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特集=アートカフェ
山吹善彦
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[レポート]ロンドン・「アートカフェ」

   華々しくオープンしたTate Modern(テイト・モダン)。2001年まで存続できるか心配されているミレニアム・ドーム、完成したものの閉鎖されているミレニアム・ブリッジをよそに、今のところコンテンポラリーアートがイギリス社会の牽引役となっているようでもある。その背景を細かく見ていくことは難しいが、関係する要素やプロセスを整理し、「アートカフェ」について考えてみたい。
 

1. マーケット的拡大


 ロンドンでは屋内外で多くのマーケットが開催されている[写真1]。ユニークな商品展示、相対的な価値判断、さまざまな交換と情報伝達、そして自主的にその場に参加して何かをしようとする積極的な人の集まり。場所が用意されるのを待つのではなく、自分たちで作り出して行こうとする姿勢。これはそのままアーティストたちの活動にも置き換えられる。既にステータスを確立してしまったYBA(Young British Artists)のメンバーも、ホクストン周辺でストリートマーケットを開いていたり、オープニング・パーティを活用したり[写真2]、トレーシー・エミンとセラ・ルーカスが運営していた定義不能なスペースに集まったりといったことを経て、現在に至っている。あらかじめ場所が用意されるのを待つことなく、自ら行動していく自主性と積極性に支えられて、おもしろい場所・スペース・アートカフェ?は形成されてきた。

2. 類は友を呼ぶ展開

 多様な人種、一様でない生活習慣をもつ人々がロンドンで生活をしていくうえで、住み分けがなされるのは当然だが、時代や社会状況によってその内実や雰囲気が変わっていく様は非常にダイナミックでもある。
 最近のイーストエンド、南のニュークロス周辺は、アーティストの密度が高い地域となっている。まず治安が悪く、貧しい地域、フラットの家賃も安く、人が住みたがらない場所にアーティストが移住する。そして、その数が増えていくことでアートコミュニティが形成され、必要となる施設や拠点ができていく。この過程は、ロンドンでのアートシーンの拡がり方として有名である。貧困や犯罪のイメージの強いイースト及びサウスの一部も、新しいコミュニティによって少しずつ変わりつつある。




Spital fields market photo: Yoshihiko
[写真1]
Spital fields market
photo: Yoshihiko Yamabuki

AAでの展覧会オープニング風景 photo: Yoshihiko Yamabuki
[写真2]
AAでの展覧会オープニング風景
photo: Yoshihiko Yamabuki
 
3. 需給関係に基づく拠点づくり

 コミュニティが形成され、ある種の需要が見込まれると、私営・公共・非営利の諸団体がそれに対応してさまざまな場を作り出していく。施設の導入が、需給関係に拍車をかけることはあっても、先にモノや場所があって何かが生まれてくるわけではない。
 これは各種アートの拠点とも言えるような場所についても同様である。The Lux CentreVIBE BARDelfinaでは、必要とする人々が周辺にいるから、情報受発信の場、文化的な刺激を受けられる場、カフェ的な交流の場などが用意され、さらに求心力を増すという相乗効果をもたらしている。

4. 新しい表現の追求

 拠点として機能する場所にはユニークなエデュケーション・プログラムが備わっている。先生−生徒の「教育」関係ではなく、立場を超えて新しい表現を追求・育成していく場が用意されている。
 The PlaceAA[Architectural Association]などの教育機関はもちろん、上記の拠点となる場所にも最新の映像機器や制作スタジオがあり、絶えずユニークな人が集まり、互いに刺激しあいながら、新しい潮流を作り出している。

5. コミュニティの場

 こういった要素やプロセスに基づき、テイト・モダンに象徴されるようなイギリスでのアートの位置が獲得され、社会的影響をもつに至っている。これはロンドンのアーティスト・アート関係者が成しえた大偉業ともいえる。しかし、この偉業も詮ずればマイノリティとしてのコンテンポラリー・アートが市民権を獲得したということにすぎない。アートに社会を変えていける力があるとすれば、その活動領域はさらに拡大されてもいいはずである。アートコミュニティに限らないコミュニティの場へと。

 ここで最後に、アートカフェ的なものについて考えると、これまで述べて来たようなアートを中心とした展開のなかで自然に発生してくる場と、アートシーンに限らず社会に影響を与えうる場(コミュニティの場)として機能するものが想定できる。しかし、後者の場(施設、公園、カフェ、Web siteなど)の完成は絶えず先送りされ、場所に限定されないコミュニティ間での数々の対話や協議の結果が微かな形をもって具現化されるにすぎない。この魅力的ではあるが、非常に危険な場とどのように係わっていくか、まさにアートの真価が問われることとなる。
 さまざまな人種が渾然一体となっているロンドンのコミュニティで、以下の事例がどれほどの効果を上げられるのかは疑問もあるが、現在進行中の取り組みとして上げておきたい。


The Green Bridge(Mile End)
 エコパークの整備により、人の集まりやすい空間づくりに取り組んでいる。
 「木の育つ橋」はその象徴。建築:Piers Gough

Gasworks(Vauxhall Street)
 アーティストレジデンス、ワークショップなどによる地域コミュニティへの働きかけを世界的に実践している。

Belt Project(Brighton etc)
 対話の場、出会いの場を作り出すことで、コミュニケーションの可能性を確かめていこうとする試み。
 作家:Ella Gibbs

取材協力=横溝静、小野淳、松本忠ほか

 
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