2022年05月15日号
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「八戸気質」が醸成してきたもの──青森県八戸市の文化施設と地域住民たちの10(+α)年間

今川和佳子(アートコーディネーター/合同会社imajimu代表)

2022年01月15日号

昨年11月に青森県八戸市中心街にリニューアルオープンし、話題を集めた八戸市美術館。その周辺エリアには、この10年ほどの間でいくつかの公立の文化施設が続々と新設され、それぞれの多彩な活動が時間をかけて地域の人々の間で浸透し、新たな八戸市街地の風景の一部として定着してきたという経緯がある。
ご自身も八戸市の出身であり、2011年にオープンした「八戸ポータルミュージアム[はっち]」の初代コーディネーターを務めた今川和佳子氏に、現在の八戸の文化シーンの下地となった地域住民とのコミュニケーションや、その独自性、そして三陸地方の郷土芸能と現代の文化芸術との接続を目指したさまざまな試みについてご寄稿いただいた。(artscape編集部)

「前例のない施設」がオープンするまで

2021年は八戸市中心街に八戸市美術館が新しくオープンし、そのエリアに生活拠点を持つ多くの人々にとっても印象深い年となったが、その10年前、2011年2月11日には、八戸市美術館の位置からほど近くに「八戸ポータルミュージアム(通称:はっち)」という施設がオープンした。2000年初頭、多くの地方都市がそうであったように、都市機能の郊外化によって、中心市街地の求心力が著しく低下するといった現象が八戸でも起こっていたが、「はっち」建設は当時、八戸市の中心市街地活性化の起爆剤として位置づけられた事業であり、現在もその存在感を放ち続けている。


八戸ポータルミュージアム[はっち]外観。5階にはアーティストが滞在できるレジデンス施設を有する[写真提供:八戸市]


「全国でも前例を見ない施設」と言われたはっちは、美術館でもない、公民館ともまた違う、複合的な機能を持つ施設で、そのことが地域住民に不安と期待をもたらしているようにも当時は感じられた。2007年に東京から八戸にUターンしてきたばかりの私ではあったが、かつて中心街で青春時代を過ごし、この街への思い入れが大きかったことや、さまざまなご縁にも恵まれ、開館準備に携わる嘱託職員コーディネーターとして採用された。この「コーディネーター」という概念も、それまでの八戸市にない実験的な人事で、はっちの特徴のひとつと言えるだろう。

はっちが持つ「複合的な機能」というのはハードだけではない。「貸し館事業」「自主事業」「会所場事業」の三つのソフト事業軸を持ち、特に自主事業に関しては観光からアートまで、歴史・伝統をテーマにしたものから現代のものまで、多岐に渡る。そして全体を貫いているのが、「八戸という地域を再発見する」という視点だ。

しかしこの複雑性を言葉で説明するのは難しい。ならば、建物がオープンするまでの間、実践を通して市民に感じてもらおう。この姿勢が、はっちがオープンまでの3年間に行なった30ものプレ事業に凝縮されている。


開かれていく市民の活動、街場への波及効果

多様な目的と交流のための自由な空間として生まれた「はっち」。開館までの数年間、周辺商店街をはじめとした住民の理解を得るため、スタッフ総出で施設の説明に周ったことは、いまでこそ懐かしいと思えるが、当時は相当苦戦したことを思い出す。

しかし、オープンしてからは、その空間を自由に使いこなす市民の多さや、昼夜問わず館内のお気に入りの場所でくつろぐ老若男女、またアーティストの制作現場やフィールドワークなどの活動に積極的に参加する若者の存在などを目の当たりにして、それぞれに楽しんでもらえる場所として機能し始めていることを感じることができた。

また、空間と空間の物理的な仕切りを極力少なくすることで、お互いの活動を見たり知ったりすることにつながり、来館者にはその様子が街の風景としてインプットされていった。それはまさに「生きた展示」であり、アクティブな人々の様子がダイレクトに伝わる場所として、賑わいを生み、また次の賑わいを生んでいった。そして開かれていく市民の活動の活発さに後押しされて、開館からちょうど1周年の日に、来館者888,888人を達成した。

はっちへの集客だけでなく、この施設ができたことで中心街の通行量も前年比で30%増、空き店舗に32事業所が開設するなど、はっちは街への波及効果ももたらした。


すでに存在していた活動とコミュニティ

しかしこれらのプレ事業は、はっちのスタッフ(八戸市の正職員、嘱託職員で構成)だけで実践されたものではない。というのは、はっち開館準備室が開設した2008年当時、すでに「まちなかミュージアムワークショップ(MMW)」という市民活動団体が存在していた。食、子育て、観光、教育などさまざまな分野で活動する多様な市民の集まりで、もっとも多いときで100人ものメンバーが参加していた。2007年に八戸にUターンした私も、最初に出会ったのがこの団体で、のちにメンバーに加えてもらうことになったのだが、ひとたび中に入ってしまえば、地域の魅力を向上させる主体的な活動を起こすリーダーやコミュニティがすでに八戸に存在していることがわかり、その熱量の高さに驚いた。そしてこのMMWは氷山の一角で、そのほかにも、八戸を楽しみ暮らす市民が多いことを、私は日に日に実感していった。なんて幸福度の高い街なのだろうと。

この土壌に加えて、「八戸レビュウ★1、「八戸のうわさ★2などのコミュニティアートプロジェクトが、さらに多くの八戸市民の魅力やクリエイティビティを引き出し、紹介することにつながった。八戸の文化と、人と人とのつながりも徐々に見えてきた。

はっちのプレ事業は、こうした市民のマンパワーに支えられて、ひとつずつ形を成した。そして「はっち」という施設のイメージ像が地域の人々の間で立ち上がっていったのだ。そしてオープン時には、すでにたくさんのファンがいたように思う。あまり語られていないように思うが、こうしたアドバンテージこそが、その後のはっち成功の大きな鍵であったと私は考える。


アーティストの山本耕一郎による「八戸のうわさ」の聞き込みの様子[写真提供:八戸市]



アーティスト×八戸住民

はっちは、美術や現代アートの専用施設ではないが、前出の通り、街をフィールドにしたさまざまなアートプロジェクトに取り組んできた。「酔っ払いに愛を〜横丁オンリーユーシアター〜★3、「デコトラヨイサー!★4、「はっち流騎馬打毬★5など、アーティストと市民、そして八戸ならではの文化をテーマに、それらを掛け合わせることで、無数の発見と人のつながりが生まれた。そして、このプロセス重視型のアートプロジェクトという考え方が、時間をかけてじわじわと街に浸透してきた意義は大きく、市民とアートとの距離感や、関係性の在りようにもいまでも少なからず影響を与えているように思う。


「酔っ払いに愛を〜横丁オンリーユーシアター〜」にはこれまで県内外から約120組が参加(写真は2016年開催時の、ダンスユニット「y.y.y.」のパフォーマンス風景)


アーティストのスー・ハイドウ(右)による「デコトラヨイサー!」制作中の様子


完成した「布のデコトラ」を纏って披露された「デコトラ舞」(2011年、八戸市の館鼻岸壁朝市にて)


アーティストやアートが、人と人を出会わせ、人間関係を再構築するユニークな視点に満ちているのはもちろんのことだが、それぞれの現場で強烈に感じたことがある。それはアーティストに引けを取らないくらい、参加する市民がユニークな視点を持っているということだった。視点というとお行儀がいいが、内から溢れてくるようなエネルギー、もしくはその人に染み付いている独自の色合いや匂いのようなもの、と言った方が近いかもしれない。「八戸の人面白い!」とアーティストたちが口を揃えて言うくらいだから、まだまだ八戸には面白い人が、文化が存在しているに違いない。その予感と期待は、いまでも私を突き動かす原動力になっている。


郷土芸能が映す現代

先ほど触れた「八戸の人の独自性」がビシビシと伝わってくる場所のひとつが、祭や郷土芸能の現場だ。八戸には、夏の「八戸三社大祭」、冬の「八戸えんぶり」に代表されるような、長年に渡って脈々と受け継がれる郷土の祭が存在する。いまでは八戸の観光の目玉としても注目され、年々訪れる人が増えているが、これらの祭は多くの市民が支え応援する場でもある。

こうした伝統的な営みは、現代的な視点とはまったく異なる価値観や役割が背景にある。にもかかわらず、八戸を訪れる現代アーティストの多くが「稽古を見てみたい」「えんぶりをやっている人に直接会ってみたい」と言って祭に高い関心を示す様子を見て、郷土芸能とアートの間にはどこかに共鳴するものがあるのだろうと思えてきた。そして郷土芸能のなかに、現代を映す何かが内蔵されているのだろうとも。


三陸国際芸術祭八戸公演(2016)で交流する、八戸の内丸えんぶり組と、韓国のトブロン農楽団


2014年から八戸市は「三陸国際芸術祭★6という、郷土芸能をテーマにした芸術祭に参加している。この芸術祭の企画を担当するなかで、実際にえんぶりや神楽などの稽古の現場を見学したり、組の方々と酒を酌み交わしながらお話を伺う機会に恵まれた。

そこで見えてきたことは、神事であり伝統でもある芸能を継承する彼らが、根本を変えることなく、芸の見せ方や伝え方、続けていくための組の運営の仕方などを、時代の変化に合わせて緩やかに対応させてきた、その変容性と同時代性の高さ。そこに歴史に裏打ちされた芸術性の高さが加わって、現代のアーティストを惹きつけているのではないだろうか?

さらに、たくさんのメンバーを率いてまとめ上げるマネジメント力の高さもまた、頭が下がるほどのレベルである。例えば、大人が子供に教える、見守る。時に厳しく叱ることもあるかもしれないが、絶対的な安心感のなかで思いきり楽しんで、集団のなかで成長していく。このような人間関係のフレームは、現代社会ではもはや失われつつあるように思うからこそ、このコミュニティが現代に映し出すものはとても色濃くて、多くの人が寄り添いたくなるのではないだろうか?


文化芸術が地域社会に参加するために

はっち以降、同じ中心街の徒歩圏内に「八戸ブックセンター」(2016)、「マチニワ」(2018)、「八戸市美術館」(2021)などの公共施設が続々とオープンした。建物そのもののコンセプトや設計に加え、街づくりや商業的な観点、土地の所有者や商店街関係者との調整など、想像を絶するほどのやりとりを経て、私たちの街に新しい空間が生まれたことを、心からありがたく、誇りに思う。はっちを皮切りに徐々に整備されてきたこれらの施設は、いまや八戸市中心街の主要スポットとして、人々が立ち寄り憩う場所になっている。

一方で、こういった施設や活動への理解や関心、参加するきっかけがない層も、同じくらいいるのではないか? そして彼らが、それらにどのようにしたら参加できるのだろう? といったことも同時に考える。なぜならば、もともとアートや文化芸術に関心がある人がそういった施設に集うのは当然である一方で、これからはその壁を超えていかなければ、文化芸術側が社会に参加できていないことと同義であるからだ。これは現在、民間の立場でアートと社会に関わる自分自身への戒めでもあるのだが、クリエイティブな活動をすべての市民に開くことができたなら、さらに大きなエネルギーが生まれるのではないか。そのためにどのようなプロセスを踏めるか、多様な価値観や人に出会えるか。アートがいかにして社会とコミットできるかを考えていると、その道のりの長さに途方に暮れる一方で、なんとなく、今後歩く道が見えてくるようにも思う。




★1──八戸市民88人を被写体に、梅佳代、浅田政志、津藤秀雄の3人の写真家が参加したはっちの開館記念プロジェクト(写真展は2011年2月26日〜3月16日開催)。88人の市民のレビュウを88人の公募ライターが執筆し、八戸市民の多様性といまを生きる姿を浮かび上がらせた。
★2──はっちオープニングプレ事業として開催。アーティスト・山本耕一郎が、八戸市中心街の商店のうわさ話を取材し、吹き出し型にしてショーウインドウに貼り出すプロジェクトで、街行く人とお店の方との間に目に見えない絆を生み出した。
★3──八戸の人気スポット「横丁」を劇場に見立て、空き店舗や路上で、ダンスや演劇などのパフォーマンスをハシゴして観て歩く企画。2009年から13年間続いており、全国からアーティストが参加するイベントに成長中。
★4──八戸が発祥と言われる「デコトラ」をテーマに、オーストラリア人アーティストのスー・ハイドウが、現役のデコトラ野郎の指導を受けながら、市民とともに布でデコトラをつくり上げた(展示会は2011年10月1日〜10月30日開催)。八戸のデコトラ文化に光を当て、またその美意識を共有するきっかけとなった。
★5──江戸時代から八戸に伝わる勇壮な伝統武芸「加賀美流騎馬打毬」をモチーフとしてロボコン(ロボットコンテスト)を開催し、市民参加者が競い合う、アーティストKOSUGE1-16のアート・プロジェクト。馬と毬を操るロボットをチームごとに制作しトーナメントを行なった(2013年2月11日開催)。
★6──2014年岩手県大船渡市を中心に始まり、以降毎年開催されている、青森、岩手、宮城の三陸沿岸部の市町村の郷土芸能をテーマにした芸術祭。各地の芸能を紹介する公演型プログラム、郷土芸能を習う参加型のもの、アジアの芸能とネットワークする交流型の取り組みなど多岐に渡る。八戸市は2016年から参加。

  • 「八戸気質」が醸成してきたもの──青森県八戸市の文化施設と地域住民たちの10(+α)年間

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