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東京に出現した手作りのアートセンター──「3331 Arts Chiyoda」のスタート

福住廉(美術評論)

2010年07月15日号

アートセンターの「アート」とは?

 しかし、こうしたオルタナティヴなアートセンターでもっとも注意深く見定めなければならないのは、そこでどのようなアートが見せられているのかという点だ。地域振興や町おこしといった行政上の目的を背景にして成立するアートセンターの場合、えてして地元住民との交流や市民に共感されやすいアートが歓迎されがちである。実際、「3331 Arts Chiyoda」が主催する展覧会のラインナップを見てみても、出品アーティストには日比野克彦や藤浩志など、いわゆる「交流系」のアーティストが名を連ねている反面、モノとしての作品を見せる現代アートのハードコアはあまり見受けられない。圧巻の抽象画を見せた「佐々木耕成展」は例外中の例外で、「3331 Arts Chiyoda」が提示しているアートはどちらかと言えば来場者の交流を促す作品が多いようだ。むろんアートセンターであろうと公立美術館であろうと、企画展を立ち上げるうえで地域住民の理解と支持を得ることが、いまや必要不可欠な条件であることに違いはない。けれども、そうした交流の先に豊かな文化体験が必ずしも約束されているとは限らないこともまた事実である。
 この点について、「3331 Arts Chiyoda」の統括ディレクターであるアーティストの中村政人に尋ねた。中村の立場は非常に明快だ。

「そもそも交流系とハードコアという区別をしていません。地域住民が交流系のアートを好むとは限らないし、抽象画を見せたほうが美術として受け入れられやすいという面もある。むしろ、いろんなアートを地域住民の人たちに見せていきたいという思いのほうが強いんです」

 中村によれば、アート関係者が一枚岩ではないのと同じように、「地域住民」とて必ずしも均質であるわけではない。彼らは、代々この土地で生きてきた職人や通勤してくる会社員、子連れの母親であり、なかには美術館の元学芸員などもいる。地域住民が多様である以上、彼らに提供するアートも多様でなければならない。「3331 Arts Chiyoda」のアートが複数形で表記されているのは、そのような狙いが託されているからだ。「たくさんの表現と出会える場所」、それが「3331 Arts Chiyoda」の基本的なコンセプトである。
 そのための工夫は随所に隠されているが、なかでももっとも顕著なのが、館内へのアプローチの仕掛けである。「3331 Arts Chiyoda」のエントランスの前には、練成公園が広がっており、芝生と樹木で覆われたこの空間は憩いの場として機能している。館内に入るには、この公園を通り抜け、ウッドデッキの階段を上がらなければならないが、その動線が非常にスムーズで心地良いため、文字どおり「敷居が低い」。さらに館内に入ると、まず無料で立ち入ることができるコミュニティスペースがあり、周囲にはラウンジやカフェ、そしてその奥に進むとホワイトキューブのギャラリーが現われるという構成だ。つまり、公園/コミュニティスペース/ホワイトキューブという三段階のプロセスを経て、来場者を館内に招き寄せようとしているわけだ。多くのギャラリーが独特の近寄りがたい雰囲気をいまだに醸し出していることを考えれば、施工段階で構造化された「敷居の低さ」には、かなりの効果が期待される。
 ただし、中村によれば、この三段階のプロセスは「3331 Arts Chiyoda」が提起する多種多様なアートのありように対応しているという。公園/コミュニティスペース/ホワイトキューブという三段階のプロセスはそれぞれ独立した局面としてではなく、相互に連結した連続体として考えられている。公園とコミュニティスペース、コミュニティスペースとホワイトキューブ、そしてホワイトキューブと公園。それぞれの通路を往来することができる作品が、少なくとも中村が現在念頭に置いている「3331 Arts Chiyoda」で見せようとしているアートの姿だ。したがって交流型のアートといえども、それはホワイトキューブにも展示できる強度が備わっている必要があるし、逆もまた然りである。こうしたアート観は、おそらく学校的な空間に作品を展示する以上に、作品を制作する側に対して高いハードルを設けることになるのだろうが、それが高ければ高いほど、飛び越えた瞬間の美しさが際立つはずである。

DiYとしてのアートセンター

 最後に、「3331 Arts Chiyoda」の大きな特徴に触れておきたい。それは、すべて自分たちでやる、という姿勢である。これは「3331 Arts Chiyoda」の前身として同じく中村を中心としたアーティスト・イニシアティブ コマンドNから受け継がれている一貫した構えであり、実際中村をはじめとする「3331 Arts Chiyoda」のスタッフは設計から法務関係、行政や地域との交渉など、アートセンターを立ち上げるうえで必要とされるすべての業務に関わっている。もちろん専門家との協同作業になるわけだが、それにしてもその作業は通常のアーティストの範疇をはるかに越えており、その膨大な労力は想像にあまる。けれども、中村は言う。

 「自分たちでやらないと伝えたいことが伝わらないし、すべて自分たちでやれば、それだけ『現実』がよく見えるようになる。ギャラリーや美術館のシステムに乗っているだけでは『現実』はなかなか見えてこないんです」

「ザ・ギンブラート」「新宿少年アート」「秋葉原TV」「KANDADA(カンダダ)」など、これまで手掛けてきたアート・プロジェクトには必ずその地域の地名が入っているように、中村の関心はつねにアートが地域に何を返せるのかという点にあった。それを追究するには、地域という現実をよく見なければならないし、それにふさわしいアートの届け方を考えなければならない。そうした試行錯誤の結果として、アーティストがプロデューサーやコーディネーターの役割を担いながら手作りのアートセンターを現実化するに至ったのだろう。ここには、アーティストの超人的な働きぶりというより、むしろ個々の技術と職能を持ち寄ることで最大限のアートを可能にしようとする知恵がある。「3331 Arts Chiyoda」が今後どのようなアートを地域に根ざしていくのか、現段階ではまだよくわからない。ただ、それは地域住民や私たちがどのようなギフトをこの現場に持ち寄ることができるかに大きくかかっているように思われた。

3331 presents TOKYO: Part 1

会場:3331 Arts Chiyoda
東京都千代田区外神田6丁目11-14/Tel. 03-6803-2441
会期:2010年6月26日(土)〜7月25日(日)

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