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いま知っておくべきアートワード50選

美術の展開2014(3)

福住廉(美術評論家)2014年11月01日号

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わいせつ|検閲|見る権利|裸体画論争

1. 芸術かわいせつか

 昨今、「わいせつ」をめぐる検閲と表現規制が注目を集めている。この7月、アーティストのろくでなし子が「わいせつ電磁的記録媒体頒布罪」の容疑で逮捕されたことは記憶に新しい。自身の女性器をスキャンし、3Dプリンターで出力しうるデータを配布したという行為の、いったいどこがわいせつなのか、議論は続いている。その際、しばしば「芸術かわいせつか」という二者択一の図式が採用されがちだが、芸術の定義が不明瞭であるのと同様、わいせつの基準もじつは曖昧である。それは法的に明文化されているわけではなく、あくまでも判例を典拠としているにすぎない。したがって、その運用や適用の根拠は警察の恣意性によるところが大きい。よって私たちは、わいせつというレッテルを鵜呑みにするのではなく、その一方的で人為的な価値判断を疑う必要があるし、逆にわいせつを恐れるあまり、安易に自主規制に走ることは徹底して回避しなければならない。そのためにも、ここでは女性器や男性器をモチーフとした美術作品を振り返りながら、「わいせつ」をめぐる議論をまとめておきたい。

 愛知県美術館が催した「これからの写真」展(2014年8月1日〜2014年9月28日)で、愛知県警が出品作家である写真家の鷹野隆大のシリーズ《おれと》の一部の作品にたいして「わいせつ物陳列罪」に抵触する恐れがあるとして作品の撤去を指導した。同館と鷹野は男性器が写された一部の作品に布や半透明の紙を添付することで、辛うじて作品の撤去を免れた。一連の出来事について各マスメディアによる報道が相次ぎ、ネットでは警察による介入に反対する署名活動が繰り広げられた。


「これからの写真」展

 この事件のポイントは、おもに3つある。第一に、この一連の出来事の発端が匿名の何者かによる警察への通報にあることだ。本展に来場して鷹野の作品を目にした何者かは、同館にクレームを入れるのではなく、直接警察に通報した。同館は、展示室の入り口前に「一部の作品が不快な印象を与えるかもしれない」という旨の断り書きを掲示した上で、展示室の入り口をカーテンで仕切るなど、一定の配慮をしていた。しかしながら、そうした事前の防御線は、たった一人の(と推定される)匿名の通報によって、あっけなく崩されてしまった。美術館の学芸員と出品作家が丹念につくりあげた展覧会は、名前もしれない謎の人物による確信犯的な密告によって、いとも容易に改変を余儀なくされたわけである。これには、ことのほか重大な意味がある。なぜなら美術館の自立性を損なう恐れがある勢力として、匿名の市民が顕在化したからだ。政治団体のような特定の圧力集団ではなく、監視社会のエージェントとしての警察機構でもなく、本来美術館がサービスを提供する市民という不特定多数の中に、その自立性を危機に陥れる者が含まれている。いや、より正確に言い換えれば、市民という有象無象の中から、美術作品をわいせつ物として排除する権力が発動されるのだ。匿名性に依拠した現在の密告社会においては、ある意味で市民こそが権力を握っているという倒錯した事態に、今後の美術館は向き合わざるをえないだろう。

 第二に、この事件が鑑賞者の「見る権利」を著しく阻害したという事実である。警察は匿名の通報を受けて作品の撤去を美術館に要求したが、これは結果的にその匿名の何者かの溜飲を下げた反面、彼/彼女以外の多くの来場者から鑑賞の機会を強引に奪い取ったという点で、多大な損害を与えた。事件以後に来場した、筆者を含む多くの鑑賞者は、鷹野の作品を本来あるべきかたちで見ることができなかった。この事実は一見するとわかりにくいが、決して看過してはならない。なぜなら、少なくとも公立美術館は、すべての来場者に鑑賞の機会を公平に提供しなければならないからだ。たとえ作品を鑑賞して個人的に不愉快な思いをしたとしても、だからといってそれが他人の鑑賞する機会を奪う理由にはならない(それが許されるなら、美術館はあっという間に荒野と化すだろう)。美術館からわいせつ物を排除することには社会的な正当性があるかのように思われがちだが、それは美術館に課せられた鑑賞機会を均等に提供するという別の公共性を蔑ろにする振る舞いなのだ。このような事態に直面したとき、私たちの寄る辺となるのは、現在のところ日本国憲法で保証された「表現の自由」から演繹的に導き出された「見る権利」以外にない。美術家が美術館で見せたい作品を、そのまま見る機会が妨げられた場合、鑑賞者はその権利を声高に主張しなければならないのだ。

 第三の点として挙げられるのが、裸体画との連続性である。今回、鷹野が布で写真に写された下半身を覆い隠す方策をとったのは、そうすることで警察による介入の痕跡をとどめおくためだった。あえて胸元まで布を引き上げることで、あたかも二人の男性がベッドでくつろいでいるような印象を与えるという狙いもあるにはある。だが、それ以上に注目したいのは、この陰部を布で隠すという発想の源が明治時代の裸体画論争にまで遡ることができる点である。鷹野はこの不当な検閲にたいして、裸体画論争という記憶を召喚することで抗ったのだ。

2. 裸体画論争とその後

 明治31年(1901)10月、黒田清輝は第6回白馬会に《裸体婦人像》を出品した。これは、黒田が滞仏中にフランス人モデルを使って裸婦像を描いた油彩画である。絵には膝を横に折り曲げて床に腰を下ろした白人女性の裸体が描かれているが、官憲によって「わいせつ」および「風紀紊乱」とされ、女性の胸の下から下半身までが額縁ごと布で覆い隠された。これが、いわゆる「腰巻事件」である。現在の視点から見ると、いったいどこがわいせつなのか理解に苦しむが、当時の時代状況からすると、白人女性の艶かしい白い肌はおそらく相当に破廉恥な印象を与えていたのかもしれない ★1。

 むろん、黒田はエロティックなセンセーショナリズムを狙っていたわけではなかろう。白人女性の裸体に注いだ視線の中に人種的・ジェンダー的なバイアスがなかったわけではないだろうが、当人は対仏中にラファエル・コランから学んだ西洋美術の規範、すなわち人体に宿る普遍的な美の基準を日本に移植し定着させる使命に燃えていた。
黒田の言葉には、一切の批判をはねつけるような自信が満ち溢れている。


「どう考えへても裸体画を春画と見做す理屈が何処に有る 世界普通のエステチックは勿論日本の美術の将来に取つても裸体画の悪いと云事は決してない悪いどころか必要なのだ大いに奨励す可きだ」★2


《裸体婦人像》に先立つ明治28年(1895)、第四回内国勧業博覧会に出品して物議を醸した《朝妝》も、そして初めて日本人をモデルにして理想的な肉体美を描いた《智・感・情》も、黒田にとっては「美術」を日本に普及させる壮大なプロジェクトの一環だったのだ。

 事実、黒田の果たした功績は甚だ大きいと言わねばなるまい。明治美術会が裸体デッサンに難色を示す傍ら、黒田は東京美術学校の西洋画科に着任するやいなや、裸体デッサンを率先して美術教育のプログラムに取り入れた。その後の裸体画の展開と成果が近代美術史にたしかに刻まれていることは、改めて言うまでもない。近年、村上隆や梅津庸一らが《智・感・情》を引用した作品を制作していることも、黒田の影響力の大きさを如実に物語っている。

 ところが、裸体画が美術史に組み込まれ公認されたとはいえ、男性器や女性器の表現が容認されたわけでは、当然なかった。性表現をめぐる検閲と規制は、「腰巻事件」以後も、断続的に続いている。たとえば1996年8月、東京ビッグサイトで催された「アトピックサイト」展に出品されたシェリー・ローズの作品《ボバルーン》。警視庁深川署は、この作品が男性器を露出しており、「公然わいせつ物陳列罪」にあたるとして警告した。主催者側は、高さ4メートルに達する巨大なバルーン彫刻の股間に白い布を履かせて対処した。その様子はまるでオムツを履いているようで、写真で見る限り滑稽であり、作品の意味や印象が根本から変えられてしまったことは、この作品を実見していなくとも明らかである。当人は「亡くなった夫ボブを追悼する作品。これでは見た人が理解できないし、警察が芸術を評価するのは筋違いだ」とコメントしている ★3

 ボブとは、ローズの夫で同じくアーティストの、ボブ・フラナガン。肺に水がたまる先天性の病気を患いながら、自らの身体を傷つけるマゾヒスティックなパフォーマンスで知られた。自分の性器を痛めつける映像が全米で放送禁止になったこともあるという。せいぜい30歳までしか生存できないと言われていたが、40歳まで生き延び、死後に妻が追悼のために制作したのが、件のバルーン彫刻だった。口にさるぐつわをして革ジャンを来たバルーン彫刻は、勃起した男性器に注射針やピアスが刺さっていたという。

 注目したいのは、このバルーン彫刻が決して写実的に表現されていたわけではなかったということだ。鷹野隆大の場合、写真作品ということも手伝って、男性器がそのまま写されていたことが問題視された。だが、ローズのバルーン彫刻は、言ってみれば内部に空気を溜め込んだ風船であるから、造形として写実的になりようがない。(こう言ってよければ)漫画的な造形であるにもかかわらず、わいせつという認定を受けてしまったわけだ。それはいったいなぜなのか。おそらく、ここには男性器や女性器という条件とは別の条件、つまり同性愛や異常性愛を激しく嫌悪して排除する力学が作動しているように思えてならない。鷹野隆大の作品について通報した何者かの内面に、ホモフォビア(同性愛嫌悪)が根づいていることは想像に難くない。あるいはまた、2013年1月に、森美術館による会田誠の回顧展「天才でごめんなさい」の一部の出品作品を対象に、「ポルノ被害と性差別を考える会」が同館に抗議した出来事の背景にも、性差別や性の商品化への批判はもちろん、とりわけ少女性愛への道徳的な拒絶感が見受けられる。だが、改めて確認するまでもなく、セクシュアリティーの多様性は、クィア理論やトランス・ジェンダー、あるいはジェンダー・アートの充実した成果に見られるように、いまやマイノリティにとっての獲得目標というより社会全体の前提となりつつある。

3. おおやけとわたくしの境界

 ただ注意しなければならないのは、わいせつをめぐる問題の焦点が、性表現そのものではなく、それらを公共的な場所に展示するところにあるということだ。どれだけ倒錯的な性表現であったとしても、私的な場所で楽しむぶんには誰も文句は言うまい。女性器や男性器を主題とした美術作品にしても、フェミニズムやジェンダーに関心を注ぐアーティストたちのある種の伝統と言ってもいいほど、おびただしい──たとえば女性器をかたどった皿を並べたジュディ・シカゴの《ディナー・パーティー》をはじめ、男性器のブロンズ彫刻を食肉のように吊り下げたルイーズ・ブルジョワの《フィレ肉》、ラテックスの男性器を股間に押し当てたリンダ・ベングリスによる《セルフ・ポートレイト》、そして男性器を模した突起物を林立させた草間彌生による一連のソフト・スカルプチュアなどなど──。けれどもそれらが、公立であろうと私立であろうと、美術館という公共的な空間に広く見られる状態で展示されるとき、わいせつ認定の力学は作動する。鷹野隆大にしても、黒田清輝にしても、シェリー・ローズにしても、彼らの表現自体が法的に禁じられたわけではなく、それらが美術館や展覧会(もちろんここでいう公共空間には雑誌も含まれる)で見せられたからこそ、わいせつ事件とされたのだ。つまり、近代社会が明確に峻別した私的領域と公共領域との境界線を当該作品が撹乱しかねないからこそ、社会秩序を維持すべき警察権力はその事件性を確立するのである。

 しかし、近代社会が理念的に区分けする私的空間と公的空間は、ここ日本においてはそれほど明確に一線を画しているわけではない。双方は社会の中で互いに入り組んだかたちで重複しており、まだら状に入り混じりながら広がっている。だから本来私的領域に囲われるべき性的なものが、堂々と公的領域に鎮座している例は枚挙にいとまがない。児童も往来するコンビニにはエロ本が面置きで販売されているし、駅前や役所には女性裸体彫刻が林立している ★4。半裸ないしは全裸、もしくは極薄の半透明の衣服を着用した女性彫刻はそれ自体がいかがわしく見えるが、それらが公共施設に設置されているという事実こそが、私的領域と公的領域の混在の何よりの例証である。さすがに女性器や男性器を露出することはないとはいえ、美術館の展覧会が検閲を受けるより前に、そもそも日本の公共空間には検閲の対象になりかねない性的なイメージが溢れているのだ。

 昨年、ロンドンの大英博物館で「春画──日本美術における性と楽しみ」展が催された。16歳未満は保護者同伴という限定があったにもかかわらず記録的な観客動員数を稼ぎだし、大いに人気を集めたという。だが、日本にも巡回展が予定されているが、受け入れ先となる美術館や博物館が難色を示しているため、いまだに開催地が決定していない。この出来事ほど、日本のねじれた近代を物語る事例はなかろう。かつて私たちの祖先が日常的に楽しんでいた春画という芸術文化を、今その末裔である私たちが日本の美術館で見ることができない。あれだけおびただしい女性裸体彫刻が街角に溢れているのに、美術館の閉じられた空間ですら春画を目にすることが叶わないことを、はたして悲劇というべきか、喜劇というべきか。いずれにせよ、わいせつという政治学によって得られたものより失ったものの方が大きいことは間違いないだろう。

★1──黒田清輝と裸体画論争については以下を参照。児島薫「明治期の裸体画論争における曲線の美について」、『実践女子大学美学美術史学』第17号、31-50、2002-12-01
★2──黒田清輝『絵画の将来』中央公論美術出版、1983年、p274(初出「蹄の痕(一)、『光風』3号、明治38年9月)
★4──若桑みどり「二〇世紀の日本 東京の公共彫刻」、『イメージの歴史』ちくま学芸文庫、2012年、所収

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福住廉

1975年生まれ。美術評論家。著書=『今日の限界芸術』共著=『フィールド・キャラバン計画へ』『ビエンナーレの現在』『道の手帖 鶴見俊輔』。

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