Large (3)/ビッグネスの技術と「自由」

今回は『S,M,L,XL』の「L」章に収められた「最後のりんご」(”Last Apple”, 1993)を読みたいと思います。このテクストはビッグネスがもたらす技術的問題についての考察であり、また、1989年の夏にOMAが取り組んだ2つの 設計コンペ「フランス国立図書館(通称TGB)」「カールスルーエ・メディアテクノロジー・アート・センター(通称ZKM)」における構造・設備の考え方 を示しています。

「建築家は、りんごの実が落ちてくる最後の存在となるだろう…。」(『S,M,L,XL』p.663)

テクストの冒頭に掲げられた一文は近代科学の誕生を象徴する「りんごの落下」を想起させます。建築家には、近代的ユリイカは未だ訪れていないということか?続く文章で、コールハースは単純な物理学を披露します。

「重力は相加的に働くので、柱の理論的な形態は円錐である。累積された力に対処するために、柱は頂部において細く、足下において太くなる。」(Ibid.)

この公式は、ビッグネスに適用されると都合の悪い結果が生じます。建物が高くなればなるほど、高層部の自重によって低層部の構造体は巨大化し、もっとも空間の自由度が必要となる地上において平面が構造体に圧迫されてしまうのです。

ビッグネスのもう一つの問題は建築設備の肥大化です。建物の奥行が大きくなるのに比例して、空調・換気・照明などの設備が増加するという明白な比例関係をコールハースは指摘します。

「断面図はもはや、それぞれのフロアという離散的境界によって単純に分けられたものではなくなった。それはサンドイッチ、あるいは一種の概念的なシマウマ(conceptual zebra)となっているのだ。人間の占める自由なゾーンと、コンクリートや配線、ダクトが占める不可侵のゾーンが交互に現れる。」(『S,M,L,XL』p.664)

建物の垂直方向の拡大は構造体を巨大化して平面を圧迫し、水平方向の拡大は設備スペースを増加させ断面を圧迫する。さらにこれらは負の相乗効果を生みます。構造体による圧迫を避けるために柱の間隔を広げると、建物の奥行が深くなり設備がさらに増大してしまうのです。「建物が洗練すればするほど、人が入ることのできないゾーンが膨れあがる…」。(同上)

1989年の夏に取り組んだ2つのコンペにおいて、コールハース/OMAは構造家セシル・バルモンド率いるオブ・アラップのチームと協働してビッグネスの孕む技術的問題と向き合いました。OMA-アラップのチームは、まずパリのポンピドゥ・センター(ロジャース&ピアノ設計の美術館、1977)に注目します。そこでは48m幅の無柱空間を生み出すために、3mもの高さをもつトラス梁が採用されており、それは断面全体の43%を「浪費」するものでした。しかし、ここから一つのアイデアが浮かびます。

「フロアを、人が滞在するトラスにすることはできないか?…構造体に支配された”偶数”階と、あらゆる構造の存在から自由な”奇数”階をつくりだすのだ。」(『S,M,L,XL』p.671)

ビッグネスにおいて大きい構造が必要ならば、さらに巨大化して人が入れる空間にしてしまえ、という逆転の発想。このアイデアはバルモンドとの協働を経て「フィーレンディールのコンセプト」と呼ばれる方法へと結実します。フィーレンディール梁とはハシゴを横倒しにしたような巨大な梁のことで、一般には橋梁などに利用されています。この梁をふたつの壁に架橋して建築の構造とすることで、その下には全く柱がない自由な空間が生まれ、梁の「中」には多数の柱で特徴づけられた独特の空間が生まれます。さらに、フィーレンディール梁を支持するふたつの壁をも空間化し、そこに設備を集中させることで、主要な空間における設備スペースを最小限に抑えることができるのです。

この方法は、2つの研究所と2つの美術館、さらに劇場を内包する巨大複合施設であるZKMのコンペ案に応用されました。メディアシアターや美術館の大ホールといった機能には、フィーレンディール梁上下の48m幅の無柱空間が与えられ、図書室やセミナールームなど柱があっても差し支えない機能は6mの高さをもつフィーレンディール梁の中に配置されました。

コールハースは『錯乱のニューヨーク』(1978)において、マンハッタンの初期摩天楼ではフロアごとに全く関連のないアクティビティが繰り広げられるという性質を見いだし、それを「垂直分裂」と名付けました。巨大な空間を必要とするプログラムをも重合することができるフィーレンディールのコンセプトは、この「垂直分裂」の10年越しの展開と言うことができるでしょう。

セシル・バルモンドのノートより、右頁:フィーレンディールのコンセプト・ダイアグラム(『S,M,L,XL』p.677)

セシル・バルモンドのノートより。右頁:フィーレンディールのコンセプト・ダイアグラム(『S,M,L,XL』p.677)

ZKMの断面模型(『S,M,L,XL』p.694)

左頁:ZKMの断面模型(『S,M,L,XL』p.694)

フィーレンディール・コンセプトの反面教師となったポンピドゥ・センターは、1970年代後半から80年代にかけて流行したハイテック・スタイルという技術表現主義の代表作です。「最後のりんご」では、このハイテック・スタイルは構造と設備が人間の空間を圧迫する状況をマゾヒスティックに礼賛している、と論難されます。それに対して、コールハースは人間が近代技術に隷属する状況を逆転させようと試みます。そもそも、フィーレンディールのコンセプトはフランス国立図書館コンペ案のスタディにおいて生まれました。フィーレンディールのコンセプトにおける大量の構造(梁内)と構造の不在(梁の上下)の対比は、図書館におけるソリッドとヴォイドの対比に似ています。両者はビッグネスの内部に人間の自由を取り戻すという点で共通していると言えるでしょう。束縛/自由の対比と共存というテーマは、壁に囚われた中での逆説的な自由を示した卒業設計「エクソダス」にまで遡ります。現代的状況を受け入れた上で自由を模索すること。そして、不自由すらも排除せずに包摂すること。あらゆるスケールを横断して、コールハースは探索を続けています。

あっという間に3ヶ月が過ぎてしまいました。紙数(?)が尽きましたので、「XL」についてはまた別の機会に考察したいと思います。ブログ内でも幾度か触れましたが、現在、ロベルト・ガルジャーニという建築史家が書いたコールハース研究書の翻訳に取り組んでいます。コールハースが生まれたときから2007年頃までの軌跡を丁寧にたどる本で、同時代の建築や芸術との連関などが詳述されています。いつか、ご覧いただければと思います。2ヶ月の間、読書にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。

ブロガー:岩元真明
2011年9月2日 / 02:47

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