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[PR]「こだま返る」関係から生まれた風景──アール・ブリュット ゼン&ナウVol.2「Echo こだま返る風景」(東京都渋谷公園通りギャラリー)

河原功也(東京都渋谷公園通りギャラリー)/佐藤恵美(編集者、ライター)

2023年02月15日号

渋谷PARCOの斜向かいに位置する、東京都渋谷公園通りギャラリー。多くの人が行き交う通りで、アール・ブリュットの作品をはじめ多様なアートを展示している。ここで1月21日より「アール・ブリュット ゼン&ナウVol.2『Echo こだま返る風景』」が開催中だ。「風景」をテーマに、国内から6名の作家を紹介する。本展の企画を担当した学芸員の河原功也さんに、展覧会の見どころを伺った。


展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」会場風景 [撮影:佐藤基 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]


風景とアール・ブリュットに響くエコー

──「アール・ブリュット ゼン&ナウ」のシリーズは2回目ですが、今回の展覧会は「Echo こだま返る風景」というタイトルで、作品には建物や家が描かれた街の風景が多い印象です。どのようなテーマで企画されたのでしょうか。

河原功也(以下、河原)──「ゼン&ナウ」とは、これまで長く活動を続ける作家と、発表の機会が少ない作家を紹介するコンセプトもありますが、今回は作家一人ひとりの「ゼン&ナウ」、つまり昔と今の変化も意識しながら展覧会を作りました。都市や街などの「風景」をテーマにしたのは、渋谷を行き交う方々に見慣れたモチーフの作品を紹介したいという、このギャラリーの立地にも関係しています。それから「風景」とアール・ブリュットは似ているのではないか、というのもひとつの理由です。



公園通りから見た東京都渋谷公園通りギャラリー [撮影:中村晃 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]


──風景とアール・ブリュットが似ている、とはどういうことでしょうか。

河原──アール・ブリュットを調査するなかで、作家のかたわらには家族や施設のスタッフといった身近な人たちがいることに気付きます。作品が発表されるきっかけや制作の変化も、身近な人との協力関係やコミュニケーションのなかで起こることが多いのです。一方で、風景もそこにあるものを切り取ることで風景となります。アール・ブリュットの見出されかたと、風景のありかたが共通していると考えました。

──「Echo(エコー)」「こだま返る」とは、作家と身近な人とのやりとりも意図しているのですね。

河原──そのコミュニケーションの結晶のようなものが作品になり、誰かに届く状態になること、それが「こだま返る」ような関係性だと思いました。アール・ブリュットは、作者の内側から湧き出る衝動だけで成り立っていません。その作品のありかたを「風景」というテーマで見せることを考えました。加えて「おーい」と呼ぶと、「おーい」とやまびこのように返ってくる、その空間的な距離感や音も連想できるようなタイトルを意識しました。



左:佐藤恵美さん 右:河原功也さん [撮影:artscape編集部]


記憶や想像から生まれた街の風景

──展示作品について作家ごとに詳しくお伺いしていきたいと思います。まず、古久保憲満さんの絵は、どこかで見たことのあるような都市の風景が、画面に隙間なく描かれています。お絵かき帳に描かれた絵と、大きい紙に描かれた絵が展示されていますね。

河原──道路を走る自動車や高層ビル群、遊園地など、緻密な街の風景はすべて記憶やインターネットで見たイメージで構成されています。古久保さんは、小学生のころから想像上の風景を描いていたそうです。はじめはお絵かき帳やノートに描いていたものの、紙面におさまらず、自分で紙をつぎ足しながら描いていたようです。それに気づいた学校の先生が「大きな紙で描いてみたら?」と進めて156×120センチほどの紙に描いたのが《未来の上海ディズニーランド》(2010)です。



古久保憲満《無題》(2001-2007頃) 作家蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」会場風景 [撮影:artscape編集部]



古久保憲満《未来の上海ディズニーランド》(2010) 作家蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」
[撮影:柿島達郎 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]


──古久保さんと先生の「こだま返る」関係性から生まれた作品なんですね。中央にお城があり、観覧車やジェットコースター、汽車などさまざまなアトラクションが縦横無尽に配置されています。

河原──想像の世界なので天地左右が混在していたり、向きが変わったりしていますよね。この絵を描いたあともモチーフや密度などが変化していき、10メートルほどの大きな作品も完成しています。

──隣に展示された横溝さやかさんは、大阪、渋谷、ニューヨークなど国内外の都市と、そこで過ごす人たちを描かれています。

河原──渋谷だと109やセンター街、大阪は「くいだおれ太郎」といった、街の象徴的なモチーフが描かれていて、人の表情や動作には物語性がありますよね。横溝さんは、神奈川県平塚市にある「嬉々!!CREATIVE」というアトリエに所属している作家です。あるときスタッフが、横溝さんが独り言を話していることに気づいたそうです。「何を言っているのだろう」と耳をすましたら、想像した物語のなかのキャラクターに扮していた。そこから物語を絵に描くのはどうか、と紙芝居が生まれ風景画にもつながりました。本展では「さやか劇場」という紙芝居公演も行なったので、その記録映像も展示しています。


横溝さやか《大阪天国》(2017) 嬉々‼CREATIVE蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」
[撮影:柿島達郎 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]



横溝さやか《さやか劇場》(2015)嬉々‼CREATIVE蔵
会場で紙芝居公演「ピ・ヨンジュとオレ三世の中華料理大対決2」を開催(2023年1月21日)
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」 [撮影・提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]


──約60枚の絵が壁一面に並ぶのは、佐藤慶吾さん。カラーペンで細長い建物が描かれています。

河原──実は、どの絵もすべて同じモチーフです。佐藤さんが、以前家族で行ったレストランの窓から見えたホテルを描いています。そのときの楽しかった記憶をペンで描いたのだそうです。佐藤さんは事業所での作業の合間に、カレンダーの裏紙にこっそりとこれらを描いていたそうですが、それを見つけたのは施設のスタッフでした。1日1枚ずつ、ひたすら同じモチーフを描いていましたが、色やかたちなど表情がまったく違うんですよね。



佐藤慶吾《ホテル》(1998-2005頃) NPO法人グループ彩 生活工房蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」会場風景 [撮影:佐藤基 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]]



佐藤慶吾《ホテル》(1998-2005頃) NPO法人グループ彩 生活工房蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」
[撮影:柿島達郎 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]

身近な人たちとの関係から生まれる変化

──部屋の中央には、後藤拓也さんの家の形をした立体作品が展示されています。細かく切られた色画用紙をホチキスで接着して組み立てているように見えますが、どのように作られているのでしょうか。

河原──最初に台座の段ボールに間取りを描いて、土台、柱、壁の順に組み立てています。上側が膨らんだ家が多いですよね。一部、屋根や壁がない家もあって中をのぞくことができますが、柱や梁など構造もしっかりと組み立てられて、床材もはられていることがわかります。制作のきっかけは、お兄さんの家を改築する様子を間近で見たことだったそうです。パンを作る仕事をしながら、1日10分ほどの休憩時間に少しずつ作っています。9年間作り続けて12棟の家が完成し、いま13棟目を制作中です。



後藤拓也《いえ》(2013-2021) 風舎とみたか蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」会場風景 [撮影:artscape編集部]



後藤拓也《いえ》(2013-2021) 風舎とみたか蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」会場風景 [撮影:artscape編集部]


──隣の部屋に展示している辻勇二さんは、黒いペン1色で、街の風景が俯瞰的に描かれています。

河原──辻さんは、記憶と想像の風景を混ぜ合わせて緻密に描いています。ご家族で旅行に行ったときに見た風景を、記憶から描いたのが、このシリーズの始まりでした。よく見ると、記憶で描いた木と写真を見て描いた木の表現が違います。それから辻さんの絵にはほとんど人間が登場しませんが、1枚だけ人の姿が見える作品があります。ぜひ探してみてください。今回は縦の作品も3枚展示していますが、コロナ禍で家にいる時間が増えたため、お母さんが大きい作品に挑戦したらどうか、と提案されたことで描き始めた新作です。



辻勇二《心でのぞいた僕の街》作家蔵 (左は記憶で描いた作品、2018/右は写真を見て描いた作品、2010)
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」 [撮影:柿島達郎 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]



辻勇二《心でのぞいた僕の街》(2010-2022) 作家蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」会場風景 [撮影:佐藤基 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]


──辻さんの向かい側に展示されているのは、磯野貴之さんの分厚いスケッチブックと映像の展示です。シンプルな線で電柱と電線が描かれていますね。

河原──学生のころから落書きが好きだったという磯野さんは、あるとき突然電柱と電線をひたすら描き始めました。それは家族が運転する車から見える景色でした。約3カ月で、36冊ものスケッチブックに電柱と電線を描き、学校の先生に製本をお願いしたのが今回展示している作品です。ページをめくると電線が次のページにつながっているのですが、今回見開きごとに記録撮影して映像にしました。車窓が流れていくような体験ができると思います。



磯野貴之《でんちゅうでんせん》(2012-2013) 作家蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」会場風景 [撮影:artscape編集部]



磯野貴之《でんちゅうでんせん》(2012-2013) 作家蔵
展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」会場風景 [撮影:佐藤基 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]


風景を切り取るように作品を見る

──2つの展示室の作品は以上ですが、公園通りに面したギャラリー入口付近の交流スペースでは、作家が所属する福祉施設やアトリエなどを紹介していますね。

河原──今回参加している作家の背景も合わせて知っていただけたらと用意しています。たとえば横溝さんのいるアトリエはたくさんのメンバーが切磋琢磨して制作する一方、古久保さんや辻さんは自宅で制作するなど制作環境もそれぞれです。それからアール・ブリュットの参考図書なども置いています。椅子やテーブルもありますので、気軽に立ち寄りゆっくり過ごしていただけたらいいですね。



展覧会「アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.2『Echo こだま返る風景』」資料スペース 会場風景 [撮影:佐藤基 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー]


──最後に、改めて本展の見どころを伺えますか。

河原──芸術と風景の共通点を述べた、ゲオルク・ジンメル(1858-1918)というドイツの哲学者がいます。彼は論考「風景の哲学」(1913)のなかで、普通の人が目の前のものを切り取って自分なりに風景だと認識する行為自体が、芸術家の作品づくりに近いのではないか、というようなことを述べています。最初は些細な気づきや感動だったものが、徐々に人を驚かせるような芸術になっていく。それはなんでもない日常から風景を見出すことと同じではないかと思います。作品を見る人も風景を切り取るように、それぞれの見方で展覧会を楽しんでいただけたらと思います。ギャラリーのガラス面は外の景色が映り込み、時間によって差し込む光も変わりますので、訪れるたびに印象が変わるかもしれません。ぜひ、自分なりの感じ方を発見していただけたら嬉しいです。

アール・ブリュット ゼン&ナウVol.2「Echo こだま返る風景」

会期:2023年1月21日(土)〜4月9日(日)
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室1、2(東京都渋谷区神南1-19-8 渋谷区立勤労福祉会館1F)
出展作家:磯野貴之、古久保憲満、後藤拓也、佐藤慶吾、辻勇二、横溝さやか
開館時間:11:00-19:00
休館日:月曜日
入場料:無料
主催:(公財)東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 東京都渋谷公園通りギャラリー
公式サイト:https://inclusion-art.jp/s/kodamakaerufuukei

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