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【NY】ジュディ・シカゴ──彼女たちのヒストリーとストーリー

梁瀬薫(アート・プロデューサー、アート・ジャーナリスト)

2023年12月01日号

2010年代から盛り上がっている#MeTooやBLMなどの人権運動は、アート界の地殻変動をもひきおこしている。これまでスキャンダラスな作品で著名ではあるが正当な評価から疎外され、美術史の周縁に追いやられていたジュディ・シカゴの回顧展がNYのニューミュージアムで大々的に開催中だ。回顧展の後半では、ほかの女性や性的マイノリティの作家の作品の展覧会も構成されている。それは、単なる参考作品として並べられているのではなく、いままで見えなくされてきた美術史があることをニューミュージアムのアーティスティック・ディレクター、マッシミリアーノ・ジオーニとフェミニズムのアクティビストであり、文化史家としてのシカゴは示そうとしているようだ。本展をNY在住のアートプロデューサー、簗瀬薫氏にレポートしていただく。(artscape編集部)

フェミニズムアートのパイオニア


Judy Chicago (2023)
[© Donald Woodman/Artists Rights Society (ARS), New York. Photo: Donald Woodman]


1939年、ジュディ・シカゴはジュディ・コーエンとしてシカゴで生まれる。進歩的なユダヤ人の家庭に育ち、芸術と社会正義への情熱を生涯にわたって注いでいる。1964年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校を卒業したあと、当時は数少ない女性作家のひとりとなった。スプレー・ペインティング、ファイバーグラス・キャスティング、パイロテクニックなどの工業技術に精通するようになり、1970年になると形式的、物質的な関心の範囲は、大衆的な社会の変化と交差するようになる。女性解放運動に刺激された彼女は、結婚後の姓を捨て、生まれ故郷にちなんで「シカゴ」という姓を名乗るようになる。

シカゴはフェミニストとして目覚めると同時に、女性運動にまつわる思想や行動への情熱を反映するような作品を制作する。女性アーティスト、作家、思想家たちの疎外された歴史を掘り起こすことで新たな挑戦を始めた。生涯教師であり研究者としてフェミニズム教育学、女性史、歴史保存への関心を、数多くの野心的なインスタレーション、研究プロジェクト、教育プログラム、オルタナティブな展示へと幅広く展開してきた。2018年にはタイム誌で「最も影響力のある100人」に選ばれ、2021年にはミシェル・オバマも名を連ねるThe National Women's Hall of Fame (NWHF/全米女性殿堂)入りを果たした。

本回顧展では今年84歳となったジュディ・シカゴが、60年にわたりアメリカ美術に与えてきた多大な影響と革新的な作品群を紹介する。1960年代のミニマリズムやアース・アートの実験から、1970年代の革命的なフェミニズム・アート、1980年代から90年代にかけてのナラティブ・シリーズまで美術館の4フロアを使い、2部構成でシカゴの広大なヴィジョンの全進化をたどる。



Judy Chicago, Rainbow Pickett, (1965/2021)[筆者撮影]



Judy Chicago 70年代の作品群[筆者撮影]



Judy Chicago, Autobiography of a Year; 1993−1994から[筆者撮影]



Judy Chicago and Donald Woodman, Rainbow Shabbat , (1992), Stained glass, 54 x 204 in (137.2 x 518.2 cm). Fabrication by Bob Gomez; glass painting by Dorothy Maddy.
[© Judy Chicago/Artist Rights Society (ARS), New York. © Donald Woodman/Artist Rights Society (ARS), New York. Jordan Schnitzer Family Foundation]


無かったことにされていた女性たちのヒストリー

ジュディ・シカゴといえば、まずブルックリン美術館に常設されている《ディナー・パーティ》(1974-1979)を思い起こすだろう。5年がかりで完成した伝説的なプロジェクトで、歴史上の重要な女性たちを讃える儀式のような巨大な晩餐会のインスタレーション作品だ。三角形の大きなテーブルにそれぞれ柄の異なる皿が置かれ、今にもパーティが行なわれるようなシーンが広がる。皿には花弁や炎が煌びやかに描かれているが、それは女性の外陰部をさまざまな形状で表現した斬新なものだ。劇的な演出が為された作品には明確なシンボリズムがあり、緻密なデザインで、伝統的な工芸様式が駆使された女性の手業の業績をも見せている。



Judy Chicago, Dinner Party, (1974-1979), ceramic, porcelain, and textile, 1463 x 1463 cm, Brooklyn Museum
[Photo: Eric Wilcox, CC BY-NC 2.0]


1979年にサンフランシスコ近代美術館で展示されたときは全米中に大反響を呼び起こした。シカゴの揺るぎない壮大なヴィジョンと恐れを知らないフェミニズムの完結形の作品として高く評価された。しかし同時にロサンゼルス・タイムズ紙から酷評されるなど反発の声も多く、結局全米の美術館への巡回はキャンセルされてしまった。その後シカゴの作品は美術界のメインストリームから何年も無視されてきたのが実情だろう。

ところが2002年にブルックリン美術館が同作品を買い上げて再び展示したとき、ニューヨーク・タイムズ紙の主任美術批評家ロバータ・スミスは、作品が受けてきた厳しい評価を端的に要約し「この作品を、キッチュ、ポルノ、人工物、フェミニストの誇大宣伝、または20世紀美術における重要な作品とかどう呼ぼうと大差はない。《ディナー・パーティ》は彼女が1970年代に夢見、かたちにしたものであるということが重要なのだ」と評し★1、美術界からも再評価された。シカゴはようやく美術史に名を刻むことになったのだ。



Judy Chicago, Dinner Partyの図案[筆者撮影]


今展ではミニマリズムと初期のフェミニスト時代のシリーズも紹介され、伝統的な女性らしさの概念、タブーとされるエロティシズム、身体の社会的構築、美術史の文化的偏見に対するシカゴの革命的な試みを膨大な作品を通して顧みる。また80年代以前はクィア・スタディーズやジェンダー・スタディーズが登場する以前で、まるでジェンダーがあるのは女性だけであるかのような時代であったことを認識させられる。つまりジェンダーという概念が拡大されている現代ではフェミニズムという言葉自体の意味が変化していることを再認識させるのだ。

時代をリードするアートへ

1980年代から90年代にかけてのナラティブ・シリーズでは、インスタレーション、絵画、彫刻、ドローイング、映像作品などを通して、シカゴのアートの多様性を見ることができる。しばしば排除されてきた多くの同時代の芸術運動のなかで、フェミニズムの方法論を文脈づけている。「誕生プロジェクト」(1980-1985)は文字通り出産のイメージを用いて母親としての女性の役割を啓示した。針仕事の技術を組み合わせたこの膨大な数のインスタレーションではアメリカ、カナダ、ニュージーランドから150人以上の針職人と共同で制作され、出産のさまざまな側面を表現。創世記の天地創造を再解釈したもので男性の神が女性の関与無しに人間アダムを創造したという考えに焦点を当てている。シカゴは、織物という歴史的にジェンダー化された媒体について学んでいた。出産する女性を讃えながらも自身は「この地球上で子供を産み、キャリアを積んでいく選択肢は無かった」と述べている★2

フェミニズムを労働と価値のヒエラルキーに対する一種の反抗だと考えていたシカゴは、「パワープレイ」(1982-1987)のシリーズでは男性性の表現へと広げ、その考察力を際立たせた。大きな絵画作品に大胆に描かれた男性の顔やボディは力強く怒りに満ち、暴力的だ。また《ホロコースト・プロジェクト》(1985-1993)では戦争といった歴史的な作品に加え、社会活動やコミュニティ形成に関連した《Resolutions: A Stitch in Time》(1994-2000)や、《The End:死と絶滅に関する瞑想》(2012-2018)など人間、動物、そして地球に影響を及ぼす死への不安を捉えた作品群もある。作品の根底にあるのは、フェミニストとしての倫理観であり、女性的な神、エロティシズムの視覚化といえるが、創造と破壊、生と死、人類と地球の未来といったテーマにまで広がるシカゴの思想は壮大に広がる。



Judy Chicago, Birth Trinity: Needlepoint 1 , from the Birth Project (1983). Needlepoint on mesh canvas, 51 x 130 in (129.5 x 330.2 cm). Needlepoint by Susan Bloomenstein, Elizabeth Colten, Karen Fogel, Helene Hirmes, Bernice Levitt, Linda Rothenberg, and Miriam Vogelman.
[© Judy Chicago/Artists Rights Society (ARS), New York. The Gusford Collection. Photo: Donald Woodman/Artists Rights Society (ARS), New York]



Judy Chicago, Rainbow Pickett, (1965/2021)[筆者撮影]



Judy Chicago, In the Shadow of the Handgun, (1983)[筆者撮影]


歴史に刻まれた女性たちの芸術的な影響と余韻

「The City of Ladies」は今展の第2部として構成され、会場ではエミリー・ディキンソン、アルテミシア・ジェンティレスキ、ゾラ・ニール・ハーストン、ロイス・マイロウ・ジョーンズ、フリーダ・カーロ、フローリン・ステットハイマー、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン、ヴァージニア・ウルフを含む、80人以上の女性やジェンダー、クィアのアーティスト、作家、歴史上の人物たちの作品やアーカイブ資料とともにシカゴのアートが紹介されている。展覧会のタイトルは 、シカゴの60年間の女性史研究の結果として、中世の女性作家クリスティーヌ・ド・ピサンの著書『The Book of the City of Ladies(淑女たちの街の本)』(1405)に因んでいる。芸術家、発明家、戦士、学者、聖人など、歴史上の著名な女性が書かれている。



Frida Kahlo, Wounded Deer, (1946). Oil on Masonite, 8 7/8 x 12 in (22.4 x 30 cm)
[© 2023 Banco de México Diego Rivera Frida Kahlo Museums Trust, Mexico, D.F./Artists Rights Society (ARS), New York


ここでのインスタレーションも壮大で、シカゴのバナー作品とともに資料、オブジェ、遺物などが歴史や伝記を超えて繋がっているのだ。シカゴが愛し、支持してきた芸術家たちの声が彼女自身の声と重なり合う。《ウーマンハウス》(1972)、《グレート・レディ・シリーズ》(1971-1973)、《輪廻転生トリプティーク》(1973)などの重要な作品を組み合わせ、芸術的な影響と歴史に残された反響を探求する。

「ジュディ・シカゴを美術館に召喚するということは、女性の歴史を美術館に召喚するということなのです」(展覧会場のキャプションより)



Judy Chicago, Cover of Womanhouse catalogue, (1972)
Edited by Judy Chicago and Miriam Schapiro; designed by Sheila de Bretteville.
[Courtesy Through the Flower Archives]


フェミニズムとはヒューマニズム

美術館最上階のスカイルームではシカゴの共同プロジェクトが披露された。「インターナショナル・オナー・キルト」(1980-1987)のドキュメントを合わせて紹介。参加型のプロジェクトは「コール・アンド・レスポンス・プロジェクト(呼応プロジェクト)」と呼ばれ一般の人々からの寄付によって制作される。世界から不当に忘れ去られたと思われる歴史上の女性を称える小さな三角形のキルトを募集したところ、13カ国から500枚以上のキルトが集まった。その後9年間展示ツアーに組み込まれ、《ディナー・パーティー》との関連が効果的に拡大された。



スカイルーム階の「インターナショナル・オナー・キルト」プロジェクトの一部[筆者撮影]



Judy Chicago, What if Women Ruled the World? From “The Female Divine” (2020)[筆者撮影]


シカゴの記念碑的なバナー作品と同タイトルの《もし女性が世界を支配したら(What if Women Ruled the World?)》(2020)では、ロシアの反体制派で、パンクロック集団プッシー・ライオットのメンバーとして知られるアーティスト、ナディア・トロコニコワとコラボレーション。彼女は、2012年にモスクワの大聖堂で行なわれたプーチン政権を批判するパフォーマンスのあと、グループのほかの2人のメンバーと逮捕され、2年間服役したという人物。シカゴとトロコンニコワは世界中の参加者からの何百ものビデオと書面による回答を集めた。展示会場にはクエスチョンセンターなるビデオが設けられており、シカゴが想像する母系制の未来社会に参加するよう呼びかける。


私は人類の最も深く、最も神話的な関心事に関係する芸術を作ろうとしています。歴史のこの瞬間において、フェミニズムはヒューマニズムであると信じているのです。 ──ジュディ・シカゴ(2012)★3



Judy Chicago: Herstory(New Museum)



★1──Roberta Smith "ART REVIEW; For a Paean to Heroic Women, a Place at History's Table"(The New York Times、2002年9月20日)https://www.nytimes.com/2002/09/20/arts/art-review-for-a-paean-to-heroic-women-a-place-at-history-s-table.html
★2──Rachel Cooke "Interview The art of Judy Chicago"(The Guardian、2012年11月4日)https://www.theguardian.com/artanddesign/2012/nov/04/judy-chicago-art-feminism-britain
★3──THE ART STORY "Judy Chicago" https://www.theartstory.org/artist/chicago-judy/#:~:text=I%20am%20trying%20to%20make,our%20cultural%20and%20intellectual%20heritage.%22


Judy Chicago: Herstory

会期:2023年10月12日(木)〜2024年3月3日(日)
会場:New Museum
(235 Bowery, New York, NY 10002)


Judy Chicago:https://judychicago.com

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