キュレーターズノート

菊畑茂久馬 回顧展──戦後/絵画

山口洋三

2011年05月15日号

 私は自分を「日本戦後美術」の専門家とは自認していない。このコーナーでも何度か書かせてもらった「九州派」についての研究は、どちらかといえば行きがかり上のことで、地元との関わりで始めてしまった感が強い(そうかといってけっして仕方なくイヤイヤやっている訳じゃなくてそれなりに熱意を込めているつもりですけど)。それならなぜ今回、菊畑茂久馬回顧展を企画したか。それは「九州派」とか「戦後美術」とかいった枠からの興味ではないのである。

 あえて言えば、それは大竹伸朗とか中ハシ克シゲとかやなぎみわへの興味とか関心に近い。つまり1人の美術家とその表現についての興味。菊畑茂久馬の場合は、それがたまたま「九州派」と「戦後美術」のかなり深い部分にコミットしていた、というだけのことである。
 しかしそうはいっても、やはりそこはないがしろにはできない。かといって彼の作品を「戦後」の時空間のみに留め置くことは避けなければならない。ではどうするか。

 幸い、今回の展覧会は長崎県美術館との共同開催という形式を取ることができた。長崎県美の野中明氏は、2009年に同館で「菊畑茂久馬──ドローイング」展を開催しており、そして以前から知っている仲である。チームを組むに不足はない。つまり、会場をふたつ持つことで、少なくともふたつの視点が導入可能である。特に菊畑茂久馬の場合、1970年代といういわゆる「沈黙期」があるので、彼の業績を二分割しやすい。副題の「戦後/絵画」というタームはこれを端的に表わす。
 しかし、1970年代をたんなる沈黙期として見ず、1980年代における「絵画」への到達までの潜伏期として見ることも重要である。私の今回の関心はじつはここにある。廃品やがらくたを使った「反芸術」の時代から、どのように「絵画」にたどり着いたのか? 菊畑はこれを明確にはこれまで語っていないし、今回試みた長大なインタビューにおいても、やはり明瞭ではない。しかしそれでも、山本作兵衛に私淑し、戦争画について考え、オブジェをつくっていた頃の作品と著作を念頭に置きながら話を伺えば、そのあたりがおぼろげながら浮かんでくる。そのことで、逆説的に理解できたのが、1960年代という時代のことである。作家についてのデータ的な知識とか、作家のことばを棒読みしていては、けっしてたどりつけない〈わかり方〉である。
 菊畑茂久馬の作品は、九州派時代や1970年代の作品の多くが破棄されていたり行方不明になったりしているにもかかわらず、それ以外の、特に《天動説》以降の絵画作品が連作であるうえにF200号サイズと巨大であるため、特に彼の絵画作品を展覧しようとすると相当の空間を必要とする。これに1960年代の《ルーレット》などを足していくと、とてもひとつの展示室内には収まらないのである。まあそういう場合は普通作品数を絞りこむんでしょうけどネ、「大竹伸朗展」(「全景」および「路上のニュー宇宙」)以降、なんだか「絞り込むのは罪」みたいな感覚がこびりついてしまったのかもしれない。ふたつの会場を用いて、菊畑の「全景」をお見せできるだろう。


左=菊畑茂久馬《舟歌》、1993(加筆1997、2002)、作家蔵(長崎で展示)
右=菊畑茂久馬《ルーレットNo.1》、1964 、福岡市美術館蔵(福岡で展示)

 1988年に北九州市立美術館で初めての回顧展が開催されて以降、徳島県立近代美術館(1998)、福岡県立美術館(2007)、そして長崎と、美術館レベルでの個展が比較的成されてきた画家であるので、こうした先行する仕事に続くという意味で、それなりの緊張感はある。各館の(元)学芸員である山根康愛氏、吉川神津夫氏、川浪千鶴氏には多くの協力をいただいた。そして最近私の鼻先に突きつけられたのが、目黒区美術館で正木基氏が企画された「‘文化’資源としての〈炭鉱〉」展と、黒ダライ児氏の著作『肉体のアナーキズム』である。これは強烈だ(うひー)。しかもどちらにも菊畑茂久馬が関係している。前者には山本作兵衛との関連で、後者は、特に60年代後半期の肉体表現について。それからあの狂ったような年表(笑)。
 展覧会の主催には、菊畑氏とも関係の深い西日本新聞社とRKB毎日放送に入っていただいた。特にRKBにはご協力いただき、関連事業としてあの名作誉れ高い「絵描きと戦争」(1981)を上映できることとなった。そのほかにも、菊畑氏関連のTV番組の上映を予定している。作品の写真については、北九州市立美術館に追うところが非常に大きい。また他の館の方も、作品の再撮影とか新規撮影とか相当にこき使ってしまいました。福岡市美術館の新人の吉田暁子には膨大な文献の整理をお願いした。そして当館での「大竹伸朗展」につづき、デザイナーには藤田公一氏を起用。図録の出版元となるグラムブックスの黒川典是氏は、あのたまげるような量のインタビューをまとめてくださった(でもそれでもまだ減らさないとまずい)。
 今回は、完全に個人の力量を超えた仕事の質量だった。皆様に感謝。といってもまだ図録がおわってないケド。会場2つとか作品数多いとかいうの、しばらくはやめたいなあ。

菊畑茂久馬 回顧展──戦後/絵画

会場:
A──福岡市美術館(福岡市中央区大濠公園1-6/Tel. 092-714-6051)
B──長崎県美術館(長崎市出島町2-1/Tel. 095-833-2110)
会期:
A──2011年7月9日(土)〜8月28日(日)
B──2011年7月16日(土)〜8月31日(水)

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