キュレーターズノート

アーティスト イン レジデンス須崎「現代地方譚」

川浪千鶴(高知県立美術館)

2014年02月01日号

 昨今の「アーティスト・イン・レジデンス」(以下AIR)を大づかみに定義すると、「アーティストを一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながら作品制作を行なわせる事業のこと」となる。レジデンス専門施設での定期的な活動はもちろんのこと、全国各地で行なわれている地域おこし事業の一環としても、この言葉は定着した感がある。
 しかし、高知県須崎市初のAIRに参加して、あらためてAIRって何だろうと考えさせられた。そして、その核心に触れる幸福な体験をすることができた。

AIR須崎における「誰が」

 確かに施設や予算も大事なのだが、AIRに必要不可欠なのは「人」ではないだろうか。
 願望や意志(動機)よりも助成金や補助金ありきの主催者や、既存プロジェクトの応用でこなさざるをえない、展覧会という結果ありきの内容も少なくない。
 「誰が、どこで、何を、何のために」するのか。AIR須崎の成果は、まさに「誰が」の部分、「人」ありきで始まったことが大きい。具体的には、地元に関係する3人の人物の、奇跡的ともいえる巡り合わせがなければ実現はなかっただろう。
 一人目の川鍋達さんは、ドイツで十数年作家活動をした経験をもつ千葉出身のアーティスト。総務省の「地域おこし協力隊」に応募し、地域文化の活性化を担う担当者として昨年5月に須崎市に派遣された。二人目のアーティストは、須崎市出身の竹崎和征さん。東京で創作や発表だけでなくギャラリー運営や展覧会企画にも携わるなど、幅広い現代美術の体験や交流を重ね、数年前に拠点を地元に移した。そして、三人目がAIR須崎の舞台である「すさきSAT まちかどギャラリー」の運営を昨年4月から担当している地元住民の佐々木かおりさん。アートに関する経験はないけれど、地域に恩返しをしたい、地域の人の役に立ちたいという彼女の真摯な思いや熱意が二人のアーティストを結びつけ、AIR須崎を実現、成功させたといっても過言ではない。アートのプロパーだけではなく、佐々木さんのような地域住「人」のつなぎ手の存在こそが、AIRの成否を握っているのだ。
 アーティスト支援が手厚いドイツで研鑽を積んだ川鍋さんはAIRの発案者であり参加アーティスト兼事務局、日頃から高知のアートシーンを活性化させたいと考えてきた竹崎さんは作家選考などキュレーションや制作・滞在のアテンド、地域住民の信頼が厚い、聞き上手の佐々木さんは地域連携や広報など事務局のマネジメント、こうした三者の分担もバランスがとれている。
 ちなみに財源は観光庁が委託している「滞在交流型観光に係る受入環境改善事業」。AIRの構想は川鍋さんらのなかに早くからすでにあったというが、補助金のめどがつき作家交渉が正式にできたのが昨年12月頃。わずか1カ月ほどの準備期間で広報物制作などを突貫工事で進めた苦労は数えれば切りがないだろうが、その過程も含めて運営チームはいつも楽しそうで幸せそうに見えた。「人」本位のAIRの本質と可能性を垣間見た気がしている。


番外/すさきSAT まちかどギャラリー(旧三浦邸)前の作家と企画者たち
撮影=maaphoto

AIR須崎における「どこで」

 さて「誰が」の次は場所について。
 須崎市は弓形をした高知県沿岸のほぼ中央に位置している。変化に富むリアス式の海岸線が特徴的な須崎は豊かな漁場として、また海運の要の港町として栄えた歴史をもつ。明治期に高知県で初めて鉄道が敷設され、商工業も発達。幕末には芝居絵屏風で名を成した絵師・絵金も数年滞在制作するなど華やかな歴史と文化を有している。しかし、多くの地方都市同様、人口減少、高齢化、経済構造の変化への対応の遅れなど多くの問題を抱え、現在は地域文化の発信どころか維持すら困難な状況へと陥っており、いつ行っても人通りが少ない。
 AIR須崎は「すさきSAT まちかどギャラリー」を公開制作場所兼展覧会場にしている。ちなみに「SAT」とは須崎市が提唱している「サービスエリアタウン」の略。サービスエリアのような気軽さで寄り道したくなる町にという主旨のもと、地域文化の拠点・まちかどギャラリーは旧三浦家を再利用して2010(平成22)年に開設された。
 三浦家は高知県を代表する豪商として知られている。特に五代目三浦重作は、それまで大阪で仲介料を取られていた土佐和紙の東京直移出を成功させた紙業界の立役者であり、以後和紙の販路は飛躍的に拡大した。海運、植林、米穀、酒造、金融などにも進出し、明治末には高知県屈指の実業家となった。こうした明治・大正・昭和を通じた須崎と三浦家の繁栄を伝える建物は、ギャラリーとして使っている商家(証券会社)部分は大正期、邸宅部分は明治期(昭和の増築部分もある)に建てられ、傷みがあるとはいえいまも風格を保っている。
 町の中心部に位置していることもそうだが、須崎隆盛の歴史と重なる旧三浦家の求心力は、サービスエリアタウンの一翼を担うまちかどギャラリーにとっても、今回のAIRにとっても重要な「場の力」につながっている。
 通常は市民の創作発表の場所として使われているまちかどギャラリーが、AIR須崎の現場として見事に機能した理由には、訪問客にお茶やコーヒーをふるまい、町やこの場所の思い出や記憶を丁寧に聞き続け、清掃を行なってきた佐々木さんをはじめとする運営スタッフの、日々のもてなしの蓄積があることも付け加えたい。

AIR須崎における「何を、何のために」

 AIR須崎のチラシには「六人が紡ぐ、須崎の記憶」とある。
 竹崎氏が今回選出・招請したのは、小西紀行(広島)、竹川宣彰(埼玉)、COBRA(東京)ら県外から3名、川鍋達、竹花綾、横田章ら県内から3名、20代から40代のアーティスト計6名(敬称略、以下同)である。
 須崎とまちかどギャラリーに2週間滞在し、「須崎に埋もれかけている記憶と記録を発掘、新たな価値を見つけ」、「地域の歴史や風土を掘り起すと共に町の現状を体感し、作品のかたちで発表」することが参加条件であり、目的。また制作過程も完全に公開し、「住んでいる人の想像を超えるような切り口で須崎を見せ」、住民との交流を通じ地域の活性をうながすこともアーティストには求められた。
 急な招請のため竹崎さん旧知の若手アーティストが選ばれたとはいえ、ほぼ全員が、初めての土地で、初めてのレジデンスに取り組んだ。2週間という限られた期間内で現地リサーチから始め、環境を整え制作を行ない、発表まで一貫して公開していくことは誰にとっても大きなプレッシャーだっただろうが、公開制作1週間目の現場を見学したときのこと、共同制作と共同生活をアーティスト全員が心から楽しんでおり、それがとても豊かな(旧三浦家=ギャラリーの)「住み開き」になっていることに、ちょっと驚かされた。
 創作は個人の領域だが、長老とのまち歩きや古道具屋探訪を行ない、図書館等で歴史や記録を紐解き、立ち寄ってくれた住民と気さくに交流する姿は6人に共通していた。ギャラリーから5分も歩けば美しい海が待っている。釣り自慢、料理自慢のアーティストも多く、制作の合間に釣った魚をさばいては毎晩一緒に食べ、「いま・ここ」で得た体験を語り合ったという。
 「6人のアーティストが同じ土地と時間に身をおき、学び考えつくる、話す釣る食べる。一人で、そしてみんなで。」私は公開制作期間中の訪問の印象をこうFacebook上に紹介した。AIRの核は滞在「制作」だが、制作が「滞在=暮らし」の実感に支えられている事実。
 AIR須崎には、「現代地方譚」というタイトルがついている。「譚」とは物語や咄の意。客人(まれびと)であるアーティストたちが須崎を訪れ、須崎の人や歴史に出会い、体感したもののなかから作品という新たな物語を紡ぎ出していくこと全体を「地方譚」ととらえている。
 タイトルも「埋もれかけた記憶と記録を発掘し、新たな価値を見つける」というコンセプトもさほど珍しくはないのだが、事務局スタッフやアーティスト、住民や外からの鑑賞者などAIR須崎と大なり小なりご縁を結んだ人たちの誰もが、力まず自然体で幸せそうに見えたことが(実際私もほっこりした幸福感を感じ3回も通ったのだが)、アートってよくわからないけど楽しい、須崎にまた来たいという来場者の声をしばしば耳にすることができたことが、今回の成果を端的に表わしているといっていいだろう。


公開制作中の竹花綾(右手の黒板は元証券会社だった建物の名残り)


公開制作中の竹川宣彰(奥は川鍋達の制作スペース)

AIR須崎の現場から

 会場の導線順に作品を紹介しよう。
 商家スペースに入ってすぐにあるのは、COBRAが須崎の古道具屋で出合った錆びた羽釜と写真パネル、《フライング・オブジェクト》。空飛ぶ羽釜が演じた未確認飛行物体と、COBRAが演じた謎の人物「須崎・Y・純一」の掛け合いが紡ぎ出す、怪しくてどこか懐かしい不思議な物語は、須崎での入念なリサーチと作り込みに裏付けられている。
 その奥には竹花綾の、須崎で集めた古いトタン板や錆びたドア、窓枠などの建築廃材でできた壁が出現している。竹花が選び、組み合わせた廃材には「須崎がもつ海の近くの空気感やさびれた風景が残る美しさ」が漂う。巨大なインスタレーションなのだが威圧感はない。むしろ一枚の紙に描かれたドローイングのような軽やかさが印象に残る。
 蔵の二階に上がると、作業机や参考図書、絵の具など活動の痕跡を残したまま、《むかしまっこう さるまっこう》と題された小西紀行の小さな絵が壁一面に貼られていた。これまで人間をモチーフにしてきた小西だが、今回須崎や高知の伝承や民話、怪談を調べあげ魅力的な化け物を描き出した。親子の幽霊や座敷童、人魚の肉を食べた八百比丘尼などが滑るようなタッチでユーモラスに描かれており、思わずクスッとしたり、蔵の雰囲気も相まってぞくっとしたり。タイトルは高知県の方言で、「おしまい」とか「めでたしめでたし」といった意味で民話の締めくくりに使う言葉。


COBRA《フライング・オブジェクト》


COBRA《フライング・オブジェクト》


竹花綾の完成作品


小西紀行の展示空間(蔵の2階)入り口


小西紀行《むかしまっこう さるまっこう》

 邸宅スペースの座敷では、映像と絵画、立体の作家4人が、それぞれの作品の見応えは保ったまま日本家屋の空間と見事なコラボレーションを見せている。COBRAの揺らめく水面の映像は玄関前の障子に投影され、オブジェと絵画で構成された竹川宣彰の《須崎日記》の絵画は鴨居に、須崎で見つけた舟の櫂や居酒屋で食べた貝殻を使ったオブジェは床の間に収まった。複数の絵画を組み合わせた横田章は、滞在制作場所を展示空間に転用するかたちで作品をなじませた。
 竹川の《須崎日記》には、須崎で食べた魚やイノシシの肉、知りあった人々など滞在中に体験したリアルな出来事と、歴史的、時事的、社会的な問題が合わせ技でユーモラスに作品化されており、笑いながらも真剣に考えさせる。須崎の首切り地蔵をモチーフにした風景画を制作した横田は、これまでのスタイルから一歩踏み出す試みに挑戦している。モチーフに呼応するかのように、変形パネルは分割され、ずらして構成され、複雑な絵画空間を生み出している。
 そして、三つの座敷(COBRA、竹川、横田の展示空間)と縁側、庭を見事につなぎ合わせたのが、襖を取り払った敷居の上に川鍋達が設置した三本の角柱状のミニマルな立体作品だった。敷居は座敷の一部だが、部屋と部屋のあわいにありどこにも属していないともいえる。そうした絶妙な場所を選び出し、しかも自由に軽やかに敷居上を可動する作品は、時に自らを主張し、時に建物の一部のように他のレジデンス作家の作品に寄り添う。一見けばけばしいのだが不思議に座敷になじむ色彩と日本家屋のシンプルさに呼応する直線的な形状。ドイツで長年、美術作品の独立した価値を追求するコンクリート・アートに携わってきた川鍋の力量と新たな展開を感じさせる。
 どのアーティストも自分のスタイルは保ちつつも、須崎の地でテーマや素材、モチーフ、展示空間、そして人に真摯に向き合い模索し、多義的で魅力的な新作を期間内に完成させたことは賞賛に値する。アーティストたちが滞在し、多くの人が足を運んだことで、須崎の町に新たな風が通り、アートの現場となった屋敷がひとつ大きく深呼吸したように思えた。


竹川宣彰《須崎日記》


竹川宣彰《須崎日記》(鴨居の絵画)/COBRA《フライング・オブジェクト》(映像)


横田章の制作スペースと完成作品


横田章


竹川宣彰(鴨居の絵画、床の間のオブジェ)、川鍋達(三色の角柱)


川鍋達


竹川宣彰、川鍋達、横田章(右手の絵画)


川鍋達、横田章(奥のスペース)

アーティストインレジデンス須崎「現代地方譚」

会期:
[公開制作]2014年1月11日(土)〜1月24日(金)
[展示会期]2014年1月25日(土)〜2月25日(火)
会場:すさきSAT まちかどギャラリー
高知県須崎市青木町1-16/Tel. 050-8803-8668

学芸員レポート

 AIRが地域の振興や活性化に直接役立つことは、じつはあまりない。なんだかわからないけど気になるものを、面白いものを皆で楽しむことで、須崎に親しみ、須崎を学び訪ねる人が少しずつ増えていく。AIRの成果とは会期中の動員数だけではなく、実感した人たちひとりひとりの暮らしのなかにつながり、暮らしのなかでじっくりと醸造されていく見えないものの中にあるのではないだろうか。
 AIR須崎を訪ねる際は、「すさき女子と歩く、須崎ちょこぶら60分」に併せて参加することをおすすめする。地元の老舗醤油屋や焼き鳥屋の元気なおかみさんたちがガイドする、町の風景を楽しみながら記憶や歴史をたどる小さなツアーが8本そろっている。須崎風モーニングや朝どれ刺身、鯖みりんをつまみながら、史跡や名物、人や店や町を訪ね歩く散歩は、AIR須崎の参加アーティストが2週間で体験したことの一端を訪問者に垣間見せてくれるかもしれない。

すさき女子と歩く、須崎ちょこぶら60分

会期:2014年1月18日(土)〜2月11日(火・祝)
*毎土日祝日開催、要予約、参加費1,000円