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ORERAとWah documentの「筋トレハウジング」in「おもしろ不動産」(北本ビタミンプロジェクト)
熊倉純子(東京藝術大学教授/アート・マネジメント、文化環境、芸術運営)
2010年12月01日号
かけ声とともに、古ぼけた家はゆらっと浮いた。200人の人間が人力で家を持ち上げたのである。観衆からうおーっという歓声が上がる。ほんの3秒ほどが2回、20センチほど浮き上がった家は、その瞬間、いったいなにに変容したのだろうか。
筋トレハウジング──家を持ち上げる!
かけ声とともに、古ぼけた家はゆらっと浮いた。200人の人間が人力で持ち上げたのである。観衆からうおーっという歓声が上がる。ほんの3秒ほどが2回、20センチほど浮きあがった家は、その瞬間、いったいなにに変容したのだろうか。
築数十年は経っていると思われる家は、前日から異様なエネルギーを湛えていた。外側には何本も太い角材が突き出て、神輿のようにも見える。床は剥がされ、内部にも角材が通っている。10月11日の持ち上げ当日は快晴で汗ばむほどの陽気。朝から続々と担ぎ手が集まり、すぐに募集定員の200人に達した。安全祈願のお祓いを横目に、担ぎ手はグループ分けをされてヘルメットを被り、段取りの説明を受ける。グループごとにまずは屋内、それから外側の梁へと配置され、掛け声の練習が繰り返される。じりじりと時間がすぎ、集合からいざ持ち上げるまでに3時間近くが経っていた。家の重さは推定15トン。持ち上げるのは単純な行為ではあるが、初めて顔を合わせる200人の人間が、はたして同時にバランスよく力を出すことができるのだろうか。1回目。重たい箇所が上手く持ち上がらないので、外から数人が角材を差し込んで文字通りテコ入れ。そして2回目。家はゆらっと、見事に浮き上がった。
「家を持ち上げるって聞いたときに、なぜだかわからないけど、絶対に行かなきゃって思ったんです」とは、東京から来た大人の男性の担ぎ手。「案外軽かったですよ」という女性の担ぎ手もいた。持ち上げた人々の顔は、それぞれに「やってやったぜ」という達成感に輝いていたが、不思議と一体感はなく、みな来たとき同様、ばらばらに散っていった。案外あっけない。
しかし、たった一瞬の合同作業は、空っぽの家をまったく違う場に変容させた。合目的性は皆無の、どう考えても馬鹿馬鹿しいこの作業に、あちこちから大勢が集まって、言葉を交わすでもなく、それぞれの存在の違いを無とするような絶対的な行為に黙々と加担したのである。取るに足らない空き家だった家は、持ち上げられた瞬間、200人のばらばらな人々のばらばらな可能性を一身に集めて昇華しているように見えた。
2回合わせても10秒にも満たないこの瞬間を夢見て企画し、1カ月半をかけて準備をしたのは京都造形芸術大学の1年生有志によるORERAである。プロデュースは、彼らを大学で指導しているメンバーがいる、アーティスト・グループのWah document。Wahの手法であるアイデア出し会議で学生たちによって発案され、地元の曳屋や大工、市の建築士らの知恵を集めて準備作業を行なった。
「おもしろ不動産」とまちのコンバージョン
この企画は、埼玉県北本市で行なわれているアートプロジェクト、北本ビタミンプロジェクトのなかで実施された。北本ビタミンプロジェクトは、2008年に始まり、2010年からはWah documentを中心に「おもしろ不動産」という事業を実施している。上野からJR高崎線で45分の北本市は自然豊かなで静かなベッドタウンだが、景気の低迷で空き店舗も多く、また不動産市場に賃貸物件として出回らなさそうな空き家や納屋なども散見される。これを地元や近郊から集まった若者たちのスタッフがWahとともに200軒ほどピックアップし、持ち主と交渉してアーティストの活動拠点や市民のおもしろい活動に使ってもらおうというのが「おもしろ不動産」の主旨である。
10月には日本文化デザイン会議を誘致し、いくつかの「不動産」に小泉雅生、猪熊純、首都大学東京プロジェクトチーム、A+Saアラキ+ササキアーキテクツ、宮本佳明、dot architects、垣内光司、中央アーキなど気鋭の建築家たちがコンバージョンを試みた。また、西尾美也や北澤潤など、北本ビタミンの常連若手作家もそれぞれ「不動産」物件でプロジェクトを展開した。
建築家たちのコンバージョンは、畑のインスタレーション化や森の中を仮設のレストランに見立てた空間設置などだが、なかには今後も継続して利用可能な空間をつくりだした仕事もあり、高い有用性を示したものが多い。西尾は、各地のプロジェクトで集めた布をパッチワークとして造形化する作品をすでに北本で何回か試みており、今回はそれを地元の女性たちに委ねて衣服をつくり、ブティックに見立てた場所で販売を行なった。北澤も団地の空き店舗を子どもたちのリビングルームに変容させ、団地の人々の物々交換プロジェクトや市民コンサートなどの企画を実施した。さらに同じ団地の空き店舗では、Wah documentが別の企画を継続中で、子どもたちと無人島に船をこぎ出す計画のために団地の広場には漁船が到着した。さらに北本駅も「おもしろ不動産」の一環としてギャラリーに見立てられ、市民写真家による巨大なバナーが飾られた。いずれも場所の有効利用の提案ともいえるもので、なにをしたいのか意図が明確に伝わる企画が並ぶなか、ORERAの「筋トレハウジング」の無用性は異色の様相を呈している。神輿にコンバートされた空き家を持ち上げるという呼びかけに集まった人々は、なにかの原初的な衝動に駆りたてられたかのようにこの場に誘引され、定住の象徴である家を揺るがすことに熱狂した。それは、人々の暮らしの営みに寄り添いたいという表現者たちの欲求を顕在化させる地域型アートプロジェクトのなかで、その奥に潜む、暮らしからの逸脱の願望を具体化してみせた試みだったのかもしれない。
一瞬ふわりと揺らいだ家は、いまは角材も取れて以前のひっそりとしたた佇まいに姿を戻している。が、「おもしろ不動産」の企画は今後も継続するため、北本ビタミンプロジェクトではこの家も次の利用者を募集中だ。ただし床はなくなったままなので、棲みかとするには少々難がある(不動産としてこの持ち上げられた家の価値が上がったのか下がったのか、微妙なところである)。やがて北本の普通の不動産屋のウィンドウに「おもしろ不動産あります」という張り紙が見られることを夢見て、プロジェクトはいまも続いている。