トピックス
[PR]古美術から現代アートまで 「東京 アート アンティーク ~日本橋・京橋美術まつり」でギャラリー街をゆく
榎本市子(エディター/ライター)
2023年06月15日号
約150もの古美術店や画廊などが密集する京橋・日本橋エリア。ただ、現代アートのギャラリーに足を運ぶことはあっても、古美術や骨董のイメージが強いこのエリアのギャラリーは、ちょっと敷居が高いと思っている人も多いのでは。そんな人にも間口を広く開いているのが「東京 アート アンティーク ~日本橋・京橋美術まつり(以下、TAA)」。毎年開催されているこのイベントは、街歩きを楽しみながら老舗のギャラリーや古美術店を訪れることのできる絶好のチャンス。古くから美術が根づくこのエリアで、初心者でも気軽にさまざまなアートに触れることができます。2023年4月27~29日に開催されたTAAで、8つのギャラリーをめぐってみました。
一度は訪れたい由緒あるお店「繭山龍泉堂」
まずは1905年創業の老舗、繭山龍泉堂へ。1920年に京橋のいまの場所に店舗を構え、現在の建物は登録有形文化財になっています。そんな歴史ある古美術のギャラリーは、ふだんはその扉を開くのはちょっとためらわれるような高級な雰囲気が漂っていますが、TAAの期間だからこそ足を踏み入れやすいというもの。通常は公開されていない2階のスペースでも、中国の古陶磁が展示されていました。
繭山龍泉堂が扱うのはおもに中国美術。そのなかでも鑑賞陶器といわれる、鑑賞するための焼き物をメインで扱っています。知識がなくても大丈夫なのかしら……と思いきや、繭山龍泉堂の代表の川島公之さんいわく、「理屈ではなく感性で見るのが大事。ガラス越しではなく、生で、ご自身の目で見ることをおすすめします」。
たしかに、ここには紀元前数千年前のものなど、まさに博物館級の作品もありますが、美術館や博物館のようにガラスケースに入っているわけでもなく、なかには触れるものも。知識がなくても、この模様はすてきだなとか、この像の顔はかわいいな……といったように、自由に見ていいんだということに気づくと、楽しくなってきます。
また、現代美術と並べてみるのもいいと川島さん。「古美術も現代アートも同じ美術なので、乖離させる必要はない。これとこれが合うんじゃないかと、古美術と現代アートを同じ空間で融合させて楽しんでほしいですね。楽しむということが大事です」
川端康成ら文化人も多く通ったという繭山龍泉堂。そんな由緒ある店で古美術の世界に触れ、いろいろと想像しながら見てみるのは、古美術をたしなむ第一歩になるかもしれません。
繭山龍泉堂
住所:東京都中央区京橋2-5-9
日本では珍しい考古美術の店「オリエント考古美術・太陽」
続いて訪ねたのは、オリエント考古美術・太陽。店名から「オリエントって何だっけ……?」と思ってしまっても大丈夫。お店の方がいろいろ教えてくれます。こちらはメソポタミア文明やエジプト文明など、西洋美術といわれるものよりも古い、考古学的な分野の美術品を扱うお店。おおよそ紀元前3000年ほどの遺物もあれば、7~8世紀の絹織物なども展示されていました。
「これも形がおもしろいですよ」と見せてくれた、イランの紀元前1000年紀の豊穣や多産を司る土偶など、こちらも博物館級。ほかにも大理石でできた神像を触らせてもらうこともできましたが、これは博物館ではなかなかできません。
こういったお店はヨーロッパにはたくさんあるそうですが、日本ではまだ少ないそう。
「まず品物を見て、こういう世界があるんだということを知ってもらいたいですね。どんな人が、どんな発想でつくったんだろうと想像すると楽しいですよ」
ちょっと見ただけではわからないことも、お店の人にお話を聞くと、興味も広がります。広く、深い世界なので、まずは扉を開いて見てほしいという山本なおみさんの言葉が印象的でした。
オリエント考古美術・太陽
住所:東京都中央区京橋2-11-9
若手アーティストが企画運営するギャラリー「ROD GALLERY」
古美術のギャラリーばかりではないのが、TAAのおもしろいところ。ROD GALLERYは、2023年4月にオープンしたばかりの現代美術のギャラリーで、記念すべきオープニング展を開催中でした。ユニークなのは、アーティストの藤田つぐみさんがギャラリーの企画・ディレクションを手がけているということ。このオープニング展は今後のギャラリーの方向性もうかがえるような、藤田さんを含む4人のアーティストのグループ展でした。
おもに平面作品のコンテンポラリーアートを扱うというROD GALLERY。写真作品もありますが、絵画的な表現の写真で、絵画も独自の世界観を探求するような作品が並びます。アーティストがアーティストをプロデュースしているのも特徴的です。
藤田さんとともに運営を手がける川本響子さんは、「藤田が尊敬するような、精神の深層部を描くような作家に声をかけています。現代美術の企画画廊としてやっていけたら」と話します。
すでに来年まで企画をたて、来年のTAAにも参加したいとのことなので、いきなり古美術はハードルが高いという人は、ここからギャラリーめぐりをスタートするのもいいかもしれません。
ROD GALLERY
住所:東京都中央区京橋2-7-12 1F
魯山人ゆかりの場所で作品に出会う「魯卿あん」
書や陶芸、食などあらゆる分野で美を探求した北大路魯山人。大正8年に京橋の地に古美術の店「大雅堂藝術店」を開き、2年後にその2階に「美食倶楽部」を開いたというまさにその跡地に、2013年にオープンしたのが魯卿あんです。店主は、「しぶや黒田陶苑」の黒田草臣さんで、ご尊父の黒田領治さんの代から魯山人と交流があり、書や絵画、陶芸など魯山人の作品をメインに、同時代の作家たちも扱っています。店内に一歩足を踏み入れると、お茶室のような空間があり、一気に魯山人の世界に引き込まれます。
古美術というと、桃山時代の茶道具や、中国の明や宋の時代のものをイメージしますが、こちらは昭和の魯山人の作品がメインなので、古美術の入り口のような感覚で見ることもできそうです。
「魯山人は使うための“用”をいつも考えていました。徹底してそういうことを考えた陶芸家はあまりいないと思います」と黒田さん。使うという視点で見ると、鑑賞陶器とは少し異なり、ぐっと身近なものに見えてきます。
また、こんなエピソードも。魯山人は何よりも自然を愛し、それらをたくさん描いているそう。「ときには雨の細い線を爪楊枝で描くこともあるんですよ。絵も料理も人から習っていないので自由なんですね」。店主にそんな作家の生のエピソードが聞けるのも、ギャラリーめぐりの楽しみのひとつです。
魯卿あん(しぶや黒田陶苑 京橋店)
住所:東京都中央区京橋2-9-9 ASビルディング1F
時代とジャンルを越えた逸品が揃う「中長小西」
続いて日本橋エリアへ。銀座一丁目から日本橋三丁目のビルの6階に昨年より移転してきた中長小西は、日本の近現代美術を中心に、絵画や工芸、古美術や現代美術などの垣根を超えて、数百年後も大切に受け継がれるであろう作品を独自の視点で厳選し紹介しています。
たとえば、深見
案内してくれた同店の濱田大地さんの「たとえば織部の焼き物も、つくられた当時はいままでにない形をつくり出し、当時の現代アートでもあったはず。当時斬新だったり奇抜なものでも、それらが新しい可能性を広げて現代にも残っているのだと思います」というお話に納得しました。
古美術や現代美術といった枠にとらわれない楽しみ方は、このTAAのテーマとも通じるように感じられました。
中長小西
住所:東京都中央区日本橋3丁目8-13 華蓮日本橋ビル6F
この時期だけ開く特別な部屋「GALERIE YUHEI SAKAMOTO」
GALERIE YUHEI SAKAMOTOは、ふだんは東洋古美術を扱っている坂本さんが、TAAの時期だけ開く小さなギャラリー。ビルの8階にある扉を開けると、「何これ? かわいい……」と思わず呟きたくなってしまう人形が並んでいました。これはホピ族というアメリカの先住民が、豊穣などを祈願する儀式に使う「カチーナドール」。世界中にコレクターがいて、マルセル・デュシャンやアンディ・ウォーホルなどもその魅力に惹かれ集めていたそうですが、日本ではまだまだ知られていないもの。店主の坂本祐平さんもアメリカの美術館で見て惹かれ、集め始めたそう。
なんともいえない微笑ましい表情とポップな彩色で、一体一体違うので、これは集めたくなる気持ちがわかります。1910~20年頃のものということなので約100年前のものですが、時代や国もわからないような、不思議な魅力を放っていました。
「毎回テーマを決めて、自分の興味のある、好きなものだけを置いています。世界中にはいろいろなものがあるんだということを、ここで発信できたら。来年はまた違う展示になると思います」と坂本さん。ふだんは見られない、ちょっと特別な展示があるのも、TAAならではです。
GALERIE YUHEI SAKAMOTO
住所:東京都中央区日本橋3-8-7 坂本ビル8階
近代と現代をかけ合わせた展示「不忍画廊」
1960年に上野にオープンし、2012年に現在の場所に移転した不忍画廊。今回は古今東西を問わず「いいものはコレクションしたい」をコンセプトにした展覧会が開かれていました。たとえば、鳥獣戯画をモチーフに、エッチングの技法を用いガラスを何層にも重ねて描く齋藤悠紀の作品や、浮世絵などの名画を一度立体作品としてつくり、それをまた平面の作品に落とし込む山田純嗣の作品など、若手アーティストの作品と、浮世絵などの古い作品が並びます。
古美術と現代美術を組み合わせて展示するギャラリーはほかにもありますが、近代美術や物故作家の作品と、現代の作家の作品を同時に展示しているというのが、不忍画廊の特徴だそう。
「いつもは戦後くらいの作家と現代の作家を並べて展示していますが、TAAに合わせてちょっと特別に、いつもより50年くらい古い、江戸時代や昭和初期のものも出しています」。
伝葛飾北斎や岸田劉生の作品など、いつもはあまり出さないという作品が見られるのも、TAAならでは。近現代美術が中心というのも、訪れやすいポイントです。
不忍画廊
住所:東京都中央区日本橋3-8-6 第二中央ビル4階
著名作家と新進作家の作品を扱う「Sansiao Gallery」
最後に訪れたのはSansiao Gallery。地下へ続く階段を下りていくと、広々とした展示スペースが広がります。開催されていたのはポートレートの写真展。ギャラリーが持つセカンダリー、つまり在庫のヘルムート・ニュートンやウォーホル、ロバート・メープルソープといった名だたる作家の作品と、国内で活躍する13名の若手作家の作品が並びます。
前の社長がこのスペースを立ち上げて約40年になるそう。ジャン=ミシェル・バスキアなど有名作家と親交があり、これまでバスキアは1000点以上、ウォーホルも3000点以上扱ってきたというポップアートの有力ギャラリーなのです。
さらに、ギャラリーの中に扉があり、ちょっとした小部屋が。こちらは「MASATAKA CONTEMPORARY」という日本の若い作家を紹介するギャラリーで、Sansiaoとは別に企画展示をしています。
「MASATAKA CONTEMPORARYでは私が好きなことをやっていますが、Sansiaoとは客層が違うので、いろいろなお客さんに来てもらえます」と、相乗効果もあるようです。また、作品を買うという楽しみも知ってほしいと高橋正宏さん。「若い作家の作品であれば数万円で買えるものもあります。買うとその作家が気になって、その後も追って作品を見たり、作家の成長が楽しみになります。買うという視点で見るのもいいと思いますよ」。
TAAではギャラリストと気軽に話もできるので、アート作品を購入したことがない人も相談しやすいかもしれません。
Sansiao Gallery
住所:東京都中央区日本橋3-2-9 三晶ビルB1
多様なアートに触れられる絶好の機会
TAAを初めてめぐってみてあらためて感じたのは、京橋・日本橋のエリアにこれだけ個性豊かで多様なギャラリーがあるのだということ。たくさんありすぎて迷ってしまうという人も、ガイドブックを見ながらまずは自分が興味を持ったところを訪ね、その周辺から回ってみるという手も。またこのエリアは、レトロな喫茶店なども多いので、休憩がてら立ち寄ったりするのもおすすめ。街歩きも同時に楽しめるのが、ほかのアートフェアとちょっと違うところです。自分の感性の赴くままに、いろいろなものに触れてみるのがおすすめ。古美術から現代美術まで、来年のTAAも、きっとアートの世界の新しい扉を開いてくれるはずです。
東京 アート アンティーク ~日本橋・京橋美術まつり
会期:2023年4月27日(金)~29日(日)
会場:東京日本橋・京橋 参加ギャラリー