キュレーターズノート

浮世絵師 歌川国芳 展

岩﨑直人(札幌芸術の森美術館)

2015年08月01日号

 札幌芸術の森美術館では、今年度ゴールデンウィークのころよりおよそ2カ月間、「浮世絵師 歌川国芳展」を開催した。本展の企画元は、京都に本社を置く展覧会企画会社アートワン。当館および北海道新聞社がこれを買い取り、共同開催という運びとなった。総計200点の国芳作品が札幌にやって来るまで、鹿児島、富山、京都と巡っている。先行開催館の広報印刷物を目にしたり、現況や情報を得るにつけ、今か今かと気分は高揚した。なにせ、国芳の代表作がこれだけまとまって紹介されるのは、北海道史上初めてのことである。

 しかし、この点を勘案しても当方の入館者数見込みはまだまだ甘かった。前編、後編の計62日間の会期を経て本展が幕を閉じたとき、結果的には想定の3万人をはるかに超える5万人の鑑賞者を数えたのである。人々は、国芳を、浮世絵を待ちに待っていた。正確な入館者数は、51,218人。これは当館の歴代9位を記録するものである。ただ、その直後に開幕し、現在開催中(2015年8月30日まで)の「スター・ウォーズ展」にびゅんと抜かれてしまいそうな勢いではあるが。

浮世絵──江戸の当時の現代美術

 さて、そもそも当館において江戸時代の美術を主軸に据えた展覧会の開催は、初めてのことであった。当館の開館は1990年。それに先んじて、彫刻を野外展示する札幌芸術の森野外美術館が1986年に開館している(1999年の第三期拡張工事において74点の彫刻作品が揃い、いまのかたちとなる)。それもあって、札幌芸術の森美術館は、彫刻の展覧会を比較的多く行なってきた。また、同じ札幌市内には北海道立近代美術館があり、その名称の通りの性格から、当館は、それと棲み分け、現代美術展を精力的に開催してきてもいる。つまり、当館は、この地において日本近世以前の古美術をテーマとする展覧会の実施をその役割として負っていないのだ。
 しかし、思えば、浮世絵は日本において初めての大衆性を如実に表わした庶民芸術であり、時世粧を写す江戸の当時の現代美術であった。また、浮世絵版画の製作情況、生産形態、流布のあり方は、大方の見方通りメディア・アートと目される。メディア・アートは創造都市を標榜する札幌市がその活性を目指す分野のひとつである。やや我田引水的なところも含みつつも、これを鑑みるに浮世絵の展覧会を当館が行なうことは、さほどその方針とかけ離れているとも言えない。ましてや、取り上げるは浮世絵師のなかでもかの国芳である。文化爛熟、印刷技術最高潮の江戸時代後期にあって、この絵師は、実に多彩で多様に巧みに江戸の空気を活写し、のみならず江戸の文化をつくっても見せた。当館がこれを紹介するべき意義と要件は十分に整えられている。

札幌会場のオリジナリティ1──「絵解きパネル」

 本展実施の決定は、いまからおよそ2年前になされた。当館としては初めてのこの美術分野を、理念、方針、これまでの実績になぞらえていかにして紹介すべきかの協議を重ねた。先に述べたように、本展は、すでにできあがった展覧会である。普通は、先の会場が並べたようにここでも展示室の造り、壁の仕切りに応じて、陳列すればよい。作品を解説するパネル、作品の基礎情報を示すキャプションももちろん、ともにセットで巡ってくる。それらを作品の合間に適切に挿せばよいことだ。
 しかし、結果的に札幌会場は他とは異例のスタイルを採ることとなった。もっとも特徴的なもののひとつは展覧会期間である。他では、作品保護の観点からその展示期間の上限とされた約40日間を会期とし、一部例外の約30日間上限作品を会期半ば頃で展示替えするというのが通例であった。来館者が足を運ぶ機会を可能な限り増やしたいと願った札幌会場では、その例外的作品の会期にあわせて30日間を半期とし、両期あわせて60日間の長期に設定した。それぞれ「前編」「後編」と銘打ち広報したため、一見、二分したように見えるが、前述の通り、じつは2倍したというほうが妥当なのである。これによって真に二分されたのは、出品点数のほうである。浮世絵はとても小さく、一般的判型の大判はいまでいうところのA3判程度の大きさしかない。200点という数も浮世絵展としてはけっして多いほうではないのに、その数二分の半期100点。当館展示室850平方メートルに浮世絵100点は、率直のところ、すかすかである。


展示風景

 この「箱」とそれに収めるべき「個数」のアンバランスを解消したのは、札幌会場の特徴のもうひとつ、「絵解きパネル」である。これをすべての出品作品に添えた。もちろん、造形的な面のみでも浮世絵は十分に魅せてくれるが、当時の社会風潮、文化的流行、見立てや諷刺の複層構造などを知れば、画題、内容をよりよく解することができ、ひいては、その造形の意義をも知れる。浮世絵はまこと説明に事欠かない。いくらでもお話しができる。かといって、文字だらけの解説パネルをすべての絵のそばに貼り付け、これを鑑賞者に強いるわけにはいかない。そこで、文字数少なく平易な文章、ビジュアル重視の絵解きパネルを製作するに至った。
 その掲示が、展覧会として成り立つのに十分な物量を補い、かつ、内容的に彩りを加えた。喜ばしいことに当方が当惑するほどに、この絵解きパネル群が鑑賞者からすこぶる好評であった。アンケートの回答のみならず、展示室内の監視員さんや券売受付員さんを介してもそのお声をこれまでに例のないほど多数頂戴した。さらに極まった方は、担当学芸員との面会を希望され、絵解きパネル集の出版までも要望された。絵解きパネルは展覧会場での掲示のみを目的に製作しているため、書籍体裁をなすためにはそれに見合った改編が必要だし、また版行のための別種の事務処理、手続きを要することを伝えた。そのときの私はきっとお詫び申しながらも、度重なる好感触に破顔していたと思う。それだけ、全作品分の絵解きパネル製作には時間と労力を費やし、創意工夫と想像力をフル稼働させていた。もうひとりの本展担当者とともに憔悴しきっていたのがいまとなっては懐かしい。

札幌会場のオリジナリティ2──前編/後編による出品作品の総入れ替え

 前後期制の各期完全入れ換え100点ずつ出品というスタイルの産物は、これに留まらない。もともと9章仕立ての章構成は前・後編各6章、計12章に組み直している。鑑賞後の印象が前・後編で似ること、つまり既視感を持たれるようなことは避けたかったため、ジャンルをできるだけ前・後編のどちらかに偏らせ、差異化を図った。通常の前後期制は、一部の作品が通期出品適わぬために当該作品を指して用いられるものだが、札幌会場の場合、出品作品の総入れ替えを謳っており、どちらも併せて鑑賞するというケースが通例より多いのではないかと想定されたためである。なお、前期、後期という言い方ではなく、前編、後編と触れ込んだのもそういった一部だけでは片手落ち、二部完結といった観点からだ。現に両期とも鑑賞した人の割合は、31パーセントと比較的高かった。鑑賞者の好みが前後で明確に分かれたのはその差異化に腐心した労が報われた感じがする。
 結局、章タイトル、出品番号もまったく別物となり、それに応じてキャプション、配布の出品リストも独自に製作した。また、国芳戯画に登場する猫や金魚の型抜きパネルによって国芳の確かな画技を浮き彫りにし、上下ひっくり返ると別人の顔になるという戯画作品を実際に回転させてその変化の過程も確認できる小道具などを造作、掲示し、展示に変化を与えた。ほかにも自立式大型猫型コーナーパネルや桜の刺青偉丈夫バナーなど思いに任せつつも最後には冷静な判断を働かせて、しかし、たくさん製作した。結局、巡回されてきた物で使用したのは、作品と略年譜パネルのみであった(じつは、年譜に関しても、項目を12に絞り切り、各事項に「不遇」「遅咲」「飛躍」「絶頂」などの小見出しをつけた「国芳生涯早見表」なるものを別に製作して掲示している)。
 こうした札幌会場のみの特例をご容認いただいた作品所蔵者の皆様、および企画会社アートワンには、感謝し尽くせぬ思いでいっぱいである。また、展示作業が倍加したにもかかわらず素早く丁寧に行なってくれたマルイ美術にも頭が上がらない。そして、本展をともに築き、成功裏に導いたもう一人の担当者、立花未希布はまことにでかした。大でき大できである。
 最後に、展覧会場において、いつになく鑑賞者同士の会話を弾ませ(もちろんひそひそ声)、笑みをこぼさせた(時に声をあげてしまう方もいた)絵解きパネルのほんのごく一部を紹介して結ぶ。


骸骨モンスターは誰の敵?《相馬の古内裏》パネル


一図に収められた一話分の物語《讃岐院眷属をして為朝をすくふ図》パネル


湯上がりの町娘、というだけじゃない、見立美人画《艶姿十六女仙 琴高》などパネル


浮世絵に見る決定的瞬間《江戸名所草木尽 首尾の松》などパネル


国芳名所絵には江戸庶民の生活が匂い立つという事実《東都名所 佃嶋》パネル


江戸の駄洒落を解いてみよう《其のまゝ地口猫飼好五十三疋》パネル(型抜き)


水滸伝英雄たちの魅力を簡潔に紹介《水滸伝豪傑百八人之一個 清河県之産武松》パネル


本図の見立ての元ネタ「源氏香」についても説明《和漢準源氏 乙女 天羅国斑足王 悪狐華楊夫人顕》パネル


江戸人の気持ちになって謎を解く《源頼光公舘土蜘作妖怪図》パネル

浮世絵師 歌川国芳展

会期:
前編「花の大江戸、洒落と粋」:2015年4月25日(土)〜5月26日(火)
後編「男、国芳、誠の心」:2015年5月30日(土)〜6月28日(日)
会場:札幌芸術の森美術館
北海道札幌市南区芸術の森2-75/Tel. 011-591-0090

その後の巡回会場

そごう美術館(横浜):2015年8月1日(土)〜8月30日(日)
広島県立美術館:2015年9月11日(金)〜10月18日(日)
松坂屋美術館(名古屋):2015年10月24日(土)〜11月23日(月・祝)

キュレーターズノート /relation/e_00030255.json l 10113277