キュレーターズノート
もうひとつの美術館「木々の生命」展
伊藤匡(福島県立美術館)
2017年09月15日号
対象美術館
栃木県東部にある人口一万六千人の那珂川町。この街には美術館が三つもあり、それぞれ個性的な活動をしている。浮世絵の馬頭広重美術館、絵本のいわむらかずお絵本の丘美術館、そして、「もうひとつの美術館」である。
この美術館は、合併して那珂川町となった旧馬頭町の中心部から少し離れた小高い所にある。オニヤンマが空を舞い、のうぜんかずらがオレンジ色の花を咲かせる、夏の里山らしい雰囲気が感じられた。
2001年に開館した同館は、障がいのある人の芸術を紹介する全国で最初の美術館である。「みんながアーティスト、すべてはアート」をコンセプトに、年齢、国籍、障がいの有無などの垣根を越え、地域や人々をつなぐ活動を続けている。美術館はNPO法人で運営され、建物は明治から大正に建てられた木造の小学校校舎を活用している。北関東では、現存する最古の校舎だという管理棟には、カフェとミュージアムショップがある。ショップでは、同館で紹介した作家たちの書籍や絵葉書、全国の社会福祉施設などで作られているバッグ、布製品、カップや茶碗、アクセサリーなどが販売されている。
現在開催されている「木々の生命」展も、この美術館のコンセプトに沿った企画展である。木を素材に制作する4人の作家、安藤榮作、丑久保健一、武田拓、松浦繁の作品73点を、教室を改造した4つの展示室と廊下の一角に展示している。
最初の部屋に入ると、原木を手斧で削って制作する安藤榮作の作品、新作を中心に木彫作品15点と、ペンによるドローイングが展示されている。展示は安藤自身が来館して自ら行なったという。入口に向いて林立している作品群の中では、大きく口を開けた二体の狛犬風の具象的な形態が目につく(《ビッグ狛ちゃん》《キャー狛ちゃん》と名づけられている)。
館長の梶原紀子氏は、狛犬と安藤が東日本大震災の津波で愛犬を失ったこととの関連を指摘する。
左手だけを使い、のこぎりで制作する松浦繁の作品は、摩耗したように見える柔らかな曲面とくすんだ色調のためか、古色を帯びているように見える。独特のユーモラスな形態も魅力だ。武田拓の作品は、割り箸の集積である。一番大きな作品は、高さ2メートルを超える。かつては自立したそうだが、接着剤の強度が落ちたためか今は自立しないため、天上からワイヤーを張って支えている。ワイヤーの張り方で作品の角度や広がりも変化し、作品の見た目も変わる。照明による演出によっても、相当印象が変わる作品だ。今回の展示では、強風を受けて枝葉が揺れている一本の木のように見えた。武田の割り箸の巨木の隣には、丑久保健一の代表作《1・0・∞のボール》の108個の欅の球体が床に転がるように置かれている。隣り合わせることで、作品の高さと拡がりが強調される。
昔の小学校は小さくてかわいらしい。訪れてみれば、誰でもガリバーになった気分になるだろう。相対的に、作品は大きく見える。木造校舎の強みで床も天井も木だから、どの作品も展示空間によくなじんでいる。照明の当て方や作品の置き方にも、相当の気配りが感じられる。
展示されている4人の作家を選んだ理由について、梶原氏に尋ねたところ「私の感性に触れた人たち」という答えが返ってきた。現存と物故、障がいの有無は関係なく、木を素材として制作し、それぞれのアプローチで木に生命を吹き込もうとしている作家たちである。
全国で、廃校になった校舎のミュージアムへの再利用は多い。実は学校の校舎はミュージアムにあまり向いていない。教室は窓が大きく外光がたっぷり入るから、展示室として使用する場合は外光を遮蔽して光の影響をなくし、温湿度の変化を少なくする工夫が必要となる。また教室の壁は、黒板や掲示板、ロッカーの役割を果たす棚などがあって、作品を展示できる壁が少ないから、かなり内装に手を入れて新しく展示壁面を作らなければならない。さらに、学校の照明は主に蛍光灯だが、水銀に関する水俣条約の発効に伴って今後蛍光灯が使用できなくなることから、照明設備もLED等に替えていく必要がある。それやこれやで、意外に改装の手間と費用がかかるのである。
一方で学校、とくに小学校は地域の人々の集まる場所であり、思い出が積み重ねられた場所、トポスである。少子化で廃校になるにしても、取り壊して何もなくなるのは寂しい。それが古い木造校舎ともなれば尚更だ。このような気持ちもよくわかる。全部遺すことは難しいが、軽々に取り壊しの判断をすべきではないと思う。
古い校舎の雨漏りの修理など維持管理をしながら、少しずつ建物の改修を進めた。開館16年を経た今年、展示室の窓をふさぐ作業が完了し、照明設備もLEDのスポットライトに交換した。来館者が一日十人から数十人と決して多くはなく、運営は楽ではないだろう。その中で、各種の補助金と、この美術館の活動を支援する人々の協力などで賄っている。
もうひとつの美術館の活動や運営のノウハウ、施設の改修状況等は、古い校舎の再利用例としても、一見の価値がある。