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【ベルリン】AIアバターとアーカイブ映像の融合が示すあり得た歴史とオルタナティブな社会──C・クーレンドラン・トーマスの映像メディアインスタレーション

日比野紗希(ライター)

2023年02月01日号

ベルリン在住のタミル系アーティスト、クリストファー・クーレンドラン・トーマス(Christopher Kulendran Thomas)の個展「Another World」がベルリンのクンストヴェルケ現代美術センター(KW Institute for Contemporary Art、以下、KW)とロンドンのICA(Institute of Contemporary Arts)で開催された。
クーレンドラン・トーマスと共同研究者であるドイツ人キュレーター/プロデューサーのアニカ・クールマン(Annika Kuhlmann)が手掛けた同展は、スリランカ内戦におけるタミル・イーラムの独立運動の敗北をめぐる物語を扱い、鑑賞者に現実と虚構の境界線を観察する機会をAIとのコラボレーションによって提示している。


Christopher Kulendran Thomas, The Finesse, 2022 in collaboration with Annika Kuhlmann. Installation view of the exhibition
Christopher Kulendran Thomas - Another World at KW Institute for Contemporary Art, Berlin 2022; [Photo: Frank Sperling]


異なる視点、場所から社会を捉え直す

クリストファー・クーレンドラン・トーマスは、過去10年間、作品を通して、現代アートが現実を解釈する構造的なプロセス、そして東洋と西洋が織りなす社会・文化のあり方といったテーマに取り組んできた。クーレンドラン・トーマスの家族は、スリランカで激化する内乱から逃れロンドンに移住しており、彼の関心の背景には、祖国の外から、民族紛争・浄化の余波によって、西洋や資本主義の影響を強く受けたスリランカの現代アートシーンが勃興していく様子を観察し続けていた経緯がある。

特に、文化、帝国主義、市民権、政治経済、テクノロジーの複雑な関係や未来におけるオルタナティブな可能性を彼の母国であるタミル・イーラムの文化シーン(2009年に現在のスリランカの北部と東部にあった事実上のタミル人国家が消滅したときに、そのシーンはほぼ消滅した)というプリズムを通して検証している。

展覧会が行なわれたKWは、1990年代初頭にクラウス・ビーゼンバッハ(Klaus Biesenbach)を含む5人のメンバーによって創設され、ベルリンのアートシーンや国際的な文脈のなかで、芸術・文化的言説の潮流をとらえた進歩的な活動を行なうスペースとしてその地位を確立してきた。現ディレクターのクリスト・グルイトゥイセン(Krist Gruijthuijsen)が組むプログラムは、参加アーティストの視点を出発点とし、その主題やアプローチを社会的・政治的問題を考察するための方法論として展覧会を捉え、異なる主体や文化の間で思索や交流を促進する社会的な空間の創出に挑戦している。

敗者からみた歴史は、どのようにオルタナティブな社会の可能性を垣間見せることができるのか?

本展は、ロンドンのICAの共同委嘱により、コラボレーターのクールマンと制作した新しいインスタレーション作品《The Finesse》(2022)から始まる。この作品では、2つのフィルムが向かい合ったスクリーンに映し出される。ひとつは、イーラムのジャングルの実写と3DCGゲームエンジンで作られたフェイクを織り交ぜた映像で、さらに、一部の映像は自動生成されているため、展覧会の期間中に同じ映像が流れることはない。もうひとつは、連なった5つの鏡面LEDスクリーンに、1990年代のタミル・タイガーのプロパガンダビデオなどのアーカイブ映像、アルゴリズムが抽出してきたその日最も多く視聴されたニュースチャンネルやTikTok、YouTubeクリップ、フィクションやディープフェイクなどがコラージュされた映像が映し出される。



Christopher Kulendran Thomas, The Finesse, 2022 in collaboration with Annika Kuhlmann. Installation view of the exhibition
Christopher Kulendran Thomas - Another World at KW Institute for Contemporary Art, Berlin 2022; [Photo: Frank Sperling]


作品の焦点は、1983年から2009年のスリランカ内戦でタミル人武装組織「タミル・イーラム解放の虎」が、島北部のジャングルに建設しようとした事実上の自治国家「イーラム」についてである。スリランカ内戦の背後には、長年にわたるシンハラ人とタミル人の民族対立があり、その発端を紐解いていくと英植民地の分割統治が民族対立に火をつけたとされている。

《The Finesse》は、一部当時の映像も含みつつ、実際の出来事のドキュメントのように見える映像のなかには現代の俳優を使い、スクリプトに沿って演出、撮影されたものも含まれている。タミルの広報担当者で、おそらく解放運動の戦士であろう若い女性が森の中を歩き、タミル・イーラム解放運動の歴史と化石燃料が不要で、女性が平等に扱われ、公共財が共同所有されるといった彼らが描く社会ビジョンを説明する。

「本当の民主主義は、さまざまな社会システムのなかからそのひとつとして選択できるものです」
タミル・イーラム国家が掲げる世界的なパラレルエコノミーシステムと、民主主義と自由という西洋の虚構について雄弁に語る広報担当者の姿は、政治的な影響を与えるために作られたプロトタイプにも映るし、TikTokやInstagram、YouTubeなどで、世界中の若者の支持を集めるカリスマ的なアイコンのようにも感じる。

われわれが生きている「現実」は「真実」か?

タミル・イーラムの独立運動の物語とともに語られるのが、同時期に行なわれたO・J・シンプソンの裁判というメディアのスペクタクルである。ディープフェイクで作られたAIアバターのキム・カーダシアンは、O・J・シンプソン事件について、「真実を語ることが重要ではなく、物語をどのように伝えるかが重要であったのです」と語る。(カーダシアンの父、ロバートはO・J・シンプソンの友人であり、弁護人であった)大衆は何を信じようとしたのか。ソーシャルメディアの背後に蠢く政治的権力と私たちの身体・精神的反応について、カーダシアンのアバターは論じている。



[Photo: Saki Hibino]


映像は、時折、突然カットアウトし、鑑賞者自身が、背後のスクリーンで、ゆっくりと揺れる木々とともに、鏡面スクリーンに映し出される。それは、2つのスクリーンのなかで、多層的に絡み合う現実とフィクションのなかに鑑賞者自身が投影され、入り込む瞬間でもある。

人為的に作られた物語やAIが生成するディープフェイクによって、現実とフィクションの境界線が曖昧になり、鑑賞者はそのカオスのなかに取り込まれていく。この混沌のなかでは、作品のなかの会話やモノローグがどの程度までフィクションなのか、ディープフェイクなのか、どの部分がリアルなのかも重要性を失っていくのかもしれない。

メディアやインターネット上で物語がどのように語られるかによって、タミル・イーラムのような状況は容易に起こりうるものであり、こうした一連のプロセスは、TikTokやYouTube上でインフルエンサーによって語られる物語に共感し、支持をするといった行為にも通づるものでもある。もっといえば、私たちの日常や私たち自身もさまざまなものの影響を受け続け合成されていくものとも捉えられる。



Christopher Kulendran Thomas, The Finesse, 2022 in collaboration with Annika Kuhlmann. Installation view of the exhibition
Christopher Kulendran Thomas - Another World at KW Institute for Contemporary Art, Berlin 2022; [Photo: Frank Sperling]




Christopher Kulendran Thomas, The Finesse, 2022 in collaboration with Annika Kuhlmann. Installation view of the exhibition
Christopher Kulendran Thomas - Another World at KW Institute for Contemporary Art, Berlin 2022; [Photo: Frank Sperling]


「Another World」の1階がフィクションが政治をかたちづくる方法を扱っているとしたら、2階はフィクションが芸術をどうかたちづくるかを示唆している。

フロアには、映像作品《Being Human》(2019)が半透明のガラスに上映され、空間を分断している。この映像は、2009年に開催された第1回コロンボ・アート・ビエンナーレの期間中にスリランカを巡る旅をドキュメンタリー風に描いている。ビエンナーレに参加した実在&架空のアーティストや、タミル・イーラムの人権センターを設立したクーレンドラン・トーマスの叔父へのインタビューのほか、テイラー・スウィフトのディープフェイクがアイデンティティの独自性について哲学的に語っている。一定時間ごとに、映像が消え、ガラスが透明になると、部屋の向こう側や空間の中に展示されている彫刻や絵画、鑑賞者の姿が現われる。



Christopher Kulendran Thomas, Being Human, 2019/2022 in collaboration with Annika Kuhlmann. Installation view of the exhibition
Christopher Kulendran Thomas - Another World at KW Institute for Contemporary Art, Berlin 2022; [Photo: Frank Sperling]




Christopher Kulendran Thomas, Being Human, 2019/2022 in collaboration with Annika Kuhlmann. Installation view of the exhibition
Christopher Kulendran Thomas - Another World at KW Institute for Contemporary Art, Berlin 2022; [Photo: Frank Sperling]




Christopher Kulendran Thomas, Being Human, 2019 in collaboration with Annika Kuhlmann; Installation view: Schinkel Pavillon, Berlin, 2019: [Image: Andrea Rosetti]


ディアスポラの人々がつくるクリエイティブコミュニティ

映像の周りには、20世紀初頭にイギリスがセイロン(現スリランカ)に輸入した西洋美術とスリランカにおける現代アート作品のデータからニューラル・ネットワークによって生成された抽象絵画が展示されている。マシンラーニングによって、西洋美術から内戦後のスリランカのアートシーンまで含めた美術史的ミームを取り入れて描かれた絵画の隣には、入植とともにその痕跡を消したタミル・イーラム芸術抵抗運動の旗手Aṇaṅkuperuntinaivarkal Inkaaleneraamの陶芸作品が並ぶ。

ディアスポラ的な状況にもかかわらず、この芸術シーンは進化をとげ、現在、Discord上にコミュニティが形成され、共同で作品を作っているという。土色を基調としたセラミック作品は、鳥や目玉などのシンボルと西洋の二項対立を超えたセクシュアリティの探求を組み合わせ、社会主義リアリズムや古代タミル人の詩人や学者からの影響など、タミル・イーラム芸術の特徴がみられる。この2つのシリーズの並置は、植民地体制が現在のポストコロニアル諸国の美術に与えた長期的な影響を考察すると同時に、両作品が人間とコンピュータのネットワークを介した影響の結果であることを強調し、創造性の起源について問いを投げかけている。

これらの作品のほかにも、クーレンドラン・トーマスは、話す場所を奪われ続けている民族の声に耳を傾け、国や分野を超えた創造的なネットワークを形成する分散型集団「earth.net」をたちあげている。このプロジェクトでは、アート、建築、テクノロジーを横断し、新しい生活様式のための共有ツールの構築を目指すという。

共同体や国家、社会の構造からアイデンティティや人種、創造性の在り方まで、幅広いトピックスに対する問題が浮かび上がる展示構成であった。



Christopher Kulendran Thomas, Being Human, 2019/2022 in collaboration with Annika Kuhlmann. Installation view of the exhibition
Christopher Kulendran Thomas - Another World at KW Institute for Contemporary Art, Berlin 2022; [Photo: Frank Sperling]




Christopher Kulendran Thomas, Being Human, 2019/2022 in collaboration with Annika Kuhlmann. Installation view of the exhibition
Christopher Kulendran Thomas - Another World at KW Institute for Contemporary Art, Berlin 2022; [Photo: Frank Sperling]


「Another World」は、“現実”を額面通りに捉えるだけでなく、AIやテクノロジーを媒介させることで立ち現われる(実在する、またはしない)多層な“現実”や“真実”を映し出す。想像力とクリティカルな視点を用いて、現実と虚構、真と偽、実在と空想などの境界が曖昧になる複雑なリアリティをどう観察するかを問う展覧会であったといえよう。

Christopher Kulendran Thomas "Another World"

会期:2022年10月22日(土)〜2023年1月15日(日)
会場:クンストヴェルケ現代美術センター(KW Institute for Contemporary Art)(Auguststraße 69, 10117 Berlin)

Christopher Kulendran Thomas "Another World"

会期:2022年10月11日(火)〜2023年1月22日(日)
会場:ICA(Institute of Contemporary Arts)(The Mall, London SW1Y 5AH)

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