デジタルアーカイブスタディ
写真アーカイブズとデジタルアーカイブ──潜在的な写真の力を生かすために
中川裕美(写真アーカイブ・写真史研究)
2023年01月15日号
「写真とは何か」という問いは人々の間で長らく繰り返されてきた。1839年にフランスの科学アカデミーでダゲレオタイプ(銀板写真)が公表されて以来、絵画や彫刻と並ぶ複製芸術作品として、また日常のスマートフォンで撮る記録画像として──視覚メディアである写真の意味は問われ続けてきた。
美術館では、作品を写真で記録し、その画像を研究や展覧会の広報の素材として用いるだけでなく、近年では次世代へ作品情報を伝えるデジタルアーカイブを構築している。
写真アーカイブを専門に研究されている中川裕美氏に、写真の実物保存とデジタル保存の方法、そして写真特有の課題を整理し、今後についてご寄稿いただいた。(artscape編集部)
はじめに
写真術は19世紀半ばにヨーロッパで発明された。
1839年にルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが発明したダゲレオタイプ(銀板写真)がフランス学士院で世界初の公認された写真術となって以降、写真は外界をありのままに写す画像を得る手段として急速に世界に広まった。のち、カロタイプ、銀塩フィルム・プリントなどを経て、現在主流のデジタル・フォトまでさまざまな形の写真が生まれた。
形態だけを見れば多様でとりとめがないようにも見えるが、写真は「光を介して物体の像を感光材料の上に画像として記録する方法と、これによって得た画像を指す」視覚メディアである性質は共通している。この「人間の判断にかかわらず光学的な事実を記録する」メディアである点が、同じような平面上の視覚メディアでありながら、必ず画家の目と頭、手を通した解釈の痕跡である絵画と根本的に異なる
。この写真の特性は、人々の視覚体験を劇的に変えた。写真は印刷技術による大量複製が可能となるにつれ、さらに社会を変える力も持つメディアに成長し、我々は写真によるイメージの共有を当然の前提とした社会で生きている。
言葉の整理
まず、写真アーカイブズに関わる言葉を整理したい。
一般に「写真」という言葉は、イメージ、画像、映像、などの言葉としばしば混同される。メディアの形態が銀板、フィルム、デジタルデータ、とまったく違うものを含むことも混乱のひとつの理由だろう。しかし、すべての「写真」に共通する性質はある。メディアの形にかかわらず、「写真」に共通するのは前述のように「光を介して物体の像を感光材料の上に画像として記録する」性質である。では、アーカイブ化すべき「写真」とは何か。意味がある整理を行なうには「撮影者が主体的に、特定の被写体を独自の視点で直接撮影した画像」を、どのような形のメディアであってもアーカイブされるべき「写真」だと考えると整理をしやすい。この場合、デジタルデータであっても撮影者が直接撮影を行なったものであれば「写真」と考え、逆にすでにアナログで撮影された写真をデジタル化したデータは「写真」についての「画像によるメタデータ(データについてのデータ)」と考えると良いだろう
。次に、「写真アーカイブズ」と「写真デジタルアーカイブ」という言葉について確認をしたい。しばしば両者は混同して使われるが、「写真アーカイブ」は「モノ」としてある目的に基づいて収集・保存された「写真」の集合体と考え、「写真デジタルアーカイブ」は、「デジタル化された写真アーカイブをオンライン上で検索できる情報群を指す」、と分けて考えると混乱が少ない。
「写真アーカイブズ」の変遷
もっとも早い写真アーカイブは1851年にフランスのソシエテ・エリオグラフィクで開始された。同年からフランスでは国立図書館
への写真の法定納品が始まり、現在は文化省の下で公的写真アーカイブが作成されている。英国では、ヴィクトリア・アルバート美術館が1856年に写真の収集を始め、続いて帝国戦争博物館などで写真収集が広がった。米国では、米国議会図書館、米国国立公文書館での資料写真保存に始まり現在も写真の収集を続けている。日本では1872年の文化財調査「壬申検査」が系統的に撮影保存された写真アーカイブの初期のものである。このように写真は、まずは図書館、公文書館などで歴史的事件や文化財などの「記録資料として」収集・保存が行なわれた。次いで20世紀初頭に写真が芸術形式のひとつとして一般に認められ、MoMA
で1940年に写真部門が創設された後は「芸術作品として」の写真コレクションが美術館・博物館で一般的に行なわれるようになった。以後、個人はもとより博物館・美術館、企業などの多彩な主体が、さまざまな「写真アーカイブズ」を作成してきた。近年では、ゲッティ研究所(GRI)のゲッティリサーチポータル 、EUの文化遺産情報を総合検索できるユーロピアーナ ほか、さまざまな視覚芸術研究機関や政府機関によって写真アーカイブと美術史関係アーカイブなどを横断検索できるようなポータルサイトも充実してきている。「写真アーカイブズ」作成に必要な作業
では適切な写真アーカイブズをつくるには、どのような作業が必要となるだろうか? 一般的なアーカイブ作成に必要な作業は、資料に合わせた適切な
①資料の物理的な保存と整理
②資料の情報整理
である。「写真アーカイブズ」についても同様に、写真資料の特性に合わせた物理的保存と情報整理が必要である。
「写真」の物理的保存
写真資料は、写真原板(湿板、乾板、写真フィルムなど)や写真プリント(紙焼き)のように肉眼で画像を識別できるアナログ写真資料と、画像を見るために機器を必要とするデジタル写真資料(データ)に分けられる。
アナログ写真資料は主に次の三つの部分から成る。
・支持体:ガラス、フィルム、紙などの支持体層
・バインダー・乳剤層:画像を形成する材料を支持体と結合させる層
・感光材料:光によって画像を形成する材料
アナログ資料である写真原板やプリントの劣化には「物理的劣化」と「生物的劣化」、「化学的劣化」がある。なかでも写真は化学的劣化が多く、ほかのメディアよりも化学的に脆弱なメディアである。特に1950年以降に主に使われた三酢酸セルロース(TAC)ベースフィルムの劣化であるヴィネガーシンドロームは、画像が溶解するため注意が必要である。化学的劣化を防ぎ写真保存を行なうためには、写真フィルムや写真プリントは中性紙製の包材へ移し替え、できる限り21℃、相対湿度50%以下程度の低温度低湿度
で通気性が良い場所で保存する。「写真」の物理的整理
写真資料はあらゆる物事を記録した多彩な資料である。そのため被写体の意味内容で整理を試みると、階層も複雑になり標準化が難しい。対して、写真の物理的な形は、概ね工業製品であるためバリエーションに限りがあり、かつ、ほぼ世界共通である。そのため資料整理にあたっては、内容ではなく、形態に基づいて整理をすると作業をしやすい。具体的には、国際公文書館会議(ICA)による「アーカイブズ記述に関する一般的国際標準ISAD(G)」に倣い以下のような階層構造で整理をすると元の写真資料群の秩序やコンテクストを崩さず効率的に整理ができる
。・大項目、フォンド:写真資料の元の大きな塊、グループ
・中項目、シリーズ:アルバム、袋、箱、ファイルなど
・コマ画像、アイテム:1コマごとの画像
「写真」のアナログ情報整理
「写真アーカイブズ」に必要な情報は「文字情報」と「画像情報」である。「写真」の真正性を担保し、有効に保存・活用するためには何を、いつ、どこで、撮影したかを示す文字情報を目録として記録し、目録化することが必須である。
文字情報には、主に、撮影された被写体についての「記述情報」と、資料保存のための「保存情報(材質、劣化など)」、整理・管理のための「管理情報(著作権、メディア掲載記録)」などがある。これらはメタデータ標準として国際的に活用されている「ダブリンコアメタデータ記述」の基本要素を参考に以下のように比較的少数の項目を使用すると、データベース作成後の相互検索が行ないやすくなり、作業も効率化できる。
・記述情報:「撮影年月日」「撮影場所」「撮影者」「主な被写体内容(タイトル)」「撮影者」「撮影目的」「備考」など
・保存情報:「白黒かカラーか」「媒体の素材」「データ形式」など
・管理情報(著作権、メディア掲載記録):「資料番号」「著作権者」「保管場所」「移動記録」「来歴」など
「備考」にはできる限りキーワードを記録しておくと多様な検索に応えられるようになり、資料活用の幅が広がる。
画像情報は、写真をスキャニングか撮影をして取得する。この画像情報は「写真」についての「画像としてのメタデータ」である。画像情報を作成する場合、特にアナログ写真をデジタルデータ化する際はネガカバー、撮影者のメモなどの周辺資料もデジタルデータ化をすると、写真のコンテクストを明らかにし、真正性を担保することができる。その際、元の写真資料には質感ほか、デジタルデータ化しきれない多くの情報があるためデジタルデータ化した後も廃棄せず保存すると良い。
「写真」のデジタル情報保存・整理
近年、デジタル技術の進歩により画像検索が容易になったことは、膨大な量の画像情報と文字情報の検索が必要な写真資料にとって大きな福音である。しかし、デジタルデータに関しては撮影機材も保存媒体も日進月歩で変化をし、時には以前の最先端技術で取得された写真がいまでは機材がないため見られない、ということが往々にある。そのため、記録を後世に遺すことを意図する「写真アーカイブズ」および「写真デジタルアーカイブ」では、機材が変化しても再現ができるようにできるだけ基本的な“枯れた”技術で情報を保存し、「データ形式」なども記録する必要がある。
デジタル写真の保存形式については、現在のところTIFF形式での保存が推奨されている。データのクオリティは、目的や事業規模、使える予算によって異なるが、例えば35mmフィルムをデジタル化する場合は800dpi、4×5判フィルムの場合は350dpi (いずれも24bit)程度でデータ化するとモニタ上でもキャビネサイズ程度のプリントアウトでも鑑賞に耐える水準の画像を取得できる。一定期間ごとにデータを新しいメディアにコピーし直すマイグレーションも行ないたい。なお、記録メディアやサーバーにバックアップを複数取り、違う場所に保存しておくことは重要である(バックアップを同じ場所に置いておいては万一の場合、両方ともなくなる。東日本大震災の際、オリジナルもコピーも同じ場所にあって水没しデータをほとんど救うことができなかった例があった)。特に貴重な写真についてはボーンデジタルのデータもプリントの形で保存をしておくことを勧めたい。
また、デジタルデータ自身の真正性を明らかにするために、「作成日」「作成者」などの情報の記録も大切である。
さらに作成した「写真アーカイブズ」をデジタル化して公開する際には、データを国際規格IIIF(トリプルアイエフ/International Image Interoperability Framework)に対応をさせておくと、ほかの「写真アーカイブズ」との相互利用が行ないやすくなり、異なるアーカイブ上の画像を同じビューアで同時に扱うことが可能となる。
「写真アーカイブズ」と「写真デジタルアーカイブ」の今後
現在は、技術の進歩により写真発明当初では想像もできないほど容易に写真を撮影・公開ができるようになった。このことは反面、フェイク画像や偽のプロパガンダに「写真」が使われる危うさにもつながる。また、AIによる画像の捏造も簡単になってしまっている。そのため真正性が確かな「写真アーカイブズ」「写真デジタルアーカイブ」の必要性は更に増している。
これからの「写真アーカイブズ」では、記入項目の標準化や、「来歴」についていかに確実に記録するか、がより重要になるだろう。特にコピーと改竄が容易なデジタルデータの場合はオリジナルデータであることを確実に記録する必要がある。
また、異なる「写真デジタルアーカイブズ」同士の相互検索、比較をより容易にすることも写真の持っている潜在的な力を発揮するためには重要である。なぜなら写真の大きな特性は前述のように「人間の判断にかかわらず光学的な事実を記録する」点である。写真には、前述のように撮影者やアーカイブ作成者の想定外の文脈で見られることで、凝り固まったものの見方(E.H.ゴンブリッチの言うメンタル・セット[Mental Set]
)を崩し、新しい価値をもたらす力がある。例えば、当初は都市計画の記録として撮影された写真が、新しい視点を持つ風景写真として見られることで新しい「芸術写真」が生まれたり、「芸術写真」として撮られた写真が当時の風俗の記録史料として重要な発見につながることもある。写真は19世紀後半以降の人々の重要な視覚的記憶の記録である。過去から学び、未来を考えるためには、今後も適切な「写真アーカイブズ」の充実と、真正性が確かな「写真デジタルアーカイブ」の整備と記述情報の標準化が重要となると考える。
参考文献・URL
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