デジタルアーカイブスタディ
美術の著作権2019──データベース・アーカイブ・美術館
甲野正道(大阪工業大学知的財産学部教授)
2019年09月15日号
2019年1月に著作権法の改正が施行されました。また2018年末にはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)が発効し、著作権の有効期限が著作者の死後50年から70年に延期されるなど、著作権法の変更が行なわれています。デジタルアーカイブを構築、運用するうえでもこれら著作権に対処して進めていかなければなりません。現在の美術著作権、特にインターネットを通じた美術著作権において注意するべき点を、甲野正道(こうの・まさみち)氏にご執筆いただきました。甲野氏は、『現場で使える 美術著作権ガイド2019』(全国美術館会議編、美術出版社、2019)の著者であり、文化庁長官官房著作権課長や国立西洋美術館副館長を歴任され、現在は大阪工業大学で特任教授を務められています。デジタル社会に対応した美術に関わる著作権を確認しておきたいと思います。(artscape編集部)
はじめに
2018年から2019年にかけては、著作権制度にとって大きな制度変革のあった時期であった。2018年12月30日には、「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律の一部を改正する法律」(以下、「TPP関連法」という)の施行により、著作権の存続期間の延長などがなされた。また2019年1月1日には、2018年に成立した著作権法改正案のうち柔軟な権利制限規定や、美術館などにおける展示著作物の利用の円滑化に関する規定などが施行された。
一方で近年、アーカイブにおける利用の円滑化に関する法改正が数次にわたりなされており、2009年と2012年には、国会図書館や公文書館などにおける著作物の利用円滑化の措置などがとられている。さらに、2015年には、法改正によるものではないが、一定の博物館施設が著作権法第31条1項の適用を受け、図書館資料の複製が認められる施設として文化庁長官により指定されている。
本稿では、以上のなかから、美術館やアーカイブの運営にとって大きな関わりのある事項、すなわち、1. 著作権の存続期間の延長、2. 展示著作物の利用の円滑化、3. 第31条1項の適用を受ける施設としての指定について、その概要を解説するとともに、今後のアーカイブや美術館に関わる著作権制度上のさまざまな課題に触れることとしたい。
1. 著作権の存続期間の延長
著作権の存続期間は、TPP関連法の施行により、2018年12月30日から原則、著作者の死後50年から70年までに延長された。
この存続期間の延長については、注意しなければならない点が多々ある。
まずは、死後70年に延長される著作物は、TPP関連法の施行の前日すなわち2018年12月29日において、改正前の規定により保護されているものに限られるという点である。
例えば、1966年4月10日に亡くなった川端龍子の作品は、改正前の規定では2017年12月31日までの保護しか受けていなかったので、死後70年までの保護は受けることなく保護は満了してしまっていることになる。他方、1968年1月29日に亡くなった藤田嗣治の作品については、改正前の規定では2018年12月31日まで保護されることとされていたので、改正法の死後70年が適用されることとなる。
しかし、外国人作家の作品は以上と事情が異なる。これは国籍などによっては「戦時加算」が日単位で適用されるためであり
、2019年12月29日に保護されているかどうかはこの戦時加算も踏まえて判断することとなる。例えばジョルジュ・ブラック(仏・1963年没)の《Studio V》(1949-1950)については、加算期間は長く見積もっても3年4か月程度なので、2019年12月29日前に保護は満了している。そのため、死後70年の保護を受けることにはならないが、《ギターを持つ男》(1911-1912)については、3,794日の加算が適用され2019年12月29日には保護されていることになるので、死後70年までの保護に移行することとなる。
2. 美術の著作物の展示にともなう上映、公衆送信など
従来までは、美術の著作物の原作品を展示する者は、作品を解説または紹介することを目的とする小冊子に作品を掲載することができたが(改正前の第47条)、2018年の著作権法の改正により、さらに上映や公衆送信、そのための複製を行なうことができるようになった。以下に新設されたこの2項目について詳しく書く。
(1)観覧者のための上映および公衆送信
まず改正によって新設された第2項の規定により、原作品を展示する者は、展示作品を観覧者に紹介・解説するために作品の画像を上映(観覧スペースでその作品の図版を映写することなど)や公衆送信(観覧者が手にしている端末に作品の解説とともに作品の画像を送信することなど)が可能となった。また、この上映などを行なうための複製も認められることとなった(第47条第1項)。
(2)観覧者以外の公衆に向けての公衆送信
また、同じく新設された第3項により、原作品を展示する者は、展示著作物の所在に関する情報を観覧者以外の公衆に提供する際に、必要と認められる限度において作品の図版を複製しまたは公衆に送信することが可能となった。
「所在に関する情報」とは、なかなかわかりづらい言葉ではあるが、その作品のタイトル、作者、製作年代、来歴など、当該作品に関する一般的情報ととらえて差し支えない。すなわち、美術作品に関するアーカイブは、この規定によって、作品についての情報をネットで公開する際その作品の図版の公開やそのための複製(=サーバーへのデータ蓄積)が可能となったのである。
この第3項の規定は、言うまでもなくアーカイブとしての活動において大きな意義を有するものである。そこで以下、その要件についてもう少し詳しく見ていくこととする。
ア:複製及び公衆送信の主体
複製および公衆送信できる主体としては、まず「原作品展示者」が挙げられる。「原作品展示者」とは「美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二十五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者」(第47条第1項本文)をいう。したがって、著作権者から展示について許諾を受けた者のみならず、当該原作品を所有している者すなわち作品を所蔵している美術館は、第45条第1項の規定
により、これに該当することとなる。なお、著作権法はさらに「(原作品展示者に)準ずる者として政令で定める者」もこの主体と規定している。そして、この「準ずる者」として「国若しくは地方公共団体の機関又は営利を目的としない法人で、原作品展示者の同意を得て展示著作物の所在に関する情報を集約して公衆に提供する事業を行うもののうち、文化庁長官が指定するもの」が定められた(著作権法施行令第7条の2第1項)。
イ:複製及び公衆送信できる著作物
次に、画像を複製、公衆送信できる対象となる作品についてであるが、これは「当該展示著作物」と規定されている。これが、所蔵作品のうち現に展示されている作品だけを指すのか、展示されていないものも含むのかが問題となる。
この点については、改正前の第47条の小冊子としての複製の対象について「美術館等の常設施設においては、カタログ作成時点における陳列作品だけでなく交代陳列が予定される所属作品の全てを所属目録として複製することが認められましょう。」との考え方が示されている
。すなわち、現に展示されていなくても所蔵して展示することが予定されているものという解釈をとっているのである。そのようなことから、2019年1月に美術や写真の著作権者の団体などと全国美術館会議などの間で合意した「美術の著作物等の展示に伴う複製等に関する著作権法第47条ガイドライン」 (以下、「ガイドライン」という)では、収蔵作品の場合には、展示する目的で収蔵している原作品(寄託作品を含む)も第47条各項の対象とすることを明示し、「利用例─3」として、「美術館、博物館は、展示する目的で収蔵している作品のデジタル画像について、本ガイドラインに従い、自館のウェブサイト上で公開することができる」とした。ウ:著作権者の利益を不当に害するものでないこと
次に第3項但書は「当該展示著作物の種類及び用途並びに当該複製又は公衆送信の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」とある。この「著作権者の利益を不当に害することとなる」のがどのような場合かが問題となる。
例えば、利用する画像の大きさや解像度が問題となる。この点についてガイドラインでは利用できるのは「サムネイルの解像度以下」
((6)施設外の利用について)としている。3. 著作権法31条1項の図書館資料の複製が認められる施設の指定
2015年7月1日付けで、文化庁長官により一定の博物館施設が図書館資料の複製が認められる施設として指定された。
指定の内容は、「博物館法(昭和二十六年法律第二百八十五号)第二条第一項に規定する博物館又は同報第二十九条の規定により博物館に相当する施設として指定された施設で、著作権法施行令第一条の三第一項第六号に規定する一般社団法人等が設置するもの」である。したがって、例えば株式会社の設置する博物館施設はこれに該当しないこととなる。
なお、ここで注意しておきたいのは、実際に資料の複製が認められるためには、さらに「図書館法(昭和二十五年法律第百十八号)第四条第一項の司書又はこれに相当する職員として文部科学省令で定める職員(以下、「司書等」という)が置かれているもの」であることが必要である(著作権法施行令第1条の3)。この「司書等」にかかる文部科学省令は図1の通りである。
第2、4および5号の「図書館業務に従事した経験」とは、図書館でなくとも著作権法上図書館資料の複製が認められる施設であればよいと解されている。したがって、例えば第4号の場合については、1年間そうした施設で資料の閲覧や貸与の業務に従事した経験があれば、文化庁長官が定める著作権に関する講習
の修了により、この司書に相当する職員の要件を満たすこととなる。4.今後の課題
今後の課題としては、第47条第3項の運用に関しては、ガイドラインの当事者には、美術の著作物の権利者の団体として一般社団法人日本美術著作権協会(JASPAR)が入っていないので、JASPARが管理する外国の美術の著作物が円滑に利用されるよう態勢を整える必要があるだろう。
また、諸外国の制度に目を向けると、アーカイブとしての活動を円滑に実施できるようなさまざまな制度があちこちで導入されていることに気がつく。例えば米国著作権法は、絶版などの著作物については保護期間の最後の20年に限り図書館などで保存、学問または研究のため一定の範囲で利用が可能とされている
。さらに欧州では、本年4月に出された指令では、非営利目的であれば絶版資料などについて拡大集中制度や権利制限などを設けることが盛り込まれているようである 。今後は、こうした諸外国において導入された制度については、その運用の状況を見極めつつ、日本への導入について権利者の利益に配慮しながら検討していくべきではないだろうか。
なお、AIの活用が急速に社会の隅々にまで広がっており、近年では「美術作品」がAIによって製作される事例も報告されている。
これはAIにレンブラントの全作品のデータを読み込ませ、さらに男性で白い襟と帽子を着用しているなどの設定を与えて創作させた「作品」である
。AIはヒトではないので、猿が撮った写真が著作物にならないのと同様、AIが創作したものは著作物とは認められず、著作権法で保護されない。しかし今後こうした「作品」はさまざまなかたちで創作され利用されることだろう。その場合、著作権法で保護されないということで、他者の自由利用を本当に許してよいのだろうか。また逆に、ヒトが創作した著作権法で保護されるものと、AIが創作した著作権法で保護されない作品が社会に混在することになると、混乱が生じることにならないだろうか
。美術館やアーカイブの運営に携わる者は、こうした点にも十分関心を払っていく必要があると思われる。