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やなぎみわインタビュー:ヴェネツィアから帰国して

暮沢剛巳

2009年07月15日号

 「50年後の自分」をイメージした老婆の姿を擬態したり、寓話をモチーフとした不思議な世界を現出させたり、写真によってさまざまな女性のイメージを生み出す作品で知られるやなぎみわは、現在日本でもっとも注目されているアーティストのひとりである。その名声はすでに国際的なものといっていいが、そんな彼女にとっても今年は、代表作のひとつである「マイ・グランドマザーズ」のシリーズが春から夏にかけて東京と大阪を巡回し、また6月にはヴェネツィア・ビエンナーレに日本館代表作家として参加するなど、いつになく多忙な年であるようだ。現在大阪で開催中の個展はどのような意図のもとに構想されたのか、また南嶌宏コミッショナーとのコンビで臨んだ今回のビエンナーレへの思いは……。ヴェネチアから帰国して、休むまもなく次の仕事にとりかかるやなぎのアトリエを訪れてホットな話を聞いた。

──東京、大阪を巡回中の「マイ・グランドマザーズ」が好評ですが、高齢の女性を作品のテーマとしようと思ったのはなぜですか。

やなぎ──育った家庭の事情もあって、お婆ちゃんに育てられたんですよ。それがひとりずつ順に亡くなり、子どもなりに老いとか死を意識するようになった。その意味では、以前から関心を持っていたテーマではあるんです。

──このテーマを作品として展開されるようになったのは、代表作である「エレベーター・ガール」のシリーズが一区切りついてからのことですよね。

やなぎ──以前にも断片的に制作したことはあったんですが、本格的にシリーズ作品として着手するようになったのは21世紀になってからですね。「エレベーター・ガール」を経由したことで、漠然としていた問題意識が深められたことは確かです。

──そういえば今回の出品作のお婆さんにはすべて名前がついていますね。

やなぎ──「マイ・グランドマザーズ」には26人の女性が登場しますが、じつは彼女たち全員が、年齢も国籍も老いの切実さもまちまちな実在の女性がモチーフとなっています。例えば、ある作品は実在する40歳前後の女性がモデルとなっていて、キャプションの説明も前半生は現実の彼女のプロフィールそのままなんですよ。もちろん、後半生に関しては彼女の希望ですが。問題意識ということでいえば、物語よりはキャラクターに比重が置かれているかもしれません。

──でも大阪の個展で新たに加えられたヴェネツィア・ビエンナーレの展示には、また違う要素が感じられますね。

やなぎ──ええ。ヴェネツィアでは「ウィンドスウェプト・ウィメン」という新しいシリーズ作品を展示したんですが、これは「マイ・グランドマザーズ」とは文脈が異なっているので、両方を同じ会場に展示するに当たっては、より物語性に重きを置いた「寓話」というまた別のシリーズ作品を挟む必要がありました。

 
左:Miwa Yanagi, My Grandmothers/ Hyonee, 2007, 130x100cm
右:Miwa Yanagi, Windswept Women 4, 2009, 300x400cm(with frame), Framed photography
Courtesy of the artist and Yoshiko Isshiki Office

──そのヴェネツィアに関していくつかお伺いしたいんですが、コミッショナーの南嶌宏さんから最初に打診があったのはいつですか。

やなぎ──昨年の5月です。南嶌さんとは以前、熊本市現代美術館のグループ展でご一緒したことはあったんですが、個展を担当していただいたことはなかったので驚きました。彼は彼なりに私の作品に対していろいろ思うところがあったみたいで、「フェミニズムを超える展示をしたい」などとおっしゃっていましたね。ヴェネツィアに挑戦するとなると、いろいろ大変なのはわかっていましたが、即答でお受けしました。日本館個展はそうそう機会があるわけではないですから。

──今回、ヴェネツィアのコミッショナーは指名制ではなく、複数の候補者のコンペによって決定される仕組みになっていましたよね。南嶌さんとのコンビで当選する自信はありましたか。

やなぎ──ほかにどなたが参加されているのかまったく知らなかったので、10月の発表まではわかりませんでした。ただ結果が発表された際に初めてほかの候補者のプランを見て、どれも興味深くはあったんですが、詳細な会場の外観と内観の模型をつくって、すべて新作で臨むプランを立てていたのは私たちだけだった。無謀だったかもしれないけど、結果的にはその意欲が審査員に通じたように思います。当選した後の11月にはさっそく現場の下見にいって、会場のディテールなどを踏まえて、当初予定していたタイトルを変更するなど、プランを練り直しました。

──すべて新作ということですが、どういうプランを立てられたのでしょうか。

やなぎ──大阪の会場には、展示室の隅に「The Old Girl's Troupe」というテントのかぶさった映像作品が設置されています。そこに映っている聖地を放棄した女性が荒野をさ迷い歩く姿は、じつは「寓話」から派生したものですが、ヴェネツィアで発表した「ウィンドスウェプト・ウィメン」はあそこに登場する女性をさらに発展させたものなんです。だから、日本館にもテントをかぶせようと。

──「婆々娘々」という大阪の個展のタイトルも彼女らからの派生ですか(笑)。

やなぎ──そう。若い娘のはちきれそうな肉体の上に婆の顔が乗っていたり、逆に痩せさらばえた婆の体の上に娘の顔が乗っていたり。この作品では、強風が吹きすさぶ荒野における老若の交感ということはかなり意識しています。「マイ・グランドマザーズ」のように個々の女性に名前は付けていませんけど。

──準備は大変でしたか。

やなぎ──6月3日の開幕に向けて、5月中旬には現地入りしましたが、それからは連日連夜戦争みたいでしたね。パヴィリオンをテントで覆うというプランはかなり大掛かりなものでしたけど、現地の業者との折衝などで、予測不可能なことがいろいろ起こりました。ヴェネツィアの展示を再現しているように見える大阪の展示とも、実際には制作素材が全然違いますし。ヴェネツィアでは、結局ギリギリまでかかってしまって、すべての準備が終わったのがオープニング当日の朝。その直後にはもう内覧会が始まってドッと人が押し寄せてきて、まったく休む暇なく、その狂乱のようなオープニングが4日間続きました。


Windswept Women;老少女劇団
第53回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館展示風景
Courtesy of the artsit and Yoshiko Isshiki Office

──反響という点ではどうですか。

やなぎ──私が直接耳にする範囲では好評ですよ。現地のメディアでは、女性蔑視を助長するとかの批判もあるようですが。あとは、やはり女性に好評で、白人男性に不評(笑)。ハレという問題には結構関心があるのですが、ヴェネツィアはそれ自体が巨大なハレの場のようでしたね。一生に一度のことですし、アーティストとしては貴重な経験ができたと思っています。内覧会が終わったらようやく少し余裕ができたので他館の展示も見たんですが、やはりさすがと思ったのはポーランド館のウディチコ。ロシア館も興味深かったです。

──今後のご予定は。

やなぎ──遠からず発表できると思いますが、国内外でいくつか展覧会が予定されているので、とりあえずはそのための準備と制作に励みます。でもここ数年は、作家活動を始めて以来、特に多忙で、精神的にも経済的にも大変だったので、本音を言えば少し休みたいことも事実です。休んで何をしたいかと言えば、大学のときは漫研だったので、漫画も描きたいし、あと舞台の仕事もやってみたい。

──舞台の仕事って、それはもちろん、舞台美術ってことですよね(笑)。

やなぎ──さすがにいまから役者や演出家になるわけにはいきませんから(笑)。でもやってみたらはまりそうですね。

2009年6月22日、京都市やなぎアトリエにて

第53回ヴェネツィア・ビエンナーレ

会場:ジャルディーニ地区、アルセナーレ地区ほか
会期:2009年6月7日(日)〜11月22日(日)

やなぎみわ 婆々娘々!

会期:2009年6月20日(土)〜9月23日(水・祝)
会場:国立国際美術館
大阪府大阪市北区 中之島4-2-55/Tel.06-6447-4680

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