キュレーターズノート

北海道の美術家レポート⑪上ノ大作

岩﨑直人(札幌芸術の森美術館)

2017年02月01日号

 北海道に根を下ろして活動するアーティストを紹介する「北海道の美術家レポート」の11回目として、上ノ大作を取りあげる。


1── 無題 2014年 陶 45.0×12.0×12.0cm

 陶芸家。または陶土や木竹を材として屋内外を問わず空間に立体物を構築する造形家。
そんな二面を持つ麗しき低音の声の持ち主が上ノ大作だ。
 国立苫小牧工業高等専門学校を卒業後、ビルや都市を飾る大型の金属製モニュメントを製作する会社で構造計算を担当するという異色の経歴を持つ。手元に送り込まれたマケットを大型作品に起こす仕事に携わる日々、彼は機械や他者に完成を委ねるのではなく、自身の手だけで作品づくりを完結させることへの思いをふつふつと強めゆく。ここにおよそ6年勤めた後、陶芸の世界に身を置くことを発起。道立工業試験場野幌窯業分場に通い詰め、徹底的に北海道の土を調べあげる。「北海道の土はもっといい色で焼けるはずだ」。この地の土を焼き締めるにあたり、参考となりそうな窯場の目星をつけ、9カ月間にわたって全国を訪ね歩いた。なかでも最も刺激を受けたのは、沖縄。そこには、島武己という名工がいた。師のもとへは出会いから17年経ったいまもほぼ毎年のように訪ね、約1カ月間制作を助ける。学ぶべきことは多々あるが、手取り足取りの指導をこれまで受けたことはない。さすれば、焼き上がり、磨き抜かれた完成品から技術を得るしかない。師の作をしげしげと眺め、とても足下にも及ばないと痛感させられるというが、いやいや上ノのその焼き締め根性もとてつもない。
 上ノは、制作の拠点とする北海道北広島市に穴窯を持つ。その炎との格闘場において、凄まじい温度と圧力を備える火山活動が生成する宝石を、自身の手でも生み出せないかと心を砕く。言うまでもなく、陶芸はさまざまな環境条件と化学反応が複雑に絡み合って生まれる。温度の高低、焼成時間、薪や物の配置による風向き、窯の雰囲気(焚き方)、圧力の差、酸素濃度、湿度の多少、それらの組み合わせで土や被った灰の肌色のみならず、その内奥、肉の色までもが変わってくる。そう、けっして偶然の産物ではない。上ノは目を見張り、耳を澄ませ、温湿度を感じながら、窯を焚く。器そのものの乾湿具合ももちろん重要だ。そうしてたびたびの研究と経験に裏打ちされた必然の結果が眼前に現われる。その巧技の高さの証左として空気抜きのないオブジェ[図1]の存在があげられよう。上ノが目指すのは、縄文で途絶えてしまった北海道の土器文化。この地に積み重ねられた伝統がない以上、上ノはその復興、もしくは新たな築き上げを密かにもくろむ。
 異常なほどに焼き締めに傾注する上ノだが、そうして生み出された器が実生活に寄り添ったならば、料理の盛りを際立たせ、輝きを与え、味覚までも高めてくれる。彼の手になる飯碗に盛られた白米は、いっそう美しく、唸るほどに美味くなる。


2──《笹庵》2015年 笹 220.0×420.0×300.0cm


3(左)──《蒼氓》2015年 竹
4(右)──《森ノ生活》2013年 イチイ(オンコ) 350.0×85.0×85.0cm

 両の五指と掌によって包みつくられる器づくりとは一線を画する、身の丈超えの大型立体造形においてもその優れた造形感覚は存分に発揮される。例えば、《笹庵》[図2]では、笹の茎を編み、骨組みだけでホイップクリームの角が立つような難度の高い形態を屋外に出現させた。笹茎の特徴を活かし、張りとたわみを巧みに合わせた美しい曲面体である。同様表現の屋内作例としては、竹ひごを用いてホテルの一室の風景を一変させた《蒼氓》[図3]がある。狭い空間に侵入しながらも、光と影も造形要素の一部として用い、空間に広がりを持たせている。《森ノ生活》[図4]では、木の断面を外側に向けて重ね配した高さ3.5mの角柱を屹立させた。赤みがかった断面と刻まれた木目が生々しく、活力を感じる。用いられているのは、窯用の薪として保管してあったイチイ(オンコ)の木。陶芸家が土以外の材料を用いて、別種の造形表現を行なうことは、珍しいことのように思うが、土と真摯に向き合ってきた上ノにしてみれば、同じようなことだという。すなわち、その木、その竹が長い時間をかけて重ねてきた方向に従い、それに即しながら、それら自然材の元来備えるよさ、かっこよさを引き出してあげることだという。


5(左)──《、ノ記》2014年 ニセアカシア 120.0×60.0×30.0cm
6(右)──《、ノ記》2014年 ニセアカシア 150.0×60.0×30.0cm


7──《、ノ記》2014年 ニセアカシア 140.0×120.0×30.0cm

 例えば、《、ノ記》[図5-7]は、強風により根こそぎ倒れてしまった巨木の根を材とする。立方体に収まるよう、倒木の根を断裁している。地上に現われた生命の礎を、このまま死滅させるのではなく、そのバイタリティをありのままに表わすために選んだ表現という。こうして生を求めて方々に張り出す根の形、そして、それに伴う木の内の形成、すなわち肉を見つめ、そこに魅せられ、これを表出させる表現行為は、実は焼き締めに執着する器づくりと似通うところがある。焼き締めは、目に見える器の表面よりも、元来熱の通りにくい土の内奥にこそ意を払う行為である。結局、上ノはそうした内部を露出させることをいまのところしていないが、私淑する沖縄の陶芸家、島武己氏は、焼成した器の表面を入念に磨き上げ、思いもよらぬ内の色、紫や赤などを露わにする。上ノもいつか、自身の陶作品の内に潜む力漲る筋肉を露出させてくれるであろう。最後に《氷筍》[図8]を挙げる。これは、洞窟などに見られる地上に生えるつららを人為的につくり出したものである。自然の作用と同じように雫を一つひとつ落として氷結させている。窯焼き同様なんとも根気の要る作業だ。焼き締めならぬ氷締め、とでも言うのか知らぬが、これもやはり内から丹念につくり上げている一連の作品なのだな、と妙に感心する。


8──《氷筍》2016年 水 130.0×300.0×100.0cm

 さて、上ノ大作は、まだ40歳台半ばではあるが、その広い視野と見識は若手にあっては随一であり、今後の北海道工芸を強く推し進める筆頭に位置づけられる作家のひとりと言える。また、造形力はもちろんだが、屋外を中心とした空間構成力にも長けており、美術の領域においてもその卓越ぶりは抜きん出ている。これが社会的にも評価され、平成28年度の第26回道銀芸術文化奨励賞を受賞した。受賞を記念した展覧会が公益財団法人道銀文化財団が運営するらいらっく・ぎゃらりぃにて行なわれているので是非ご覧いただきたい。

第26回道銀芸術文化奨励賞受賞記念 上ノ大作々品展

会期:2017年1月23日(月)〜2月5日(日)
会場:らいらっく・ぎゃらりぃ
   札幌市中央区大通西4丁目 北海道銀行本店ビル1階
   Tel. 011-233-1029(道銀文化財団事務局)