キュレーターズノート

河井寬次郎の陶芸──科学者の眼と詩人の心/宇野亜喜良「ひとりぼっちのあなたに」/Chim↑Pom展「広島!!!!!」

角奈緒子(広島市現代美術館)

2013年12月15日号

 早いもので今年も最後の月を迎えてしまった。いますべきことは今年を振り返ることなのか、来年を想うことなのか。どうしたものかと悩ましいときには、展覧会を見てその世界に浸るに限るということで、今回は備忘録的に、広島で開催されている三つの展覧会を紹介したい。

河井寬次郎の陶芸──科学者の眼と詩人の心

 広島市の西隣の市、厳島神社で知られる宮島を有する廿日市市の美術館、はつかいち美術ギャラリーでは、「河井寬次郎の陶芸──科学者の眼と詩人の心」を開催中である。1890(明治23)年、現在の島根県安来市に生まれた河井寬次郎は、1914(大正3)年に東京高等工業学校窯業科を卒業後、京都市陶磁器試験場に勤務する。そこでは作陶の技術だけでなく、科学者の視点で釉薬の研究にいそしんだという。独立後は、中国や朝鮮の古陶磁を手本とした高い技術による作品を発表するも、柳宗悦や濱田庄司らとともに民藝運動に携わることで、既存の型にはまらない自由で力強い表現を自分のスタイルとして確立させることとなる。この展覧会では、河井の初期から晩年にいたる表現の変遷も見てとることができる。
 どっしりとした構えの、ややもすれば厚ぼったい印象を受ける河井の陶芸作品の鑑賞時には常々、見て楽しむよりも実際に使ってみたいと思わずにはいられなかった。今回もやはり同じ感想を持つこととなったが、展覧会サブタイトルにもあるように、今回の展覧会では陶芸だけでなく書なども含む、河井の「詩人の心」がよく表われた作品が紹介されていたこともあり、また別の楽しみ方が提案されていたように思う。というのも、けっして奢ることなくつねに謙虚な河井の姿勢は、質実な作品そのものや作品にまつわるエピソードなどからも窺い知ることができるが、河井の関心事のひとつに、「(円環的)調和」があったのではないかということに初めて気づいたからである。例えば、陶製の《鉄釉球体》。鉄釉の効果によって、絶妙な色合いを醸すこの球体は、宇宙から眺められた地球のようにも見えると同時に、地球創世神話などでしばしば語られる、秩序が成立する以前の混沌の姿をも想像させる。この球体のほかにも、両掌に小さな球を包み込んだ《木彫像》や「此世このまゝ大調和」という言葉とともに両掌と、左半分が白、右半分が黒の円が表わされた「円球」が登場する拓本など、「まるい」という状態への河井の愛着が感じられる。同じ「円形」に拠りながらも「パノプティコン」とは言わば逆のベクトルの視線、つまり、なんらかの「もの」や「こと」といった対象に向き合うとき、周縁に立ち、あらゆる視点から物事をとらえることができたのがこの河井という人物ではないか。さらに言えば、自身も含めすべての存在はつねに主体であり客体であるということを自覚していたのではないか。そのような河井の姿勢が、「花を見てゐる 花も見てゐる」「何もない 見ればある」「何といふ今だ 今こそ永遠」など、彼の残した多くの言葉からも窺える。彼の造形に見られる美は、こうした本人の潔く美しい姿勢から生まれ出でたものだと実感せざるを得ない。


はつかいち美術ギャラリー会場風景


《鉄釉球体》


《木彫像》
すべて写真提供=はつかいち美術ギャラリー

河井寬次郎の陶芸──科学者の眼と詩人の心

会期:2013年11月30日(土)〜2014年2月2日(日)
会場:はつかいち美術ギャラリー
広島県廿日市市下平良1丁目11-1/Tel. 0829-20-0222

宇野亜喜良「ひとりぼっちのあなたに」

 オリエンタルホテルに併設されているオリエンタルデザインギャラリーは、デザイン、家具、工芸といった、普段の生活で活用できるような実用的機能を兼ね備えたジャンルに特化し、国内外からのアーティストの作品を紹介している。先週、始まった展覧会「宇野亜喜良展──ひとりぼっちのあなたに」は、挿絵画家、グラフィックデザイナーであり、舞台美術においても活躍する宇野亜喜良(1934- 、名古屋市生まれ)の個展である。今春、広島市現代美術館で開催した「日本の70年代」展でも紹介した宇野亜喜良は、60年代後半以降、日本の演劇界をリードしていくこととなった寺山修司主催の天井桟敷の舞台広告や舞台美術を手掛けたことでも知られる。小さな顔に不釣り合いなほどの大きな瞳、小ぶりながらも肉感的な唇、色白で細身の身体が特徴の女性像と言えば、思い出される方も多いのではないだろうか。けだるそうなポーズをとったその姿態はどこか物憂げで耽美的な雰囲気を漂わせている。
 今回の展覧会名「ひとりぼっちのあなたに」は、寺山が綴った詩集のタイトルから引用されている。1965年、新書館より「フォアレディース・シリーズ」が発行された。これは、詩、小説、エッセイ、文学案内、海外絵本の翻訳、歌集など、まさに「レディー(となるべき少女)」を対象とした書籍で、シリーズ第一作目を手がかけたのが寺山修司であり、その装丁などのアート・ディレクションを務めたのが宇野亜喜良であった。宇野の描く女性の多くは、口を閉ざしているにもかかわらず、なにか言いたげである。彼女たちの印象的な目がそう思わせるに違いない。彼女たちの無音の声は、寺山の書く戯曲となって、または紡ぎ出す散文となって、鑑賞者や読者に語りかけられる。宇野のイラストレーションと寺山の言葉のコラボレーションは、65年の出会い以降、寺山亡き後のいまも続く。展覧会では、寺山が戯曲を提供した劇団人間座「アダムとイヴ──わが犯罪学」(1966)、劇団人形の家「人魚姫」(1967)、「新宿版千一夜物語」(1968)、「星の王子さま」(1968)「毛皮のマリー海外公演」(1969)などの演劇ポスターとその原画はじめ、書籍挿絵のための原画も楽しめる機会となっている。


ライブペインティング中の宇野亜喜良


《星の王子さま》ポスターと原画


『人間を考えた──人間の歴史』原画
すべて写真提供=オリエンタルデザインギャラリー

宇野亜喜良「ひとりぼっちのあなたに」

会期:2013年12月5日(木)〜2014年1月14日(火)
会場:オリエンタルデザインギャラリー
広島県広島市中区田中町6-10/Tel. 082-240-7111

Chim↑Pom展「広島!!!!!」

 現存する被爆建物のひとつ、旧日本銀行広島支店では、「EXsite vol. 15 Chim↑Pom『広島!!!!!』」展が始まった。おそらく多くの人が一度は耳にしたことがあるのではないかと思うが、Chim↑Pomと「広島」との微妙な関係の始まりは2008年に遡る。知らない人のためにかいつまんで説明すると、同年、広島市現代美術館で予定されていた個展に際し、映像作品制作のため広島の空に飛行機雲で「ピカッ」という文字を描いて騒ぎとなり、展覧会の開催を中止せざるを得なかったという、例の出来事である。彼らにとっては、5年という歳月を経て、満を持しての広島での個展となった。以前、発表する予定にしていた「旧」新作の《リアル千羽鶴》、今回の個展のために制作した新作《平和の日》《PAVILION》含め、「原子力」「原爆」「原発」をテーマに、近年の彼らの作品を概観することができる、ちょっとした回顧展のような印象をも受ける充実した内容となっている。
 2011年3月11日以降、フクシマの状況にいち早く反応を示し、現地に赴き制作を進めてきた彼らにとって、ヒロシマ−フクシマというラインは大きな意味を持つようだ。そのことは、熟考されたと思しき展覧会の構成、導線からも窺える。今回、広島での新作は、福岡県星野村(現・八女市星野村)にて保存されている「平和の灯」を素材として制作された。広島で兵役についていた故、山本達雄氏が、原爆投下直後の市内でくすぶっていた残り火をカイロに採取、帰郷後に絶やすことなく燃やし続けた「火」であり、1968年以降は、星野村が建立した「平和の塔」の中で継承されている。広島の街を火の海と化した元凶の「火」を利用した「火のドローイング」は、屏風のようにもしつらえられ、奇しくも蔡國強の火薬絵画を想起させる。蔡は、2008年、つまりChim↑Pomの個展開催予定日と同時期に《黒い花火:広島のためのプロジェクト》と題した黒い花火を、原爆ドームがたたずむ空に打ち上げた。彼らが蔡を意識したのかどうかは定かではないが、作品を見て、筆者が受けたような印象を抱いた人は少なからずいたに違いない。このような反応の可能性を承知のうえで、あえて制作・発表しているはずであることから、彼らの意地を見た気がしたのは、穿った見方なのだろうか。このドローイングのモチーフは、広島を連想させる紅葉や鹿、厳島神社の鳥居ほか、広島のスーパーマーケットで集めた商品のパッケージなどから採ったという、他愛もないものである。こうしたモチーフの選び方には、彼らがその本質においてもつ無邪気さの現われであるともとらえられるが、原爆の残り火を使用することに「攻め」の姿勢を見せておくことで、人々を納得させようとしていないだろうかと疑いたくもなる、どこか歯切れの悪さを覚えてしまうことは否定できず、いい意味で彼らの持ち味とも言える「突き抜けた感じ」が伝わってこないのは残念であった。扱うテーマがなんであれ、自分たちのアンテナがキャッチし、彼らなりに自分たちの使命を考え、真摯な気持ちで制作に取り組んでいることは理解できる。しかしながら、Chim↑PomをChim↑Pomたらしめていた禁忌ギリギリのやりたい放題の姿勢は、多くのことを経験した彼らからいまや失われつつある。アーティストとしての社会に対する態度表明において、岐路に立っているときなのであれば、今後彼らが向かう方向性がどこなのか、今後の動向を見守りたい。


《リアル千羽鶴》(手前)、《PAVILION》(奥)、《平和の日》(右)


《平和の日》


《平和の日》


《LEVEL7 feat.『明日の神話』》


手前左=《without SAY GOODBY》、奥=《REAL TIMES》

Chim↑Pom展「広島!!!!!」

会期:2013年12月8日(日)〜12月17日(火)
会場:旧日本銀行広島支店
広島市中区袋町5-21

 今回の記事の執筆中、山口在住の作家、吉村芳生さんが亡くなったという訃報を受けた。鉛筆・色鉛筆を用い、大画面いっぱいに描かれた野に咲き狂う花、新聞紙に描いたさまざまな表情をした自画像など、一度見たら忘れることができない繊細さと同時に力強さも兼ね備えた、偏執狂的なまでに細密な作品を描き続けた。新たな作品を目にすることができない寂しさを抱きながら、ご冥福をお祈りしたい。

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  • 中原浩大──自己模倣
  • 河井寬次郎の陶芸──科学者の眼と詩人の心/宇野亜喜良「ひとりぼっちのあなたに」/Chim↑Pom展「広島!!!!!」