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「ルーヴル美術館からのメッセージ:出会い」記者発表会レポート
中島水緒(美術批評)
2012年03月15日号
対象美術館
3.11の大地震と原発事故の発生から約一年。一年という区切りがさまざまな場面で逡巡をもたらすなか、ひとつのニュースが飛び込んできた。数々の傑作を所有する美の殿堂、ルーヴル美術館のコレクションが、被災した東北3県の美術館(岩手県立美術館、宮城県美術館、福島県立美術館)を巡回するというのだ。展覧会のテーマは「出会い」。東北の再生・復興を支援するためにフランス大使館が立ち上げたプログラム「日本とフランス、共に明日に向かって」の一環として企画されたものである。この巡回展の開催に先駆け、去る1月26日、東京・広尾の在日フランス大使館において記者発表会が行なわれた。本記事ではその記者会見の模様をレポートしたい。
日本とルーヴル、パートナーシップのあゆみ
登壇者は、フランソワ=グザヴィエ・レジェ駐日フランス臨時代理大使、ルーヴル美術館古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門部長にして本展の監修者であるジャン=リュック・マルティネズ氏、そして岩手県立美術館の原田光館長、宮城県美術館の有川幾夫副館長、福島県立美術館の酒井哲朗館長。
まずはレジェ臨時代理大使の挨拶からはじまり、今回の展覧会が、フランス大使により立ち上げられた復興・支援プロジェクトのなかでももっとも美しいイベントのひとつとなるであろうこと、そしてフランスと日本の緊密な関係を象徴するものであることが述べられた。もともと、日本とルーヴルのパートナーシップの歴史は浅いものではない。1964年には上野の国立西洋美術館にミロのヴィーナス像が来日、そして74年には東京国立博物館で「モナリザ展」が開催された。こうした展覧会史に残る一大イベントだけでなく、ルーヴルにまつわる数々の特別展開催が、西洋美術の傑作を受容する機会を日本人の美術愛好者に提供し、両者の強い結びつきを築き上げてきた。ルーヴル側の口上によると、今回の巡回展も、展覧会を通して連帯の意を伝え、今後も日本とコラボレーションを続けていくことの表明なのだという。
震災後、文化や芸術になにができるのかという煩悶に満ちた問いは、無力感と隣り合わせになりながら、しばしば議論の遡上に上がってきた。被災地の状況を見聞し、自分たちになにができるかを探ったというルーヴル美術館の思いは、アンリ・ロワレット館長から届けられた次のようなメッセージに集約されているといえよう。
「作品を観賞できる場を組織することが、私たちにできる最良のこと」「芸術にアクセスできるというのは、どんな大変な状況にあっても、必要なことではないか」。
美との出会いが心を豊かにし、困難を越えるステップのひとつとなりますよう──そういった祈りが今回のプロジェクトに込められているのだ。
「出会い」をテーマに作品を選出
さて、気になる出品作の内容はどうなっているだろうか?
会見で発表されたラインナップによると、展覧会を構成するのはルーヴルの8学芸部門すべてから集められた24点。古代エジプトのテラコッタ像、16世紀のマヨルカ焼飾り皿、18世紀フランスの画家フランソワ・ブーシェが描く三美神像など、オリエント、エジプト、ギリシアといった三大古代文明から中世、ルネサンス時代まで、時代・様式ともに多岐にわたった彫刻、素描、絵画や美術工芸品が出品される。数こそ多くはないが、ルーヴル・コレクションの奥深さを伺わせる内容である。また、出品作はすべて、2人ないし複数人の人物が「まとまり」として表現されたものが選出されている。空間のなかでいかに人物を配し、組み合わせるか。そして、人々の複雑な感情をどのように結びつけ、表現するか。これは芸術家たちが時代を超えて挑んできた創作上の課題である。本展には、「出会い」というテーマを造形性からも汲み取らせる狙いがあるようなのだ。
他方、避けることのできない問題も浮上する。昨年、原発事故の影響から、「プーシキン美術館展」「ジョルジョ・モランディ展」など、いくつかの海外展が中止や延期を余儀なくされた。日本への美術品の貸し出しをめぐって諸外国の美術館の対応がさまざまに分かれるなか、ルーヴルが作品貸し出しを決断した理由はどのようなものか?
マルティネズ氏は次のように答える。基本的に作品を海外に送る際は事前の調査を入念に行ない、作品の保護やセキュリティに万全を期すためクーリエも派遣する。今回の件もそうした段階を慎重に踏まえていることに変わりはない。放射線への懸念に関しては、3館から公式に提出された測定データにフランスの専門機関が調査したデータを合わせ、文化庁の同意のもと貸し出しに問題なしと判断した。また日本の公立美術館は免震台や建物のシステムなど耐震対策もしっかりとしており、信頼のおけるものである──。
さらに、記者発表の場では、福島県立美術館の酒井哲朗館長に対し、展示室内の放射線量の数値を求める質問が飛び出した。酒井館長の述べるところによると、線量の計測は昨年から継続して行なわれており、展示室内の測定値は毎時0.05マイクロシーベルト。他県の美術館と比べても、さしあたりは問題のないレベルと言える。加えて、放射能汚染の対策として、年度内に美術館の庭の芝生を植え替える予定もあるとのこと。現場における具体的な取り組みの一端を、伺い知ることができた。
各館の特色を活かした展示
展示に関してひとつ興味深いのは、3館共通の内容が巡回するのではなく、各美術館が異なる切り口をもってルーヴルとのコラボレーションを展開するという点だ。
岩手県立美術館は自館のコレクションである舟越保武の彫刻をルーヴルの出品作と絡める見せ方を企画中、宮城県美術館も常設展と関連づけた内容を考え、観賞者が訪れやすい展示を目指すと発表。福島県立美術館は、他館から作品を借りることも視野に入れ、魅力ある展覧会にしたいと意欲的な姿勢を示した。画一化した内容ではなく各館の特色を活かしたアプローチが成されるのは、歓迎すべきことではないだろうか。というのも、「被災した東北3県」という括りから個別の表情を見つめ直し、育んでいく試みこそが、真の再生に向かう一歩に思えるからだ。
「出会い」というテーマは多様な解釈を生み、作品と鑑賞者、展覧会に関わる人と人、国と国など、複数の要素を繋ぐだろう。観客誘致の方法など課題は多く残されているが、今回の小さなルーヴル美術館展を、手元にある材料、いまできることを見つめ直す好機ととらえることもできるはずだ。ささやかな出会いがいくつも生まれ、やがては共鳴しあうさまを、望んで待ちたい。