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BENTO おべんとう展──食べる・集う・つながるデザイン

熊谷香寿美(東京都美術館)

2018年09月01日号

日本で独自の発達を遂げたお弁当は、ウチとソトを分ける精神性の中で、安全な食事をシェアすることからはじまり、共同体をつなぐソーシャルツールとなり、やがて一人用の特別な食の贈り物へと発展してきた。弁当箱という限られた空間へ、日々食べ手の好き嫌いや状況に応じ高密度に具材を詰め、眼を楽しませながら胃袋へと消えていく存在。いわゆる「キャラ弁」のような派生も、そうした背景があってこそ生まれたのだろう。
そんなお弁当をコミュニケーション・デザインの視点から捉え直した展覧会が、現在、東京上野の東京都美術館で開催中である。同美術館の学芸員・熊谷香寿美氏に今回の展覧会についてお話を伺った。(artscape編集部)


BENTO おべんとう展 会場風景 [提供:東京都美術館]

東京都美術館では2012年のリニューアルオープン以降、特別展の他に企画展を開催されていて、「アーツ&ライフ」「現代作家展」「アーツ&ケア」という3つのシリーズがありますね。今回の展覧会は「アーツ&ライフ」として、2012年の「生きるための家」展、2015年に開催された「キュッパのびじゅつかん―みつめて、あつめて、しらべて、ならべて」展に続くものですね。

はい、今回はそれに続くものですが、でも、そもそもなぜ「お弁当」を美術館で? という疑問を抱かれるかもしれません。

当初はテーマを「食とコミュニケーション」と決めてリサーチを進めました。そこから「お弁当」が切り口になるのではないかと企画が進んだのです。

最初のセクションでは、江戸期の古いお弁当箱から、海外のお弁当箱、そして現代の美しいお弁当の写真や小倉ヒラクさんの映像作品《おべんとうDAYS》まで、さまざまな展示品が見られますね。

全体は3章構成になっています。第1セクション「おべんとうのいろいろなかたち」では、ここ2、3年で急増した海外からの来館者にもわかりやすいように、「日本では、これまでお弁当がどのような役割を担ってきたのか」という歴史的な視点で資料や作品を紹介しています。タイトルにもあるように、いまやお弁当は海外でも「BENTO」として知られています。

最初に、お弁当箱をたくさん展示しています。新宿歴史博物館、また江戸時代から続く京都のお麩のお店で「お辨當箱博物館」も持つ「半兵衛麸」からお借りした、遊び心溢れる宴の場で食べるためのお弁当箱や、武将たちが戦の陣中で食べるためのお弁当箱。また江戸時代、花見の名所であった飛鳥山にある北区飛鳥山博物館が、江戸時代の料理本に記されたレシピを江戸料理研究家の監修で再現した当時の花見弁当も展示しています。


左:白陶朱漆組合せ瓢成り弁当 右:楼閣形弁当 ともに個人蔵

さらに、弁当箱の収集で全国的に知られるまでになった瀬戸曻さんのコレクションを展示しています。漁師のお弁当箱や炭鉱作業者のお弁当箱など、非常に珍しいお弁当箱が見られます。また東京都農林総合研究センターの前身の東京府農事試験場で研究資料として描かれていた野菜やフルーツの水彩画の展示をしています。ここには「おべんとうばこの歌」に出てくる野菜が揃っています。大阪のみんぱく(国立民族学博物館)からは、各国の食文化を反映したさまざまな形のお弁当箱をお借りしました。

このセクションは撮影禁止でご紹介できないのが少し残念ですが、まさに部屋自体がお弁当箱のように、色々なおいしいものが詰まっているという印象です。

実はこのセクションのまん中の小部屋はお弁当箱の形を模しています。その中に、NHKの番組「サラメシ」のお弁当ハンターとしてもおなじみの、写真家・阿部了さんが全国各地で撮影された写真が展示されています。今回は《ひるけ》という新シリーズで、そのお弁当を持ち主が食べているシーンの写真が並んでいます。日本各地でこれだけ個性豊かなお弁当が幼稚園、農場、工事現場、漁船の船上といったさまざまな場所で、さまざまな職業の方に食べられているんですね。


阿部了《ひるけ》2018年

食べている方の人柄だけでなく、その人の家族やコミュニティまでもが見えてくるようですね。

また、朝日新聞デジタルの企画連載が元になった読者からの「あの人にこんなお弁当を届けたい」というお便りに応えて大塩あゆ美さんが考えたレシピを掲載するというプロジェクト《あゆみ食堂のお弁当》から5つを選んで展示をしています。孫からおばあちゃんへ、娘からお母さんへ、娘からお父さんへ、お母さんから息子へ、夫から妻へ、さまざまな関係性をつなぐお弁当の役割を改めて見なおしてもらう作品です。


《あゆみ食堂のお弁当》2017年 料理:大塩あゆ美 写真: 平野太呂

また発酵デザイナーの小倉ヒラクさんには「歌って踊れるお弁当ソング」の新作アニメーション《おべんとうDAYS》を制作いただき、この部屋と展示室入り口で上映しています。アニメーションと一緒に歌い出した小学生がいたり、たまたま居合わせたインド人とフランス人の家族が一緒に踊ったりしていたそうで、大変楽しいものになっています。小倉さんのWEBサイトでも、動画やプロジェクトの紹介を見ることができます。料理がすごく苦手なマッドサイエンティストのお母さんの代わりに、娘の「ね子ちゃん」と、うさぎ型ロボットの「おべんとウサギ」がお弁当を山の神のお父さんに届けるというユニークなストーリーですが、見るだけで誰もがお弁当がどういうものかわかるようになっています。振り付けも一人ではなく二人で踊ってはじめて完成するようになっています。


小倉ヒラク《おべんとうDAYS》 部分 2018年

第2章「五感で体感!おべんとう」では、たくさんのリボンで仕切られた空間にはいると、まるでプライベートな空間にいるかのように楽しめました。

オランダのイーティング・デザイナーであるマライエ・フォーゲルサングさんの作品《intangible bento》ですね。この展覧会では、現代作家による「お弁当」の新しい解釈による展示も行なっています。彼女の作品では、お弁当の「見えない」側面をクローズアップしています。作品はいくつかのブースに分かれていて、お弁当の精霊が「精霊フォン」を通じてお客様をナビゲートしてくれます。精霊の案内を受けながら、「お弁当」からひろがる世界を、視覚を遮るリボンの森の中で五感を働かせて感じていきます。体験していくなかで、廃棄物や食材の未来など、さまざまな社会問題や環境問題についても学んだといってくださった方もいらっしゃいました。短冊のような紙のリボンに自分のお弁当の思い出を書き込むブースの中には、大変多くの方の言葉が残されています。



マライエ・フォーゲルサング《intangible bento》部分


フォーゲルサングさんは、テーマを「食とコミュニケーション」にした当初から、参加いただこうと考えていました。その後「お弁当」を取り上げることが決まった段階で、来日してお弁当のリサーチをしてもらい、それをテーマに新作を作っていただきました。「キュッパのびじゅつかん」展でも会場構成デザインを担当されたフジワラテッペイアーキテクツラボさんに構造面を監修していただきました。

ひとつフロアを上がって北澤潤さんの《FRAGMENTS PASSAGE-おすそわけ横丁》では、北澤さんや美術館の周辺施設などのさまざまな方々がおすそわけしてくださったものを並べています。会場にあるリストを見れば、そのものの由来やエピソードがわかるようになっています。来場者はそこから1点、素敵だなと思ったものを選んで「おすそわけ」してもらうことができますし、ご自身も大小さまざまな「おすそわけBOX」からひとつを選んで持ち帰り、そのなかにおすそわけしたいものを入れて、また会場に持ってくることができるようになっています。



北澤潤《FRAGMENTS PASSAGE-おすそわけ横丁》


この作品を運営するファシリテーターの「おすそわけ組」は、日々ここで起きる出来事やコミュニケーションを記録しています。例えば紐を見て「これで、家にある針金と組み合わせて大きいシャボン玉がつくる!」と喜んでおすそわけしてもらった子どももいたそうです。また、数日後からカンボジアに行くという若者が、偶然、持っているカメラに合うレンズがそこにあることを見つけて、喜んでおすそわけしてもらうことにしたそうですが、たまたま居合わせた元新聞記者の方がその若者に、そのレンズは大変良いものだよと教えてあげたそうで、お客さん同士のコミュニケーションも生まれています。市場のようにものが並べられた奥にある、グリーンの人工芝を敷いたスペースでは、赤ちゃん連れの方も休憩していたり、美術館の中とは思えないほどリラックスできる一角になっています。

最後のセクション、第3章では、家族や学校など、日ごろ身近なお弁当のシーンから一歩踏み出して、少しの視点の変化から創造的なものが生まれる可能性を感じられますね。

テーマがお弁当になったとき、小山田徹さんがFacebookにアップされていた「お父ちゃん弁当」のシリーズをぜひ展示したいと思いました。世界の捉え方をお弁当箱の中にブリコラージュ的に表現されているところは、「キュッパのびじゅつかん」展で小山田さんに手がけていただいた《浮遊博物館2015》にも通じるところがあると感じています。

この「おべんとうから考えるコミュニケーション・デザイン」セクションのもうひとつの作品が、森内康博さん制作の、ドキュメンタリーとフィクションの映像ワークショップのインスタレーション《Making of Bento》です。参加した中学生たちの映像から感じられるバイタリティに元気をもらう人が多いせいか、これもアンケートで人気を博しています。

「お弁当」からスタートして、様々な造型やコミュニケーションに触れることができる展覧会ですが、全体的に体験型の作品が多いだけではなく、会場内に残された来館者のフィードバックが非常に豊かですね。



「おべんとうから考えるコミュニケーション・デザイン」セクション


実はカタログが2分冊になっていて、既に刊行済みの「いただきます編」に加え、後日「ごちそうさま編」が刊行される予定です。インスタレーションビューに加えて参加型の作品の記録などが収録される予定です。本展が食をめぐるコミュニケーションの複雑さや豊かさを考える機会となればと思っています。

BENTO おべんとう展──食べる・集う・つながるデザイン

会期:2018年7月21日(土)〜10月8日(月・祝)
会場:東京都美術館 ギャラリーA・B・C
東京都台東区上野公園8-36/Tel. 03-3823-6921
ウェブサイト:http://bento.tobikan.jp

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