2019年07月15日号
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キュレーターズノート

Dialogue Tour 2010 第2回:かじことhanareの公開交流会/森村泰昌:なにものかへのレクイエム──戦場の頂上の芸術

角奈緒子(広島市現代美術館)

2010年09月15日号

 まだ夏も盛りの8月1日、岡山へ向かう。近隣には岡山県立美術館、橋を渡れば後楽園という川沿いの閑静な地区に「かじこ」はあった。「かじこ」はアーティストの三宅航太郎と蛇谷りえ、そして大学の博士課程に在籍する小森真樹の三人が主体となり運営している「ゲストハウス」であり、イベント開催のための「スペース」であり、「プロジェクト」でもある。そこで開催されたトーク・イベント、「Dialogue Tour 2010──人、コミュニティ、議論をつなぐ」に参加するのが今回の目的である。

 他の住居との並びにあり、一度は素通りしてしまうほど普通のたたずまいの民家「かじこ」は、玄関から中に入ると、期待を裏切らない懐かしさをたたえた台所と居間が目に飛び込んでくる。1階には、メイン・スペースとなるこの居間と台所のほか、スタッフが仕事をする小部屋、宿泊スペース、小さな階段をあがった2階には、屋根裏部屋を改装したとおぼしき図書コーナー、たいへん眺めのよい宿泊スペースという間取り。けっして狭くないこの古民家を使える状態までに復旧するのは、大変だっただろうと容易に想像できる。目の前をとうとうと流れる川の景色はすばらしく、キラキラと輝く水面を一日中眺めて現実逃避できそうであった。ノスタルジーたっぷりな空間と美しい外の景色に圧倒されるあまり、完全に見落としてしまっていたが、床の間には下道基行の写真作品が展示されていた。


左から、かじこ外観、内観(台所、居間)

 暑い以外はとても居心地のよい「かじこ」で、まずは須川咲子氏が自身のプロジェクト「hanare」についてお話をされた。今回のテーマは「家を開く!」。「hanae」は京都の某所にある須川氏の自宅を、月曜夜限定で開放し食事を振る舞うというプロジェクト。当時、ニューヨークから帰国したばかりだったこともあり、もっと仲間をつくりたいという思い、そして、地元の京都でプロジェクトやワークショップを企画する仕事をするうちに感じ始めた、もっと小さな単位で動けたらいいのにという願望をかたちにすべく自宅をオープンし、食事を振る舞い、そこに集まってくる人たちとのつながりをつくっていく活動を2006年から4年間続けてきたという。最初のうち友人たちばかりだった来訪者は、時が経つにつれ輪が広がり、あるときからは知らない人々も来るようになったという。個人の自宅から始まったこのプロジェクト、この夏にはバージョンアップし、3フロアからなる大きなスペースSocial Kitchenをオープンさせた。
 時間的にも資金面においても要は私財をなげうって、不安も覚えつつ手探りで運営してきたのだろうと推測するが、言葉を選びながら発表する彼女は、自分たちでここまでやってこられたという自信に満ちあふれ、意志の強さが感じられた。その意志の強さは、どうにかなるという楽観的な発想と、無茶はしないという、いい塩梅で力を抜いた緩さに支えられていることは非常に興味深い。また、完全にプライベートな組織である彼女たちには、余計なしがらみもなく身動きが簡単に取れ、決断も早いという強みも実際に持つ。つまり、端的に言えば、やめたいと思ったときにやめるという選択肢も持ちうるのである。彼女たちの目指すスペースは、制度化され確立された大学などの施設や美術館のような、誰か決まった人物がイベントなどを企画し、他の誰かに一方的に参画のチャンスを与えるスタイルではなく、「現代の公民館」という彼女の言葉に表われているように、すべての人になにかを企画するチャンスが与えられている場である。企画の内容もある決まったジャンル(例えば「アート」)にこだわらず多岐にわたり、できる限り雑多的でありたいということであった。そこでの彼女たちの存在は、場の提供者というだけでなく、イベント実現のために必要に応じてアドバイスをし、さらなる面白さの高みに至れるようコーディネートも行なう、ファシリテーターであるという。かじこも、基本的には宿泊者(来訪者)が一律の金額を支払いさえすれば企画を実現できる、Social Kitchenと同様の仕組みだが、かじこではある程度、企画の取捨選択はしていきたいとのコメントがあったと記憶している。いずれのスペースも、既存の美術館のあり方とはずいぶん異なる。設立の理由のひとつに挙げているように、既存のシステムや制度に飽き足らないと感じていたことを思えば当然だろう。
 その両者の語りにおいて、「ラク」「気軽」というタームが繰り返し出てきたことがたいへん印象的であった。経済的な困難をものともせず、精神的なつながりやメンタル面での「ラクさ」を優先し、気の合う仲間と、シリアスにかつ楽しく活動を続けるという点では、60年代のアメリカに現われたヒッピーたちを想起させる(その深刻さは比にならないかもしれないが)。しかし「気軽」の名の下、すべての決断を手中にするということは、あらゆる責任を自分たちが負うということを意味するはずである。起こりうるすべてのことへの責任はすべて負う、くらいの気迫で運営に臨んでいるのか、それともそういった場面でも「なんとかなる」と楽天的な気持ちでいるのかは、見えてこなかった。一方で、また須川氏は、自分たちが一端を担ってつくり出す、無限に広がる可能性のある人と人とのつながりは、長い目で見れば将来的になんらかの社会運動となり、引いては社会変革にもつながっていくという信念を抱いていうように見受けられた。自分たちの行なう草の根運動的な力の大きさを信じているものの、なにもしてくれない社会に対して直接的に自分たちがなにかを訴えることで社会を動かそうと露骨に働きかけているわけでもない。また、彼女たちは看過できない大きな不満を抱いている様子でもなく、その不満やなにかを社会のせいにするという姿勢も見られない。現状では、既存の社会に積極的にコミットし、うまく利用・活用することで社会を変えていこうという発想へは至らないように見えた彼女たちが、あえて回り道をして、いわば間接的に社会にアクセスしようとする方法を選ぶ理由はいったいなんなのか、考察の余地があると感じられた。誤解を恐れずに言えば、わたしの推察に過ぎないが、彼女たちを行動に駆り立てる根底には、社会にはなにも期待できないという諦念、社会への不信、それなら最初から自分たちでやろうかという潔さがあるのではないだろうか。
 現在、Facebookやtwitterといったヴァーチャルなツールを通じて全世界規模で知り合いの輪を広げる人々のいったいどれほどが、日本の地方の一都市でささやかに開かれている場所に足を運ぶのか、少し皮肉っぽく聞こえるかもしれないが、正直にたいへん興味深い。社会を変えるきっかけは、確かに些細な出来事なのかもしれない。その小さな出来事を生み出す可能性を持つこうしたオルタティブ・スペースは、片方で地域性やなじみの人々を大事にしながら、もう片方では最大限、多くの人々に開かれたスペースであり続ける必要があるだろう。


かじこの二階から後楽園を望む

 ちなみに、ご存知の方も多いと思うが、山口ではあいだだいや氏が主軸となり、Maemachi Art Centerを運営している。瀬戸内海を臨む中国3県のうち、アーティストやキュレーターたちが主体となって運営する、このようなオルタナティブ・スペースがないのは、広島だけである(筆者の知る限り、と断っておくが)。なぜなのか? 広島という大きくも小さくもない都市の規模とこの都市の持つ性質とも関連しているのではないかと私は推測しているが、これといった解答を見いだせない。理由を考えるのもまた一興。全国的に見ても、そのスタートは前後するものの、山口、岡山、金沢、青森とけっして大都市とは言えない場所でオルタナィブ・スペースが発生している事実は、美術館という組織に属す一キュレーターとして素直に気になっている。たんなる傍観者としてではなく、できるだけ活動に参画しながら、その継続を追って行きたい。

Dialogue Tour 2010 第2回:かじことhanareの公開交流会(artscape開設15周年記念企画)

会場:かじこ|Kajico
岡山市北区出石町1-10-6
会期:2010年8月1日(日)

関連リンク

Dialogue Tour 2010 第2回:かじことhanareの公開交流会@かじこ|須川咲子×三宅航太郎×小森真樹

学芸員レポート

 現在、「森村泰昌:なにものかへのレクイエム──戦場の頂上の芸術」展を準備中である。とはいえ、東京都写真美術館、豊田市美術館で開催されているため、すでにご覧になられた方もいらっしゃるかもしれない。しかし広島では、当館ならではの空間を活用しての展示となるため、作品の見え方もまた変わってくることをご期待いただきたい。約50mの長さの湾曲の壁には、森村扮する20世紀のアーティストが並び、この展覧会の取りを飾る映像作品《海の幸:戦場の頂上の旗》は、映画館風に仕立てたスペースでの上映となる。さらには会期中、作家自身による作品解説、東京大学教授の藤原帰一氏との対談、森村がツアコンを務める市内ツアーなど、イベントも盛りだくさん。森村の解釈による20世紀、みなさんも一緒に振り返ってみませんか。

森村泰昌:なにものかへのレクイエム──戦場の頂上の芸術

会場:広島市現代美術館
広島市南区比治山公園1-1/Tel. 082-264-1121
会期:2010年10月23日(土)〜2011年1月10日(月・祝)

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