2020年02月15日号
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キュレーターズノート

阿部典英のすべて──工作少年、イメージの深海をゆく

鎌田享(北海道立帯広美術館)

2012年05月01日号

 札幌の北海道立近代美術館で「阿部典英のすべて展」が開催されている。阿部典英は、1939(昭和14)年、札幌市の生まれ。20代前半で作品制作を開始し、北海道における前衛美術の進展のなかで大きな役割をはたし、そしていまなお現代美術の旗振り役として旺盛な活動を展開している。

 70歳は元気だ。統計上の裏づけや科学的な根拠は、もちろんない。身内を含めた幾人かを思い浮かべるとき、漠然とそう思う。現在72歳の阿部典英も、そのひとりだ。
 阿部と美術との関わりは、1955年の高校の美術部入部にはじまる。しかしその活動は阿部の関心を満たすものではなく1年あまりで退部、その後は独学を貫いた。替わって彼の興味を引いたのは、書であった。「鳥」「魚」「馬」といった漢字をそれが指し示す事物の様態に遡って表わしたり、紙と墨と筆が織り成す筆勢や濃淡に着目した作品を、次々と制作した。おりしもこの時期は、「墨象」や「抽象書道」といった言葉が登場したように、日本の書道界において前衛的表現が盛んに試みられていた。
 1958年に高校を卒業すると、阿部は札幌のゴム製品会社に入社する。その一方で絵画作品の制作を続け、1961年には行動展で絵画部門新人賞を受賞、また同年・翌年とシェル美術賞展で佳作賞を受賞した。それらの作品は、多色の矩形を連ねた構図、その上を覆う流動的な線、油絵具とゴム糊によるマティエールが特徴的な抽象絵画だった。この時期、日本の美術界では「アンフォルメル旋風」と呼ばれる状況が生じていた。アンフォルメルは、フランスの批評家ミシェル・タピエが、第二次世界大戦後に登場した新傾向の非具象絵画・抽象絵画に適用した概念である。日本では、1956年の「世界・今日の美術」展で大々的に紹介され、以後、素材感やマティエールの表出を特色とする抽象絵画が盛んに試みられた。阿部の作品も、その傾向に連なるものといえる。
 1970年代に入ると、阿部は立体作品へと転ずる。職場の工場が製造するゴム長靴の金属型にアルミを流し込み異形の人物像となした作品、石やタワシや金属片でユーモラスな形態をつくりメッキを施した作品……。アルミやメッキ、ゴムやウレタンといった工業材料を自在に使って、制作の幅を広げていった。これに先立つ1960年代には、「反芸術」と呼ばれる傾向が日本全国を席巻していた。従来の絵画や彫刻から大きく逸脱する素材・手法・形態・思想による作品が頻出し、芸術という概念の拡延をうながしたのである。


高校時代の書作品


1960年代から70年代にかけての作品


1980年代以降の木を使った作品

 こう連ねてくると、阿部典英という作家の軌跡は、戦後日本の前衛美術の動向と見事に同期していることがわかる。そしてこうした状況証拠から思い浮かべるのは、緻密で戦略的な思考を備えた秀才型の人物像だ──まあ、妄想気味のプロファイリングに過ぎないが。しかし実際の阿部から受ける印象は大きく異なる。その作品は底抜けのユーモアと野放図なまでの制作衝動を示しているし、その人柄は豪放磊落の一言に尽きる。
 アンフォルメルや反芸術の戦後日本美術における思想的意味については、例えば宮川淳や東野芳明の言説のように、それらが登場した当時から盛んに語られてきた。しかしこと阿部典英にとっては、そうした理論的側面よりも、個々の作品がみせる造形的な新しさこそが大きな示唆を与えたのだと思う。それらの作品が備えた表現手段や素材選択や提示手法の多様さは、阿部により自由自在な作品制作の扉を開かせていった。
 例えば、ゴム製品の金属型を利用した作品。もともと工業製品の生産手段であるものを、その本義的意味性を剥奪して芸術生成の不可欠な要素へとドラスティックなまでのテキスト転換を行ない、もって日常と芸術の境界の無効化を図ったと評することはできるし、間違いともいえまい。しかし阿部自身の実感としては、なにものかを作り出したかった、そしてそのときに身近にあるものを最大限に活用した、ということであろう。それを持って思想性の欠落とするのは不遜に過ぎる。阿部典英という作家は、なによりもまず「手を動かす」作家なのである。サブタイトルにふされた「工作少年」の一語は、その意味でこの作家の資質を見事に指し示している。
 そして重ねて思うのだが……アンフォルメル「旋風」や反芸術「流行」を担ったのもまた、阿部と同じく手を動かさずにはいられない「工作少年」たちだったのではないだろうか。前衛美術とその原動力としての制作衝動。それを反映しての、マティエールへの着目や異素材の流用、すなわちは手仕事(感)やひいては身体性の頻出。これらのことは戦後日本美術の状況を省みるうえで、もう少し考えてみたいと思う。

阿部典英のすべて──工作少年、イメージの深海をゆく

会期:2012年4月7日(土)〜5月6日(日)
会場:北海道立近代美術館
札幌市中央区北1条西17丁目/Tel. 011-644-6882

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