2023年02月01日号
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【上海】現代アートマップ2022

金澤韻(現代美術キュレーター)

2022年12月01日号

中国では都市の光景がどんどん変わっていく。雰囲気のいいカフェや美味しいレストランなどの情報の有効期限はせいぜい1、2年だし、人気のショッピングモールも流行り廃りが激しい。そのなかで、現代美術を見ることのできる場所も、──カフェやモールに比べれば安定しているとはいえ──やはり移り変わっていっている。こういった変化は、中国人の自他共に認める「新しいもの好き」な性格にもよるのだが、大きくは地方政府による積極的な都市開発の結果である。その意味で、この土地特有のエコシステムを示しているともいえるだろう。
この記事では、2022年12月時点での上海アートマップを記述してみようと思う。ガイドとしての機能も意識しつつ、この時代の様相を振り返るひとつの記録になることを企図する。


上海アートマップ 広域(2022年12月現在)[Google マップで筆者作成]



上海アートマップ 上図赤枠内の拡大(2022年12月現在)[Google マップで筆者作成]


0.あの場所はいま

まず2000-2010年代のアートエリアについて簡単に触れよう。かつて上海民生現代美術館のあったレッドタウンは再開発によりアートエリアとしては完全にその役割を終え、現在は商業施設になっている。上海民生現代美術館は、いったん北側のジャーベイ地区に移転したが、そこも2021年に退去し、新しい場所で開館準備中とのこと。人民公園は、かつて上海美術館で行なわれていた上海ビエンナーレが後述する上海当代芸術博物館(Power Station of Art / PSA)に移り、MoCA上海では展示の方向性が変わったことで、現在では現代美術の主要なエリアではなくなった。いっぽう、工場跡地をリノベーションしたギャラリー街 M50創意園は、縮小はしたがアートエリアとしてサバイブしており、本記事中でも取り上げる。

1.西岸(ウエストバンド)エリア

2010年代から政府の主導によって大規模に開発されたアートエリアであり、2022年現在、上海のアートの中心はここである。ウエストバンド・アート・アンド・デザインの会場となるウエストバンド・アートセンターShanghARTAIKE、Pond Society、Don Galleryなどのコマーシャルギャラリー、ノンプロフィットのチャオ・スペース、上海撮影芸術中心(SCoP)があり、道をはさんだ向かいにパリのポンピドゥセンターと提携しているウエストバンド・ミュージアム、少し南にプライベートのアートセンター TANK Shanghaiがある。また5分ほど北へ歩くと、余徳美術館(ユズ・ミュージアム)があり、さらに車で5分ほど北へ行ったところに龍(ロン)美術館がある。

いま挙げた美術館やギャラリーはいずれも相応の規模とクオリティ、個性をもっており、このエリアだけで丸一日楽しめるだろう。それぞれについて説明するとかなり長くなってしまうので、ひとつだけ取り上げたい。上海のアートを1996年から見つめ続け、上海/中国のアーティストたちとシーンを育んできたShanghARTは、なにはともあれ立ち寄るべき場所である。2階建ての展示室ではいつも、いまここで出会うべき作品が展示されており、ライブラリースペースでは、カタログをたどることで、上海アートシーンの豊かな記録を概観することもできる。



ウエストバンド地区にあるShanghART 上海[画像提供:ShanghART]


さて、龍美術館の隣には、2022年末に開館を目指しているSTART美術館が建った(建築デザインはジャン・ヌーベル)。中国現代美術の顕彰に注力するというこの美術館は、蒲英瑋(プー・インウェイ)、張如怡(ジャン・ルーイー)、陸平原(ルー・ピンユアン)などを取り上げたプレ展示からして意欲的なので、開館を期待せずにはいられない。いっぽうで、オオタファインアーツ上海が今年すでに本エリアから撤収し、別の場所で開廊予定とのこと。また余德耀美術館(ユズ・ミュージアム)は2023年の早い段階で上海市西側の青浦区へ移転すると発表している。

2.外灘(ワイタン)エリア

上海随一の景観を誇る観光地、外灘には、上海外灘美術館(Rockbund Art Museum / RAM)がある。その向かいのビルにはコマーシャルギャラリーのリッソンペロタンアルミン・レッシュが入っている。また通りをひとつ内陸側に移動するとギャラリーのVacancy、ノンプロフィットのLonglati Foundationがある。そして15分ほど南下したところにギャラリーのBluerider ARTSGA濾申画廊がある。

19世紀後半~20世紀初頭、外国人たちの居留地だったこの地には、多くの歴史建築が立ち並んでいる。RAMも当時建設されたアール・デコ様式の建築に入っており、コンセプチュアルかつ感覚に訴えてくる現代美術のインスタレーションとの対比がひときわ映える。SGA濾申画廊も外灘3号という素晴らしい歴史建築の中にある。この一帯をそぞろ歩きしながらの美術観賞は楽しいものだ。



SGA濾申画廊での鄭路(ジェン・ルー)の作品展示風景[画像提供:SGA濾申画廊]


3.曲阜路(チューフールー)エリア

深セン発祥で全国に5つのブランチを持つOCATの上海館は、2012年にこのエリアにオープンし、2019年に元の場所から徒歩5分ほどの現在の場所に移転した。向かいには現代美術家、徐震(シュー・ジェン)が運営するMadeIn Galleryと、CC基金会がスペースを構えている。そして2021年には、北京UCCA(ユーレンス現代美術センター)のブランチ UCCA Edgeが、地下鉄曲阜路駅を降りてすぐのビル内にオープンし、ひとつのアートエリアを形成するに至っている。

OCAT上海館は、多くの才能あるアーティストを育てた教育者の顔をもつ現代美術家、張培力(ジャン・ペイリー)が執行館長を務める。映像を中心に、国内外の先鋭的表現を展示しておりいつも目が離せない。UCCAの展示の充実ぶりは言わずもがな、一流の作品展示を安心して楽しむことができる。また筆者が密かに“上海コンセプチュアル”と呼ぶ一群の作家たちがいるが、それは間違いなくアーティスト、徐震が牽引しており、MadeIn Galleryはその牙城である。



MadeIn Galleryで行なわれた陸平原の展示[画像提供:陸平原]


4.浦東(プードン)エリア

広域の浦東にある施設をまとめて「浦東エリア」として紹介するのはちょっと大雑把すぎるきらいはあるが、日本の読者にわかりやすくお伝えするために、黄浦江(ファンプージャン、“ザ・バンド”)の東側にあるこれらのヴェニューを便宜的にまとめることにする。まず2020年にできた浦東美術館、そして、地下鉄2号線で浦東空港方面へ移動したところにあるHOW Art Museumである。また、時折、現代美術の面白い展示を開催する館として、震旦博物館(オーロラ・ミュージアム)と芸倉美術館がある。



浦東美術館の展望スペース「鏡庁」[画像提供:増井辰一郎]


浦東美術館はテレビ塔のすぐ真横にあり、建物内から効果的に穿たれた窓から浦東らしい景色が見える。提携先のテート・ミュージアムから貸し出されたテート・コレクション展を開催するほか、蔡国強(ツァイ・グオチャン)、徐氷(シュー・ビン)といった中国現代美術の巨人たちの大規模個展を開催している。HOWの企画力にもいつも唸らされる。国内外作家のグループ展、中国若手作家の中規模個展とともに、ヨーゼフ・ボイス展、直近ではウーライ展を開催し、SNS映えを意識しがちな上海の他館と一線を画したアプローチを見せる。

5.M50創意園

2000年代には確実に上海アートシーンの中心地であったM50創意園。現在もVanguard GalleryANTENNA SPACEBROWNIE Projectなど個性のあるギャラリーが存在し、ShanghARTもかつての場所をサテライトスペースとして運営している。Chronus Art Centerではサイエンス/テクノロジー系の展示が行なわれている。また、上海アートブックフェア(UNFOLD)の会場になるときには、この大きな工場跡地の敷地全体が、多くの観客で混雑していた。

6.そのほかの訪れるべき美術館

中国本土で唯一の公立現代美術館、上海当代芸術博物館(PSA)は、上海に来たならば絶対に見逃してはいけない場所だ。隣にteamLabの「ボーダレス」がある(有期展示だが延長し続けている)ほかは、ほとんど何もないところにあるが、中国現代美術史を独自に掘り下げた企画や、都市計画の展望を含んだ建築家シリーズなど、重要な展覧会を常に複数、同時開催している。



黄浦江沿いにある元発電所をリノベーションしたPSA[画像提供:PSA]


ところで、上海ビエンナーレもPSAを会場にして開催されるが、2020年のビエンナーレがコロナ禍で延期になり2021年に開催されたあと、次のバージョンについてのアナウンスはこの記事を書いている2022年11月現在行なわれていない。

上海多倫現代美術館は、外灘の北、虹口(ホンコウ)地区にある美術館だ。ここも中国現代美術史を検証する企画や、若い世代の中国人アーティストたちを積極的に取り上げる企画を断続的に行なっている。虹口地区はかつて外国租界であり、当時亡命してきたユダヤ人たちが多く住み、日中文化交流の場となった内山書店もここにあった。魯迅旧居など史跡も残るこの街には独特の趣があり、散歩がてら訪れたい場所だ。

明・美術館(Ming Contemporary Art Museum / McaM)はさらに北側にある。人民公園から地下鉄で16分、そこから徒歩で10分。中心部から若干遠いが、現代美術家、邱志傑(チウ・ジージェ)が館長を務めるこの館は、パフォーマンスやプロジェクト、メディア/テクノロジーとアートなど、体験に重きを置き、毎回尖った企画で存在感を放っている。

さらに北には、榕异(ロンイー)美術館がある。ここはビルの中の1フロアを使っており、「こんなところに美術館が……」と一瞬不安になるような場所だ。ある私企業の社長が匿名で運営しているそうで、写真を中心とした企画は、社会性を含んだ、現代を生きる個人のリアリティを表現する。上海では希有で貴重な存在である。



榕异美術館の展示風景。手前は易連(イー・リエン)、右手壁面は藤安淳の作品[© RONGYI ART MUSEUM 画像提供:榕异美術館]


コマーシャルギャラリーでは、ここ数年若者が押し寄せるようになったファッショナブルな安福路の、BANK Mab SocietyCapsule Shanghaiが必見。どちらも中国現代美術を牽引する若手作家や、エッジのきいた海外作家の作品を見せてくれる。

ノンプロフィットではPrada Rong Zhaiが挙げられるだろう。上海市の優秀歴史建築に指定されている建物を使い、個展形式で優美なインスタレーションが行なわれている。

7.そのほかのアートスペース

いつもではないが、たまに面白い現代美術展を開催している場所も紹介しよう。まず新天地にあるchi K11 art museum。香港発祥のショッピングモールK11はアートファウンデーションを設置して現代美術の普及に努めており、上海のモールにも美術館がある。以前は毎回キレキレの現代美術展が開催されていたが、ここ最近は方向性が変わったようで、ブランドとのコラボレーションの域を出ない企画も多く、現代美術ファンには物足りない。が、まだまだ面白い作品も来るので目が離せない。

外灘の南側にある復星芸術中心は、書や水墨画の展示にまじって、劉建華(リウ・ジャンファ)や張鼎(ジャン・ディン)といった現代美術のトップランナーが大規模個展を開くことがある。ここはフォスターとヘザウィックによる建築デザインも面白い。1日4回、外壁が音楽とともに動くので、その時間に訪れるとよい。4階のカフェから出られる屋上テラスには宮島達男の常設作品があり、そこから眺める浦東の景色もまさに絶景である。



復星芸術中心の屋上テラス。劉毅(リウ・イー)によるインスタレーションが展示中[筆者撮影]


北の上海玻璃博物館、先ほど挙げた浦東の震旦美術館と藝倉美術館、西側、虹橋エリアの明珠美術館(パール・アート・ミュージアム)や宝龍美術館(パワーロン・ミュージアム)も、面白いアートプロジェクトや現代美術展をやっていることがある。またやはり西側のミンハン区に2021年開館したAiiiii Art Center は、同済大学のArt & Artificial Intelligence Labの施設であり、AI技術をテーマにした作品を並べた開館記念展は見応えあるものだった。現在はリサーチやイベントのみで展示がない状態のようだが、アートセンターとして継続することを祈りたい。

8.アートイベント

上海のアートウィークは毎年11月の第2週目あたりに行なわれている。ウエストバンド・アート・アンド・デザインと、上海展覧中心で開催されるアートフェアART021が二大メインイベントだ。それに合わせて、多くの美術館やギャラリーでオープニングが開催され、市内の歴史建築などでポップアップ展示が行なわれる。

最後に──今後の変化について

つい最近、大きな出来事があった。2022年11月11日、アートフェアART021が開催2日目にして急遽閉幕、13日にはもう一つのウエストバンド・アート・アンド・デザインのほうも最終日を残して閉幕したのだ。どちらも、新型コロナウイルス感染症陽性者が会場を訪れたため、中国のゼロコロナ政策のレギュレーションに従ってクローズしたようだ。同時に対策員が噴霧器でART021の会場を消毒する様子も報道されており、繊細な美術作品へのダメージが懸念された。出展者は、はたして、このようなリスクのあるフェアに来年以降も参加するだろうか。中国政府はゼロコロナ政策を堅持する方針を表明しており、このリスクを含んだ状況はあと数年続くという見方が支配的だ。

ここまで紹介してきたように、上海のアートシーンは、しばらく続いた中国の経済拡大路線を背景に豊かな繁栄を享受してきた。しかし、ゼロコロナ政策とは、経済を必ずしも優先しない方向性である。つまり、いまは、この繁栄がいつまで続くのかわからなくなっている状態なのだ。コロナ禍以前から徐々に増大していた言論統制と相まって、ゼロコロナのフィジカルな制約はアートシーンにとって致命的なダメージになりかねない。例えば最初に紹介したウエストバンドが、政府の肝煎で開発されたエリアであったことを思い出してみてほしい。政府のバックアップがなくなったら──。杞憂におわることを祈りつつも、不安がぬぐいきれない。

上海のシーンを見てきてもうすぐ7年になるが、この間、まだ国外ではほとんど紹介されていない、ものすごく面白い中国人アーティストたちに数多く出会ってきた。タフな彼らが創作自体をやめることはないだろうが、それでも時代の流れによって発表の場所が制限されてしまうとしたら残念すぎる。日本や別の国・地域で彼らの表現を見せる機会を窺いつつ、これまでに育まれたアートの火が、人々の心のなかで燃え続け、状況をいつか好転させていくことを願わずにはいられない。


上海アートマップ2022 *西岸エリアなど、複数が集中している場所は代表して1〜2施設のみ表示しています(2022年11月8日作成)[筆者作成]

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