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気候危機に対してアートの現場でできること──ギャラリー気候連合のアクション

坂口千秋(アートライター)

2023年11月15日号

気候危機は政治や経済だけの問題なのか。否、アートの世界でも脱炭素社会を目指すさまざまな動きが目立ってきている。それは、展覧会やアーティストのテーマとしての「エコロジー」ではなく、もっと現実的なアクションとしてだ。たとえば、アーティストやスタッフの移動や作品輸送、制作や展示の光熱費などで、アートの現場でどれだけの炭素を排出しているのか計測し、カットできる手段を提案し、共有していくというような。気候危機を逼迫した自分事の問題として向き合うプロジェクトについて、アートライターの坂口千秋氏にレポートしていただく。(artscape編集部)


Gallery Climate Coalition(ギャラリー気候連合)のサイトのトップページ https://galleryclimatecoalition.org


2023年は地球の観測史上最も暑い夏となった。グテーレス国連事務総長は「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が来た」と表現した。気候変動が眼前に迫る危機として実感され、来年はさらに暑くなる予測もでている。2015年パリ協定で定められた気温上昇を1.5℃に抑えるという目標のもと、各業界でさまざまな気候変動対策が実施されているが、アート界でも近年ヨーロッパを中心に具体的な環境アクションが始まっている。そのなかで、世界的な動きに広がりつつあるGallery Climate Coalition(ギャラリー気候連合・以下GCC)という組織の活動が今注目されている。



アート産業での温室効果ガス(GHG)排出量は年間およそ1.8千万トン。観客の移動も含めると年間7千万トンになる ★1
[“The Art of Zero,” Julie’s Bicycle April 2021  P.13より]https://juliesbicycle.com/wp-content/uploads/2022/01/ARTOFZEROv2.pdf


ギャラリー気候連合(GCC)とは

2020年、ロンドンを拠点にギャラリストやアート関係者を中心に設立されたGCCは、深刻化する気候危機に対して、アート界の対応策やガイドラインを打ち出している非営利組織。2030年までにビジュアルアート部門の温室効果ガス排出量を50%削減することと、ゴミをできるだけゼロにする「ニア・ゼロウェイスト」の促進を主な目標に掲げ、持続可能なアート産業のシステムをつくることをビジョンに据えている。2023年10月時点で、42カ国1,000を超えるギャラリーや美術館、アートフェア、オークションハウス、インスティチューション、コレクター、アーティストなどがメンバー登録し、ベルリン、ニューヨーク、台湾、ロサンゼルスとイタリアの各都市でも支部が活動している。アート産業の各セクターに有効なガイダンスの制作、ロビー活動やキャンペーン、そして環境プロジェクトやイニシアティブを支援するファンドレイジングなど、戦略的で多岐にわたる活動を繰り広げている。

現状を知るためのカーボン・カルキュレーター

GCCの活動は、常に気候科学をもとにした具体性なアクションに主眼をおいている。なにから手をつけていいかわからない大きすぎる問題に対して、まず、自分たちの産業がどのぐらい温室効果ガスを排出しているのか把握してから、ターゲットの分野を定めていくことを推奨している。例えば、飛行機は最も環境インパクトの大きな乗り物であり、グローバルビジネスであるアート業界では飛行機による移動と輸送が特に大きな負荷を生み出している。GCCはアートギャラリーの主要な炭素排出分野である輸送、移動、施設の消費エネルギーに焦点を当てた独自のカーボン・カルキュレーターを早い段階で開発し、オンラインで無料で公開している。組織の一年間の活動に沿って、入力していくと炭素排出量が測定され、自分たちのどの活動が多くの排出量をしめているかが明確にグラフで示される。



AITの炭素レポート 特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ [AIT/エイト]のホームページより
カーボン・カルキュレーターに入力する項目は、移動(手段、ルート、クラス、人数、距離)、シッピング(手段、ルート、重量、距離)、梱包(重量、距離など)、エネルギー(国・地域、使用量、共有のパーセンテージ、サプライヤー)、印刷(種類、重量)など。


また、GCCは2022年5月に「持続可能な輸送キャンペーン」と題し、環境負荷を減らす輸送のアイデアを提案した。空輸以外の手段へのシフト、混載便の推奨、企画と梱包方法の見直し、海上輸送の保険ガイダンスに加え、できるだけ長く使えて使用後はリサイクル可能な梱包材のリスト、業者のリンク紹介、梱包材の取り扱い注意点や開梱時に再利用を指示するタグの書き方など、内容はとても具体的だ。

GCCのサイトをみていると、一見不可能に思える目標も、足元から見つめ直すとやれることはいくつもあることがわかってくる。ウェブサイトの優れたインフォグラフィックスもコミュニケーションに役立っている。

より積極的なミッションによるアクティブメンバーシップ

GCCメンバーには、GCCのウェブサイトでサインアップすれば個人でも団体でも簡単になれる。その広がりには意味がある一方で、本当に努力しているのか? 環境によいことをしているフリのグリーンウォッシュでは? という疑念も浮かぶ。そこでGCCは2023年から、積極的に問題に取り組むアクティブメンバー制度を設け、深いコミットメントを約束する仲間を奨励した。現在、コマーシャルギャラリーを中心に、TATE、MoMA、アートバーゼル、FRIEZE、クリスティーズなど世界78団体がアクティブメンバーに名を連ねている。アクティブメンバーの条件は、

  1. 自らの炭素監査を完了すること
  2. 組織内に環境を考えるグリーンチームをつくること
  3. 環境責任ステートメントの表明

この3つだ。例えば、GCCアクティブメンバーであるTATEはホームページに「TATE AND CLIMATE CHANGE」というページを設け、「TATEは、持続可能性を高め、環境を保護し、世界で最も持続可能な芸術機関のひとつとなるべく、今後も努力を続けていきます」と宣言し、具体的な数値目標と対策を紹介している。

AITの取り組み──日本アート界のグリーンイニシアティブを

2021年にGCCのメンバーとなった特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ [AIT/エイト] は、2023年6月にGCCのアクティブメンバーに登録された。プロジェクトリーダーのロジャー・マクドナルド氏に取材したところ、2018年頃から気候変動に対するヨーロッパでの危機感の高まりを見てこの問題の研究を始め、仲間と共有していったという。

「GCCのはじまりはギャラリストたちの個人的な関心が集まって生まれたと聞いています。私もまず個人から、次に家族や友人、そして自分が働くアート産業でなにかできないかと広げていきました。そこで、AITの仲間に提案して、ウェブサイトにリソースをまとめたり勉強会を行なうなどし、2021年GCCのメンバーに登録して活動をスタートさせました」

GCCアクティブメンバーとなった今年6月から、AITは「気候危機とアートから考えるアクション」をテーマにしたスタディミーティングを2度開催。2回目のセッションには、美術館館長、財団理事長、ギャラリストやキュレーターなど各セクターから15、6人ほどが集まり、日本の現状や課題などが話し合われたという。



AIT Green Study Meeting の様子(会場:AIT) [Courtesy: Arts Initiative Tokyo]


「GCCはアートフェアの前になると『鉄道で行こう』と呼びかけています。しかし日本は島国なのでどうしても飛行機を利用せざるを得ない。それでも出張の回数を減らす、クーリエの移動を抑える努力をするなど、当たり前だった行動を見直してみることも必要じゃないでしょうか。環境問題に対して意識を高めていくことがまず必要ですね」

だが、ここからGCCのような動きに発展するには、AITだけではエンジンが足りない。アートシーンを代表するクリティカルなプレイヤーたちのコミットに加え、20団体ぐらい集まらなければ、とマクドナルド氏はいう。AITは現在、いっしょに考え行動する仲間を増やそうと、気候危機とアートのアクションについて話す機会をつくって呼びかけている。また参考となる英語文献の翻訳を進め、2023年、GCCが作成したガイドブック「非営利・公共団体のための脱炭素アクションプラン」の一部を翻訳・再構成し、アートに携わる人々が気候変動問題に取り組むための入門ツールとしてAITのウェブサイトに公開した。今後そのオリジナルの翻訳も進める予定だ。



「非営利・公共団体のための脱炭素アクションプラン」 [Courtesy: Arts Initiative Tokyo]


「アート産業にはさまざまなプレーヤーがいますが、みんながそれぞれの立場で実践したら、大きなアクションになっていくと思います。多くのギャラリーが一同に介するアートフェアはひとつのチャンスです。輸送のシステムも、美術館やギャラリー、大手の美術輸送会社の協力があれば、チェンジは可能でしょう。日本各地の芸術祭も『自然との共生』をテーマだけでなく組織の運営にも取りいれたらといいと思うし、財団であれば助成金の申請書に環境対策の項目を入れたり、美術大学で気候危機とアートについて教えるなど、それぞれのセクターがアクションの可能性をもっています。そして、アーティストの参画にも期待します。アーティストが船便で運ぶよう指定すれば、彼らと仕事がしたい美術館はそれに従わざるをえないのですから」



森美術館で開催中の「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」展では、サスティナブルな美術館運営のあり方を模索する試みの一環として、前回の展覧会の展示壁や壁パネルを再利用して廃棄物を削減し、塗装仕上げを減らす取り組みをしている。[撮影:artscape編集部]


気候正義という課題



飛行機のクラスによるCO2排出量の違い[Gallery Climate Coalitionのサイトより]


地球上に気候変動の危機から逃れられる場所はない。しかし、そのインパクトは平等ではない。最も裕福な10%の人々がCO2の50%を排出し、最も貧しい50%の人々はCO2の10%しか排出していない★2。にも関わらず、温暖化の影響を深刻に受けるのは貧しい人々の方である。アート作品を購入するのは主に裕福な10%の人々であることを考えると、アート界は矛盾だらけだ。だからこそGCCは、気候危機に取り組むにあたって、この不均衡を認識し、「気候正義★3」の原則のもと行動を起こすことを求めている。気候危機は気候だけの問題ではない。文化盗用やジェンダーギャップ、差別の問題ともつながっており、複雑で難しい課題だが、だからこそアートの参加が必要なのである。

アートには社会的な変化を促す大きな可能性がある。世界の見方を変え、不可能にチャレンジし、異なる考えをもつ人々をつなげる力がある。気候危機という人類共通の課題に対して、アートができることは少なくはない。気候危機は待ったなしの緊急課題だが、「大きすぎる目標を立てると不実行になりがち」なように、さまざまな事例に目を開き、今ここで何ができるのかを考えてみることが、ポジティブな行動への第一歩となるだろう。

GCC以外にもアートと気候問題を取り組んでいる組織は世界に数多く存在する。アートプロジェクト、パブリックアート、レジデンス、コンサルタント、人材育成など、それぞれが独自のカラーを持って、気候危機に対するイニシアティブを発揮し協調している。具体的で創造的なアート界のアクションにこれからも注目したい。



「視覚芸術団体は、並外れてポジティブなインパクトを生み出す可能性を秘めています。豊かな公共のプラットフォームを有し、国民的議論に強い影響を与える力があるからです。気候変動に対する実用的なソリューションを紹介する、気候非常事態の現実を浮き彫りにする作品や声、ストーリーにスポットライトを当てるなど、その協力で特権的な立場を利用して危機に取り組むことができます。ただし、これらのアクションを信憑性あるものにするには、気候科学に基づいていることを示さなければなりません」

「非営利団体・公共団体のための脱炭素アクションプラン」より
(発行:GCC、翻訳・再構成:AIT)



★1──世界の汚染産業ワースト2位のファッション業界の温室効果ガス排出量は年間12億トンのCO2に相当している。
環境省「SUSTAINABLE FASHIONこれからのファッションを持続可能に」https://www.caa.go.jp/policies/future/topics/meeting_006/materials/assets/future_caa_cms201_1209_02.pdf
★2──「Climate Justice(気候正義)とは」(認定特定非営利活動法人FoE Japan)を参照。https://foejapan.org/issue/20190926/4194
★3──第1回多国籍有色人種環境リーダーシップ・サミットで提唱された「環境正義の原則」では、1)生態系の破壊から解放される権利、2)公共政策がすべての人々に対する相互尊重と正義に基づくこと(いかなる差別や偏見からの解放)、3)持続可能な地球のために、人類その他の生物にとって倫理的で均衡のとれた責任ある土地と再生可能資源の利用の義務、4)核実験、採掘、生産、廃棄から生じる有害廃棄物や毒物からの恒久的なな保護、5)すべての人の政治的、経済的、文化的、環境的な自己決定に対する基本的な権利などを支持する17章を掲げている。https://www.ejnet.org/ej/principles.pdf

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