キュレーターズノート
風の沢ミュージアム「泉田之也展」
伊藤匡(福島県立美術館)
2014年06月01日号
対象美術館
古民家に展示された現代アート──。風の沢ミュージアムは、古民家に現代アートを常設で展示する美術館である。
場所は、仙台市から北に車で約1時間。平坦な仙台平野から丘陵地帯に少し入った栗原市一迫にある。雪はそれほど多くないが、名前のとおり栗駒山下ろしの風が強いところだ。敷地全体は散策路になっている裏山や、イベント会場として整備中の原っぱも含めて15,000坪の広さがある。建物は、江戸時代末期に建てられた茅葺き屋根の農家を改修して現代美術の展示室とし、倉庫のひとつを民芸のやきものなどを展示するギャラリーとしている。庭や裏山は野外の展示空間となっている。今年完成したショップ&カフェ棟では、全国各地の陶芸家の作品を購入することができる。
華道家の杉浦節美氏と子息の風之介氏が運営にあたっているが、2010年の開館以来の活動を見ると、陶芸や華道に関する展示が目につく。これまでに、陶芸の吉川正道、華道の松田隆作、段ボールなど紙で制作する本濃研太、木彫の伊藤光治郎を約6カ月のロングランで紹介してきた。今年からは、アーティストのユミソン氏をアート・ディレクターに迎え、本腰を入れて現代アートの展示に取り組んでいる。
今年の展示は、陶芸作家・泉田之也のインスタレーションである。岩手県野田村で器やオブジェを制作している泉田にとって、インスタレーションは初めての試みという。母屋に入ると、囲炉裏のある板の間の奥に、ほの暗い光を反射するオブジェが置かれている。畳八畳ほどの広さの二つの部屋では、畳が取り払われ、床面は土や砂に覆われている。干からびて地割れを起こした地面から、二枚の土壁が立ち上がり、互いに相手を押すようにして直立している。奥の部屋では、噴火口のようなかたちに整えられた砂が床一面に敷き詰められ、火口部をなかば覆うように長方形の薄い陶板が何枚も突き刺してある。床の間には四角形の薄い陶板が何十枚も重ねられた塔のような作品が、置かれている。硬質で力強い印象を受けると同時に、時間の経過や風などの自然の力によって土台の地面が崩れてしまいそうな危うさを想起させる作品群である。
母屋はちょうど屋根を修繕中で、雨戸を閉め屋根にブルーシートをかけた状態だったため、縁側の外から作品を見ることができなかった(修繕作業は6月中旬までの予定)。展示については、部屋を仕切っている障子をすべてはずして、縁側や庭先から作品を見てもらう計画もあったようだが、古民家らしい展示を重視して、障子を背景に作品を鑑賞するかたちに落ち着いたのだという。確かに障子を背景にした展示は、ホワイトキューブの空間内で見るのとは印象がかなり異なるだろう。
展示は別棟の板倉や野外の裏山へと続いている。そこではまた肌触りが異なる作品群が見られる。御堂や、その手前の地面に置かれている《折》の作品は、柔らかい金属を折り曲げたような形をしている。また、裏山の斜面には、球形の大きな窯のような作品群もある。土という素材がどこまで変型可能なのか、どのような質感が出せるのかなど、作風の定形化を避けて、探求を続ける泉田の作陶姿勢が窺える。
裏山を登りきると展望台になっていて、残雪の栗駒山が真っ直ぐに見える。眼下は崖になっていて、崖下の野原では、東北の民俗芸能が一堂に会する「くりはら万葉まつり」が開かれる。同館では、15,000坪の広大な敷地を、散策やイベント広場、体験学習が可能な里山公園として整備しつつある。また、東北の里山に残る有形・無形の地域資源と人との出会い、協働を文化芸術の力で支援し、地域振興、里山暮らしの普及を目的としたNPO法人を立ち上げるなど、活動の体制は着実に整えている。今年完成したミュージアムショップ&カフェ棟で、オーナーの子息風之介氏が煎れた美味しいコーヒーを飲みながら話を聞いた。それによると、始めから古民家を展示空間にしようとしたのではなく、縁あってこの土地と古民家を譲り受け、その後活用法を考えて少しずつ具体化していったという。冬期(11〜3月)は休館していることもあって、年間の来館者はまだ2,500人ほどでとても採算がとれるには至っていないが、それでも毎年少しずつ増えているという。
東北の田園地帯で始まった文化芸術による地域興しの動きが、今後どのように展開するのか、注目したい。