フォーカス
金融危機のいまこそ、アーティストの真価が問われる──三潴末雄氏インタビュー
暮沢剛巳
2009年01月15日号
──100年に1度の金融危機といわれていますが、アート・マーケットへの影響も大きいのではないですか?
三潴──ええ、もちろん。現在、アート・マーケットは非常に低迷していて、今年(=2008年)11月のクリスティーズでも、いままでのエスティメート(評価額)ではどの作品も買い手がつかなかった。ただ以前から、ひょっとしたらこうなるのではという予感はありました。今回の金融危機は、2008年の7~9月頃に米国で起こった個人向け住宅融資(サブプライムローン)が破綻したことに端を発したといわれていますが、じつはそれ以前から景気が悪くなっているなという兆候がハッキリとあったからです。
──具体的には、どういうことですか?
三潴──うちのギャラリーは例年数回海外のアートフェアに参加しているのですが、1月のボローニャでも、2月のARCO(アルコ)でも、いずれも反応がよくなかった。いままでだと売れていたタイプの作品が売れなかったうえ、実力のあるアーティストの作品でも、価格の低い小品じゃないとなかなか動かなかった。これはうちだけじゃなく参加ギャラリー全般に言えることだったので、ここ数年来のアート・マーケットの異様な高値を支えていたリッチ層の動きが鈍くなっていることをはっきりと実感したんです。アートフェアなどのプライマリー・マーケットが不振だと、それがすぐさまオークションなどのセカンダリー・マーケットに波及する。そうこうしているうちに秋にサブプライム問題が表面化して、やはりなと思いました。
──しかし、いくら不況とはいえ、つい数カ月前まで作品によっては天文学的な値段がついていたのに、最近の動きは極端ですよね。
三潴──アートは自動車や家電製品などとは商品としての性格がまったく違う。生活必需品ではないので、不況になって付加価値が見込めなくなるとあっという間に価格が下がってしまう。もちろん、セカンダリーマーケットではなんとか作品価格を維持しようと努めるわけですが、いままでが高すぎた反動で維持しようにも限界がある。いままでマーケットに流れてきていた資金がピタリと止まってしまった、要するにいままでがバブルだったんです。問題が表面化する直前に多くの作品を高値で売りぬいたダミアン・ハーストあたりは、すべてを見越していたんでしょうね。
──欧米でアートバブルの崩壊が進んでいる一方で、アジアのアート・マーケットはどうでしょうか?
三潴──もちろん、グローバリズムの時代だから金融の動きとしては連動しています。ただアート・マーケットの動きとしては分けて考える必要がある。アジアのアート・マーケットが欧米と明らかに異なる動きを見せるようになったのは2005年からでしょうか。この頃から、中国の現代アートがにわかに脚光を浴び、高値で取引されるようになった。最大の要因はやはり北京五輪でしょうね。世界中の関心が集まる巨大イベントの開催が迫ったことで、多くの資金が中国に集まるようになり、その一部がアートにも流れてきた。798のような実験的なスペースがそうした資金の受け皿になったわけです。またそれと連動するかたちで、韓国、香港、台湾などの市場も活性化した。国によっては、ギャラリストたちが団結して、かなり意図的に価格操作をしていたところもあるように見受けられました。そしてアジア・マーケットのなかには、もちろん日本も含まれます。近年日本からも作品が高値で取引されるアーティストが出てくるようになりましたが、それは必ずしも欧米ばかりでなく、中国を中心とするアジアのマーケットからの引きも大きな原因です。
──でもこれからは、アジアでも苦しくなるでしょうね。
三潴──もちろんそうですね。実験的なマーケットとして注目されていたUAEのドバイも、原油高などの影響で先行きは不透明だし。投機的な目的で多額の資金が流れてくるという状態は当面期待できそうにない。
──三潴さんご自身は今後どう対応されるおつもりですか?
三潴──うちは「不況に強いギャラリー」を自認しているんです(笑)。所属アーティストの大半が作品の量産が効かないタイプのため供給が限られているし、それぞれに熱心なファンがいますから。バブルで大もうけすることもない代わりに、不況で値崩れすることもない。ただ、うちは売り上げの6割を海外に依存している輸出中心のギャラリーなので、やはりこの円高状況はシビアです。とりあえず、ここ2年くらいは海外の売り上げが半減することを想定したうえで事業計画を立てていかなければいけないと考えています。うちに限らず、グローバルマーケットを主体としているアーティストやギャラリーはどこも当面苦しいと思いますよ。
──国内のマーケットに関しての展望をお聞かせ下さい。
三潴──当面は4月のアートフェア東京の動きに注目したいですね。前身のNICAFのときは、大概の海外ギャラリーが途中で撤退してしまって、日本のアート・マーケットの未熟さを露呈してしまったけど、その後どうにかこうにかここまで発展してきて、最近ではART@AGNES(今回で終了するようですが)や101TOKYO Contemporary Art Fair 2009のような他のフェアも開かれるようになった。もちろんいまの状況は非常に厳しくて、バブル時のような資金の流入はほとんど期待できませんが、それでも好きなアーティストの作品を買ってくれるお客さんは必ずいる。この危機を逆手にとって、新しい展開を生み出せるアーティストこそ本物なのかもしれません。
2008年12月28日 ミヅマアートギャラリーにて