キュレーターズノート
嬉野武雄観光秘宝館
山口洋三(福岡市美術館)
2010年05月15日号
しばらく前から「ローカル」が気になっている。「ローカル」とはなんだろうか? それは流通の停滞ではないだろうか? たとえ出発点がローカルであっても、情報または商品として、国内そして海外を流通するようになったもの(都市)を「ローカル」とはいわない。逆に、かつて流通したが、いまではその運動が停止したもの(都市)には、「ローカル」の香りがする。かつて観光で栄え、または工業で隆盛した都市で、いまその頂点を過ぎた都市には、ローカルの香りが充満している。それが凝縮した場所のひとつが「秘宝館」ではないか。 大竹伸朗の『日本景』や、都築響一の『珍日本紀行』の影響もあり、以前から「秘宝館」には興味を覚えていた。などとのんきなことをいっているうちに、主要な(?)秘宝館がどんどん閉鎖に追い込まれ、すでに国内には数箇所しか残っていないらしい。そのうち二つが九州にある。なぜいままで行かなかったのだろうか。
さて今回訪問した先は、佐賀県嬉野の「嬉野武雄観光秘宝館」である。少々慌てての訪問となったのは、この秘宝館が本年3月末で閉鎖される予定となって、これを知った熱心な秘宝館ファンの声に押されて大型連休までは営業する、という情報を得たからである。実際には、連休以降も営業されるとのことであり、まずは安心(?)であるが、昨今の潮流から察するに、来場者の減少と維持費の問題はおそらく深刻なのであろう(なんだかどこかでよく聞く話ですねえ)。
福岡市内から九州自動車道、鳥栖JCTから長崎自動車道に入り、嬉野ICを降りて国道34号線にのったところで、すぐに観音様の姿が見えてきた。これこそ嬉野武雄観光秘宝館のシンボルである観音像である。独特の書体(?)でつくられたネオンサインに「愛の神秘:嬉野武雄観光秘宝館」とある(光り輝くところを見たかった……)。「観光」と「秘宝館」、そしてネオンの組み合わせに、古き良き昭和の面影を偲んだ。団体観光旅行が盛んだったころ、このネオンの光は、多くの観光バスを呼び込んだのだろう。秘宝館玄関には、各バス会社のプレートがいくつも貼られ、その前庭には広大な駐車場が広がっていた。じつのところ、ここは、嬉野温泉街からはやや離れている。武雄側にしばらく車を走らせると、秘宝館の存在を示す塔型の巨大サインも見つけることができる。
玄関すぐ左に掲げられた「ご案内」のボードの説明によれば、こちらの秘宝館は昭和58(1983)年開館と、意外と新しい(昭和40年代かと思っていた。福岡市美術館より新しい!)。「最新のエレクトロニクス技術の粋を集めた大セックスワンダーランド」として開館した観光秘宝館の総工費はなんと5億円! さらに展示品総額は2億円という。総工費に展示品費用が含まれているのかどうかは不明なのだが、その巨額さには唖然とする。なにがそこまでさせるのか。設置者を突き動かしたものは「観光」だけではあるまい。エロとセックスの展示だけに何億もの金を投入できる情熱の正体が知りたくなった。それは、役所が何億もかけて美術館をつくるのとは根本的に違う。
展示面積は、建物の外観からは想像できないほど広く、館内を一巡するのにたっぷり1時間はかかった。導入では、樺山久夫のエアブラシ画《男女竜交接の図》に出迎えられる(福岡県甘木市出身。都築響一『デザイン豚よ木に登れ』にその詳細な記述がある)。その正面には、ミニスカポリス風の衣装のマネキンが2体、謎のポーズでケース内に展示されていたが、かなり意味不明だ。
精巧な蝋人形は、秘宝館の定番なのだろう。作者も表示されず、発注意図もよくわからないのだが、その造形には純粋な意味で本当に驚かされる。
以降、道祖神、春画の複製(それでもかなり傷んでいた)といった比較的まじめな、博物館的な展示で箸休めしたかと思えば、「ながさきオチンチ祭り」(……)、「アラビアのエロレンス」(……書いててちょっと情けない気分になった)などといった、相当手の込んだお色気お笑い系のアトラクションもある。個人的に気に入った(えっ?)のは、「嬉野茶摘み娘」。竹塀にあいたのぞき穴から中を覗くと、下半身をこちらに向けてさらしたままの茶摘み娘が見える、というもの……。おおよそ見当がつきそうなものなのに、つい覗いてしまう。が、これはデュシャンの《遺作》みたいだ。秘宝館とデュシャンの関係について一瞬だけ考えを巡らしてみる。覗き穴横のおっぱい型のボタンを押したら、なんとこちらに向かって水が噴射される(放尿プレイか? アクリル板でへだてられているので一応安心? でもちょっとびっくりした)。
さまざまな脱力系、まじめ系の各種展示を堪能したあと、最後に現われるのは、この秘宝館の最大の見所である「ハーレム」だ。それまでは、閉所恐怖症的な密閉空間が続いていて息苦しさも感じていたのだが、ここにきて吹き抜けの広大な空間が現われるのだ。噴水と色とりどりの照明のなか、15体の裸体の人形が一大セックスパノラマを繰り広げる。内容はともかく、こうした展示の存在はまったく予測しなかったので、この光景を見たときはこの秘宝館の「本気」ぶりを心底思い知った。これが「最新のエレクトロニクス技術の粋」を集めたものかどうかはちょっと疑問。どちらかといえばそれはローテクの寄せ集めである。モーターとポンプ、ライト以外になにか凝った装置があるとは思えない。しかし圧倒されるのだ。この展示を見ていて、大竹伸朗の代表作のひとつ《ダブ平&ニューシャネル》がなぜか連想された。しかし水質管理、メンテナンスといった言葉がつい浮かんでしまうのは、自分も知らないうちに新自由主義に浸かってしまっていることの証左だろうか?
この秘宝館の詳細なレポートは、訪問された方がブログに綴ったものがあるし、消えゆく秘宝館を記録したDVDも近年発売されているようなので、かいつまんで知るには資料には困らない状況となっている。それゆえ私自身は、ごく簡単に、展示内容に触れた。本当は一つひとつ詳細に紹介したいのだが、それだとネタバレになりそうなので、チラ見せ、ということで。あらゆる美術作品、展覧会がそうであるように、百聞は一見にしかずである。もしこっち方面に興味がおありの読者の方々は、そのうちなどといわず、はやめの訪問をおすすめしたい。最近見たどんな展覧会よりも、ドキドキし、深く感じ入り、いい意味で予想を裏切ってくれたのは確かなのだから。
交通と情報が均一化する一方で、経済的な格差は開くだけの東京と地方の差。「ローカル」なものは情報の流れにも交通の流れにも乗らない。そこにあっても誰も見向きもせず、取り残され、やがてひっそりと消えていくしかない。地方性を感じさせるものは商品価値を持ち、流通し、消費される。それは国内オリエンタリズムのようなものだ。秘宝館のような猥雑なものは一部のマニアとか愛好家を除き、注目する者は少ないに違いない。それゆえに、であろうか、時間がいつからかゆっくりと進み始め、その分濃密に凝縮されているのだ。それこそが「ローカル」の得体の知れなさなのではないだろうか?(いや、エローカル?)
嬉野武雄観光秘宝館
学芸員レポート
本文中で何度も触れた都築響一の講演会が5月29日(土)午後2時より福岡市美術館で開かれるので、近隣の方はぜひ申し込んでください(5月22日締め切りなので急いで当館ウェブサイトをご確認のこと)。市内のミュージアム3館(福岡市美、福岡アジア美術館、福岡市博物館)が連携した企画の一環。まあ、連携の問題は端から見ていて課題山積……。
都築さんは広島市現代美術館で個展も開催されるようで、個人的にはこちらも楽しみにしている。