キュレーターズノート
クリエイティブスペースが都市に与えるインパクトとは──国際的な施設間交流の現場から
近藤健史(デザイン・クリエイティブセンター神戸[KIITO])
2018年07月01日号
デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)が行なう、神戸を中心とした近隣文化芸術施設や団体との連携については前稿で紹介した。本稿では海外施設との連携について、2018年4月28日に開催した、神戸市×リバプール市交流フォーラム「クリエイティブスペースが都市に与えるインパクト」を事例として紹介したい。フォーラムに招聘したイギリス、リヴァプールのメディア・アート・センター Foundation for Art and Creative Technology(以下、FACT) のディレクターによる発表をレポートしながら、都市と文化施設の関係、神戸とリヴァプールにおける背景や状況の相違などを考察してみたい。
文化施設の国際的ネットワーク
KIITOは、ユネスコ創造都市ネットワークへの加盟認定が設立の背景にあることから大邱慶北デザインセンター(DGDC)とは2013年に「デザイン分野交流協力のための協定書」を締結しており、大邱広域市で開催されるデザイン・ウィークへの出展やスタッフの相互訪問を含め、継続的な連携を実施している。
、そのネットワークを活用した各都市、施設、団体との連携を重要な役割として担っている。また、同ネットワーク以外でも、神戸市の親善協力都市 にあたる韓国・大邱広域市のそして、KIITOでの展覧会などの事業を通してタイ・クリエイティブ・デザインセンター(TCDC)やマニラのアラヤ美術館とも協働しており 、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの館長、マーク・ツェーントナー氏をレクチャーの講師に招くなど 、ユネスコ創造都市ネットワークや近隣の文化芸術施設に限らないネットワークを構築し、連携を進めてきた。
そして現在、神戸市とリヴァプール市は港湾都市という共通点を背景に、創造産業やライフサイエンスといった分野で交流を深めている
。今後さらに文化芸術、デザインの分野においても交流と連携を進めていこうと、リヴァプールのFACTからディレクターであるマイク・スタッブス氏を迎えて、フォーラム「クリエイティブスペースが都市に与えるインパクト」を開催した。このフォーラムは、都市生活の面白み、心地よさを追求する市民・クリエイター・エンジニアが集い、交わることで作り上げる参加型フェスティバル078のカンファレンス企画として、神戸市と共催したものである。
初めに、KIITO副センター長の永田宏和からKIITOのコンセプトやフィロソフィーの説明があり、創造的人材育成を目的としたプログラム「ちびっこうべ」と、高齢者を対象にした「LIFE IS CREATIVE」の2つのプログラムを紹介した。
イギリス港湾都市の文化拠点FACT
続いて、マイク・スタッブス氏は、FACTの活動について紹介し、FACTがリヴァプール市に与えた文化芸術によるインパクトについて語った。
スタッブス氏はダンディー(スコットランド)にあるビジュアル・リサーチ・センター、メルボルンのAustralian Centre for the Moving Image(ACMI)のプログラム・ディレクターを経て、2007年からFACTに所属。芸術・メディア領域への知悉、組織のリーダーシップ、展示企画力、情報発信力は国際的に認知されており、これまでに350以上の展覧会やプログラムを国内外でプロデュースしている。また映像作家としても活躍しており、国際的な賞も受賞している。
本フォーラムに際して、神戸市内の文化芸術施設や企業、教育機関を視察し、それぞれ意見交換も行なった。そこでもFACTディレクターとしての意見と並走するアーティストとしての視点は大変興味深いものだった
。「リヴァプールと聞くと、多くの人たちはビートルズとフットボールチームを思い起こすのではないでしょうか?」
このフォーラムに集った100人を超える参加者を前に、スタッブス氏はこのような言葉からプレゼンテーションを開始した。
文化的なことが大好きなひと、スリルを求めているひと、地元のひと、技術オタクのひと、パーティー好きのひと、映画好きなひと、グルメなひと、運動好きなひと、いつもシャワーで歌うひと、フットボールファン、友達、プロの討論者、学生、新進気鋭のアーティスト、変化をもたらすひと、あなた、わたし、そしてみんなのもの(同日のプレゼンテーションより)
「ビートルズ」と「フットボールチーム」だけでなく、リヴァプールにはFACTがあり、その中心には「ひと」がいる。 文化施設は、そして施設がベースとする都市の必須条件はまず「ひと」であることを強調したうえで、FACTの説明へと続いた。
FACTはメディアアート、教育、映画、ヴィジュアルアートのための施設として2003年に開館した。それ以降、アイザック・ジュリアン、ピピロッティ・リスト、ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴ、アピチャッポン・ウィーラセタクン、アーティスト・コレクティブのラブーフ,ロンッコ&ターナー、アンナ・ルーカス、オルラン、ステラーク、ウー・ツァン、黒川良一といった国際的に第一線で活躍するアーティストとのプロジェクトを展開している。それと同時に、地域とも深いつながりがあることが大きな特徴である。
2016年に黒川良一がCERN(欧州原子核研究機構)とFACTをパートナーに滞在制作した作品。文化芸術による都市再生
1980年代のリヴァプール市は失業者や貧困者が溢れて犯罪も多く、コミュニティも崩壊、多くの課題を抱える荒れた街だった。しかし、かつて隆盛を極めたアルバート・ドック(1846年に建設された世界初の不可燃性倉庫群)を中心とする港湾地区の再開発が政府主導で行なわれたことから、リヴァプール市の再興が始まる。アルバート・ドックは美術館や博物館、ショップ、レストラン、ホテル等を集積する地区として再開発が計画され、1986年にはマージーサイド海事博物館、1988年にはテート・リヴァプールが誘致された。そして、このアルバート・ドックを含む中心市街地は、2004年には「海商都市リヴァプール」としてユネスコ世界遺産に登録される。
リヴァプール市再生の最大の契機は、2008年の欧州文化首都リヴァプール・ビエンナーレの成功にあり、文化芸術を活用した都市再生の代表例として紹介されることも多い。スタッブス氏は市内外から集まった100万人以上が参加したというフランスのパフォーマンス・グループであるロワイヤル・ド・リュクスの巨大な蜘蛛の写真を示しながら、多くの市民が文化芸術に触れることができ、欧州文化首都以降も持続可能であることを意識したプログラムを実施したと、そのポリシーを語った。
の誘致と、同年のリヴァプール市は欧州文化首都に選ばれたことで、市民に自尊心や自信が生まれ、街としての勢いや信頼は投資を誘引した。行政は市民の意識の変革に文化芸術やデザインが有効であることを認識し、文化芸術や文化遺産の継続的な活用を都市再生の方針とすることに舵をきったという
。英国の創造産業の市場規模は920億ポンド(約13.4兆円)にのぼる。そのなかで、リヴァプール市は英国北部の創造産業のエンジンと言える。人口約49万人の小都市が創造産業のハブとなる一翼をFACTも担った。FACTはクリエイティブ・クラスターの一部になり、創造産業の振興に寄与してきた。しかし、中心的プログラムはやはり「アート」にあることには揺るぎがない。リヴァプール・ビエンナーレともパートナー関係を築いており、参加アーティストとの協働においても中心的な役割を果たしている。2018年はビエンナーレ開催年であることから、FACTの実施するプロジェクトへの注目が高まっている
。市民や地域との協働
FACTはアーティストだけでなく、一般市民の若者や高齢者とも多くのプログラムを実施している。一例として紹介されたのは、コペンハーゲンのアーティストSUPERFLEXとの2000年のプロジェクト「Superchannel/Coronation Court」である。それは、リヴァプール郊外の高齢者が住まう寂れた団地にケーブルテレビ局を開設して、住民が自ら情報を発信するメディアを作るというものだった。そのプロジェクトは作家がコペンハーゲンに帰った後も、12年間にわたって継続したという。また、クシシュトフ・ヴォディチコとは、PTSDを抱えたアフガニスタンやイラクの退役兵と協働する映像プロジェクト「Veterans in Practice」を9年間にわたって続けた。大学や医療機関と協働して、認知症患者に映画を楽しんでもらう企画 も実施した。このように、FACTが実施する人材開発、研究開発、アクセレーター・プログラム、インキュベーション、行政との協働や、施設の機能として市民が多目的に使用する「FACTラボ」の活動は、新たな共創の方策を探る試行と展望となっている。
アートセンターの資金調達
後半では永田をモデレーターとして、マイク・スタッブス氏に加え、前稿の連携プログラムに参画した大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco)館長の甲賀雅章氏、フォーラムに参加されていたブリティッシュ・カウンシルのアーツ部長、湯浅真奈美氏に急遽、登壇していただき、トークセッションを行なった。
KIITO、enocoはともに公共施設であることから、FACTの公的資金に頼らない起業家精神をもった資金調達方法について話が及んだ。湯浅氏によると、英国のアートを支える公的施設やNPOの団体は、自治体やアーツカウンシルからの公的資金が100パーセントである施設や団体はほとんどなく、主体的にさまざまな資金調達を行なっていること。それぞれがビジョンをもち、社会起業的にクリエイティブに活動し、社会にインパクトを残していく。FACTも活動が幅広く、施設内のカフェ、シネマ、研究開発部門がパートナーシップをもって取り組んでいる。しかし、スタッブス氏はそれでもなお、公的資金のサポートの重要性、特に小さな組織にとってはなくてはならないものであるということも主張した。
各施設間でのさまざまな差異を認める一方で、湯浅氏は市民との協働プロジェクトに注目し、SUPERFLEXとクシシュトフ・ヴォディチコのプロジェクトにおいて、アーティストがプロジェクトを離れて以降も、参加者により活動が継続したことを挙げ、地域、都市や社会に変化を起こすプロジェクトへの重要なアプローチは「彼らのために(project for -)」でなく「彼らと共に(project with -)」実施するという点であり、それがKIITOとFACTの共通点であるとした。
会場の参加者からは「アーティストの定義をどのように考えているか」「どのようにして高齢者の参加者を集めるか」「成熟したアート市場が日本にないことに対しての考えを聞きたい」など、幅広い質疑が寄せられた。
文化芸術が社会に貢献できること
最後に、各施設の「クリエイティブスペース」としての展望を紹介しよう。
・Foundation for Art and Creative Technology (FACT)
「波及効果」
特別な人だけがアートを享受できるのではなく、誰もがアートとのかかわりを持てるようにする。そしてそのための組織開発を行ないたい。
・デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)
「創造的人材育成の拠点形成」
こどもから高齢者までの創造的人材育成にフォーカスし、求められていると感じるつなぐ人を、プロジェクトを通して育成し、送り出していく。
・大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco)
「文化的コモンズの形成、社会課題の解決、コーディネーターの人材育成、(場所ではなく)人々が交流する仕組みの構築」
スタッブス氏のプレゼンテーションを通して最も印象深かったのは、FACTがリヴァプール市の都市再生に果たした役割は、文化芸術の活動を通して市民が自信や誇りを持つようになったということである。それは、市民やさまざまな団体や機関と協働することで、文化芸術が社会の課題解決として貢献できるということである。そこには、KIITOやenocoとの共通点も相違点もみることができた。文化芸術施設のひとつのあり方とは、例えば施設の持つ機能や公的資金によって活動が限定されることがない「自立した活動の拠点」であり続けることでないかと思う。
神戸市×リバプール市交流フォーラム「クリエイティブスペースが都市に与えるインパクト」
開催日:2018年4月28日(土)
会場:デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)
兵庫県神戸市中央区小野浜町1−4/Tel. 078-325-2201
講師:マイク・スタッブス(FACTディレクター)、永田宏和(KIITO副センター長)、甲賀雅章(enoco館長)
協力:ブリティッシュ・カウンシル