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ストリーミング・ヘリテージ|台地と海のあいだ──アートが照らす水運都市・名古屋の歴史と遺産

白坂由里(アートライター)

2021年10月15日号

2021年3月に名古屋で開催されたアートイベント「ストリーミング・ヘリテージ|台地と海のあいだ」の2回目が、この11月に開催される。名古屋城から堀川沿いに熱田・宮の渡しまで、名古屋台地と熱田台地のヘりにある文化資源や観光資源をひとつづきに結ぶ[stream]を舞台として、現代アートによって名古屋の歴史・文化遺産[heritage]にハイライトを当てるものだ。前回の鑑賞を振り返りながら、今回の見どころを紹介したい。


[撮影:山田亘]


堀川沿いを舞台にメディアアートを展開

都市化がすすめば、人は水辺から内陸へと移動する。現在の名古屋の繁華街といえば、愛知芸術文化センターなどがある栄駅周辺が挙げられる。県外に住む筆者にもそんな印象がある。しかし江戸時代には、名古屋城の正面に商業の町が作られ、その水運の要として堀川が開削された。近世以降、堀川では生活物資が運ばれ、川縁では花見が楽しまれていたという。しかし、交通機関が船から鉄道や車に変わり、一時期はヘドロなど水質汚染が問題となった。その後浄化が進み、近年ではまた堀川周辺を盛り上げようという動きが見られる。まちづくりの一環で川沿いにはマルシェが並び、祭りが行なわれ、屋形船やゴンドラが行き交うまでに賑わいを取り戻している。ところがこのコロナ禍で再び景色は寂しくなっていた。なごや日本博事業「ストリーミング・ヘリテージ」の春会期は、そのような状況下で開催された。



左から錦橋(錦橋・納屋橋エリア)、宮の渡し公園(熱田・宮の渡しエリア)[撮影:山田亘]


秋庭史典、江坂恵里子、河村陽介、伏木啓、山田亘の5氏のディレクターは、堀川を名古屋城と港をつなぐ「メディア」として考えた。また、名古屋ではすでに国際芸術祭、アッセンブリッジなど現代アートのイベントが開催されているが、遡れば1986年にICA, Nagoyaが開設され、1989年世界デザイン博覧会開催をきっかけに同年ARTECが始まっている。ARTECが1997年まで続き、その後artport、MEDIASELECT、2002年のISEA(International Symposium of Electronic Art) 開催に至っている。

「本展の展示期間だけでなく、この地域の特性でもある、ものづくりのまちに根づいたデザインとアートの流れを再生し、未来につなげるヒストリーとして研究者とともに資料をまとめ、共有できるプラットフォームをつくりたい」と考えた江坂氏は、ISEA開催時に関わっていたメンバーに声をかけた。「山田さん、伏木さん、河村さんはartportやMEDIASELECTで作品を発表していたアーティストでもあり、秋庭さんもこの地域のオルタナティブな流れを理解する研究者です。現在は、4氏とも次世代のアーティストやクリエイター、研究者につなぐ立場でもあります」。

そうしたメディア・アートの歴史を踏まえた上で、コロナ禍においても、生活のなかで見えなくなっているものを感受できるものにし、問いかけ、再び未来に光を投げかけるような企画を試みた。

市内の中心を南北に貫く堀川に沿って「名古屋城エリア」「納屋橋エリア」「熱田・宮の渡しエリア」の3つのエリアで、さわひらきや平川祐樹らが映像インスタレーションなどを展示。川沿いには移動型ミュージアム/ラボラトリーのMOBIUMのバスがインフォメーションセンターとして停車し、グランドレベル(田中元子+大西正紀)がイベント「ナゴヤ パブリックサーカス」を通じて、市民が堀川の新しい可能性を考えるきっかけをつくった。



グランドレベル(田中元子+大西正紀)のイベント「ナゴヤ パブリックサーカス」(2021)[撮影:山田亘]

橋やビルに投影した映像作品が印象に残る春会期

春会期では、日没後に上映される野外映像が「納屋橋・錦橋エリア」に集中していたため、筆者は、名古屋駅から伝馬町駅へ向かい、熱田神宮で知られる「熱田・宮の渡しエリア」からまわった。夜半から春の嵐となり「名古屋城エリア」は落ち着いて見られなかったので、本稿では2つのエリアに絞って記したい。



丹羽家住宅(熱田・宮の渡しエリア)[撮影:山田亘]


「熱田・宮の渡しエリア」では、元は旅籠屋「伊勢久」だった「丹羽家住宅」が会場となっていた。瀬戸でギャラリーを営むBarrack(近藤佳那子・古畑大気)が、1階でカフェ、2階で展示を行なった。明治期、いわゆる「瀬戸物」と呼ばれる瀬戸の陶磁器は、瀬戸電気鉄道(現在は名古屋鉄道瀬戸線)で運ばれ、堀川にあった水運のターミナル駅に積み替えられて欧米に向けて輸出されていたのだそうだ。そこで、瀬戸在住の建築写真家・阿野太一に声をかけ、瀬戸物の染付を撮影した写真が展示された。ジャポニスムあるいは異国趣味が混ざったような絵柄が興味深い。展示空間は瀬戸のBarrackの展示壁を1/1スケールで再現。壁と壁の隙間から、先人が見たであろう「宮の渡し」の風景が見えた。



Barrack(近藤佳那子・古畑大気)+阿野太一によるアートスペース(2021)[撮影:山田亘](2021)


また、平川祐樹は、同じ建物の1階で、フィルムが行方不明になっている古い映画のセットを、スチール写真をもとに再現して撮影した映像作品をインスタレーションした。さらに、宮の渡し公園にはネオン管を用いたインスタレーションとして展示。かつては岬の先端だった場所で、いまは見えなくなった水平線をトレースし、「TWENTY FIVE THOUSAND YEARS TO TRAP A SHADOW(影をとらえるための2万5000年)」という言葉が、暮れなずむなかに次第に浮かび上がってくる。その言葉は、映画史家のウィル・デイが洞窟壁画から映画誕生までの歴史を綴ろうとした未完成の書物から採ったものだそうだ。由来はこの地とは無関係であるはずの言葉が、支流が本流に集まって記憶を呼び寄せるかのよう。屋形船が出発するまでぶらぶらと行きつ戻りつ眺めた。



平川祐樹《TWENTY FIVE THOUSAND YEARS TO TRAP A SHADOW》(2021)[撮影:山田亘]


屋形船で「納屋橋・錦橋エリア」へと向かう。堀川の沿岸風景はビル以外、護岸壁であまり見えなかったが、尾頭橋などをくぐり抜け、途中白鷺を見かけながらゆったりと進んだ。普段は目に入らない桁下や橋脚が見えるのは新鮮だった。

秋会期には、船を交通として使用する舟の祭典「堀川クルーズ」事業との連携を進めていたが、コロナ禍の影響で延期となった。しかし、名古屋市の「あったかあつた魅力発見市」の事業として金山駅近くの尾頭橋〜白鳥庭園〜宮の渡しを往復する船の運行が行なわれる。区間や期間は短くなるが、運行情報を公式サイトなどでチェックしてぜひ体験してほしい。



屋形船[撮影:山田亘]


さて、あいちトリエンナーレ2010/2013でも会場になった納屋橋で船を降りる。井藤雄一が、間隔の開いた橋脚にコマ撮り映像を投影し、ノイズやグリッチと呼ばれるデータのエラーをあえて活かした表現を試みていた。「不足」を生かし、画像のカクカクしたエッジと橋脚のゴツゴツとしたテクスチャーが相まって、変化する抽象画のように蠢く。立ち会うことはできなかったが、映像に反応しながらその場でサンプリングする音のパフォーマンスも、若者の注目を集めたようだ。



井藤雄一《Recollecting Shortages》(2021)[撮影:山田亘]


また、納屋橋近くのビルの壁面に映し出されていた、佐藤美代のアニメーションとアメリカのBONZIEがコラボしたミュージックビデオが胸に染みた。ひとりの女性の身体と水や樹木といった自然物が滑らかに融解して外界へ飛び立つ様子が、コロナ禍の閉鎖的な状況とシンクロする。素朴に見えるアニメーションは、ガラス板の上に絵具で描いた絵をコマ撮りして制作されたもので、子どもたちや若者がじっと立って見つめていた。



佐藤美代+BONZIE《alone》(2020)[撮影:山田亘]


真打とも言えるさわひらきの作品は、異なる時空に嵌まり込んでしまうような野外劇場の夢に誘う。公園の壁に投影されているのは、飛行機をモチーフにした2002年制作と2021年制作の映像と、その間に作られた映像の7作品。飛行機や歩くカップたちが、実物の桜の木の間を通り抜けるようにも見える。また、錦橋下のアーチ型の壁面には鳥のモノクローム映像が投影されていた。もとは、オーストラリアで乾いた河筋をたどって飛んでいた鳥の映像だそう。堀川の水しぶきのなかを密かに力強く羽ばたいていた。



さわひらき《Flying along a dry river bed (film screening)》錦橋公園での上映展示風景(2021)[撮影:山田亘]



さわひらき《Flying along a dry river bed (installation)》錦橋のアーチ下部分に投影(2021)[撮影:山田亘]


江坂氏は「コロナ禍でも不安なく作品を楽しんでいただけるよう野外での映像展示を試み、船での回遊を含め、市内在住者をはじめ多くの方々に世代を超えて名古屋の違った魅力を感じてもらうことができました」と語る。一方、デジタル機器を屋外で使用した作品は、春の豪雨など予測不能な自然環境に弱く、対応に追われたという。多くの作品が夕方以降、鑑賞によい時間帯となってスケジュールが集中し、移動や時間の取り方が難しかった。課題は残ったが、野外での映像上映は新鮮な体験だった。

歴史ある建物を会場に。パフォーマンスが多い秋会期

秋会期も基本的なコンセプトは変わらないが、名古屋能楽堂と四間道の伊藤家住宅が会場として加わった。「あいちトリエンナーレ2019」でも会場のひとつとなった伊藤家住宅は、もとは尾張藩の御用商人を務めた商家で、10年ほど前までは住居として使用されていた。名古屋では松坂屋創業者の伊藤家と区別するため川伊藤家と呼ばれ、住宅の向かいの堀川端には現在sake barとなっている川岸蔵があり、堀川の水運を利用して運ばれた米などを荷揚げしていたという。ここでは、精密機器を使用した市原えつこのインスタレーション作品、softpadによる繊細な音の作品がゆっくりと鑑賞できる。



名古屋能楽堂[撮影:山田亘]


江坂氏によると「名古屋は戦災で、城を含めほとんどの市街地にある建造物が焼けてしまいましたが、会場付近は古い建物が残っている数少ないエリアです。屋内会場は普段公開されておらず、域内の文化資産(登録文化財)にハイライトを当てるという趣旨に沿って選んでおります。伊藤家住宅は名古屋市が将来的な利活用を検討しており、丹羽家は展示として使用できるのは今回が最後となる予定」とのこと。



伊藤家住宅[撮影:山田亘]


また、納屋橋会場では、登録文化財である旧シャム領事館(旧加藤商会ビル)屋上からビルの壁面に、中山晃子の映像作品を投影する。11月19日には映像とともに中山のライブパフォーマンスも開催。また、27日には納屋橋付近の船上からフォルマント兄弟によるサウンドパフォーマンスが行なわれる。

音の作品やパフォーマンス作品が増えた理由について、同じくディレクターの秋庭氏に尋ねた。「コロナ禍の期間中、身体というメディアがさまざまなかたちで再考された(身体へのメディアコンシャスが醸成された)ことが大きいと思います。接触や会話や会食という人間にとって大事な身体性を禁じられた(厳密には現在も)ことで、人間にとって世界にとって身体あるいは身体表現とは何か、があらためて意識されたと感じています。前回は『堀川』というテーマに正面から挑んだ作品が多く、今回は屋内展示も含めて意味の『読み替え』のアプローチをしているとも言えます」。

コロナ禍の状況が刻々と変化していくなかで、途中開催が危ぶまれ、どのように展開していくのがよいのか、ディレクターチームで何度も話し合ってきたという。「どのような状況でもよりよいかたちで作品を観ていただけることを念頭に、ギリギリまで最適な方法を模索しています。また、海外の方々や国内で移動が制限された場合にも、映像配信などで楽しんでいただける工夫をすることも意識しています」。

レンタバイクやAIを使った移動Appとの連携など、回遊手段も準備中だという。ぜひ足を運んでみてほしい。


★──artscape Artwords「ISEA」の項を参照。https://artscape.jp/artword/index.php/ISEA

ストリーミング・ヘリテージ|台地と海のあいだ

会期:春会期:2021年3月12日〜28日の金・土・日曜日 終了
   秋会期:2021年11月12日〜28日の金・土・日曜日・祝日
会場:名古屋城エリア、納屋橋エリア、熱田・宮の渡しエリア
春会期参加アーティスト:井藤雄一、グランドレベル(田中元子+大西正紀)、佐藤美代(音楽: BONZIE)、さわひらき、Barrack(近藤佳那子・古畑大気) + 阿野太一、日栄一真+竹市学、平川祐樹、MOBIUM
秋会期参加アーティスト:市原えつこ、篠田千明、softpad、中山晃子、フォルマント兄弟、堀尾寛太
主催:なごや日本博事業実行委員会
■ 主なイベント
11月12日(金)、13日(土)篠田千明パフォーマンス(熱田・宮の渡し)
11月17日(水)中島那奈子 名古屋能楽堂スペシャルトーク(名古屋能楽堂)*この日の展示はありません
11月19日(金)中山晃子パフォーマンス(納屋橋)
11月20日(土)堀尾寛太パフォーマンス(名古屋能楽堂)
11月20日(土)リレートーク「注ぐ/注がれる」
11月27日(土)フォルマント兄弟パフォーマンス(納屋橋)*雨天延期の場合は28日(日)に開催
公式サイト:https://streamingheritage.jp
(2021年10月21日追記)

関連レビュー

「ストリーミング・ヘリテージ」展で考えた、金鯱と名古屋城の今後|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2021年04月15日号)

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