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《オーバー・ザ・リバー》いよいよ始動か?──クリスト&ジャンヌ=クロードの「土木」なアートプロジェクト

村田真(美術ジャーナリスト)

2010年10月15日号

 昨年11月のジャンヌ=クロードの訃報はちょっとショックだった。個人的にはインタビューや会食で数回お会いしたことがあるだけだが、それこそ学生時代からドキュメンタリー映像で何十回も目にしてきたせいか、いつもクリストに寄り添い冗談を飛ばしてる赤毛の姿が記憶に焼きつき、なんか親しい友人を失ったみたいな喪失感を覚えたのだ。そのジャンヌ=クロード亡きあと初めて実現しそうなプロジェクトが《オーバー・ザ・リバー》である(作者名は従来どおり、クリスト&ジャンヌ=クロード)。現在、実現に向けて最終段階に入りつつあるこのプロジェクトの進捗状況をレポートしよう。

 《オーバー・ザ・リバー》は、比較的小規模で準備期間も短かったスイスでの《包まれた木立》を除けばもっとも新しく、1992年に構想されたもの。おそ らくこのあと新たなプロジェクトが立ち上がることはないだろう(ちなみに未実現のプロジェクトはこれと《マスタバ》のふたつを残すのみ)。  《オーバー・ザ・リバー》はその名のとおり、川面の数メートル上を天幕のような布で覆う計画。なにかにたとえようにも比較するものが見当たらない、その 意味で奇妙な印象を与える作品だ。最初のドローイングが描かれた92年から毎年プロジェクトサイトの探索が行なわれ、96年にコロラド州のアーカンザス川 に決定。プロジェクトの実行区間は延べ65キロメートルにもおよぶが、実際に布が張られるのは10キロにも満たない。つまり全区間を布でおおうのではな く、地理的条件や美的理由によりとびとびに布を張る計画だ。観客は川沿いの道路から眺めたり、川下りのボートから見上げて楽しむことになる。シルバー色の 布は粗く織られているため、下から眺めると空と雲が透けて見えるという。


《オーバー・ザ・リバー》、コロラド州アーカンサス川のプロジェクト、2枚組みのコラージュ、1995、©Christo, 1995


同、2枚組みのドローイング、2007、©Christo, 2007

 同じく96年から地元住人の理解とプロジェクトサイトの使用許可を求める活動を開始。サイトのほぼすべてが連邦政府の国有地であるため、内務省の土地管 理局による許認可を得なければならない。その判断材料としてクリスト側は、この作品を見るために人が押し寄せて交通渋滞が起きたらどうなるかとか、動物た ちの生態をはじめとする自然環境に与える影響はどうなのかといった環境負荷報告書の草案を用意した。2,000ページを超えるこの草案作成のためにクリス ト側は約2億円を費やしたという。通常こうした草案は高速道路やパイプライン建設の際に準備されるもので、アートプロジェクトのために起草されたのはもち ろん初めてのこと。プロジェクトの土木工事的性格とスケールの大きさがうかがい知れよう。  この夏にはプロジェクトサイト周辺の3つの町とコロラド州の州都デンバーで公聴会が開かれ、長年クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトのスタッフ を務めてきた柳正彦氏も参加。柳氏によれば、全体として賛成が反対を上回っていたという。賛成派は、この地域が注目され、多くの人が集まり、経済効果が期 待できるといった村おこし的な発想をする人から、地元で美しいアートが展開されることの喜びを語る人までさまざまだ。一方、反対派からは、交通渋滞や自然 環境への影響のほか、美しい景観にこれ以上アートを加える必要はないとの理由もあげられた。西海岸からも東海岸からも1,000キロ以上も離れた中西部の 山奥で、アートを巡ってこうした議論が交わされるなんて、日本では想像できないことだ。  現在は議論も一段落し、土地管理局が最終的な検討作業に入ったところ。来年春には結論が発表される予定だが、クリスト側は許可が下りない可能性は少ない と見ている。ただしさまざまな付加条件が加えられる可能性はあり、駐車場を整備するとかヘリコプターを用意するといった要求に対応する準備はできている が、「プロジェクトの距離を短縮するといった条件には応えることはない」とクリストは語っている。川の両岸にアンカーを打ち込むなどの工事には約2年が必 要なので、来年春にゴーサインが出た場合、作品が見られるのは早くても2013年の夏ごろになるという。しかし、ジャンヌ=クロードのいないプロジェクト サイトなんて想像できないなあ。


左:2010年8月、プロジェクト実行予定地でのクリスト
右:同、コロラド州サライダ、支持者集会でのクリスト

[取材協力:柳正彦]

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