トピックス
アメリカ現代美術の巨匠達──CCGA現代グラフィックアートセンター所蔵版画名品展 レビュー
小吹隆文
2014年05月01日号
1973年に開館した奈良県立美術館は、日本の公立美術館のなかでも歴史のある館である。同館の館蔵作品数は約4,200点。その中核は、風俗史研究家で日本画家の吉川観方が収集した江戸時代の日本画、浮世絵、工芸品のコレクション、近世日本画と浮世絵の由良コレクション、戦後日本の現代美術の大橋コレクション、奈良ゆかりの陶芸家・富本憲吉や、関西を拠点に活動した具体美術協会の作品が占める。つまり、近世から現代までの国内美術史をバランスよくフォローしているということだ。ただし、過去に行なわれた特別展を振り返ると、その多くは近世・近代の日本美術、洋画、工芸の展覧会であり、現代美術展はあまり行なわれていない。関西の美術ファンの間でも、同館が現代美術に熱心な館だと考える人は少ないだろう。
そんな奈良県立美術館が、今年の春と夏に「国際現代アート展なら2014」と題し、2つの現代美術展を連続して開催する。文化的に保守的な印象がある奈良で、現代美術に触れる機会が増えるのは結構なことである。今回は、その第1弾である本展を取り上げる。
同展では、福島県須賀川市にあるCCGA現代グラフィックアートセンター(以下、CCGA)が所蔵する「タイラーグラフィックス・アーカイブコレクション」の版画作品を紹介している。このコレクションは、米国人のケネス・タイラー(1931〜)が設立した版画工房タイラーグラフィックスが手掛けた作品群で、アメリカ現代美術の著名作家44名による約1,000作品で構成されている。同工房から正式なアーカイブとして認められているのは、米国のウォーカー・アートセンターとCCGAの2カ所のみという貴重なものだ。奈良県立美術館では2013年に「田中一光展」を開催し、CCGAから多数の田中作品を借り受けた。その経緯から両館の関係が深まり、本展の開催に至ったということである。
さて、肝心の展覧会に移ろう。本展では、1960年代から90年代前半までのアメリカを代表する現代美術作家17名の作品を、6つの章に分けて紹介している。第1章では、ポップ・アートの第一人者ロイ・リキテンスタイン11点と、ジョセフ・アルバース16点、エド・ベイナード3点を展覧。リキテンスタインは、反射シリーズ、筆触シリーズ、過去の巨匠にオマージュを捧げたシリーズなどバラエティに富み、カラフルでインパクトのある画面も手伝って、展覧会冒頭を華やかに彩っていた。また、アルバースは正方形などの幾何学形態と色彩が相互作用を織りなす作品群で、リキテンスタインとの対比が鮮やかだった。
第2章は、デイヴィッド・ホックニーのカラフルな作品12点で幕を開け、ジョアン・ミッチェル3点、ロバート・マザウェル10点(詩画集を含む)、ケネス・ノーランド4点と続く。ホックニーの作品には、屏風の大作や、キュビスムを独自に発展させた多視点の作品、彩色が額縁まで侵食した作品などがあった。
第3章は、デイヴィッド・サーレ2点、アラン・シールズ3点、ドナルド・サルタン4点とややおとなしいが、アラン・シールズの立体的な作品が強い印象を残した。彼は複雑な意匠を施した紙を幾層にも重ね合わせる、ミシンで縫う、格子状に組み合わせて両端を吊るなどして、3次元的な版画表現を追求している。制作年は1970〜80年代前半で、時期的にも先駆的な一例と言えるだろう。
そして第4章の、ジェームズ・ローゼンクイスト6点、ロナルド・デイヴィス2点、アンソニー・カロ2点と、第5章のフランク・ステラ12点。ここでは、ローゼンクイストの《時の塵》やステラの《泉》という横幅約10メートルと7メートルの超大作が並び、本展のクライマックスと呼ぶにふさわしい高揚が感じられた。大量生産品を組み合わせて物質の洪水、あるいは宇宙空間のようなイメージをつくり上げるローゼンクイストの作品は、まさにアメリカのパワーそのものである。対するステラは、構図、色彩、テクスチャーなど作品の構成要素を細部までとことん追求したエレガントな世界を見せてくれた。そして、圧倒的存在感を放つ2人の狭間で確固たる存在感を見せてくれたカロも忘れがたい。彼は、線を刷った紙に立体的な皺を寄せて木箱に入ることにより、版画でありながら彫刻でもある表現をつくり上げたのだ。
最後の第6章は、エルズワース・ケリー4点、ヘレン・フランケンサーラー7点、寺岡政美3点と奈良県立美術館所蔵の江戸浮世絵5点。ケリーとフランケンサーラーで前章の盛り上がりをクールダウンし、浮世絵のパロディとでもいうべき寺岡がブリッジとなって、最後は日本の浮世絵で余韻を残しながら幕が下ろされるのだ。作品総数は109点。2点の超大作をはじめ、版画に対する先入観をくつがえす大作や立体型の作品も数多く展示されており、通常の版画展をはるかに超えた濃密な時間を過ごすことができた。
最後に、本展の構成の妙にも触れておきたい。第1章と第2章では冒頭にキャッチ─な作品を配し、その直後にクールな作品を置くことで抑揚をつくり出していた。第3章はやや抑えめだったが、それは全編のクライマックスである第4章と第5章を際立たせるためである。最後の第6章では、奈良県立美術館所蔵の浮世絵にバトンタッチして全編を締めくくることによりCCGAと奈良県立美術館の協力関係を明示し、展覧会の冒頭(アメリカのポップ・アート)と末尾(江戸時代の大衆芸術)をリンクさせたのだ。この、まるで長大な交響曲にも似たドラマチックな展示構成が、展覧会の感動を一層深いものにしたのは間違いない。その意味で本展は、作品の力、美術館の力、学芸員の力がバランスよく噛み合った好企画と判断できるのである。
国際現代アート展なら2014:前期特別展
アメリカ現代美術の巨匠達
──CCGA現代グラフィックアートセンター所蔵版画名品展