2019年06月15日号
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[PR]サントリー美術館に聞く! 学芸員インタビュー「神の宝の玉手箱」

佐々木康之(サントリー美術館学芸員)/内田伸一

2017年06月01日号

 「たまてばこ」と聞いて私たちがまず思い浮かべるのは、浦島太郎が竜宮城から持ち帰った、あの箱だろう。「開けてはならぬ」贈物のイメージはどこかミステリアスで、かつ内に秘められた大切な何かを暗示するようでもある。
 「神の宝の玉手箱」展(サントリー美術館:2017年5月31日〜7月17日)は、中世漆芸の技と美が結晶した「玉のように美しい手箱=玉手箱」の世界に迫る企画だ。目玉となるのは、同館が開館翌年の1962年に収蔵し、のちに国宝となった《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》。このたび約50年ぶりの修理を終えて以来の初公開となる。加えて各所から国宝・重要文化財指定の手箱や、装束、絵巻などユニークな関連資料が集う。
 日本の貴族社会にて生活のなかの美として生まれた手箱は、やがて意匠を凝らした嗜好品に発展し、さらに神宝としても奉納されるようになった。「北条政子の愛した7つの手箱」伝承や、ウィーン万博からの帰路に伊豆の海へ沈んだ名品の復元など、ドラマチックな要素も多い。当時の匠たちが手箱に詰めた美を現代にひらくべく、同展担当学芸員の佐々木康之氏にお話を伺った。


国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》一合 鎌倉時代 13世紀 サントリー美術館(全期間展示)

貴族の暮らしを彩る美

 永井路子の歴史小説『北条政子』に、こんなシーンがある。幼い娘と双六遊びをする政子のもとへ、女房が裁ち縫いを済ませた冬着を持参する。政子は満足し、手近にあった鶴の蒔絵手箱を手渡す──。この場面は、手箱が中世の上流階級の暮らしとともにある漆芸品であったこと、また技と美を極めた贅沢品としての姿も持っていたことを教えてくれる。政子のこの行為は、かくも高級な品を気前よく与えるほどの異例の上機嫌(夫・源頼朝の不義に対する強烈な意趣返しによる)を強調するものだからだ。

佐々木──手箱とは、当時の貴族が化粧や筆記の道具、冊子類など、身の回りの大切なものを収納した漆芸品です。漆芸というとシンプルな美を連想する方も多そうですが、手箱には華やかな品も多い。現在のジュエリーボックスのように、“大切なものは綺麗な箱にしまいたい”という気持ちは、昔も今も一緒かもしれませんね。

 こう教えてくれるのは、「神の宝の玉手箱」展を担当する佐々木康之学芸員だ。優れた手箱は漆芸の技と美の結晶でもあり、特に中世、鎌倉期にはその煌びやかさ、華やかさが突出した名品も多いという。同館収蔵の国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》(ふせんりょうらでんまきえてばこ)はそのひとつ。鎌倉時代の名品で、約50年ぶりの修理を済ませて以来、今回が初公開となる。


佐々木康之氏

佐々木──浮線綾とは、公家階級が用いた有職文様のひとつ。花の要素を円形に集めた団花形式の文様で、装束によく用いられるものを、この手箱では夜光貝を用いた螺鈿で箱全体にちりばめています。円く切った貝の一片に蒔絵で文様をのせたようにも見えますが、これまでの X線撮影調査で、実際は文様ひとつごとに4種13パーツを切り出し、はめ込んでいることがわかりました。文様ひとつの直径が38ミリ前後、厚さは0.5〜0.6ミリほどですから、驚くべき精緻さです。

 さらに、箱全体に施された金地は箔ではなく、金粉を浴びせるように贅沢に蒔く沃懸地(いかけじ)技法によるもの。乱反射の効果などで、その輝きに豊かな気品と奥行きをもたらしている。蓋裏には蒔絵で約30種もの草花が伸びやかに描かれており、今回は会期中1週間のみこれも見られる時期を設ける。まさに「玉手箱をひらく」貴重な鑑賞体験と言えそうだ。

佐々木──手箱のなかでも、玉のように美しい、玉なる手箱としての“玉手箱”。今回は東京国立博物館にてCTスキャンも行ないましたが、螺鈿の切り出しのシャープさや、箱のカーブも考慮した仕事には、改めて感嘆します。一方で蒔絵の仕上げは、あえてなのか大らかさを感じるもので、この度の修理やスキャン調査にもご協力いただいた人間国宝の漆芸家・室瀬和美さんは、それこそが手箱の魅力につながっていると評されていました。


国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》部分 右は、X線CT画像[CT撮影:東京国立博物館]

国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》蓋裏 一合 鎌倉時代 13世紀 サントリー美術館
(6/21〜6/26, 7/8~7/17 蓋裏特別展示 ※公開期間が追加されました)

 先進技術で得られたこれらの調査成果も、今回は映像などで紹介される。一方で、「玉なる手箱」を開く行為は、秘されたものを解き放つ霊力や、呪術的な力も連想させる。例えば浦島太郎の物語で箱に込められていたのは、凝縮された「時間」であった。

佐々木──“竜宮の玉手箱”と伝承される重要文化財《松梅蒔絵手箱》(室町時代)が内容品も含め受け継がれてきた鹿児島県の枚聞神社は、山幸彦・海幸彦神話の残る地です。そして、箱の中には白煙ではなく、櫛や白粉箱などの化粧道具が収められていました。古代の櫛は頭にさして魔除けとされたように、化粧にもまた、呪術的な一面を見て取れるでしょう。

 今回は、手箱から広がるそうした世界にも注目した展示セクションが設けられ、上述手箱のほか《浦島絵巻》(室町時代/日本民藝館)や、仏像の像内に納入されていた古代の化粧道具類(「薬師如来坐像像内納入品」三重・四天王寺)も紹介予定だ。


重要文化財《松梅蒔絵手箱および内容品》 一具 室町時代 16世紀 鹿児島・枚聞神社
(展示期間:5/31〜6/26)

《浦島絵巻》(部分)一巻 室町時代 16世紀 日本民藝館(全期間展示)

重要文化財《薬師如来坐像および像内納入品》 一具 平安時代 承保四年(1077)三重・四天王寺
(全期間展示/内容品のみ一部展示替あり)

生活と信仰を結ぶ漆芸として

 日本の中世の貴族は、ある意味“メモ魔”であった、と言う佐々木氏によれば、生活のあれこれを驚くほど几帳面に書き残した資料も、研究者にとってはありがたい存在だという。

佐々木──手箱でしたら、例えば懸子式の3段構造を持つ手箱に、それぞれどんなものを収めていたかを詳細に図解する巻物。また、貴族の屋敷における間取りと各調度品の配置を示す図など。手箱には、形式的な豪華さが重視されるものから日常生活に用いたシンプルなものまでいろいろあったことも、こうした資料から改めて実感できます。


《類聚雑要抄指図巻》第六巻(部分) 六巻のうち二巻 江戸時代 19世紀 サントリー美術館
(全期間展示[ただし巻替あり])

 人間の妻を迎えたネズミが主人公の《鼠草子絵巻》(室町─桃山時代)では、夫の正体を知った妻が去った後、残された布団などの日用品と共に、やはり手箱が描かれていた。手箱が貴族の暮らしの一部であったことをうかがわせる。一方でと言うか、それゆえにと言うべきか、手箱はやがて神に奉納される「神宝」の一品ともなっていった。

佐々木──もともと日本の神は姿なきものとしてさまざまな形で知覚されてきたのですが、奈良時代末ごろから、神を人のかたちになぞらえて表わすようになりました。神殿をつくり、宮廷で使う品々をモデルに、神々のために服飾や調度類を“神宝”として奉納するようになったのです。手箱もそのひとつでした。和歌山県の熊野速玉大社はこうした古神宝を千点以上所蔵しており、室町時代に足利幕府が中心となって13の社殿の祭神それぞれに奉納した手箱と内容物も残されています。興味深いことに、各手箱の技法や奉納者の位も、それぞれの神様の格と呼応しています。


《鼠草子絵巻》第五巻(部分) 五巻のうち一巻 室町〜桃山時代 16世紀 サントリー美術館
(全期間展示)

「政子の愛した七つの手箱」とは?

 ところで、冒頭でふれた北条政子については、彼女が愛玩した7つの手箱がある、とも言われる。これは《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》を収める内箱蓋裏に「此は即ち其の一つなり」とした銘によるもので、残る6つについてもヒントが示されている、というドラマチックなものだ。

佐々木──この文章自体は江戸期に書かれたものですから、そのまま真実と受け取れるわけではありません。ただ、こうして名品手箱と、北条政子という鎌倉時代の第一級セレブとを結びつけることがなされた意味は、歴史をめぐる手箱の存り方を考察するうえでとても興味深いですね。なお“7つの箱”はこれであろう、というのは研究者間でも意見が交わされており、今回はそれら7つを模造も含めて一堂に揃えて展示します。

 牛車の車輪を過度の乾燥から防ぐために川につけるという当時の習慣を、車輪をかたどった銀製の紐金具と蒔絵による情景で表わした《片輪車螺鈿手箱》(鎌倉時代/東京国立博物館)。黒漆地に蒔絵と螺鈿を用いて、秋の野に遊ぶ親子鹿と小鳥たちを描いた《秋野鹿蒔絵手箱》(鎌倉時代/出雲大社)。こうした国宝も見所だが、模造についても興味深いストーリーを持つものがある。


国宝《片輪車螺鈿手箱》 一合 鎌倉時代 13世紀 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives
(展示期間:6/21〜7/17)

 鎌倉の鶴岡八幡宮に伝わる《籬菊螺鈿蒔絵手箱》(まがききくらでんまきえてばこ)がそれだ。この手箱は後白河法皇から源頼朝に下賜(かし)され、妻の政子が化粧道具入れに用いたとされる。同八幡宮に神宝として伝えられたが、1873年のウィーン万博出品後、翌年の帰途に運搬船が伊豆沖で座礁・沈没。政子の故郷でもある伊豆の海に沈み、捜索がなされたが、ついに見つからなかった。
 同八幡宮は頼朝没後800年を機にその復元を計画。人間国宝の漆芸家・北村昭斎が、残された写真や絵図などの資料を参考に、これを完成させる。1999年のことだった。手箱に込められた美の粋は、こうした形でいまなお受け継がれていると見ることもできる。

佐々木──手箱が主役の展覧会というのは、従来もけして多くはありません。しかし、今回の準備を進めるなか、手箱という存在から多面的な情報や魅力が引き出されてくる感覚がありました。それが展覧会を通じて皆さんにも体験いただけるなら幸いです。最初にお話しした、時代を超えても変わらない大切なものへの思いに共感を覚える方もいると思いますし、もともと“中身”を容れるための箱が、それ自体に価値を宿していくという逆転現象も、私は興味深いと感じています。

 《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》をはじめとする至宝の手箱群も、その内容物はいつしか散逸し、失われているケースも少なくない。しかしそこにはなお、清雅な漆芸の粋と共に、実に多様な不可視の魅力が“詰まっている”ということだろう。であれば私たちはこれら「玉なる手箱」を前に、歴史が磨いた美を堪能するだけでなく、自らの内でいまだ光を浴びずにいる何か、または失ったつもりでいた何かを「ひらく」契機も得ることができるだろうか。そんなことを考えさせる取材であった。

「トピック展示:名品手箱の模造と修理」コーナー 展示風景

六本木開館10周年記念展 国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》修理後初公開 神の宝の玉手箱

会期:2017年5月31日(水)〜2017年7月17日(月・祝)
   10:00〜18:00
   (金・土曜および7/16は10:00〜20:00、7/11を除く火曜休館)
会場:サントリー美術館
   東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階
   Tel. 03-3479-8600
概要:http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2017_3/index.html

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