キュレーターズノート

没後50年 中村研一展/モダンアート再訪-ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展

正路佐知子(福岡市美術館)

2018年02月15日号

中村研一、という名前を聞いて思い浮かべる画家像、作品はどのようなものだろうか。《コタ・バル》を描いた画家、戦争画を描いた画家、だろうか。中村研一(1895-1967)は福岡県宗像郡(現・宗像市)生まれ。帝展・日展で活躍、日本近代アカデミズムの直系ともいえる洋画家である。しかし、戦渦でアトリエが被災し戦前の作品の多くが失われてしまったこと、官展などへの出品作が戦争画の影に隠れ充分には検証されてこなかったことも災いして、この画家の全貌は捉え難いものとなっていた。

没後50年 中村研一展

福岡県立美術館は、1972年に「中村研一遺作展」を開催し、油彩78点を含む全118点でその画業を展観している。以降、中村の郷土である福岡はもちろん他地域においても、同規模の展覧会は開かれてこなかった。このたび没後50年という節目に際し、福岡県立美術館に遺作展時の数を上回る作品が集められ、再び、いや、より深くその画業がたどれることとなった。

本展が遺作展と大きく異なるのは、第一に作戦記録画の存在かもしれない。1972年当時は、東京国立近代美術館に無期限貸与された作戦記録画は同館でも公開されてはいなかった。遺作展において、直接的に戦争に関わる作品は、ひとりの兵士の姿を描いた《シンガポールへの道》のみが展示されていたようだ。対して本展では、東京国立近代美術館所蔵の重要作《コタ・バル》《マレー沖海戦》《北九州上空野辺軍曹機の体当りB29二機を撃墜す》が出品されている。そこに現在小金井市立はけの森美術館が所蔵する《シンガポールへの道》、福岡県宗像市にある中村研一・琢二 生家美術館所蔵のスケッチなどが同空間に展示されている。また、《日本海沖ノ島》など軍の委嘱によって制作された油彩画や日本統治下にあるシンガポールの風景を描いた《昭南》も紹介されている。中村研一の戦争に関する作品がこれだけの数、一堂に会すというだけでも、貴重な機会といえるだろう。


「第3章 戦争の時代─時代を見つめる眼差し」会場風景


左:《日本海沖ノ島》1936(昭和11)年、宗像市蔵[提供:福岡県立美術館]
右:《昭南》1943(昭和18)年、個人蔵[提供:福岡県立美術館]

しかし本展覧会が目指しているのは、中村研一の戦争画を見せることだけではない。2012年の企画展で中村研一の画業に触れ、本展の企画を温めてきた高山百合学芸員が重視したのは、中村の戦争画をその画業において特殊な位置に置くのでも、周到に避けるのでもなく、戦争画以前・以後の作品にも同等に目配せしながら、この画家の画業を語りなおすことだった。

よって展示は、制作年代に沿いながら構成される。幼少期のスケッチから、フランス留学時の作品、そして帝展出品作、もうひとつの郷里ともいえる新居浜を描いた作品などが並ぶ。アトリエが戦禍で被災し、戦前作の多くが失われていることは残念ではあるが、帝展出品作の絵葉書などが紹介されることで、中村の活動を追うのにそう不自由はない。特に《弟妹集う》《瀬戸内海》のような作品は、アンニュイな空気感と大胆な構図で見る者を圧倒する。これらは昭和初期の官展で流行していた大画面の人物群像作品に位置づけられるもので、当時「現代風俗画」と称されたように中村が身を置いていたブルジョワの生活をも表わしている。しかしそこに描かれている人物が裸体のモデルを除いて、妻の富子や弟夫婦といった親密な関係にある人物に限られていることは注目に値する。そしてこの身近な人物を描くという中村作品の特徴は、戦中戦後にも継続して見ることができる。


《弟妹集う》1930(昭和5)年、住友クラブ蔵[提供:福岡県立美術館]


《瀬戸内海》1935(昭和10)年、京都市美術館蔵[提供:福岡県立美術館]

高山学芸員のもうひとつの関心に、戦中戦後に描かれた民族服をまとう女性たちの主題がある。戦時下、日本人画家は中国や朝鮮の民族服をまとう女性を多く描いたが、そこにはオリエンタリズムのまなざしがみられるだけでなく、それがジェンダー化された植民地表象でもあったことは想像に難くない。中村研一も戦中、戦争画制作のため東南アジアを旅し、現地の女性のスケッチも多く残している。実は《コタ・バル》と同年、中村は妻の富子にアオザイをまとわせ《安南を憶う》(1942、福岡会場には不出品)という作品を描いている。そして《サイゴンの夢》にあるように、中村は戦後も戦争と表裏一体を成すこの主題を描くことをやめなかった。



《サイゴンの夢》1947(昭和22)年、福岡県立美術館蔵


「第4章 戦中から戦後へ─民族服をまとう女性たち」展示風景


「第5章 戦後─身近なものへの眼差し」会場風景

実は筆者が所属する福岡市美術館も、夫人の富子氏の寄贈を中心とする中村研一作品を多数所蔵している。油彩はほとんどが戦後のもので、自邸でくつろぐ富子の姿を描いたもの、裸婦(モデル)を描いたもの、そして庭や室内の静物を描いたもので構成される。晩年まで一貫して主題を変えず、人物のありのままの姿を捉え、決して多くない筆致で光と影を表現することに集中するその態度は、いかに戦争画の時代に接続しうるのか。

確かに戦中の作品は主題も自らが選択したものではない。けれど本展覧会で戦前の作品、戦後の作品とともに見てゆくことで、中村研一が生涯手放さなかった対象を見つめるまなざしや、昭和という時代を生きた画家の意思、加えて戦後における画家の覚悟までもが、本展覧会で生き生きと立ち現れてくるように思われた。

郷土の作家であるとともに昭和期の美術を考える上でも欠かせない中村研一の展覧会であるから、福岡県立美術館のより広い展示室が使用できなかったことが悔やまれるが、120点を超える作品が所狭しと並ぶ濃密な空間で、真摯に絵画と向き合い制作を続けた画家の生き様に触れることのできる好企画である。


モダンアート再訪─ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展

2月3日、鳥取県立博物館で「モダンアート再訪─ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展」がスタートした。当館はリニューアル休館中、コレクションをさまざまな形でご覧いただける機会をつくってきたが、本展は近現代美術作品を紹介する企画の第2弾である(第1弾は昨年「夢の美術館展~めぐりあう名画たち〜」として北九州市立美術館と福岡市美術館の両コレクションを、九州を中心とする6美術館に巡回した。他にも、福岡アジア美術館でもアニッシュ・カプーア《虚ろなる母》、ザオ・ウーキー《僕らはまだ二人だ─10.3.74》といった大作が長期展示されている)。

鳥取を皮切りに埼玉、広島、横須賀をまわる本展は、開催館の学芸員たちが選んだ76作品によって20世紀の美術を再考するかたちをとる。サルバドール・ダリ《ポルト・リガトの聖母》やジョアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》、アンディ・ウォーホル《エルヴィス》といった「目玉作品」はもちろん、桜井孝身や田部光子、菊畑茂久馬をはじめとする九州派の作品も含まれる。福岡市美術館に着任後初めて常設展示室を巡ったとき、「美術の教科書だ……」と感じたものだが、そんな当館のコレクションはモダンアートの歴史を振り返るに適していると思うし、差し挟まれた九州派の作品などはそれを掻き回してもくれるだろう。

ちなみに福岡市美術館は2019年3月に再オープンを迎える。徐々に情報も解禁されると思うので、楽しみにお待ちいただきたい。




没後50年 中村研一展

会期:2018年2月3日(土)〜3月11日(日)
会場:福岡県立美術館
   福岡県福岡市中央区天神5-2-1/Tel:092-715-3551
詳細:http://fukuoka-kenbi.jp/exhibition/2017/kenbi8428.html

本展は下記に巡回する。出品作品が会場ごとに異なるので、詳細は各会場に確認を。
 宗像ユリックス:2018年3月14日(水)~4月1日(日)
 新居浜市美術館:2018年4月28日(土)~6月10日(日)



福岡県立美術館に来ることができるなら、あわせて下記の美術館を訪れるのもいいかもしれない。

北九州市立美術館

昨秋リニューアルオープンしたばかりの北九州市美術館の開館記念コレクション展において中村研一の戦前の重要作《車を停む》(1932)が展示されている(同館コレクションの主要作であるため、同時期開催の中村研一展への貸出は叶わなかったそうだ)。《車を停む》はもちろん、充実した近現代美術コレクションを一望できるこの機会をぜひとらえてほしい。新たに開始された「guest room」と題される、新進作家を紹介する企画枠での冨安由真による新作インスタレーションも必見。
会期:
[ザ・ベスト・コレクション ─丘の上の双眼鏡]
 (前期)2017年11月3日(金・祝)~12月28日(木)〈終了〉
 (後期)2018年1月4日(木)~3月18日(日)
[guest room 02 冨安由真]
  2018年1月4日(木)~3月18日(日)
詳細:http://kmma.jp/honkan/collection/2017_collection_i.html

中村研一・琢二 生家美術館

通常毎月第1日曜日を含む金・土・日の3日間のみ開館する同館だが、「没後50年 中村研一展」会期中は特別に開館日が追加されている。
開館日:2/11(日)、2/17(土)、2/18(日)、3/2(金)、3/3(土)、3/4(日)、3/10(土)、3/11(日)
詳細:http://kenichi-takuji.com/

福岡アジア美術館

企画展「異境にて─日本作家の見たアジア」では、福岡アジア美術館では稀なことだが、日本作家の作品のみで構成されている(その多くは福岡市美術館の所蔵品である)。1930年代の作品が多く出品されており、中村研一の戦時中の作品と比較して見てみるとより興味深いと思う。
会期:2018年1月11日(木)~4月17日(火)
詳細:http://faam.city.fukuoka.lg.jp/exhibition/detail/453




「モダンアート再訪-ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展」

会期:2018年2月3日(土)~3月18日(日)
会場:鳥取県立博物館
   鳥取県鳥取市東町2-124/Tel:0857-26-8042
詳細:http://www.pref.tottori.lg.jp/modernart/
巡回予定:
 埼玉県立近代美術館 2018年4月7日(土)~5月20日(日)
 広島市現代美術館 2018年6月2日(土)~8月26日(日)
 横須賀美術館 2018年9月15日(土)~11月4日(日)

キュレーターズノート /relation/e_00043050.json、/relation/e_00043016.json l 10143270
  • 没後50年 中村研一展/モダンアート再訪-ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展
  • 「arthorymen 2005-2018」展