2019年12月01日号
次回12月16日更新予定

キュレーターズノート

ベルギー・レポート Vol.1:S.M.A.K.の市民参加型アートプロジェクト

鷲田めるろ(キュレーター)

2009年08月01日号

 今年5月から11月まで、ベルギーのゲントに滞在している。ゲントにある現代美術館S.M.A.K.と金沢21世紀美術館との学芸員交流事業として、S.M.A.K.が街の中で行なってきた企画に関する調査や、参加型アートに関心を持つヨーロッパの作家の調査を行なっている。

 こうした調査テーマを設けた背景には、次のような問題意識がある。近年日本で、市民参加型アートプロジェクトが増えている。これは、美術の制度から疎外されてきた人たちが、主体的に「美術」という表現形式を活用できる可能性が生まれるという意味で評価したい。しかし当然ながら実施の現場では、さまざまな問題が生じる。そのひとつとして、日本各地でアートプロジェクトが行なわれているにもかかわらず、どこでも常に同じような作家やオーガナイザーが企画していることが挙げられる。このことが問題なのは、閉じたヒエラルキーの形成に繋がってしまうからだ。海外との風通しをよくすることは、それを避けるための有効な手段となり得よう。ヨーロッパで類似の関心を持って活動しているアーティストの情報に、どれだけ日本で触れられるだろうか。いったい何人の、参加型プロジェクトを行なう日本のすぐれたアーティストが海外で知られているだろうか。この断絶は、市場に出やすい平面や映像作品と比べて、とりわけ参加型アートにおいて顕著だ思われる。このコミュニケーション不足を解消することが、私たちキュレーターに課された緊急の責務であるという考えがこの調査テーマの背景にある。

 ベルギーに来て2カ月になる。その間、多くの作品を見、作家に会うことができた。とりわけ、6月までトマス・ヒルシュホルンがアムステルダム郊外で行なった「ベイルマー・スピノザ・フェスティバル」は、地域住民の参加型アートプロジェクトを考えるうえで、興味深いものだった。これについては、9月号の『美術手帖』にレポートしているのでご参照いただきたい。ほかにも、オランダのサブリナ・リンデマンやビック・ファン・デル・ポルなど、今後、より詳しくその活動について知りたいアーティストもでてきた。
 今回のこのコーナーでは、S.M.A.K.が行なってきた参加型アートプロジェクトについて、一部紹介したい。S.M.A.K.は、1975年に活動を開始して以来、ヤン・フートがディレクターを務め、「シャンブル・ダミ」や「オーヴァー・ジ・エッジズ」など街の中で多くの展覧会を行なってきた。人口約23万人の小さな都市の美術館として、街や社会との関係を重視してきた美術館と言ってよい。現在のディレクター、フィリップ・ファン・カウテレンに代わってからも「シティ・スキャン」というシリーズで、街の中での展示を継続的に行なってきた。2005年に西野達がゲント市の広場に立つ銅像の回りに寝室をつくった企画もそのひとつである。近い将来、「TRACK」という名称で、「シャンブル・ダミ」などに続く、大規模な街中を会場とした展覧会を企画中である。

 そのなかでも、住民との関係を重視した企画として現在継続しているものに、「モスコ−ベルナデット」がある。「モスコ」と「ベルナデット」は、プロジェクトの舞台となるゲント郊外の地域の名前である。これらの地域で、S.M.A.K.とゲント市、そしてアーティストにスタジオを提供する活動を行なうNPOのNUCLEOの三者が共同で、継続的なアートプロジェクトを行なっている。2005年に開始した当初は、スタッフが子どもたちとワークショップを行なったり、アーティストにアイディアを求めて、そのアイディアを描いたポスターを制作して街に貼るなどしていた。その後、アーティストを招聘し、プロジェクトを行なった。例えば、バート・ロデウェイクスというオランダのアーティストは、街路に面した家の壁にチョークで、建物のシルエットを思わせるような直線的な絵を描いた。チョークなので、雨が降れば消えてしまうが、1年間にわたってこの地に通い描き続けた。続けているうちに、住民との信頼関係ができ、個人の家の中にまで、チョークのドローイングのエリアが広がった。プロジェクトととしての1年間が終わった後も、作家は同地での制作を継続しているという。ほかにも、コーン・ブルーケというアーティストは、道ばたに生えている草でスープをつくって住民に振る舞い、またオランダのアンノ・デイスクトラというアーティストは、そこに住んでいないにもかかわらず、アーティストがその地に引っ越してきたという噂を流した。噂を本当らしく思せるために、わざと芸術家らしい格好をして歩いたり、彫刻をアトリエに出し入れする振りをしたりした。こうした地味ではあるが、地域と関わりのある活動を4年間続けている。



ゲント市モスコウ地区の家の内外にチョークで描くバート・ロデウェイクスのプロジェクト(2008-2009)
all photographs are courtesy of the artist. / photography: Huig Bartels
URL=http://www.hanstheys.be/artists/bart_lodewijks/


コーン・ブルーケのプロジェクト
URL=http://www.flickr.com/photos/14849206@N07/Created with Admarket's flickrSLiDR.

 また別の「KICK!」というプロジェクトは、S.M.A.K.と病院との共同プロジェクトである。その病院の医師がアートコレクターであり、美術への関心が高かったことがきっかけとなり、2007年より始まった。その病院では「コーチ」と呼ばれる、作業療法士的な役割を担う担当者が置かれており、企画はコーチとともに進められた。そして、地元の作家からマーク・マンダースやギヨーム・ベイユなど国際的に活躍する作家まで30人に小さなマルチプル作品をコミッションし、それを納めた50の箱を病院に置いた。入院している患者は、その箱を自由に借り出すことができ、それを自分のコレクションのように、使い、遊ぶことができるというものである。作品の移動を可能としたのは、病院が、家のようなプライベートな空間であると同時に、多くの患者が共同生活をする公共的な空間でもあるということを重視してであるという。

 目立たない活動でも継続的に行なっている点など学ぶべきところも多々あるが、今回紹介した作家の活動のすべてを、必ずしも私が高く評価しているというわけではない。また、日本の作家と比べて、海外の作家がよりすぐれていると考えているわけでもない。にもかかわらず、海外とのネットワークづくりの重要性を訴えるのは、ネットワークを通じた情報交換が、日本やヨーロッパの活動において、自由な、新しい発想を生む原動力となると考えるからである。キュレーターの役割は、すぐれたアーティストを釣り上げることではなく、新たな発想を生み出す環境づくりを促進することにあると考える。日本のアーティストとヨーロッパのアーティストが直接繋がってゆくことへのきっかけをつくるため、今後も、ベルギー、オランダを中心に、参加型アートに関心を持つ作家や施設などについて調査を進め、さまざまな媒体を通じてお伝えしてゆきたい。

S.M.A.K.

URL:http://www.smak.be/

MOSCOU-bernadette

URL:http://moscou.wordpress.com/

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