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ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2010──多彩さとミニマル志向の交差する“People meet in architecture”

五十嵐太郎(東北大学教授/建築史、建築批評)

2010年09月15日号

事件になった「空気のような建築」

 前回のビエンナーレにおいてベルギー館のすぐれたインスタレーションに関わったオフィス・ケルステン・ゲールス・ダヴィッド・ファン・セーヴェレン+バス・プリンセンは、今年も秀逸な展示を行い、若手に贈られる銀獅子賞を獲得した。建築家と写真家が協働し、全体テーマにも応えるコンセプチュアルな作品である。今回、特別表彰として、セルフビルド系の木造ドームを制作したアマチュア・アーキテクチャースタジオ、1/1のモックアップが並ぶ設計の現場を展示したスタジオ・ムンバイ、そして造園を提案したピエト・オウドルフという三組が選ばれたのは異例だろう。そもそも特別表彰はまったくないこともあり(国別では藤森照信の展示が選ばれたことがあり、これは実質的には二位を意味する)、これだけ数が多いのは、金獅子賞に石上純也を選ぶ際、それだけ審査員のなかで激論が闘わされ、もめたからではないかと考えられる。実際、長時間に及ぶものだったという。
 では、なぜ石上が選ばれたのか。


14──銀獅子賞:オフィス・ケルステン・ゲールス・ダヴィッド・ファン・セーヴェレン+バス・プリンセン《Garden Pavilion (7 rooms, 21 Perspectives)》
15──特別表彰:アマチュア・アーキテクチャー・スタジオ《Decay of a Dome》


16──特別表彰:スタジオ・ムンバイ《Work place》
17──特別表彰:ピエト・オウドルフ《Il Giardino delle Vergini》

 前回のビエンナーレでは、完成した温室があまりに自然に建っていたので、逆にテクトニクスのすさまじさが十分に伝わらなかったのだが、今回は審査員が見えない糸を扱うパントマイムのような設営現場も見ており、わかりやすく究極の構造であることが理解されたようだ。また審査員のメンバーであるビアトリス・コロミーナは、写真を中心とする建築の表象を問題にしているが、彼女にとっても興味深い作品だろう。「空気のような建築」は、建築の限界であるだけではなく、写真によって表現することも困難な作品として位置づけられる。超極細の柱は、ほとんど画面の傷のようにしか見えないからだ。繊細な建築を好むジャン・ヌーヴェルは、結局、審査を欠席しているが、もっとも重要なのは、磯崎新の存在だろう。言うまでもなく、彼はこれまでにも審査員として問題作を選び、事件を起こす傾向にあるからだ。また廃墟好きでも知られている。
 石上のデザインは、菊竹清訓、伊東豊雄、SANAAという戦後日本の現代建築の前線の遺伝子を受け継ぎ、その最先端にある。前回の温室よりも、今回の作品の方がさらに細い。東京国立近代美術館の「建築はどこにあるの?」展で出品された中村竜治の「とうもろこし畑」と同様、繊細さを究め、構造を踏まえた建築でありながら、もはや工芸品の領域にまで達している。だが、究極の「空気のような建築」は、限界ぎりぎりであるがゆえに、かげろうのように儚い存在となり、内覧会の期間中に倒壊してしまった。これ以上に細く、薄い建築を想定するのは難しいだろう。石上としても、今後は逆に異常に太く、分厚い方にシフトする可能性も考えられるのではないか。ともあれ、完成してすぐに廃墟となったことで、本人の意図とは関係なく、磯崎が評価する枠組に入ったように思う。
 もっとも、筆者としては複雑な気持ちである。前回はきちんと評価されなかったと考えているので、石上が金獅子賞に選ばれたことは喜ばしい。だが、もともとは、震災の瓦礫を運ぶなど、建築の終わりを煽る磯崎スタイルの展示を否定する、始まりの建築として石上を位置づけて、前回、筆者は日本館のコミッショナーのコンペに勝ったのである。ゆえに、今回、磯崎の強い押しで金獅子だとすれば、彼のフレームに再回収された感が否めない。実際、受賞していなければ、限界に挑戦して、ただ壊れたという結果だ。作品をめぐって議論はヒートしないだろう。つまり、まさに金獅子賞に選ばれたことによって、作品は完成したともいえるのだ。


19──石上純也《Architecture as air: Study for château la coste》の壊れた状態


19──石上純也、壁に立面レリーフ


20──石上純也、壁に描かれたKAITのプラン
すべて筆者撮影

第12回ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展(2010)

会期:2010年年8月29日(日)〜11月21日(日)
会場:ジャルディーニ地区(Giardini di Castello)、アルセナーレ地区(Arsenale)など

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