キュレーターズノート

街全体で探る、学びと体験の新しいかたち

平井真里(八戸市美術館)

2023年11月01日号

青森県内の五つの美術施設による連携プロジェクトが注目を集めるなか、そのうちの一館である八戸市美術館は、他県から巡回してきた展覧会にも八戸ならではの付加価値を含む鑑賞体験のあり方を、街全体を巻き込むかたちで積極的に模索している。同館の当初のコンセプトに立ち返りつつ、地域の活気や学びを醸成する数々の新しい試みについて、担当学芸員の平井真里氏にご執筆いただいた。(artscape編集部)

「巡回展」だからこそ

このたび、八戸市美術館では、展覧会「ロートレックとベル・エポックの巴里─1900年」(以下、「ロートレック展」)を開催する。「ロートレック展」では、19世紀末から20世紀初頭にかけて、パリが世界有数の大都市に発展した時代「ベル・エポック(良き時代・美しき時代)」をテーマにしている。


「ロートレックとベル・エポックの巴里─1900年」チラシ


一方で、「ロートレック展」は巡回展である。巡回展というと、基本的に過去の開催館と同じ展示内容になる。そのようななかでも、筆者としては八戸展だからこそできる何かを行ないたかった。

というのも、八戸市美術館のコンセプトは「出会いと学びのアートファーム」である。美術館において、人と人、人と作品、人と物事などのさまざまな出会いが生まれ、そこで人が感じ、気づき、成長していくことが、いずれ街全体の成長につながるという構想である。美術を糸口とした学びの機会を創出するため、八戸という地域にも目を向けながら、展覧会やプロジェクト、イベントなど、多岐にわたった活動を展開している。それらの活動によって成長する人には企画者である学芸員も含まれており、互いにコミュニケーションを交わしながら、共に成長していくことを目指している。

施設の特徴のひとつに「ジャイアントルーム」という部屋があり、前述のコンセプトを体現する空間となっている。日常的にはエントランスロビーであるとともに、ワークショップや会議、展示、または勉強や待ち合わせなど、さまざまな目的で使われており、プロジェクトもこの空間で繁く行なわれている。さらに、美術館のロビー的空間であるにもかかわらず飲食可能であるため、企画の幅が広がり、絵画を鑑賞しながらのお茶会や、酒を嗜んだ後の絵画鑑賞など、美術を身近に感じるきっかけを生む一助となっている(もちろん、IPM[Integrated Pest Management/総合的有害生物管理]の観点から、展示作品によって飲食可能なエリアを限定するなどの対応を取っている)。


ジャイアントルームの様子


このようなジャイアントルームの特徴を活かした過去の企画の一例として、「ほろ酔い鑑賞ほろ8」(以下、「ほろ8」)がある。本企画は、筆者が過去に担当した展覧会「コレクションラボ002 地をみつめる」(2022-23)の関連企画である。展覧会名にある「コレクションラボ」は、ジャイアントルームと隣接した展示室のひとつで、学芸員が新しい切り口で収蔵作品を紹介するための部屋である。本展は、八戸ゆかりの作家が描いた、八戸の風景画を中心に展示を行ない、作家や描かれた風景を紹介するとともに、作品が描かれた背景や、作家の心情を紐解くという内容である。

「ほろ8」は、閉館後のジャイアントルームで、八戸焼のお猪口で地酒を飲みながら、参加者とゲスト、学芸員が、展示作品だけでなく、それぞれの個人的なことも交えて歓談した後、「ほろ酔い」の状態で対話型鑑賞を行なう企画である。使用するお猪口は、展示作家のひとりである初代窯元・渡辺昭山の息子で、二代窯元の渡辺真樹が制作した。また、地酒を提供した八戸酒類は、八戸市美術館の通り向かいに位置しており、近隣施設との連携という要素も含まれている。

本企画は、飲酒の前後で、作品鑑賞にどのような変化があるかという実験でもあった。その結果、飲酒前は全体的に発言を控える雰囲気があったが、飲酒後には気持ちが開放的になるからか、作品を見て感じたことや、描かれた風景について知っていることを惜しみなく発言するようになる、という傾向が伺えた。この結果に加え、風景を描くときに作家が立っていたであろう具体的な位置や、作品に描かれた人物に関することなど、対話を通して得られた学びは貴重な財産となった。参加者の約半分が県外からの申し込みだったことには驚いたが、その大半が、ほかの美術館では類を見ない企画であるために興味をもった、とのことだった。このように、独自の企画を実現できたのも、ジャイアントルームが展示室と隣接していることが大きく関係している。


「ほろ酔い鑑賞ほろ8」の様子



民営の美術館ともタッグを組んで

八戸市美術館は中心市街地に位置しており、周辺には公営の文化施設である八戸ポータルミュージアムはっち(以下、はっち)や八戸ブックセンター、八戸市公会堂、民営美術館の八戸クリニック街かどミュージアム(以下、街かどミュージアム)など、多くの施設が集結している。そこから、すでに展示内容が定まっている本展において、館のコンセプトを示しながらも、施設の特徴や立地を活かし、周囲の文化施設と連携する関連企画を実践しよう、と考えた。

まずは、美術館の展覧会場内における特別展示「特別展示 ジャポニズム」である。この特別展示は、「ロートレック展」に八戸展独自の新しい章を加えるものであり、街かどミュージアムの小倉学館長兼学芸員(以下、小倉館長)と共に企画を立ち上げ、小倉館長の協力・監修により実現した。

街かどミュージアムは、産婦人科医師の小倉秀彦が館長となって、2012年に開館した。浮世絵などの伝統的木版画や、吉田初三郎の作品・郷土関係の資料などのコレクションを収蔵・展示している。それを引き継いだ二代目の小倉館長は、街かどミュージアムだけでなく、市全体の文化のあり方を考えながら、八戸地域の歴史や文化を総合的に紹介するウェブサイト「はちのへヒストリア」の開設、映画の上映会後援事業「白マドの灯」の設立などとともに、幅広く活動を行なっている。


八戸クリニック街かどミュージアム


すでに、街かどミュージアムと美術館は、八戸市美術館開館記念「ギフト、ギフト、」(2021)でも連携しており、浮世絵作品を借用展示した前例がある。今回は、「ロートレック展」がベル・エポック期をテーマにしていることから、その前段ともいえるジャポニズムに関する展示を、街かどミュージアムのコレクションを用いて加えることとなった。ジャポニズムに影響を与えた浮世絵の意匠や図法の紹介、1900年の第5回パリ万博関係の書籍、当時フランスで刊行された日本美術史の専門書などを展示する。


開館記念「ギフト、ギフト、」での浮世絵展示 ©︎Daici Ano


歌川広重《名所江戸百景 増上寺塔赤羽根》(1857)



関連イベントから拡がる、地域社会との新たなつながり

さらに、関連イベントとして筆者が思いついたのが、ベル・エポック期のパリの雰囲気を感じられるような、ジャイアントルームでの晩餐会だった。ロートレックは美食家としても知られており、現在は絶版であるが、彼が書き溜めたレシピが編纂された『ロートレックの料理法』(トゥールーズ=ロートレック著、モーリス・ジョアイヤン編、美術公論社、1989)などの、料理に関する書籍が刊行されている。このようなロートレックの一面も、今回の晩餐会を開催するに至った理由のひとつである。

本イベントを開催するにあたり、市内ホテルや全日本司厨士協会北部地方八戸支部に相談し、展覧会をイメージしたコースメニューを企画・提供することになった。また、感動や学びの要素として、社交ダンスの公演や展覧会のみどころトークといったプログラムも添えている。社交ダンスは、八戸出身であり、国内外で活躍している社交ダンサー・増田大介が出演する。これまでにもジャイアントルームでは、「ジャイアント食堂」(2022)という美術と食、音楽やパフォーマンスなどを絡めたプロジェクトを行なうことはあったが、今回のようにプログラムを見せながら、本格的にコースメニューを提供するイベントは初の試みである。料理提供やパフォーマンスについて相談するなかで、市内ホテルや増田氏からは、八戸の文化向上に貢献できれば嬉しいのでいろいろと聞いてほしい、という心強い言葉をいただいた。また、八戸市美術館は日頃から、誰もが美術館を気軽に利用できるような環境づくりに取り組んでおり、本展で行なうギャラリーツアーのうちの1回を手話通訳付きとしている。


「美しいHUG!」手話通訳付きのギャラリーツアーの様子



「連携」ではなく「共創」で生まれるもの

以前に筆者は、街なかにある民営施設との連携企画を検討したのだが、他業務と並行して実施するには時間や労力を十分に確保できないのでは、という理由で見送ったことがあった。しかし、その後この一連の流れを見ていたかのようなタイミングで、街かどミュージアムの小倉館長から、本展を糸口に市内の施設や団体が主催となって企画し、互いに連携する可能性はないだろうか? という提案がもち込まれた。それが、前述の特別展示や、後述する「ジャポニズム〜ベル・エポック共創企画」につながっていく。


「共創企画」スケジュール


小倉館長が言うには、市内、特に中心街の各施設は、かねてから美術館の展覧会に関連した企画を実施したいという想いがある、とのことだった。しかし、企画をするにも、開催予定の展覧会に関する情報を事前に得ることができなかったり、美術館と関わる方法がわからなかったりしたため、企画するタイミングを失っていたらしい。そのような実情を、筆者は今回初めて知ると同時に、街の人たちの想いを実現できる機会を創りたいと思った。その後、何度か打ち合わせを重ね、小倉館長から各施設や団体に声をかけ、企画を募ることとなった。

その結果、「ジャポニズム〜ベル・エポック共創企画」と名づけた八つの企画が集まった。街かどミュージアムでは、先述の八戸市美術館とは別途、本展に先駆けてベル・エポック期へとつながるジャポニズムに関連した浮世絵の展覧会を開催。市内の映画上映を後援する事業である「白マドの灯」が主催する企画では、美術館や街かどミュージアム、はっち、公民館、寺院など、中心街のさまざまな施設でジャポニズムやベル・エポックの時代を舞台にした映画作品を上映。美術館内では、ベル・エポック期の商業デザインの発展に関連して、デザイン史講座を実施。八戸ブックセンターでは、デザイン史関連書籍の紹介コーナーを設置。街なかでは、ベル・エポック期に色鮮やかなポスターで街なかが彩られたことに関連して、八戸工業大学感性デザイン学部の学生が中心街にある商店のポスターを制作・展示するポスター展を実施。ほかにも、ベル・エポック期は商業デザインの発展も目覚ましかったことから、八戸のデザイン史を紹介する展覧会、青森県内グラフィックデザイナーによる作品展(主催:公益社団法人日本グラフィックデザイン協会)など、豊富なラインナップとなった。

美術館のみの主催で本企画を進めれば、物理的にもテーマ的にも、ここまで内容を広げることはできなかっただろう。仮に、美術館から各施設や団体に企画を提案することができたとしても、どうしても美術館が管理できる範囲に留まるとともに、美術館が能動、他施設が受動の関係となり、本来、八戸市美術館が目指す「人や街が“共に”成長していく」ことからは少し離れていたように思う。本企画の名称を「連携企画」ではなく「共創企画」としたのも、美術館と他施設や団体が対等な立場で、共に企画や街全体の雰囲気を創り上げていくことを主旨としてのものだった。

「ロートレック展」では、展覧会に付随した企画において、さまざまな取り組みに挑戦することができた。それと同時に、周辺施設への情報提供やコミュニケーションについて、改良の余地があることを感じる良い機会にもなった。共創企画は、今後も改善や工夫を重ね、継続していければと思っている。大小さまざまな企画を主催する施設や団体が増えていき、はじめは美術館での展覧会をきっかけとしていたものが、いずれは美術以外に関する企画も含めて各所で発案・実施されるようになれば、と筆者は期待する。言うは易しであり、すべての実現には何年もかかると思うが、まずは街の人たちと美術館が共に考え、活動しながら、街全体が盛り上がっていくように尽力していきたい。



ロートレックとベル・エポックの巴里─1900年

会期:2023年11月3日(金)~12月25日(月)
会場:八戸市美術館(青森県八戸市番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/2540/

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