キュレーターズノート
超・大河原邦男展──レジェンド・オブ・メカデザイン
山口洋三(福岡市美術館)
2013年05月15日号
対象美術館
大河原邦男の回顧展「超・大河原邦男展──レジェンド・オブ・メカデザイン」が開催されると聞けば、ある年齢層の特に男性諸氏は心穏やかでないだろう。その名前は、1980年代アニメブームを牽引した作品群とともに記憶されているはずである。これまでにも、大河原氏の展覧会は開催されていたが、それは企画会社の手による、規模の小さな、どちらかといえば興行的なもの。あまり興味はわかなかった。しかし兵庫県立美術館が「本気」で取り組んでいる、と(「クロニクル展」準備中に)聞き、久しぶりに胸がざわざわと(笑)。GWの休暇を使って神戸に出向いた。
大河原邦男は、おもにロボットの登場するアニメーションにおける「メカニカル・デザイナー」という職分を打ち立てた、その分野のパイオニア的な存在である。彼の名前を不動のものとしたのは、なんといっても「機動戦士ガンダム」(1979-80)に登場するモビルスーツのデザイン、とりわけ「ザク」の存在に負うところが大きいだろう。それ以後のメカデザインは、そのデザイナーの名前とともに(特にマニアのあいだで)記憶され、語られることが多くなった。アニメも見ないしプラモもつくらない御仁にとっては「はあ?」という話かも知れないが(といってもその現象は美術の分野も同じでしょ)、現在、キャラクタープラモデルの分野を席巻している「ガンプラ」は、そのほとんどが第三者の手により「今風」のアレンジをかなり加えられているとはいえ、その原型は大河原デザインにあるといって過言ではないのである。
さて展覧会である。通覧して驚かされたのが、その出品量!「ガッチャマン」などタツノコプロ時代の仕事から、ごく最近の仕事まで、図録によれば400点を優に超えるデザイン原画や立体物で構成されている。じつは大河原のデザインの「系統」は同時期で輻輳していることがあるので、完全年代順に並べると流れがわかりにくくなる。そこを的確でわかりやすい章立てにより、破綻なくまとめ上げた企画者の手腕はすばらしい。私が訪問した折は連休中ということもあって来場者も多く、小さな紙に描かれた設定資料をじっくり眺めることが困難ではあったが、アニメ制作会社やスポンサーなどの意向に添いながら、さまざまなデザイン案を提示してきた大河原の仕事はまさに「職人=デザイナー」。どうしても「ガンダム」などアニメ作品とともに語られることの多い仕事をこなしてきた作家であるだけに、この展覧会は近年しばしば美術館などで開催される「サブカル」関連の企画ととらえられるかもしれない。しかしこの膨大な資料と仕事量を目の当たりにするとき、本展は「デザイン」の領域に触っており、そして1970年代以降の視覚文化の重要な担い手としての1人のデザイナーの回顧をしているのだということに(いまさらながら)気づかされるのである。
本展の見所はなんといっても第3章「兵器としてのロボット」であろう。ここには、「ガンダム」、「太陽の牙ダグラム」(1981-83)、そして「装甲騎兵ボトムズ」(1983-84)に関する資料やイラストが並ぶ。「ガンダム」に比して後者2作品は知名度で劣るが、大河原が登場ロボットのすべてを1人でデザインしたのはこの2作品である(ガンダムには、作画監督・安彦良和や総監督・富野由悠季のデザインへの関与があった)。会場で認識を新たにしたことは、「ダグラム」のころの仕事の質の高さである。架空とはいえ「兵器」という機能性の追求が徹底されようとしている。この方向性は、「ボトムズ」で頂点に達するのだが、「ダグラム」のデザインワークはその過程にあり、それゆえ、そこにはなんとも言い難い「高揚感」が漂っている。
こうしたデザインを番組のファンたちの記憶に一層しみこませた物が、立体物、つまりプラモデルの存在である。バンダイが売り出した「ガンプラ」は社会現象になり、現在もかたちを変えて新商品が開発されているが、当時タカラが販売したダグラム、ボトムズ関係のプラモデルの存在は、80年代前半の「神話」である。もともと大河原は、立体化を前提としたデザインを心がけており、デザインの立体化における商品開発者のアレンジを受け入れやすくしているところが特徴のひとつである。しかし残念ながら会場には、プラモデルの展示はなく、「ボトムズ」のコーナーに《1/1 スコープドッグ ブルーティッシュカスタム》が展示されていた(「ボトムズ」はこの番組におけるロボット兵器「アーマード・トルーパー[AT]」の総称であって個別名称ではない)。これはなかなかの迫力で、単調になりがちな資料展に空間的なメリハリを与えていた。ネットを通じてファンのあいだでは、知られた存在だったがまさかここで「本物」に出会えるとは思わなかった。作家のもとから会場まで運んでくるだけでたいへんなご苦労があったと想像されたが、その巨大な立体物のディテールを凝視するにつけ、「やはりここでは、タカラ製『1/24スコープドッグ』への言及がなされるべきでは?」という思いを強くした。ここからは「時代の空気」感の話になってしまって、後続世代とか、アニメブームの渦中にいなかった人にはなんのことかわからない話になってしまいそうで恐縮だが、かいつまんでいえば、大河原の設定画に全然似ていないが、実在したらこうなっているに違いないという圧倒的なリアリティを当時の多くのユーザーに抱かせた名作プラモデルが存在したのである。メーカー側の開発者の熱意と時代の空気がそうさせたものであるが、元の設定と、その設定に関わるプラモデル開発者の関係性が示されると、なぜ大河原デザインが圧倒的に(特に男子に)支持されたのかがわかるようになったのではないだろうか。
まあこれはマニアックに過ぎる贅沢な要求かも知れない。本展の主役はあくまでも設定資料のほうなのだから。アニメ制作会社に保管され門外不出とされている膨大な資料を調査して出品にこぎ着け、煩雑な権利関係をさばいて展覧会開催を実現した企画者には心から賛辞を送りたい。350頁を超える図録も、オーソドックスな作りながら、資料性は高い。12人もの関係者インタビューがじつはたいへんだったのではないだろうか? 入館者数云々とか美術館のこれまでにない取り組みとかいろいろ言えば言えるだろうが、展覧会としては極めて正攻法(もうちょっとマニアックでもよかったかな?)。結局のところ、美術であれデザインであれサブカルであれ、企画する学芸員の熱意と、対象への深い愛情によって展覧会の出来は決まるのである。
ところで、昨年話題となり巡回も取りざたされている「館長庵野秀明──特撮博物館」(東京都現代美術館、2012)を見たときにも感じ、今回の大河原展でますますその思いを強くしたが、すなわち、サブカルとはいっても特撮映画は立派な映画の一ジャンルだし、メカニカルデザインもアニメーションという映像作品の一角を担う。つまり日本の映像史、デザイン史における重要な資料がきちんと整理されて出品されているわけで、その数は膨大になることが確認された。こうした資料のきちんとした収集・保存・アーカイブ化の必要があるのではないだろうか。既存のミュージアムの体制では少々手にあまる分野なので、新規の体制作りが求められるように思えてならない(最後はきちんと学芸員らしくまとめ)。