2019年09月15日号
次回10月1日更新予定

キュレーターズノート

北海道の美術家レポート⑮前澤良彰/2019年の自主企画展について

岩﨑直人(札幌芸術の森美術館)

2019年02月15日号

北海道に根を下ろして活動するアーティストを紹介する「北海道の美術家レポート」の15回目として、前澤良彰を取りあげる。

職を得て、この地に移り住んでから、20年が経とうとしている。もともと父親が北海道の出身であったので、ずっと縁はあった。とはいっても、自身一所に7年以上も居を構えたことがなく、転出入することにさほど抵抗もない方だと自認していたが、結局、まだここに居る。他の地に心移ろわせなかった要因としては、自らが置かれている社会的環境というのももちろん背景として挙げられるが、ここ、北海道、札幌の魅力の高さというのも見過ごすことの出来ない理由のひとつに挙げられる。のっけから私事で恐縮だが、この度取りあげる写真家、前澤良彰もやはり、北海道の人ではない。

前澤は京都に生まれ育ったが、筆者同様、今では北海道暮らしが最も長くなった。北海道の豊かな自然と驚愕の速度で都市化を遂げゆく札幌に魅せられ、以来、ここを拠点に北の大地が見せる透徹とした表情を写真にとらえ続けている。ここと見定めた風景を前にカメラを構え、移りゆく光と影をじっと見つめる眼光は鋭い。雨であっても、吹雪であっても、強い陽射しのなかにあったとしても、ただじっと動く風景の切り取るべき瞬間を待ち構える。作品の多くはモノクロ写真で発表する。展示の際には、一般的なパネル額装によってではなく、厚底の箱額に納めて発表することが多い[図1]。



図1 展示の様子


かつて、なぜそのような手法を採るのかとさして考えずに問うたことがある。「閉じ込めるためです」と彼は言った。さらに言葉は続けられるはずだったのかもしれないが、私はそこではっとなり彼の語りを遮った。問うておきながら、返しを中途で遮断するとは何とも礼を失した行為であったが、その一語でもう充分と判断された。いや、正しくは、恥ずかしくなったのだ。無遠慮な問いに対し、短くも深長な即時の返答。そのまま忘却の彼方にまで吹き飛ばされればと思うほどの愚かしい問いである。ここでは都合好くそれをなかったものとし、ひとり残された答えだけを頼りに以下に筆を進めることとしよう。

前澤が切り取る風景は、それが都市であっても森であっても、往々にしてどこかに水の存在を見つけることができる。林道に忽然と現れながらも既に大湖の風格を具えた水溜まり[図1左]、大都市を雷光の如く切り裂く河川[図2]、工場にもうもうと立ちこめる煙と絡み合う水蒸気[図3]、鮮烈に発光する白糸の滝、世界的にも透明度の高いことで知られるカルデラ湖の湖底[図4]、幾何学的に構成された雪面[図5]、湖面に写し取られた森のあるがまま[図6]。そう、すべてはあるがまま。多くがここ北海道にあって少しばかりの労さえ厭わなければ、きっと目にすることのできる風景である。前澤は、そこにそっと足を忍ばせる。


左:図2《20090731172026 Sapporo》 右:図3《20111219124359muroran》



左:図4《20100227172712titose》 右:図5《20100116065339simamaki》



図6《20130714044551akan》


例えばそれが森ならば、その湿潤な空気を乱すことのないよう極めて注意深く。木枝を踏み折る音が小さく響き、胞子植物の粉が足元で煙立つくらいのもので、他に動きは認め難い。歩を止め、静寂を噛みしめ、そして、ついにシャッターを切る音が小気味よく鳴る。漂う空気も、浮遊する微粒子も、温度も湿度も何もかもがあるままに封じ込められる。しかし、前澤の作品からは決定的な瞬間性というものは感じにくい。誤解を恐れず言うならば、写真のなかの光景はあたかも実風景を見るように徴かに振れ動いているようにさえ感じ受ける。静謐な風景ゆえに感得される連続性。永続性と換言してもいい。矛盾しているようだが、その場に広がる光景は前澤によってその最高潮の姿が切り取られたというよりは、むしろ連続する生きた風景として閉じ込められている。

さて、冒頭の言に立ち返ると、前澤が閉じ込めるものは、つまり、時間も含めたありのままの風景であり、そうした永続性を備えた写真を撮影し続ける理由としても認められる。あるいは、そういった風景の前に自己を向かせる理由ともとらえられるかもしれない。もちろん、このとき閉じ込めてしまうのは、前澤自身である。前澤は、丁寧に丹念に仕上げた写真を最後に箱に収めて提示するわけだが、こうして「閉じ込める」一連の制作・表現行為は完結するのである。

北海道に生まれ育った者ではないからこそ、見える風景がある。また、それが特異であることにも気づきやすい。こうした北海道の姿をある意味において美しく記録し、その地に刻まれた時間を深く掘り起こさせてもくれる作品は、北海道の自然遺産の価値を高めると同時に、文化史的意義をも高める仕事と認められよう。。その点が評価され、前澤良彰は、平成30年度札幌文化奨励賞を受賞した。


学芸員レポート

札幌芸術の森美術館、2019年の自主企画展について

現在、札幌芸術の森美術館は、整備休館中である。2019年4月27日からの再開に向け、学芸スタッフ8人がそれぞれに展覧会の準備に鋭意勤しんでいるところである。来年度に実施予定の自主企画展覧会だけを取りあげると、当館では2001年以来2度目となる「砂澤ビッキ展」がまずリニューアルオープン第一弾。没後30年を経て、新たに発見された作品、資料など新味のある要素を多く盛り込んだ内容となっている。

次に第二弾として夏に立ち上げるのが「テオ・ヤンセン展」。オランダのアーティスト、テオ・ヤンセン(1948- )によって故国の海面上昇問題を解決するために諸科学を礎に生み出された「ストランド(砂)ビースト(生命体)」。ボディ全体は単一のプラスチックチューブで造形されている。風を得て、砂浜を疾駆するその様は、生物を思わせるほどに滑らかで有機的。展示室内で実際に動く巨大なストランドビーストを体感できるほか、その構造や動きの仕組みを明らかにし、氏が創り出す世界の魅力に迫る。

そして、秋から冬にかけて行なうのが現代美術の展覧会「タグチ・アートコレクション 球体のパレット」である。多種多様な人々が暮らすこの地球を、さまざまな「色」が隣り合い、混ざり合う絵の具のパレットに見立て、言わば、この「球体のパレット」から色をすくい取って、地球上で起きている現在を表現しているものを現代美術とみなし、題付けした。その多様でフレッシュな現代美術を私的嗜好に偏り過ぎることなく、市場の趨勢に敏感に反応しながら蒐集しているのが実業家の田口弘氏と田口美和氏である。その蒐集に傾ける熱量と等しく、広く展示・公開にも注力するのがこのコレクションの大きな特徴である。父娘二代に渡って築かれた、今では400点を優に超えるコレクションから、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、北中南米の16カ国52組による絵画、写真など平面作品57点、彫刻、インスタレーションなど立体作品7点、映像作品2点、総計66点を厳選し、紹介する。そのほとんどが北海道初公開だ。

ポップアートの騎手ウォーホルから、ストリートアートの先駆者キース・ヘリング、虚実ない交ぜの体験を呼び起こさせるハンス・オプ・デ・ビーク、デザイナーでもある色の使い手タル・アール、マルチプルな宗教体験をもとに世界を描くラキブ・ショウ、そのほか、グローバルにアートマーケットを賑わす若手作家に至るまで、鮮度の高い世界の現代美術が楽しめる展覧会である。本展は、北海道立帯広美術館、北海道立釧路芸術館、北海道立函館美術館、そして札幌芸術の森美術館へと巡回する。なお、出品作家は下記のとおりだが、会場によって出品しない作家もあることにご注意いただきたい。


左:砂澤ビッキ《神の舌》1980
中:テオ・ヤンセン《アニマリス・プラウデンス・ヴェーラ》2013
右:名和晃平《PixCell-Deer #51》2018 [courtesy of SCAI THE BATHHOUSE photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH]


[球体のパレット出品作家]国順不同、同国内は生年順
草間彌生、オノ・ヨーコ、杉本博司、森村泰昌、川俣正、大竹伸朗、奈良美智、鴻池朋子、村上隆、丸山直文、大岩オスカール、杉戸洋、塩田千春、照屋勇賢、名和晃平、鈴木ヒラク、淺井裕介、大庭大介、ムン・ギョンウォン&チョン・ジュンホ(韓国)、ジン・メイヤーソン(韓国)、N・S・ハルシャ(インド)、ラキブ・ショウ(インド)、トゥクラール&タグラ(インド)、タル・アール( イスラエル)、ミリアム・ハダド(シリア)、エリアス・サイム(エチオピア) 、ジュリアン・オピー (イギリス)、マーク・クイン(イギリス)、ダミアン・ハースト(イギリス)、ナイジェル・コーク(イギリス)、リネッテ・イアドム=ボアキエ(イギリス)、トーマス・ルフ(ドイツ) 、エリック・シュミット(ドイツ) 、ジャナイナ・チェッペ(ドイツ)、ハンス・オプ・デ・ビーク(ベルギー)、セクンディーノ・ヘルナンデス(スペイン)、ジョアン・マリア・グスマン&ペドロ・パイヴァ(ポルトガル)、ゲルト&ウーヴェ・トビアス(ルーマニア) 、アンディ・ウォーホル(アメリカ)、キース・ヘリング(アメリカ)、ロブ・プルイット(アメリカ) 、マシュー・バーニー(アメリカ)、ウェンディ・ホワイト(アメリカ)、エミリオ・ペレス(アメリカ)、ベンジャミン・バトラー(アメリカ) 、ライアン・マッギンレー(アメリカ)、ケヒンデ・ワイリー(アメリカ)、ヴィック・ムニーズ(ブラジル)、オスジェメオス(ブラジル) 、マリナ・レインガンツ(ブラジル)、ヴァルダ・カイヴァーノ(アルゼンチン)、ダリオ・エスコバール(グアテマラ)

砂澤ビッキ─風─

会期:2019年4月27日(土)〜6月30日(日)
会場:札幌芸術の森美術館

テオ・ヤンセン展

会期:2019年7月13日(土)〜9月1日(日)
会場:札幌芸術の森美術館

タグチ・アートコレクション 球体のパレット

会期:2019年11月19日(火)〜2020年1月13日(月・祝)
会場:札幌芸術の森美術館

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