キュレーターズノート

絵画の庭──ゼロ年代日本の地平から

植松由佳(国立国際美術館)

2010年02月15日号

 筆者が勤務する国立国際美術館が大阪の中心地である中之島に移転して5年になる。とはいえ自身が大阪に勤務するようになったのは1年4カ月ほど前からであるのだが、以前の万博記念公園内に位置した時に見た数々の展覧会も強く記憶に残ってもいる。その国際美術館の新築移転5周年記念として4月4日まで開催されているのが「絵画の庭──ゼロ年代日本の地平から」と題された特別展である。

 これは90年代半ばからゼロ年代に入って活発な動きを見せる日本の新しい具象的な絵画に注目したものである。90年代以降、それまでの絵画や彫刻といった伝統的な表現に比べて、写真、映像、インスタレーションといったまだ新しい表現方法により作品が発表される機会が圧倒的に増えた。それはまるで絵画の死を思わせるかのような時でもあったが(2003年のベネチア・ビエンナーレに出品された映像作品の点数の多さは、上映するための閉ざされた空間と、その年の記録的な猛暑とともに記憶している人が多いだろう)、絵画に臨終の時など訪れるはずもなく、国内外を問わずやがて具象的な絵画が脚光を浴びるようになっていく。
 国際美ではこれまでにも絵画に関する展覧会を開催してきた。1987年には「絵画1977-1987」を開催し、欧米19名と国内19名の画家を、また2006年には「エッセンシャル・ペインティング」と題して欧米の画家13名を紹介した。後者では、マルレーネ・デュマス、リュック・タイマンスといった90年代以後の絵画動向を示す代表的な画家が紹介されたが、この展覧会においては欧米の動向のみが取り上げられたのに比して、今回は同時代的に広がりを見せる具象的な絵画の日本における動向を見直す機会でもある。
 サブタイトルにもある「ゼロ年代」という言葉は、椹木野衣による「日本ゼロ年」、村上隆による「スーパーフラット」、そして松井みどりによる「マイクロポップ」による10年間を思わせるだろう。では今展でのゼロ年代とはなにか?

 「水戸アニュアル'95『絵画考──器と物差し』」(水戸芸術館現代美術センター)や「視ることのアレゴリー1995:絵画・彫刻の現在」(セゾン美術館)が開催され、その前年からはVOCA展もスタートし、新しい絵画の機運が見られた95年を起点にゼロ年代を見渡すことを企画者の国際美術館学芸課長の島は当初考えた。「村上隆、奈良美智、O JUN、小林孝亘の4人を先行世代と位置づけ、彼らの90年代後半の代表作からゼロ年代にかけての仕事を展示の骨組にしようと考えた。しかし村上隆の出品が叶わぬことになり、他の3作家との出品交渉を続ける中で、90年代後半よりも、むしろ2001年を起点にそれ以降の作品を中心に展覧会を組み立てた方が、出品作家の現状をより生き生きと集約できるのではないかと気づいた。そこで若い未知の世代まで含んだ枠組み、つまりゼロ年代の地平から、展覧会を構成する方向へと大きく舵を切った。出品作のほとんどが2000年代(それも約9割が2005年以降の近作・新作)の制作であるのは、そのためだ」(「絵画の庭──ゼロ年代の地平から」図録より)。そうして展覧会はスタートした。
 前述にあるように、今回の出品作家はO JUN、小林孝亘、奈良美智といった先行世代とされる画家たちからゼロ年代以降に登場した若い世代の杉戸洋、青木陵子、森千裕、後藤靖香、坂本夏子、厚地朋子(後者3人は1980年代生まれ)といった若手画家など、すべての画家の名前をここには挙げきれないが総勢28名が選ばれた。そして近作、新作を合わせて約200点を全館で展示している。展示は28名の画家の小さな個展であるかのように各ブースに分かれ、それぞれの世界を堪能できるようになっている。
 展覧会オープンに先立って行なわれた記者会見では企画者に対して、今展の開催による「スーパーフラット」や「マイクロポップ」といったなんらかの特徴を示そうとしたのか、という意の質問がされていた。しかしながら今展では「絵画の庭」というタイトルにもあるように、「ゼロ年代」という時間軸を切り口として、同時代における個性溢れる作品の数々により絵画というメディアの可能性を示そうとしたものであり、なんらかの特徴的な傾向が示されているものでもなければ、実際、単一的な傾向をとらえられるものでもない。
 ちなみに「『絵画の庭』とは、展覧会全体が手入れされていない庭の樹木や植物のように、枝ぶり(仕事ぶり)の明確な人から、まだ芽が出たばかりの新人までが、乱雑に繁茂しながらそのエネルギーを発散する渾然一体となった場所であることを表したもの」(前掲書)である。
 今回のレポートではあえて個々の作家についての言及を避けた。初めて名前を聞く画家も多いことだろう。同時代に生きる画家28名による渾身の力作を予断なく、ぜひ展示室で鑑賞していただきたい。


「絵画の庭」展示風景。厚地朋子作品(左から《スター》《珈琲》《星と夢》、いずれも2009)


左=会田誠《ジューサーミキサー》(2001)/右=同《滝の絵》(2007-2009)


左=杉戸洋《quad II》(2009)/右=同《two tree songs》(2006)

絵画の庭──ゼロ年代日本の地平から

会場:国立国際美術館 B2、B3展示場
大阪府大阪市北区中之島4-2-55/Tel. 06-6447-4680
会期:2010年1月16日(土)〜4月4日(日)

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