年少女の当時の年齢と同じ者たちと、生きていれば達したはずの50年後の年齢となる住人たちを撮影。公民権運動の初期の拠点だったベセル・バプティスト教会内とバーミングハム美術館(1963年当時は黒人の入場は週に1日だけと制限されていた)が撮影場所となった。プロジェクトは50年前の惨事を忘れずに記録し、哀悼する目的だけではなく、終わらない人種差別と暴力、トラウマが蔓延る社会へのメッセージと命の尊さを啓示した。
同シリーズは、2021年2月にもニューミュージアムで開催されたアメリカを拠点とする黒人作家による展覧会「Grief and Grievance: Art and Mourning in America(悲嘆と鬱憤:弔意のアメリカ・アート)」に出品されて、特に注目を集めた。ナイジェリア出身の国際的評論家・キュレーターのオクウェイ・エンウェゾー最後の企画展で、ベイの作品は「アメリカの黒人社会が経験した人種差別による暴力に、感情の表現と記録で対応する」というコンセプトを具現化する作品群となった。
Dawoud Bey: An American Project
会期:2021年4月17日(土)〜10月3日(日)
会場:Whitney Museum of American Art
(99 Gansevoort Street, New York, NY 10014, US)