トピックス
「アートマネジメント国際セミナー──新しい時代のアートマネジメントを考える」を振り返って
清水敏男(学習院女子大学教授/本セミナー企画者)
2014年04月15日号
学習院女子大学では「アートマネジメント国際セミナー──新しい時代のアートマネジメントを考える」を2013年秋から今年の3月まで実施した。90分の講義13本と2本のシンポジウムで構成され、延べ23名の講師が参加した。シンポジウムはセミナーの最後に「アジアの美術館の未来」と「日本の美術館の未来」というテーマで行なった。
セミナー──世界の状況把握、アジア諸国との連携、日本の美術館の展望
この連続セミナーは三つの目的をもって始められた。ひとつは日本を含めた世界の最新状況をできるだけ広範に把握すること、二つ目はアジア諸国の美術館との連携を考えること、そして三つ目は日本の美術館の方向を見いだすことである。
まず全体のフレームについて、二人の講師を招聘した。一人は東西冷戦終了の年(1989年)に「大地の魔術師たち」展を企画したジャン=ユベール・マルタン氏(ポンピドーセンター・フランス国立近代美術館元館長)である。欧米中心の世界が終焉したとき、非欧米の造形をもふくめ包括的に理解する思考が必要となる。これからの世界理解を考えるうえで示唆にとんだ講義だった。もうひとりは吉本光宏氏(ニッセイ基礎研究所)である。美術館が都市、エリア、国の文化・経済の展開と一体化した存在であることを説いた。
こうしたマクロな視点をセミナー当初に得たことは貴重だった。目先の問題ではなく地政学的、経済的、政治的そして文化的な多彩な観点をもたなくては現今のミュージアムの問題も未来への処方も見えてこないだろう。
世界の各地の状況は、アメリカ合衆国、北アフリカ、中東、イスラエル、香港、中国、タイ、韓国に関する講義を実現することができた。
香港からは3名の講師を招聘した。香港は世界第二位の経済大国となった中国を視野におさめる地域として重要と考えたからである。アートマネジメントの人材育成に携わるオスカー・ホー氏(香港中文大学)、中国現代美術を1980年代から支えてきた美術評論家ジョンソン・チャン氏、香港で建設中の巨大美術館M+のチーフキュレーターであるドリアン・チョン氏が香港、中国で起きていること、彼らがやろうとしていることを報告した。中国の文化的蓄積と西欧の教養が混在する香港は中華圏と世界との接点としてますます重要な機能をになうことが予測される。
日本ではイスラム文化圏に関する情報を当事者から聞く機会はほとんどない。しかしイスラム文化圏は経済金融のみならず文化芸術においても存在感を増しつつある。今回のセミナーではフランス国立アラブ世界研究所元所長のブラヒム・アラウイ氏を招き、北アフリカ、サウジアラビア、カタール、UAEなどアラブ世界で旺盛に美術館が建設されている状況について報告してもらった。
シンポジウム──組織、資金、人事、コレクション……、継続的な討議の重要性
アジアと日本の美術館については、いくつかの講義と二つのシンポジウムを通じて考察した。
アジアの美術館の未来を話し合うシンポジウムでは実務の現場にいる館長、キュレーター(片岡真実、住友文彦、馮博一、ドリアン・チョン、クリティーヤ・カーウィーウォン、キム・ソンジョン各氏)をパネリストとして招聘した。アーツ前橋の住友文彦館長が主導している地域に密着した活動は美術館活動の歴史の長い日本でこそ可能だが、アジア諸国はドリアン・チョン氏がチーフキュレーターをつとめる香港のM+のような巨大美術館に賭けている。ボーダーレスな時代だからこそ国家や都市のアイデンティティやパワーを求める競争に走るのだろう。各巨大美術館がそれぞれ地域の中心を目指す競争はやがて衝突を生むことが懸念される。重要なことは各美術館のキュレーターレベルでの相互コミュニケーションの拡大だろう。そうしたプラットフォームを早急につくる必要性がある。アジアのキュレーターの共同プロジェクト、ミーティング、シンポジウムを重ねるべきだ。そこからアジアの美術館の未来が開けるのではないだろうか。
日本についてはまず近代美術館の原点を考える必要があると考えた。日本最初の近代美術館である神奈川県立近代美術館の成立に関する水沢勉館長の講義は美術館活動の根本を考えるうえで貴重なものとなった。自由な活動を求めた創設者たちの情熱が戦後の美術館づくりの原動力だった。数値至上主義、組織の硬直化、資金不足などの現今の問題を考え直す刺激となった。
国立、公立、私立の美術館の館長、学芸員(建畠晢、南條史生、逢坂恵理子、片岡真実、住友文彦、神谷幸江各氏)の講師陣に加え、さらにより広い視野をえるために、美術館を外から見ている専門家を招聘した。文化事業の情報発信を創設した矢内廣氏(ぴあ創設者)、企業の文化活動を実践してきた柿崎孝夫氏(資生堂元役員)、アートビジネスの石坂泰章氏(サザビーズジャパン社長)である。矢内氏が日本の美術館にはまだまだ発展の可能性があることを数値をあげて説いた講演には説得力があった。柿崎氏は企業が文化芸術を支えることで企業自身が創造的になることを指摘した。
セミナーの最後に開催されたシンポジウム「日本の美術館の未来」ではまずパネリスト(建畠晢、南條史生、李美那、神谷幸江各氏)から日本の美術館の現状について各自の視点から発表があった。
南條史生氏は日本の美術館において、なにがミッションであるかを再考し明確にすることが必要であるとの指摘があった。芸術は個人的な動機から発しているとしても美術館は社会的な存在であり、目的を持っているはずであること、自由と創造性が重要であることを述べた。美術館が経済効果優先主義に陥っていることへの警鐘である。
神谷幸江氏は広島市現代美術館が原爆を経験した記憶を検証する場であるという明確なミッションをもっていること、そして美術館はたんなる箱ではなく意思をもった存在であることを強調した。
李美那氏は日本統治下の朝鮮において日本で最初の近現代美術館となった李王家美術館が開設されたことを指摘した。その美術館は植民地における国家の表象としての美術館だった。戦後の近代美術館づくりはニューヨーク近代美術館を参照してつくられたが、それには国家主導の李王家美術館への反発があったのではないかと推測し、日本の学芸員制度とは国家権力を美術から排除するシステムとして作用したが、それが現在の美術館と社会の断絶を招いたと推察した。
建畠晢氏は現在日本では美術館活動が盛んだが、美術館(学芸員)は芸術家を分断し囲い込むことで自由な芸術活動そのものを圧迫しているのではないかと分析した。さらに日本の美術館はジャンル毎に分断されていく傾向があるが総合することが必要ではないかと指摘し、アジア諸国の大型美術館では総合性が発揮される可能性がある、日本でもそうした大型館が必要だろうと述べた。さらに市民が美術館を使いこなす批評的能力としてミュージアム・リテラシーの強化を提唱した。
後半の討議では筆者がモデレーターとして加わり、日本の大型の近現代美術館の可能性を中心に話し合った。
組織について、日本の独立行政法人は理念とはうらはらに運営が硬直化し美術館活動に柔軟性を欠く要因になっているのではないか、民間の自由な活動をいかに担保するかが重要であるという南條氏からの指摘があった。おそらく大型の新しい近現代美術館をつくるとしたら独立行政法人ではない新しい運営形態を求めるべきだろう。ただし国家の後盾は必要であり、組織運営形態には工夫を要する。
資金については、民間の美術館は営業活動(対スポンサー活動)、世界とのネットワーク構築・維持活動に努力しているという南條氏の指摘があった。この点について神谷氏は日本の美術館は入場料収入に依存しすぎているのではないか、活動の資金は営業活動により寄付等を集めることを重視しているアメリカの美術館を参照すべきとの指摘があった。これには寄付税制の改革が必要であり、社会的なコンセンサスが必要となるだろう。
人事について館長職に専門家が少ない現状、さらに外国人館長、キュレーター、スタッフがほぼ皆無であることが日本の美術館の孤立を招いていることが指摘された。日本の美術館はアジアのネットワークのなかに入っていない、日本は外れてしまっているとの指摘があったが、現在日本では李美那氏をはじめ数名の韓国籍学芸員が働いているのみである。たとえば国立西洋美術館に西洋出身のキュレーターがいないのは異常であるとの指摘もあった。今後は国や地方自治体の採用基準を見直し、外国籍の館長やキュレーターを雇用する道をつくり、諸外国と人事交流することが肝要である。
コレクションについて、現在日本では近代美術を通史で見ることのできる美術館は存在しない。また大規模な現代美術のコレクションを有する美術館もない。美術館のフレームを越えた展示ができるように、近代美術コレクションのあり方を考える必要がある。また高橋コレクションのように個人所有の現代美術コレクションを散逸、破損から保護する必要性もある。
日本には大型の近現代美術館がなく、アジア諸国、世界との交流も滞っている。このままではますます世界と乖離して行くことだろう。2020年の東京オリンピックを機会に、例えば国立新美術館全館を使った近現代美術の展示を企画し、それを起爆剤としてはどうか、との建畠氏の提案もあった。国立デザインミュージアムを創立する動きがあるが、近現代美術だけではなくデザインも包括した展示とし、ひいては一体化したミュージアムも想定すべきだろう。
日本の美術館のあるべき姿、こうありたいという姿の片鱗が見えて来たがまだまだ議論が必要である。今後もこうした討議を継続することの重要性が確認された。またアジアの美術館とネットワークを構築する作業も継続しなくてはならない。
世界現状を見据えた活動のきっかけとして
今回のセミナーは学習院女子大学が大学院でアートマネジメント・コースを設置していることから企画されたものだが、背景には近年日本の美術館、美術館スタッフが国際的な動きから離れてしまっていることの懸念があった。日本の美術館は独自の内部的な発展を遂げているが国際的な活動の展開、人事交流、コレクションの形成は世界の現状とマッチしているとは言いがたい。
世界は20世紀末の東西冷戦終了後単一の市場となったが、平和に向かうどころか新しいパワーバランスを求めて激動している。世界各地の美術館活動はそうした動きと無縁ではない。日本の美術館もそうした状況を前提に活動を展開して行くべきだろう。