キュレーターズノート
地域の美術資料をいかに引き継ぐか──福島市近郊の美術館
伊藤匡(福島県立美術館)
2018年12月15日号
東北のなかで、福島県は美術館の数が多い方である。その理由を考えてみると、まず県の面積が広いこと。地理的に会津、中通り、浜通りの三方部に分かれていること。人口が一都市に集中していないこと。歴史的にみても、江戸時代には多くの藩が分立し、県域全体が統一されたことはないこと。それらの結果、各地域、各市町村の自立性が比較的高いことが上げられる。
県立の美術館が所在する福島市の近隣にも、独自の活動を続けている美術館がある。今回はそのなかで二つの美術館の活動を紹介する。
あだたら高原美術館 青―ao―
福島県北部、安達太良山麓の岳温泉の入口、木立に囲まれた山荘風の建物が、あだたら高原美術館 青―ao―である。2001年に開館した私立の美術館である。館名の青は、青年の青であるという。高校の美術教師を退職して美術館を開設した画家の渡辺武郎、版画家の永子夫妻が、青年のような若々しい志で、美術館を運営していこうという決意の表れのようである。館の活動目標は、若いアーティストに発表の場を提供すること、美術愛好家たちの憩いの場、語らいの場となることである。
同館が開館以来続けてきた企画が「福島青年美術の展望展」である。県内在住の39歳以下の作家の近作を紹介する展覧会だ。今年は、38人の絵画、版画、彫刻などが並んだ。会場が小さいため、出品作品は各作家1〜2点だが、毎年開催されるため、県内の若手作家の紹介を継続的に行なう活動としては、これが唯一かもしれない。このような地道で継続的な活動は、アートフェスティバルなどのイベント的な事業には、できないことだ。
もうひとつの主な活動は、毎年9月に開催している「Play in あだたら」だ。以前、県内の作家と首都圏在住の作家との交流展、「波動展」を毎年一回、計15回開催した。一昨年からは、その後継企画として「Play in あだたら」という名称で、県内作家を中心に、美術館内と周囲の林で野外インスタレーションなどを行なっている。こちらは、ベテラン作家たちの交流の場でもある。さらに、今年は22名の作家の他、近隣の高校にも呼びかけて、4校の美術部生徒による壁画も展示した。近所の人たちからは、高校生の壁画を見ると元気が出ると、好評だという。来年度には、後述の川俣町羽山の森美術館や福島県立美術館など近隣の美術館に呼びかけて、生誕百年を迎える地元作家の回顧展示を企画するなど、地域連携の核としても機能している。
川俣町羽山の森美術館
羽山の森美術館は、福島市の南西に隣接する川俣町にある。町の中心部から車で5分ほど山間部に入った集落にあり、廃校になった小学校を活用した施設だ。生徒数の減少で町の小学校を中心部の一校に統合することになった時、地域のシンボルである小学校を遺したいという地元の要望により、校舎が美術館として活用されることになった。キャッチフレーズは「ボクたちの小学校が美術館になった。」である。
養蚕と絹織物で栄えた川俣町は、大正時代に洋画家の丸樹長三郎らが中心となって美術愛好家が「コバルト社」という団体を立ち上げた。1926年に洋画、染色、写真作品を集めた第一回展を開き、石井柏亭らを招いて講習会を開くなど、地域の美術の振興に貢献し、後に「川俣美術」と改称し、創立90年を超える歴史を誇る。
こうした地域の歴史を背景に、この美術館は2010(平成22)年に生まれた。美術館は町営だが、来館者の受付や、施錠、照明の点消灯などの管理を、地元集落の人々が受け持っている。美術館の活動は、地元の高校の元美術教諭や、牧畜が本業の画家らが協力して運営している。作品や資料の収集活動も継続的に行なっている。収集対象作家の範囲も、地元川俣町や伊達郡ゆかりの作家から、福島県全域の作家たちへと、徐々に広がっている。
美術館の活動や資料をいかに継承してゆくか
地域の美術館は、その地域の文化芸術活動の場として重要であり、関連する作家の作品や資料の収集は、地域資料として後世に伝えるべきものとなる。その運営は人的にも経済的にも楽ではない。長期的には、美術館が存続できるかという懸念もある。だが、その問題は地域自体の継続と密接に結びついていることで、美術館単独で解決できるものではない。また、美術館という制度や施設も近代というひとつの時代の産物である。将来的に別の制度や形態が生まれることもあるだろう。その美術館が担ってきた活動や資料をいかに引き継ぐかが、重要となる。今回取材した美術館の人たちは、「いつまで続けられるかわからない」という不安を抱きながらも、いまだけではなく未来のためにも重要と考えられる活動に、情熱を傾けている。
あだたら高原美術館 青―ao―
住所:福島県二本松市馬場平194-1
休館日:月曜日〜木曜日(冬期は休館)
tel:0243-61-1312
川俣町羽山の森美術館
住所:福島県伊達郡川俣町大字西福沢字山桝内20
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
tel:024-566-3367