キュレーターズノート

秋の福岡─九州:UMINAKA TAIYOSO AIR 2017 滞在制作展覧会/MESSAGE2017 南九州の現代作家たち/Local Prospects 3 原初の感覚

正路佐知子(福岡市美術館)

2017年11月15日号

 今秋、福岡を含む九州の美術周辺がいつもより熱いように思われる。「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」の部分巡回展(福岡アジア美術館)にあわせた数々の連携企画、加えて現代の作家たちを取り上げる展覧会が、芸術の秋に乗じて林立している。そのなかから印象に残ったものをいくつか紹介したい。

UMINAKA TAIYOSO AIR 2017 滞在制作展覧会


[提供:大洋荘]

 福岡市東区、志賀島にいたる海の中道に位置する西戸崎。博多湾に接するこの地で、今年6月より始まった「大洋荘再生プロジェクト」は、1971年竣工の元・社員保養所の再活用を模索する試みだ。その第2弾として今秋、アーティスト滞在プログラムと成果展が開催された。福岡ではアジアをはじめとする海外作家のアーティスト・イン・レジデンス(A.I.R)は多く行なわれているが、国内作家のA.I.Rはあまり例がない。新たな機会と場の誕生は素直にうれしい出来事だった。
 ウェブで公募を行ない、初回のレジデンス・アーティストとして選ばれたのは飯川雄大と矢野恵利子である。滞在期間が1カ月と短く、そのなかで成果展まで実施せねばならないタイトなスケジュールは、作家にとっても過酷であっただろうと想像する。しかし本A.I.Rのディレクター齋藤一樹の親身なサポートと、福岡の作家たちとの交流と協力もあり、作品制作と成果展が無事、実現した。以下、飯川と矢野の作品を簡単に紹介する。


飯川雄大《デコレータークラブ ─空色の小林さん─》[撮影:飯川雄大]

 大洋荘を訪れるとまず、建物の壁に沿うように設置された高さ7mを超える巨大な空色のネコが目に入る。飯川雄大の作品《デコレータークラブ ─空色の小林さん─》である。思わずカメラを構えるが、大洋荘の塀や敷地内の棕櫚の木によって、その全貌を写真におさめることは不可能だ。驚きや感動は、記録に残し伝えたいという欲望と分かち難いが、本作品はそれを簡単には許さない。屋内には、デコレータークラブ=自らを装飾する蟹を初めて目にした驚きを語る人たちの独白で構成される映像作品《デコレータークラブ ─衝動とその周辺にあるもの─》や、大洋荘の庭で撮影が続けられ展覧会期間中も映像が追加された《雑草でのサッカーの練習はカオスである》などが展示されている。そのどれもが記憶と記録の限界、真実と嘘の境界を行き来しながら感動や衝動の共有(不)可能性について観る者に問いかける。


飯川雄大《デコレータークラブ ─衝動とその周辺にあるもの─》展示風景

 矢野恵利子は、「引退」をテーマに、複数の部屋を用いた作品を発表した。◯◯からの「引退」を決断するまでのプロセス──熟考し、気持ちを定め、宣言をし、(ここが独特なのだが)絵馬に記し祈願する──という行為を引き出す参加型インスタレーションである。世間一般にマイナスに受け取られがちな「引退」を、人生の新たなスタートラインに立つポジティブなものとして捉え直す試みだ。体験してみると、気恥ずかしさもあるが清々しい。矢野は今回初めてA.I.Rに参加し、参加型形式の作品にも初めて挑戦した。

 滞在時、展示設営そして成果展のなかで、レジデンス作家と地域の子どもたちをはじめとする人たちとの交流はもとより、福岡の作家たちとも足繁く大洋荘に顔を出し、新たなつながりが生まれた本レジデンス。継続を是非とも期待したい。


矢野恵利子《引退宣言の部屋》[撮影:飯川雄大]


矢野恵利子《引退神社》[撮影:飯川雄大]

「MESSAGE2017 南九州の現代作家たち」都城市立美術館

 鹿児島県との県境にある宮崎県都城市で、現代美術のシリーズ展が原田正俊学芸員の発案により開始されたのは20年前、1997年のこと。アニュアル形式で地域の美術動向を紹介する企画は珍しくないが、本展は10年に一度という頻度で行なわれる(奇しくもミュンスター彫刻プロジェクトと同じ年)。その第3回目となる展覧会が現在開催中である。


都城市立美術館外観[提供:都城市立美術館]

 学芸員のリサーチによって、今回も、いま注目すべき南九州ゆかりの作家9名(今和泉隆行、小山田徹、島嵜清史、戸高千世子、早川直己、姫田真武、平川渚、宮田君平、芳木麻里絵)が選ばれている。南九州出身者もしくは在住者という共通点があるのみで、必ずしも美術のフィールドで活動する者ばかりでもないし、この展覧会によって南九州の美術動向が示されているわけではない。しかし「美術自体がマイノリティ」であるという南九州において、市民が現代の表現に触れる機会、地域と作家の接点を創出してきたことは意義深い。例えば2007年の第2回展に参加した高嶺格は1カ月間都城市に滞在してリサーチをし、《憂鬱のアンギラス》を発表。このインスタレーション作品はその後同館の所蔵となり、2年に一度の頻度で展示され、毎度設営には市内の高校生ボランティアが携わり続けているという。

 前回展で滞在制作が導入され、今年は美術館外にもサテライト会場が設けられるなど、毎度新たな要素が加わるのも本展の特徴だ。しかし今回特に興味深かったのは、作家主導による展開が見られたことだ。そのひとつが、美術館前庭に出現した屋外カフェである。市民が自発的にカフェの運営許可を取り実現したものだが、仕掛けたのは参加作家の小山田徹である。小山田が芝生の上にテントを設置し、有志に声をかけたことを契機に、新たな集いの場が生まれていた。


美術館前庭[提供:都城市立美術館]

 今年、都城で滞在制作を行なったのは、宮崎出身で福岡在住の宮田君平である。展示場所として元印刷工場(サテライト会場)の提案を受けた宮田は、会場下見の際、10年前のレジデンスで高嶺格が滞在していた家の建具がこの工場内に保管されていることに気づく。その気づきをきっかけに生まれたインスタレーション《Pillow Talk》は、世代の異なる作家によって交わされた会話を軸に展開する。他愛ない雑談、二人が出会った2012年の水戸芸術館での個展の記憶、国際情勢についての雑感。映像、光、オブジェの配置、社会へのまなざしなど高嶺へのオマージュとも捉えられるいくつもの仕掛けが、工場の記憶、10年前の記憶、そして現在と交錯する。本展覧会の枠組みとメッセージというタイトルに対する参加作家側からの真摯な応答としても興味深い。これはおそらく過去の本シリーズ展には見られなかった展開であり、未来にどうつながってゆくのか楽しみだ。






宮田君平《Pillow Talk》展示風景[撮影:宮田君平]

「Local Propects 3 原初の感覚」三菱地所アルティアム

 毎年、九州、沖縄を拠点とする若手作家を取り上げるシリーズの第3回展。今回は木下由貴、平川渚、山下耕平、三輪恭子による新作を中心とする個展形式で構成している。皆、九州を拠点に活動する作家である。「原初の感覚」というテーマが設けられているが、郷土の新進作家の現在を紹介する企画と捉えてよいだろう。あえてテーマと関係づけるなら、各作家が自身の制作の原点に立ち返り、あるいは自身の感覚に素直に向き合い本展に臨んだという点で、そう呼びうるかもしれない。
 山下耕平は近作8点と、新作2点を発表。近年、顔を画面いっぱいにさまざまな技法を試みながら描いてきた山下は、今回新作《シーユーレイター》において、伝達やコミュニケーションという主題に原点回帰することで、初々しくも複雑な絵画を成立させている。
 木下由貴はこれまで世界中の自然の奥地に赴き、その風景に自らの原風景を重ね捉えた写真を発表してきた。内在の風景という自身のテーマを継続し、今回は日本各地の海に潜り撮った新作を加えている。
 公募枠で展示機会を得た三輪恭子はこの度改めて自身の家族そして故郷をリサーチしたうえで、個人の経験やそこで得た感覚をモノクロームのドローイングという形で刻み込んだ。現実の風景と記憶が混ざりあうことで生まれる三輪のドローイングは、非常に個人的なものでありながら、観る者を引き込み、そしてそれぞれの記憶とも接続させてゆく。
 平川渚は今回、一般の人たちから手編みのニットの提供を受けた。一目一目編んでつくられ、そして大事に着用されていただろう毛糸を解き編み直しているが、毛糸玉で残る部分こそが、これから続いていく「物語」を連想させる。


山下耕平《シーユーレイター》展示風景


木下由貴《明くる海辺》展示風景


三輪恭子《すばらしい光の群れが来て》展示風景


平川渚《終わりのない物語》展示風景

 「いつもより熱い」福岡、九州。しかしながら、特に郷土の作家のグループ展などは、地域内で盛り上がりはしてもなかなか外へと広がってゆかないという問題は相変わらずでもある(そこが、前回の記事で書いた閉塞感にも結びつく)。今秋、福岡、九州で開催されている(※終了含む)主に福岡・九州の作家が参加する展覧会の一部を、下に記しているので、機会があればぜひ足をのばしていただければと思う。

サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで

会場:福岡アジア美術館
   福岡県福岡市博多区下川端町3-1
会期:2017年11月3日(金)〜12月25日(月) 10:00〜20:00(入室は19:30まで)
休館日:水曜
http://faam.city.fukuoka.lg.jp/exhibition/detail/451

虹の天気図

会場:konya-gallery
   福岡県福岡市中央区大名1丁目14−28 紺屋2023
会期:2017年11月3日(金)〜12月25日(月) 13:00〜19:00
休館日:水曜
詳細:https://www.facebook.com/nijinotenkizu/

The Paces from the space. 1992 to 2017

会場:アートスペース・テトラ
   福岡県福岡市博多区須崎町2-15
会期:2017年11月14日(火)〜11月23日(木) 14:00〜19:00
詳細:http://www.as-tetra.info/archives/2017/171114010000.html

UMINAKA TAIYOSO AIR 2017 滞在制作展覧会

会場:大洋荘
   福岡県福岡市東区大岳1-13-16
会期:2017年10月7日(木)〜10月15日(金)〈終了〉
詳細:http://taiyoso.com/artist/

MESSAGE2017 南九州の現代作家たち

会場:都城市立美術館・その他サテライト会場
   宮崎県都城市 姫城町7-18
会期:2017年10月21日(土)〜12月3日(日) 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜
詳細:http://mcma.art.coocan.jp/2017/

Local Prospects3 原初の感覚

会場:三菱地所アルティアム
   福岡県福岡市中央区天神1-7-11 イムズ8F
会期:2017年11月11日(土)〜12月3日(日) 10:00〜20:00
詳細:http://artium.jp/exhibition/2017/17-06-local3/

ARS/NATURA─「風景」の向こう側─

会場:福岡県立美術館
   福岡県福岡市中央区天神5-2-1
会期:2017年10月7日(土)〜11月26日(日) 10:00〜18:00(入場は17:30まで)
休館日:月曜
詳細:http://fukuoka-kenbi.jp/exhibition/2017/kenbi8415.html

旧八幡市制100周年記念事業 遠賀川神話の芸術祭関連企画「Hachiman -The Legend-」

会場:さわらびガーデンモール八幡および各店舗(BAGZY、Wine&Grill Itch、Blue Ocean、Eins、KITCHIN★STELLA)
   西日本シティ銀行 八幡駅前支店、福岡ひびき信用金庫、響ホール、八幡図書館、BALSA、八万湯
会期:2017年11月18日(土)〜12月3日(日) 11:00〜19:00 詳細:https://hachimanweb.wordpress.com/

誉のくまもと

会場:熊本市現代美術館
   熊本県熊本市中央区上通町2-3
会期:2017年9月16日(土)〜11月26日(日) 10:00〜20:00(入場は19:30まで)
休館日:火曜
詳細:http://www.camk.or.jp/event/exhibition/homare/