現代アートと国際情勢
ニューヨークで、テロ事件が勃発した。その凄まじい衝撃波は、アメリカのみならず日本の現代アート界にも及んだ。アートの関係者（アーティスト、ギャラリスト、キュレイター）が、この惨劇から強いショックを受けたのだ。未曾有のテロの後でアートになにができるか、というより、アートを今更やっていられるのかという否定的な意味を込めて語られる問いが、彼らの脳裏に刻み付けられた。かく言う私も、9月に予定していたアメリカ行きを延期せざるを得なかったという意味で、襲撃波が引き起こした不都合を蒙った一人である。したがって、テロ後のニューヨーク・レポートは次回に期待するとして、今回は前述の問いに答えるべく、近年の現代アートの動向を、特に定期的に開かれる国際展の幾つかを例に取りながら考察してみたい。そしてこの問いにどのような回答を出すかということが、私が本誌でレヴューを書いた横浜トリエンナーレを含めて、現代アートにとって死活問題となっていることを示せればと思う。
2000年を挟んで開催された定期的な国際展には、目を見張るものがある。というのも、規模のみならずその数の多さにおいて、それまでの現代アートの状況をはるかに凌いでいるからだ。勿論、以前からビエンナーレやトリエンナーレと呼ばれる展覧会は存在した。7月にレポートしたベネツィア・ビエンナーレは、百年以上続く長寿の国際展であり、またドイツのカッセルで4年に一度開かれるドクメンタは、来年開催されるが、第二次大戦後に始められた世界最大の現代アートの祭典である。しかしながら1990年を前後して、そのような定期的に開かれる国際展の数が急激に増加した。それだけではない。一般の人々から注目を浴びるようになり、それらの展覧会を訪れる入場者も着実に多くなった。この増加が、冷戦構造の崩解という政治的出来事と並行して生じたことは偶然ではないだろう。大袈裟にいえば、東西のイデオロギー対立の構図が壊れた瞬間から、現代アートの国際情勢に果たす役割が重要視されるようになったのである。しかし20世紀初頭のアヴァンギャルドを唯一の例外として、過去のアートは、むしろ受動的に時代を反映する鏡となってきた。したがって20世紀末の現代アートの活動に、それまでとは決定的に異なる機能が課せられたかのように事態は推移したのである。
グローバリズムとローカリズム――アートにおける境界
アートは、問題含みの状況を変化させるために、世界の重要な事柄に積極的にコミットする。過去10年間に生じた問題含みの状況とは、今回のテロ事件を引き起こすきっかけとなったグローバリズムとローカリズムの対立の構図である。アートは、冷戦構造に取って代わって現われたグローバルとローカルの裂け目に入り込み、その間を架橋するヴィジョンを与える役目を担った。だが今回のテロ事件を機に、アートの無力さを痛感したアーティストもいたのではないだろうか。現実に直接働きかけることのできないアートに絶望するのは、理由のないことではない。確かに、このようなナイーヴな反応を示す人間は、本質的にアーティストたる資格はないが、それがアートの限界を指し示していることも事実である。アートは、テロや戦争のように、現実世界に向けて暴力的な攻撃を仕掛けることはできない。それは、地味で地道な営為を持続することができるのみである。アートになにがしかの興味を抱く人々を、沈黙のうちに説得するのだ。
2000年に旧ユーゴスラヴィアのスロベニアで開かれた第3回マニフェストは、アートのこの特性を最大限に生かした好例といえるだろう。旧ユーゴスラヴィア解体期、真っ先に独立したスロヴェニアは、歴史的に政治的二極構造の境界線上にあって、それがもたらす軋轢を直に体験した国家だった。その国の首都リュブリアーナで行なわれたマニフェストは、自らがその影響下に置かれた境界をめぐる諸問題を提起することで、境界が孕む矛盾や克服の方途を示唆したのである。矛盾とは、旧ユーゴの民族紛争を出すまでもなく、様々な境界線が引き起こす分裂と軋轢であり、その克服は、境界を横断する試みから引き出される問題解決への道である。展覧会に集められた作品は、それらが産み出されたそれぞれの状況下で頻繁に生じる確執や衝突とその解決に向けたヒントを、それぞれの立場から提示していた。まずアーティストの視線が捉える現実世界がドキュメントされ、次に、それに対する彼らのアプローチやクリティシズムが表明される。たとえその中に、人々が抱える問題を解決するヴィジョンが与えられないとしても、悲劇的な問題の所在を具体的に確証し、それを受け手に伝達するだけで、基本的な価値の条件を充分満たしているのだ。
