キュレーターズノート
尾道芸術祭 十字路/海と山のアート回廊
角奈緒子(広島市現代美術館)
2017年12月01日号
いつの頃からか尾道がアツい。海沿いの上屋倉庫2号が、建築家・谷尻誠氏の設計によって、自転車ごと宿泊できるホテル、レストラン、ショップなどが入る複合施設「ONOMICHI U2」に生まれ変わったのが2014年。それまでは廃屋のように佇んでいた建造物を見慣れていた人々は、元倉庫の変わりように驚いたに違いない。尾道では、このU2オープンのずっと前から、アーティスト・イン・レジデンスのAIR Onomichiや、空き家再生プロジェクトなども展開されており、こうした活動に参加するアーティストたちが短期にせよ長期にせよ滞在するようになっていた。この動きとどれくらい連動するのかはわからないが、移住者も増えているという。また、アーティストの柳幸典が中心となり、閉校となった中学校校舎を活用したアートセンターを、離島の尾道市百島に立ち上げたのが2012年。住民の高齢化などに起因する人口減少で、衰退の一途を辿っているように見えていたひとつの街は、いま、徐々に息を吹き返し甦ろうとしている。
尾道 2つのアートイベント概要
今年の秋、その尾道で比較的大きなアートイベントが開催された。「尾道芸術祭 十字路」と「海と山のアート回廊 A Corridor of Art through the Mountains and Seas」。そう、実は「2つ」の芸術祭的なもの、が開催されていたのだ(前者は12月3日まで)。理解している範囲でそれぞれを整理してみると、おおむね以下のようになる。
まず、「尾道芸術祭 十字路」。これまで尾道市で活動を展開してきた「アートベース百島」「AIR Onomichi」「尾道空き家再生プロジェクト」の3団体主導による芸術祭で、会期は9月16日(土)から12月3日(日)まで。アートベース百島主催の「CROSSROAD 2」は同施設のオープン5周年記念企画で、2014年に開催した「CROSSROAD 1」の続編的位置づけの展覧会。会場は「アートベース百島」「五右衛門風呂の家『乙1731』」「旧百島東映劇場『日章館』」(以上、在百島)、「旧八木文教店」「西御所県営上屋3号倉庫」(以上、本土側)で、柳幸典、原口典之、石内都、山本基といったアーティストを紹介している。アーティストユニット「もうひとり」が中心となって始動したAIR Onomichiは、2会場、「高橋家」と「光明寺會舘」でそれぞれ横谷奈歩、シュシ・スライマンを紹介。尾道空き家再生プロジェクトは、「ガウディハウス」で渡邉義孝を紹介。これらを含む、芸術祭の情報は「尾道市(役所)」のウェブサイトで紹介されていることから、バックに市がついていることがわかる。
次に「海と山のアート回廊」。プロデューサーとしてこちらを統率するのは、コレクターとしても知られる中尾浩治氏(合同会社アート・マネジメント・しまなみ代表)。ウェブサイトによれば、「広島県から日本の現代アートを世界に発信する場所となる事を目指し」ており、「2017年プレイベント」として「尾道・福山を舞台とする現代アートの企画」ということらしい。広島県知事が名誉委員長として名を連ねていることからも、広島県からの助成を受けていることは一目瞭然である。会場は、尾道市内では「尾道市立美術館」「西國寺」「浄土寺」「yumenemiギャラリー」「旧絵のまち館」の5カ所。福山では「鞆の津ミュージアム」を会場として、「折元立身のビデオ・アート」展を開催(会期:10月19日〜11月12日。折元展オープンに先立つ9月と10月には、折元立身によるパフォーマンス「パン人間 in 尾道」、イベント「50人の島のおばあさんのランチ」が執り行なわれた)。基本的な会期は9月16日(土)〜11月12日(日)だが、尾道市立美術館で開催されていた展覧会「現代アート、はじめます。草間彌生からさわひらきまで」は一足早く10月22日(日)に閉幕。
と、こんな感じだろうか。
最初に白状しておくが、筆者は、尾道でなにやらたくさんの「展覧会やイベント/プログラム」をやっていることは知っていたが、「芸術祭的なもの」が2つも同時開催されているとは認識していなかった。会期終了間際になって、見に行かねばと思い立ち慌てて情報収集したのだが、想像していた以上に規模は大きく、その全貌がなかなかつかめない。それぞれが用意しているウェブサイトは、片方をチェックするだけでは十分とは言えず、仕方なくもう片方で確認しようにもリンクがはられていないなど、なんだか不便でわかりにくい。あえて意地の悪い見方をすれば、行政単位としてより大きい概念である「県」主催の事業が、包摂する「市」の主催事業を紹介してあげているように見えなくもない。広報ツールであるウェブサイトひとつとっても、おのおのが領分を守るための縄張り争いを繰り広げているかのように見えてくる。唯一、蛇腹状折りたたみ式のポケットマップは、各会場・展示の基本情報はもちろん、色分けによってそれらがどちらの主催なのか(つまり、どちらに属するかという縄張りとも言えるが)も明確に示されており、大変機能的だった。しかもこのマップはPDFデータも用意されており、ダウンロードできる(県のウェブサイトからのみ、だったと思う)。情報収集もそこそこに、ひとまずこのマップデータをスマホに入れて、「海と山のアート回廊」最終日の11月12日に駆け込み弾丸ツアーを決行した。
駆け込み弾丸ツアー
もちろん、たった1日で全会場を見られるはずがない。しかもこの日は3つのクロージングイベント(①14時〜、鞆の津で折元立身トーク、②16時〜、百島で山本基ワークショップ、③19時〜、尾道で「海と山のアート回廊」プロデューサーの中尾氏、尾道市主催「十字路」の実行委員会委員長である小野環氏、アートベース百島代表でアーティストの柳幸典氏、尾道出身作家山本基氏によるトーク)が行なわれることになっていた。同日のうちに、福山と尾道、海のあっちとこっちでの開催となると、当然ながらどちらか(どれか)を諦めざるをえず、結果的に客の取り合いが起こる。作家の都合なども加味したうえで設定された日程なのだろうと推測するが、このカブリ具合もなんだか腑に落ちない。
いくつかに絞って見ることにした会場のうち、今回初訪問となったスペースは、本堂と多宝塔が国宝に指定されている「浄土寺」「五右衛門風呂の家『乙1731』」と「旧八木文教店」の3カ所。浄土寺の庫裡では、榎忠の作品《RPM-1200》と《unearthing》が展示されていた。金属加工会社に勤めていたエノチュウらしく、さまざまな形とサイズの金属部品を組み合わせてつくり出した物体は、かつて想像した未来都市のようにも、仏塔のようにも見えてくる。一見、無骨に感じられるものの、鑑賞者が歩くことで生じる振動によって崩壊してしまうかもしれないという繊細さを持ち合わせたこの作品の面白さもさることながら、庫裡、客殿、方丈と続く木造建築の穏やかな佇まいや、堂々とした本堂には、ただ圧倒されるのみ。浄土寺が訪問に値する名所であることは疑いない。が、作品の展示場所としてふさわしいかどうかは正直よくわからない。
「五右衛門風呂の家『乙1731』」は、百島で長らく空き家となっていた屋敷を、作品展示スペースだけでなく、飲食も宿泊もできる施設へとよみがえらせるべく改修が進められている家である。屋敷の外には、名前の由来と思しき大きな「釜」が据えられている。「みんなで風呂にも入れるし、その出汁で煮炊きだってできちゃうよ」とは、柳幸典氏談。ここに展示された作品は、原口典之《布とロープの関係》と山本基《瑠璃の龍》で、原口作品はおそらく、彼の他の作品(例えば、アートベースに設置されている《物性I》)同様、パーマネント設置と思われる。それに対して、塩を使った山本作品はエフェメラルなもの。今回の作品は、濃紺のベースの上に緻密な網目状の模様と伸びやかな流線とが大胆に組み合わされ、まるで藍の絞り染めのような美しさを放っていた。ここでは、最終日だからこそできるワークショップ─作品を破壊し、塩を海に還す、という「海に還るプロジェクト」に参加させていただいた。ワークショップで作品を「つくる」ことはあっても、「こわす」ことはなかなかない。罪悪感に苛まれながら、大気中の水分を吸収し、思いのほかカタく固まった塩をへらでこそげるようにして集める作業にしばし没頭する。このスペースについて言えば、改修途中ゆえにそのポテンシャルは未知数ながら、今後の活用に期待できそうだ。尾道の一等地とも言える商店街に位置する「旧八木文教店」は、もと文房具店だった店舗を改装し、今回はインフォーメーションセンター兼、若手作家、八島良子による映像作品の展示会場として活用。今後も、地の利を生かしたスペースの活用が期待される。
2つのアートイベントのこれから
同時期に(厳密に言えば、閉幕時期は3期に分かれており、フルバージョンを堪能するには、尾道市立美術館での展覧会が閉幕する10月22日までに訪問する必要があったが)、2つのアートイベントを見ることができるという点では、お得感満載である。しかし、この2つのアートイベントの成立過程や性質があまりに異なりすぎているためか、基本的な方向性の違いや両者の足並みが揃っていないぎくしゃくした感じが表面化してしまっていたように見受けられた。「十字路」の方は、堂々「芸術祭」とうたってこそいるものの、いまや尾道の現代アートシーンやアートプロジェクトを牽引していると言っても過言ではない老舗3団体が、尾道市で普段から地道に行なっている活動を、若干背伸びしつつ晴れ舞台として仕立てたもので、正直なところ、「祭」というには華やかさや祝祭性に欠ける。とはいえ、尾道という街の特質やありようと「アート」という分野における可能性とをうまく接合させながら、ゆるやかにせよ尾道の復活を支えてきた彼らの活動には説得力があり、継続性によって担保される安定感すら感じられる。もちろん、初めての訪問者にとって、各プロジェクトの背景や状況をすぐに飲み込むのは難しいかもしれないが、個々の活動は新鮮に映るだろうし、もしかしたらなかには、活動を支える側への関心を寄せる人も出てくるだろう。
かたや尾道での現代アートシーン新参者としての「海と山のアート回廊」は、興味深いことに自らは「芸術祭」と表明していないものの、そのフレームワーク──地元美術館、名所、歴史を物語るようなスペースを会場とし、その土地の魅力を発信しつつ、大口スポンサーは行政など、に目を向ければ、どこかで見たことあるような、地方発「芸術祭的なもの」を志向しているという印象を受ける。行政(広島県)からの公的資金が突発的に投入されているがゆえ余計に、目標達成基準や実施成果は「観客動員数」や「経済効果」といった数字に支えられてしまうという事実に辟易してしまうし、「結局そこなのね」という致し方ない感じに希望や新たな展開を見出すのもなかなか難しい。そしてやはり問わずにいられないのは、日本全国に立林している、地域再生・街づくり・街の魅力再発見、などを掲げた地方芸術祭とどう違うのか、同じなのか、出自が同じであることを認めざるをえないのであれば、どの点で異なりうるのか、ということだろうか。今年について言えば、実行委員会の立ち上げから開催までの日が短かった(ゆえに準備期間として十分とは言いがたい)と聞いている。そして今年の開催はあくまで「プレイベント」だという。上記疑問への返答は、準備時間も今回より長く確保でき、「本番のイベント」として開催される次回の「海と山のアート回廊」で見られるだろうと期待している。
次回もまた、2つのアートイベントが同時開催となるのであれば、今回よりもバラエティーに富み、一層充実した魅力的なアートイベントを実現するために、両者がそれぞれの「違い」を積極的に「特徴」として際立たせることが重要なのではないだろうか。
尾道芸術祭 十字路
会期:9月16日(土)〜12月3日(日)
会場:アートベース百島、五右衛門風呂の家「乙1731」、旧百島東映劇場「日章館」、旧八木文教店、西御所県営上屋3号倉庫、高橋家、光明寺會舘、ガウディハウス
海と山のアート回廊
会期:9月16日(土)〜11月12日(日)
会場:尾道市立美術館、西國寺、浄土寺、yumenemiギャラリー、旧絵のまち館、鞆の津ミュージアム