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「自分たちのため」の文化支援──コルベール委員会の文化戦略
工藤雅人(文化社会学、メディア史、ファッション論)
2018年02月01日号
2017年6月17日(土)から25日(日)まで、東京藝術大学大学美術館において「2074、夢の世界」展が開催された。出展したのは学内選考を経て選ばれた東京藝術大学に在籍する学生50名だ。
「2074、夢の世界」プロジェクト
このように書くと、何の変哲もない学生展のようにも感じられるが、作品制作においては6つのSF短編小説のいずれかをモチーフとすることが条件とされ、各学生には20万円の制作資金がフランスのコルベール委員会から提供された。さらに展覧会の優秀作品受賞者は2017年10月に開催されたFIAC(国際コンテンポラリーアートフェア)への出展する機会が与えられたという点が、同展の特徴である。
なじみのない読者もいるかもしれないが、コルベール委員会は、ゲランの創始者であるジャン・ジャック・ゲランの主導によって1954年に設立された団体で、「質と創造力のフランスの伝統の中から、最良のものを保存し、より多くの人々にその喜びを伝える」という理念を掲げ、フランス流の「美しい暮らし」(Art de vivre)を世界に広めることを活動目的としている(設立当初の名称はコルベール協会、59年に現在の名称に改称)
。2017年時点で81のフランスのラグジュアリーブランドが加盟しているが、特徴的なのは、ファッション(クリスチャン・ディオール、シャネル)や香水(ゲラン)、革製品(エルメス)など日本語の「ラグジュアリー」から想起されるブランドだけではなく、ワイン(シャトー ・ラフィット・ロートシルト)やシャンパン(シャンパーニュ・ペリエジュエ)、レストラン(ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション)やホテル(ホテル・リッツ)、さらには、インテリア(ピエール フレイ)や陶器(ジアン)、自動車(ブガッティ)などさまざまな領域のブランドが含まれている点である。
衣食住に関わる各領域からブランドが厳選されており、フランス流の「美しい暮らし」を体現する存在がコルベール委員会だといっていいだろう。
「2074、夢の世界」は展覧会開催を目的に立ち上げられたものではなく、コルベール委員会設立から60年にあたる2014年に、60年後の未来を夢想するプロジェクトとしてフランスで開始され、6つのSF短編小説、14個の新語提案、1つの音楽作品が発表された。
当初、日本においては翻訳した作品をHPに掲載することしか予定されていなかったが、それだけでは残念という意見が出たことから、学生対象のコンペティションと展覧会を東京藝術大学と共同で開催するに至ったという。
なぜ東京藝術大学だけが選ばれたのだろうか。だれもが抱くであろう、この疑問については最後に考えてみたい。
パリ──「美しい暮らし」のショールーム
コルベール委員会によれば「美しい暮らし」とは、ルイ14世によって体現されていたという。当時、財務総監を務めていたのがジャン=バティスト・コルベールであり、彼はゴブラン織り工房など製造産業の支援のほか、科学アカデミーやパリ天文台を設立することで「美しい暮らし」という価値を構成する具体的な商品や文化を生み出す土台を整え、さらには、それらを売る国外販路の拡大にも貢献した。このようにコルベールが「美しい暮らし」に果たした役割が大きかったことから、コルベールの名が委員会に冠されている。
では、フランス流の「美しい暮らし」とは一体何なのか。この問いに対する簡潔な答えを提示することはできないが、19世紀以降のパリという都市空間を「美しい暮らし」が現前するショールームとしてとらえてみたい。
19世紀以降に限定した理由としては、パサージュの建造、鉄道網や道路網の整備が進み、現在のパリにつながる都市空間が出来上がったのは19世紀以降であること、また、81のコルベール委員会加盟ブランドのうち、ルイ14世が生きた17世紀に設立されたものは2つしかなく、19世紀前半設立が13、19世紀後半の設立は14、20世紀前半設立が23、20世紀後半の設立が20と、多くのブランドは19世紀以降に設立されていることがあげられる。さらに、パリ・オートクチュール協会も1868年に設立されている。
このような「美しい暮らし」の風景は現在では観光資源として活用されている。フランスへの観光客は年間で8000万人を超え世界一となっているが、そのうちの約4割に当たる3200万人がパリを訪れている。
パリに集まるのは観光客だけではない。パリは観光の場であるとともに、商品や作品が大規模に展示される空間でもあり、衣食住の各領域で具現化された「美しい暮らし」を求めて、バイヤーやジャーナリストなどが世界中から集まっている。 下に示したのは、2017年9月から10月にかけてパリで開催された大規模なトレードショーなどの一覧である。(パリモーターショーは隔年で開催のため、2018年の開催日を記載)
・2017年9月8日(金)〜12日(火):メゾン・エ・オブジェ(デザイン)
・2017年9月19日(火)〜21日(木):プルミエール・ヴィジョン(ファッション)
・2017年9月25日(月)〜10月3日(火):パリコレクション(ウィメンズ)(ファッション)
・2017年10月19日(木)〜10月22日(日):FIAC(アート)
・2018年10月2日(プレスデー)、4〜14日(一般公開):パリモーターショー2018(自動車)
デザイン、ファッション、アート、自動車といったさまざまな領域のイベントが連続して開催されており、都市空間を構成している要素の多様性を確認できる。
パリコレの時期はパリの街がファッション一色に染まる、ということを耳にすることがある。エコール・デ・ボザール(パリ国立高等美術学校)やパレ・ド・トーキョー、その他アートギャラリーなどはファッションショーの会場としてよく使われており、ファッションの要素が街に増えることは間違いない。
しかしながら、(少なくともプレタポルテの期間中は)ファッション一色に染まるという表現は正確ではなく、パリの街を構成する色のうちファッションの色合いが濃くなる、という程度であり、各領域が自律しながらも連動していることをうかがわせる。
もちろん、「デザイン」「ファッション」「アート」「グルメ」が自律的に組み合わされた「美しい暮らし」のショールームという見立てが、いかに多くの「ノイズ」を見落としているかは、パリの街を数時間でも歩き回れば感じ取れることだろう。とはいえ、それらさまざまな領域の見るに足る価値がパリの街には配置されている。
かなり図式的な説明となってしまうが、パリという空間に配置された「美しい暮らし」を観光産業が資源として利用しているとすれば、コルベール委員会の加盟ブランドを含むラグジュアリー産業はこの「美しい暮らし」を商品とすることによって産業化しているといえるだろう。
ラグジュアリーという文化価値の維持、修繕、人材育成
では、フランスを代表するラグジュアリー企業からなるコルベール委員会の活動は、どのようなものなのだろうか。以下ではコルベール委員会の活動をラグジュアリー産業の文化戦略という視点からみていこう。
上記の表からも明らかなように、コルベール委員会の活動は複数の軸があるが、注目すべきものとして「共有すべき価値の提唱(Advocate common values)」があげられる。
このうち「育成プログラムへの支援(Support French training programs)」では、2011年からChaire Colbert programが進められている。フランス国立高等工芸美術学校(ENSAAMA)でデザインを専攻する学生に委員会の加盟ブランドでのインターンの機会を与えるもというものだが、学生にラグジュアリーという文化に触れさせ、専門的な技能を活かした職業選択の範囲を広げることを目的としている。2011年以来、152名の学生がこのプログラムに参加し、全員が卒業から1年以内に職を得ることができており、1/3はコルベール委員会の加盟ブランドに就職しているという。
また、ラグジュアリー産業を支える職人への勲章授与を推進する活動(Gain recognition for the intangible cultural heritage)を2006年から続け、加盟ブランドで働く50名近くの職人たちが芸術文化勲章シュヴァリエ(Chevalier de l'Ordre des Arts et des Lettres)や日本の人間国宝にあたるMaître d’artを授与されている(2017年時点)。例えば、ドキュメンタリー映画『ディオールと私』でアトリエの責任者として登場したモニク・バイイは2016年に芸術文化勲章シュヴァリエを受章している。
これの活動は、コルベール委員会加盟ブランドの職人がもつ「美しい暮らし」を具現化する技能に価値を付与する動きということができる。注意すべきは、新たに価値が与えられるのは技能に対してだけではないということだ。職人への叙勲が拡がりは、「美しい暮らし」をつくりだす過程への価値づけの拡がりであり、各ブランドが扱う商品に文化的な正統性を与えられることを意味しているからだ。
こうしたコルベール委員会の活動が特に注目に値するのは、引き継いできた文化的価値の維持管理を自分たちで行なっているからである。フランスのラグジュアリー産業では売り上げ全体に占める輸出の割合が80%を超えており、購買を通してその価値を評価する存在の大多数はフランス国内にはいないといえる。こうした状況において、勲章の授与によって職人の技能に国家的なお墨付きを与えることは、フランス流の「美しい暮らし」という価値を評価する権限をフランスのなかに留めておくことを意味している。
ただし、これはフランスのラグジュアリー産業が排他的であることを指すわけではない。ファッションで例を挙げれば、シャネルのデザイナー(クリエティブ・ディレクター)を長年務めているカール・ラガーフェルドはドイツ出身であり、また、クリスチャン・ディオールにおいても1989年以降フランス出身のデザイナーは起用されていない。このように、フランス国外の出身者に対しても、ラグジュアリー産業に関わる道は開かれている。
繰り返しになるが、コルベール委員会の活動が文化戦略として注目すべきなのは、守るべき価値の範囲を自らで設定し、さらに叙勲への働きかけや人材の育成と確保を通して、その価値の維持管理を自分たちで行なっている点である。違和感のある表現となるが、「自助的な産業支援」ということもできるだろう。
これは日本でなされている近年の産業支援と比較すれば違いがよく分かる。「クールジャパン」を推進するクールジャパン機構は出資者に日本政府が含まれ、また、「クールジャパン」という言葉自体が日本国外の消費者からの評価に由来するものであり、商品やサービスを提供する企業は支援の主体にも価値づけの主体にもなっていない。
東京版のコルベール委員会を目指して、2016年に始まった「江戸東京きらりプロジェクト推進委員会」も同様である。目指すべき方向性や共有される価値観を決定するのは同委員会であり、そこに個別の企業は含まれていない。支援を受ける主体(企業)は当然ながら支援を行なう主体(東京都、委員会)と重なることはなく、対象企業の選定に際しても「公平性への配慮」が求められていた
。先程、あえて「自助的な産業支援」という表現を用いたが、強調点は「自助的な」に置いている。コルベール委員会の活動は、あくまでも自分たちのために、自分たちのリソースを用いて、自分たちが関わりうる領域への支援といえるからだ。「2074、夢の世界」という60年後を見据えた動きも、作家や言語学者らとともに、ラグジュアリー産業が目指すべき未来像を自分たちで描き出そうとするものであり、いうまでもなく「自助的な」活動である。
このようにコルベール委員会の活動は、ラグジュアリー産業が依拠する「美しい暮らし」という「価値を生み出す価値」を守り、維持し、洗練させる文化的な戦略なのである。
「公平性」への問題提起
「2074、夢の世界」展の対象として、なぜ東京藝術大学が選ばれたのかという問いに戻ろう。コルベール委員会ジャパンのチェアマンであるリシャール・コラスはその理由を「藝大はエコール・デ・ボザールを模してつくられたものであり、フレンチフレーバーがある」と答えている。
制作資金の提供やFIACへの出展機会の提供は学生への支援であり、これをきっかけとして、アーティストとしての活動が広がる可能性もあるだろう。しかし「2074、夢の世界」展には、Charie Colbert programに求められるようなラグジュアリー産業への寄与は期待されてはおらず、日本というマーケットへのプロモーションという側面が強いように思われる。
この点は展覧会の開催の情報が、人材育成に関わる「Advocate common values」ではなく、「Represent French culture」という広報に関わる活動として、公式HP上で位置付けられていることからもうかがえる。(ちなみに、「2074、夢の世界」というプロジェクト自体は前者に属するものとされており、明確に分けられている)
コルベール委員会のプロモーションの一環と考えるならば、芸術系大学のなかでは認知度で他校を圧倒する東京藝術大学(だけ)が選ばれたのは、「なぜ」かと問う必要もないほどに当然の選択といえる。
多方面への皮肉のようになってしまったが、そのような意図はない。むしろ、(筆者を含め)なぜひとつの大学だけが選ばれたのかという疑問をいだく背景には、日本における支援と「公平性」を当然のように結びつける考え方があることを指摘しておきたい。教育研究機関や産業への支援の多くが補助金などとして国や自治体から提供され、支援をする側と受ける側で持続的な協力関係が築かれにくい日本の状況に問題があることを再確認するためでもある。
税金を財源とする支援において「公平性への配慮」は常に求められる。一方、私企業による支援では、「公平性」よりも効果の大きさを重視することができる。支援による効果が十分に得られるならば、「公平性への配慮」を過度に重視する必要はない。
先に紹介したCharie Colbert programを始めるにあたり、コルベール委員会はフランス国内のさまざまなアート・デザイン系の学校から募集をつのり、国立高等工芸美術学校(ENSAAMA)を選んでいる。その後、2013年に「良い成果」が得られていることを理由に同校との協力関係は3年間延長されている。
支援の目的に照らして十分な成果が得られているときに、「公平性への配慮」を重視し支援対象を選びなおすのが効果的でないことは誰もが理解できるだろう。「公平性への配慮」がときとして負の効果をもたらす可能性があると直観的に理解しているからだ。
「2074、夢の世界」展が企業メセナという側面をもつことは、疑いようのないものであり、その点を批判するつもりはない。しかし、これがプロモーションの一環として行なわれているに過ぎないということは強調してよい。繰り返し述べてきたように、コルベール委員会の活動の特徴が「自助的な支援」にあるからだ。学ぶべき点はここにある。「自分たちのため」という視点から支援のあり方を考え直すことは、「公平性への配慮」だけを過度に重視することがいかに無意味であるかを再確認することとなるだろう。