トピックス

海外美術館に聞く新型コロナ対策

坂口千秋(アートライター)

2020年07月01日号

世界中の都市を機能不全に陥らせた新型コロナウィルスのアウトブレイクから約5ヶ月が過ぎた。中国や韓国では3月半ばに美術館や博物館が再開し、欧州は5月からイタリアやドイツ等で徐々に再開が始まり、6〜7月にはほぼ全域で条件付きの再開となる見込みだ。日本もさまざまな安全対策を講じて6月上旬に再開し始めた。手探りのニューノーマルが始まっている。コロナ下の美術館は、実際にどのように休館の時期を過ごし、再開にあたってどのような対策が取られたのか。artscape編集部が5〜6月に行なった海外美術館(上海、龍仁[韓国]、台北、NY、ベルリン)へのアンケートと、国際博物館会議(ICOM)による美術館博物館の世界調査★1をとおして、今回のパンデミックによって迫られた美術館運営の変容をみる。(6月上旬時点での情報を元にしているため、現状は若干変化しているところもある)


上海当代芸術博物館(PSA)のオフラインプロジェクト『リーディングキャンプ』

4月7日〜5月7日の美術館状況
休館中 94.7%
開館中 1.1%


隔離中の美術館従事者の勤務状況

美術館職員 フリーランス
美術館で勤務 33.0% 7.3%
在宅勤務 84.0% 60.2%
有給消化 16.0% 6.6%
一時解雇 14.0% 16.1%
2020年隔離中の一時解雇または契約更新差し止め 6.0% 22.6%

「ICOM Report「Museums, museum professionals and COVID-19(ICOMレポート 美術館、美術館プロ従事者とCovid-19)」p5、p19より

ガイドラインと行動制限


「今回のアンケートを歓迎します。PSAの経験を共有しましょう」
上海市立美術館である上海当代芸術博物館(以下、PSA)のディレクター 龚彦(ゴン・ヤン)氏はartscape編集部からの質問状に回答を寄せてくれた。上海では、1月24日から美術館博物館が全休館し、厳しいロックダウンを経て、新規感染者ゼロが14日間続いたことを目安に、規制を段階的に解除。PSAも3月13日から再開した。他の中国の都市同様、上海で公共の場所の出入りは上海QRコードによって管理されている。WeChat(微信)、Weibo(微博)といったアプリをとおして市民の行動履歴を入手し、ビッグデータが個人の健康状況を、赤(感染中)、黄(濃厚接触者または海外渡航直後)、緑(健康)でラベル分けする。緑のQRコードの人のみが美術館に入場できる。



西岸美術館 入口で来場者のQRコードを確認する 右上:緑の上海QRコード


「PSAは政府のガイドラインが示す5つのルールに厳密に従っています。入場者数を制限するため、オンライン予約システムを採用しました。来館者には、入館前の検温の実施、上海QRコードの提示、IDカード/パスポートの提示、入館中のマスク着用、そして1.5m以上のソーシャルディスタンスを保つことが義務付けられています」

また上海市保健委員会のアドバイスをもとに、美術館の管理部門が内部用マニュアルを作成し、来館者の導線計画、各階ホールに緊急時用の隔離スポットを設けるなどの対策も取っている。

「毎日スタッフの出勤前後に消毒を行ない、エアコンはオフ、窓を開けて換気し、マスクと消毒液、アルコールパッドを配布します。これらの資材購入費は約5万元で、今後も増える予定ですが、すべて市の予算で行なわれています」


2019年、パリのポンピドゥ・センター別館として5年限定でオープンした西岸美術館(ウェストバンド・ミュージアム)は、国際空輸の停滞により、企画展の一部が2021年以降に延期された。2020年上半期に開始予定だった子どもと高齢者向けのガイドツアー、海外作家を招いたレジデンス、週末ごとに行なっていたワークショップやパフォーマンスもすべて一時中止となった。休館中は、プロの清掃業者が展示室以外の空間の消毒を定期的に行ない、十分な衛生管理と安全対策をとったうえで、3月20日に再開した。各階にあったパブリックゾーンへの出入口をすべて出口専用とし、建物への入口を川沿い一箇所のみにした。入場には事前予約が必要で、入口の検温で37.3度以上の体温があった場合は入場を拒否される。



中国と同様に韓国も、感染者と感染の可能性がある接触者を徹底追跡する行動追跡アプリや感染者情報通知システムによって、感染流行の第一波を抑え込んだ。龍仁市のナムジュン・パイク アートセンターは、2月27日から展覧会「The Future of Silence: when your tongue is vanishes」を予定していたが、2月24日から臨時休館となり展覧会は延期。5月12日、会期を短縮して再開した。ロックダウン中は、在宅勤務も一時解雇も行なわなかったという。

再開後は、オンライン予約システムを導入して入場者数を1時間50人に限定、入館時には来場者へ名前や連絡先の提供を義務付けている。スタッフは1日2回検温を実施し記録。食事は別々にとる、会議はマスクを着用して10人以下で。これらの細かい規則は、韓国政府が作成した公共施設に対するガイドライン★2に沿っており、対策費は1万ドルを超えるという。

「再開の前に何度もシミュレーションを行ないました。おかげでいまのところは順調です」(5月28日、ナムジュン・パイク アートセンター チーフキュレーター チェヨン・リー(Chaeyoung Lee)氏)
(その後、韓国では感染者が再増加、ナムジュン・パイク アートセンターは6月25日現在再び休館中)



ナムジュン・パイク アートセンターの受付(休館期間) 受付スタッフと入館者の間にはアクリルの防護壁を設置。受付脇のデスクには来館者が名前、電話番号、体温、入館時間を記入する用紙、消毒液が設置されている。再開後は、このような記入方式ではなくスマホのQRコードを活用して身元確認を行なっている



多くの美術館が一時閉鎖を余儀なくされるなか、「このコロナ下でも当館はずっと開館していました」と答えたのは、台湾の台北市立美術館広報の高子衿(ガオ・ズーチン)氏。台湾は新型コロナウィルスの国内患者発生前から迅速な対策を取り、官民が一致団結して都市を完全封鎖することなく感染の拡大を抑え込んだ。台湾市立美術館も、1月30日から入館時の検温と手の消毒、多くの人の手が触れる場所の消毒を一日3回行なうなどの対策をとって開館を続けた。3月20日からは入館時の実名記入、3月27日からは館内マスク着用が義務付けられた。こうした対策は現在も続けている。入館制限があっても週末は多くの人が展覧会に訪れ、端午節の6月25日からの4連休には25,000人以上の来場者を記録し、5〜6月の来館者数は、昨年の同時期に比べて増加したという。舞台公演や映画祭などが延期や中止になったことで、例年以上にメディアの注目を集めているそうだ。

経済的影響


予測される経済的影響

スタッフの削減 プログラムの削減 公的助成の減少 民間助成の減少 美術館の閉鎖
あり得る 29.8% 82.6% 40.4% 42.5% 12.8%
ない 36.8% 7.6% 28.8% 23.6% 67.8%
不明 33.4% 9.8% 30.8% 33.8% 19.2%

「ICOM Report「Museums, museum professionals and COVID-19(ICOMレポート 美術館、美術館プロ従事者とCovid-19)」p7より


ニューノーマルの行動制限が徐々に定着する一方で、コロナで受けたダメージは厳しいものになる見込みだ。上海博物館教育部門キュレーター 顾婧(グ・ジン)氏によれば、上海博物館では、1日の入場者数を予約制で2000人までに制限。通常6000〜7000人あった入場者が、現在は1000人ほどで、年間予算は20%縮小したという。

「一時閉鎖と入場者数の制限が美術館の収入に影響を与えることは間違いありません」(PSA ディレクター ゴン・ヤン氏)



ニューヨーク市では、上海で美術館が再開した3月13日、美術館が一時休館し、未だ美術館の再開時期は発表されていない。すべての職員が在宅勤務中のジューイッシュミュージアムは、いまのところ(5月頭現在)全職員の給与を確保できているが、この状況が長引けばわからないという。

「低金利で一部返済免除条件付の政府融資を210万ドル確保しました。これにより全スタッフの給与と福利厚生を保証し、スタッフは安心して在宅勤務に移行できました。しかし毎月の給与、給付金、光熱費、利息の支払いで約110万ドルの費用がかかるため、さらなる対策として、5月1日から、年間10万ドル以上の給与所得者の給与を削減、シニアスタッフは20%までの削減を行ないます。退職貯蓄プランの5%を一時停止し、2年間勤務したスタッフに対し3%の雇用者拠出金を自動的に行なう予定です。こうした対策をいつまで続ける必要があるのか不明ですが、市の財政と経済がこの危機を乗り越えることが鍵です」(ジューイッシュミュージアム コミュニケーションディレクター ダニエラ・スタイ(Daniela Stigh)氏



また、2019年9月にスタートした第11回ベルリン・ビエンナーレは、プロセスの第3章の途中で新型コロナウイルスの感染拡大により一時クローズ。再開後は、1時間のタイムスロット予約制で、一度に入場者は6人までに制限されている。マスクの着用、ソーシャルディスタンスの保持などは他国と同様。そして最終章となる第4章「エピローグ」の会期を9月5日から11月1日までとした。これまでの1章から3章までのプロセスを経て、連帯性、脆弱性、抵抗性を多様な形で表現し、この激動の時代の複雑な生の美を、世界のアーティストたちとともに具現化するという。

オンラインプラットフォーム


ロックダウンによる各種デジタルサービスの変化

コレクションオンライン オンライン展覧会 ライブイベント ニュースレター ポッドキャスト クイズコンテスト ソーシャルメディア
やっていない 33.31% 49.46% 56.47% 31.66% 68.26% 55.15% 7.67%
いつも通りやっている 43.86% 22.18% 11.54% 52.18% 14.67% 15.33% 42.21%
ロックダウン後増加 17.97% 16.16% 18.80% 13.36% 10.39% 19.21% 47.49%
ロックダウン後開始 4.04% 10.88% 12.28% 1.90% 5.11% 8.57% 1.98%

「ICOM Report「Museums, museum professionals and COVID-19(ICOMレポート 美術館、美術館プロ従事者とCovid-19)」p11より

直接美術館を訪れることができない期間、ウェブにコンテンツを移行して発信を続ける美術館は増加した。マーターポートのVRサービスやGoogleストリートビューを使ったバーチャルツアーによって、インターネットを通じて世界の展覧会を訪れた人は少なくないだろう。

隔離期間中、積極的にオンラインを活用したPSAでは、オンライン教育プログラムをたちあげた。建築家や建築愛好家がPSAの建築出版物を朗読する「晨读」(Morning Reading)という耳で思考するプロジェクトや、PSAの重要なコレクション作品を毎日一枚の写真から発する解読シリーズ「読図」(Image speaks)。さらに、アーティストやミュージシャンにスキルを学ぶ講座や現代アートとキュレーション講座、コロナ禍の一日をアーティストが映像化した「一日世界」など、多彩なプログラムを幅広い層へ向けて発信している。

西岸美術館も、オンラインの教育プラットフォーム「クラウド・インテリジェンス」をスタートさせ、ライブ動画の配信等を始めた。また華東師範大学の美術教育学部と共同で無料オンライン授業を始めるなど、教育普及ツールとしてオンラインをフル活用していく方針だ。

また、2020年1月より改装工事のため休館中の上海の外灘美術館(ロックバンド美術館、以下RAM)は、この期間に、デジタルパブリケーション「Curtain」を創刊。インタビュー、ビデオ、エッセイなどを盛り込んで4号まで予定している。ローカルとインターナショナル双方に発信され、研究者や思想家など、より広いネットワークとのリサーチコラボレーションを可能にするオンライン事業に、今後一層力を入れていくという。

「オンラインの拡充は一時的なものではなく、美術館の新戦略のひとつとして実施されます」(RAM シニアキュレーター 謝豊嶸(シェ・フェンロン)氏)



RAMのデジタルパブリケーション『Curtain』創刊号


ウェブサイトは現実とパラレルに存在するプラットフォームであり、よりダイナミックなインタラクションを観客に提供する場、とシェ氏。ニューノーマルに移行した世界では、デジタルと現実の2つの世界をいかにつなぎ、豊かな場を創造できるかが、ひとつの鍵となるかもしれない。

まとめ──新型コロナ時代の美術館の役割


「本調査は全美術館を網羅するものではないが、今回の調査によって文化機関の不確実性が世界的に広がる現状が明らかになった。美術館の文化遺産と未来を保証するために、政府は対応を行なう必要がある。なぜなら美術館は、人や国のアイデンティティの本質的な部分であり、地域社会の重要な要素であり、地域の発展を推進する中心的存在であるのだから」(「ICOM Report「Museums, museum professionals and COVID-19 [ICOMレポート 美術館、美術館プロ従事者とCovid-19]より)

当初、コロナ下における各美術館の取り組みから、なにか有効なヒントが共有されればという気持ちからアンケートを開始した。その間に刻々と状況が変化して、6月20日現在、MoMAのウェブサイトのトップには「Black Lives Matter」のメッセージが大きく現われている。パンデミックによってそれまでの世界が一時停止し、多くの人が日常を見直す機会を得た。同時に社会に隠れていた問題が可視化され、混乱と憤りが噴出している。歴史や社会システムを揺るがす大きなうねりのなかで、コミュニティのために美術館は何をできるのか。コロナ時代の美術館の使命とはなにか。自省か、アクションか、それぞれの美術館が模索を続けている。



最後にアンケートにご協力いたただいた各館の方からのメッセージを紹介したい。

「文化に携わる労働者として最も重要なことは常に行動力と思考力を持つことです。アートはウイルス感染を直接防ぐことはできませんが、精神的な力を与えることができると信じています」PSA、ディレクター 龚彦氏

「つながりとひらめきによって、美術館の機能と可能性を拡張したい」RAM、シニアキュレーター 謝豊嶸氏

「オンラインプログラムは増加しましたが、パンデミック後は、おそらく実体験への揺り戻しがあるでしょう。人々が美術館に最も期待するもの、それは結局リアルな実体験なのです」上海博物館、教育部門キュレーター 顾婧(グ・ジン)氏

「ロックダウン後、ポンピドゥ・センターとリソースの有効活用についてディスカッションを重ね、オンラインのフォーラムやコンサートなどの企画がすでに予定されています。ロックダウンを経て、芸術文化鑑賞の需要は、減少するどころか増加したと感じます」西岸美術館、メディア部門担当者

「行動制限や変化はあっても、多文化社会が必然であることには変わりありません。参加者のコミットがベルリン・ビエンナーレの特徴です。それは連帯の行為でもあります」ベルリン・ビエンナーレ、広報 ラウラ・ヘレナ・ヴルト(Laura Helena Wurth)氏

「コロナ禍は、キュレーターとして、美術館とはなにか、アートは世界的危機に何ができるかを考える時期になりました。休館中、美術館の外壁に絵を描いたステッカーを貼っていく『playing with Museum』を行ないました。しばらく会えなくてもコミュニティと美術館のつながりを示したかったのです」ナムジュン・パイク アートセンター、チーフキュレーター チェヨン・リー氏

「展覧会はソーシャルディスタンスを取りやすいプログラムであり、予約制などの方法を取り入れることで鑑賞の再開も可能と考えています。また同時に距離の問題を簡単に超えて鑑賞者と繋がる場を生み出せるオンラインは、創造的発信を支えるアートの場の拡張を示していると感じています」ジャパン・ソサエティ、ディレクター 神谷幸江氏




ナムジュン・パイク アートセンターの外壁 『playing with Museum』のプロジェクトで市民が色紙で壁画をつくっている


★1──ICOM Report “Museums, museum professionals and COVID-19”(2020年5月26日)https://icom.museum/wp-content/uploads/2020/05/Report-Museums-and-COVID-19.pdf
★2──"Disinfection Guidelines To Prevent the Spread of COVID-19 At Public and Multi-Purpose Facilities"http://ncov.mohw.go.kr/en/guidelineView.do?brdId=18&brdGubun=181&dataGubun=&ncvContSeq=2506&contSeq=2506&board_id=&gubun=(2020年4月2日発行)


取材協力:張小船(上海)、栖来ひかり(台北)、梁瀬薫(NY)、かないみき(ベルリン)


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