2019年09月15日号
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加納光於──清澄な空気の穂先に

暮沢剛巳

2017年07月15日号

 加納光於が版画家として出発した美術家であることはよく知られている。ほかの表現に注力していた時期もあるとはいえ、結局は版画へと戻ってくる。CCGA現代グラフィックアートセンターで開催している展覧会「加納光於─揺らめく色の穂先に」(2017年6月17日〜9月10日)で久々に加納の作品に接した私は、版画が彼にとって原点というべき場所であったことを再確認した。

 本展の会場では、加納の作品が年代順に配置されている。構成はいたってシンプルで、それゆえにモチーフや技法の変遷もわかりやすい。スペースの制約も考慮のうえ、ここではそれを「初期」「中期」「後期」の3つに分けてごく手短に検討してみよう。

 順路の冒頭には、加納がまだ20代前半の頃に制作したエッチング数点が展示されている。それらの作品はいずれも夢魔のようなイメージが細やかな線描によって表現されており、関心の一貫性には目を見張る。また1960年前後から、加納はインタリオ(凹版)に取り組み始める。それらの作品がいずれも強い緊張感を称えているのは、素材として用いられた亜鉛板が脆弱で繰り返し刷ることができないため、しばしば「一発勝負」を強いられたこととも関係しているのだろう。

    
右=《浮標》(1956)、左上=《作品Ⅳ》(1956)、左下=《種族》(1956)

 1964年から始まった「“SOLDERED BLUE”」は、それまでモノクロームの版画しか制作してこなかった加納が初めて色彩を用いたメタルプリントのシリーズである。不定形のイメージはいずれもガスバーナーで焼いた亜鉛版を捩じったり凹ませたりして得られたもので、色彩の導入がそうした偶然性の表現と深く関連していたことがわかる。当初は青一色に限られていたが、1967年に始まった「PENINSULAR 半島状の!」のシリーズでは赤、青、黄や多くの混合色がある種の規則性に従って用いられるようになり、また1977年に集中して発表されたリトグラフ「《稲妻捕り》」のシリーズでは、画面全体に自由奔放な色彩が躍るようになる。加納は制作用の絵具をすべて自作しているが(会場には多くの刷り色のチップが展示されていた)、そうしたことも含めて、約10年の歳月を費やして独自の色彩表現を自家薬籠中のものとしたと言えよう。


右壁面=「星・反芻学」(1962)
中央壁面=「“SOLDERED BLUE”」(1964-1966)
左壁面手前上=《《眼鏡の娘は矢印の方へ進む》》(1966)
左壁面手前下=《《金色のラベルをつけた葡萄の葉》》(1966)
左壁面奥=「“SOLDERED BLUE”」(1965)


「《稲妻捕り》」(1977)

 
作品用色見本

 1970年代末から、一時期油彩画に重点を移し版画から遠ざかっていた加納だが、約7年の懸隔を経て、1984年から版画制作の前線に復帰する。「「波動説」」「《Illumination》」「《平家物語》」など以後のシリーズ作品が一段とまばゆい光輝を発するようになったのは、やはり油彩画の制作で得られた経験の多くが版画にもフィードバックされたからなのだろう。本展に出品されている最新の作品は2007年の「《汝、その噴水を避けよ》」のシリーズだが、色彩をめぐる探求はその後も現在に至るまで続いているに違いない。


「《Illumination》」(1986)


右2点=「《平家物語》」(1996)
左2点=「《汝、その噴水を避けよ》」(2007)

 こうして加納の版画作品を年代順に辿っていくと、化学反応が数年単位で訪れる新たな展開を触発していることがよくわかる。これは、薬品やガスバーナーなど、金属板という物質をさまざまな手段で加工し、そのイメージを写し取る版画制作のプロセスが、加納の作品に大きなインスピレーションを与えたことを意味している。10年以上も前に書いた小論で、私は加納の作品の本質が物質性にあると指摘したが、本展を概観した限り、以前の自説を修正する必要はなさそうである★1


金属板を加工した版画原板
以上すべて=All artworks ©KANO Mitsuo, 2017

★1──暮沢剛巳「印象批評への賭け──加納光於の物質性をめぐって」『水声通信』特集=加納光於の芸術(水声社、2006.6)

揺らめく色の穂先に

 タイトルについてもちょっとだけ言及しておこう。カタログに寄せたエッセイで、加納は「穂先」について触れ、一般的には植物の尖端などを示すこの言葉が、突然の喀血に襲われた終戦直前のとある一日の記憶と分かちがたく結びついていることを告白している。「穂先」と少年時代の喀血の記憶が彼の内面でどのように連関しているのか、もちろん私にはわからない。ただ、このまったく異なる二つの事象のあいだには幾重ものグラデーションが存在するが、大岡信が「百科全書」に譬えた加納の多様な関心は、そこから無数のイメージを掬い上げることができるに違いない。

 なお実験的な試みとして、このレビューでは会場の様子を全天球カメラの画像によって紹介している。壁に掛けられた作品を固定された視線によって凝視する従来の美術鑑賞とはまったく異なる、360°のパノラミックな視覚体験もまた、加納の作品の新たな魅力を発見するきっかけとなるかもしれない。


CCGA現代グラフィックアートセンター

 ところで、冒頭で久々に加納の作品に接したと書いたが、展覧会の会場であるCCGA現代グラフィックアートセンターを訪れたのもまた久々のことだった。お世辞にもアクセスが良いとは言えない場所にあるためか、その充実した活動も広く知られているとはいいがたいので、この機に合わせて紹介しておきたい。

 CCGAは、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)、京都dddギャラリー(ddd)などを通じてグラフィックアートの支援活動を行なってきた大日本印刷が、その活動の一環として、1995年4月に福島県須賀川市の宇津峰山麓に開館したグラフィックアートを専門とする小さな美術館である。この不便な場所にあるのは、「美しい自然環境に恵まれ、美術作品の保存に適した」ことが大きな理由だという。


CCGA現代グラフィックアートセンター外観

 美術館である以上、活動の柱は当然作品の収集と展示ということになる。収集に関しては、20世紀のアメリカ美術界で活躍した多くの美術家たちが版画工房タイラーグラフィックスとのコラボレーションで制作した版画作品群「タイラーグラフィックス・アーカイブコレクション」と、日本のグラフィックデザインの秀作を数多く収集した「DNPグラフィックデザイン・アーカイブ」の2つのコレクションが柱である。作品の管理はいたって厳重で、そのためにわざわざここに施設を建設したのかと思わせるほどだ。一方展示に関しては、原則として年3回の展覧会が開催されている。内訳としては、それぞれ2つのコレクションを特定のテーマに即して再構成したものが1回ずつと、ほかの展示が1回とのこと。当然、今回の加納展は3番目に該当する。ウェブサイトを一覧すると、過去にも多くの充実した展覧会が開催されてきたことがわかる。

 ほかにCCGAが力を入れている活動として、教育・普及が挙げられる。開催中の展覧会に即するかたちで専門家を招いた講演やトークショーを実施しているほか、敷地内に小規模な工房を開設した2012年以降は、地元の市民を対象とした版画のワークショップを定期的に開催している。また、CCGAを運営するDNP文化振興財団の活動として、アーカイブ事業がある。以前から戦後の日本を代表するグラフィックデザイナーである田中一光の作品や蔵書、遺品を管理しているほか、2015年には浅葉克己からの寄贈により、多数のポスターコレクションが加わった。総数14,000点以上に達する「DNPグラフィックデザイン・アーカイブ」にしても、作品のデータベース作成を進めており、2017年9月には一部公開予定とのことである。そのほか、「グラフィック文化に関する学術研究助成」も行なっており、2つの部門ともに着実な実績を挙げている。


版画ワークショップの様子

 今回の加納展も、CCGAの地道な活動の延長線上で実現したものだ。多くの作品が一段とまばゆく、また冴えわたって見えたのは周辺の清澄な空気の効果でもあるのだろう。アクセスの悪さはいかんともしがたいが、それでも初日に行なわれた馬場駿吉とのトークショーには、送迎バスを利用して多くの観客が詰めかけたという。その活動を支援するという意味でも、今後も是非とも機会を見て足を運びたいと思う。


加納光於─揺らめく色の穂先に

会期:2017年06月17日(土)〜09月10日(日)
会場:CCGA現代グラフィックアートセンター(福島県須賀川市塩田宮田1)
主催:公益財団法人DNP文化振興財団/CCGA現代グラフィックアートセンター

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