フォーカス
アート関係団体による震災復興支援を観る
大澤寅雄(文化生態観察)
2011年07月15日号
東日本大震災から4カ月
7月10日のYOMIURI ONLINEによると、震災による死者は1万5,544人、行方不明者は5,383人、全国各地に避難した被災者は約10万人、うち約2万4,000人は依然として学校などの避難所で生活を続けている(9日現在、警察庁のまとめ)。そして、地震や津波にともなう東京電力福島第一原子力発電所の事故は、依然として解決の目処が立たず、広範囲に多大な不安を与え続けている。
つまり、まだ東日本大震災は終わっていない。もちろん、ある部分では震災は過去のこととして遠ざかり、目に見えて復旧や復興が進行しているが、いまも現在進行形で、震災に向き合っている人々も大勢いるのだ。
そうした状況を前提としながら、この4カ月間のアート関係者による復興支援の試みを俯瞰してみよう。ここで紹介するのは組織として取り組んだ事例で、震災に向き合っているアーティスト個人の活動については、artscapeブログも参照いただきたい。
アート関係団体による支援の試み
最初に紹介したいのは、2011年3月23日に公益社団法人企業メセナ協議会が立ち上げた芸術・文化による復興支援ファンド、「GBFund」(ジービーファンド。G=芸術、B=文化、F=復興[ファンド])だ。7月5日時点で2,000万円近い寄付が集まり、すでに3回の助成選考会を経て、計38活動で総額16,144,000円の助成を行なった。企業メセナ協議会が発行する情報誌『メセナnote』69号では「東日本大震災、文化をめぐる動き」と題した緊急特集を組み、アート関係者や企業が行なう支援活動を紹介している。
企業によるメセナ活動での復興支援としては、アサヒビールの「AAF活動ネットワーク活動支援募金」も立ち上がりが早かった。2002年に開始したアサヒ・アート・フェスティバルのネットワークのなかには、南三陸、東鳴子、仙台といった大きな被害を受けた地域のアートNPOや市民グループが参加していたこともあり、3月18日には「アートによって結ばれた仲間たちを応援するために」と題したAAF宣言を発表。4月25日には東北の5団体に支援金を提供している。
NPO法人アートNPOリンクは、アーティストやアートNPOの表現の回復を推進するプラットフォーム「アートNPOエイド」を開始。寄付を募り、被災したアーティストやアートNPOを支援するだけでなく、震災がアート活動にもたらした影響や活動を紹介する「伝えるプログラム」など、貴重な記録や情報を配信している。
現地でも動きは活発化している。岩手では、被災地の子どもたちへ絵本を届けるプロジェクト「3.11絵本プロジェクトいわて」が積極的に活動を展開し、7月7日時点で68箇所に4万5,200冊の絵本が届けられ、メディアでも数多く取り上げられている。また、地域の文化復興活動を支援・推進するための「いわて文化支援ネットワーク」が発足。音楽、演劇、美術など、多分野にわたる活動をアシストしている。
福島では、いわき芸術文化交流館アリオスが「いわき復興モヤモヤ会議」というユニークな取り組みを行なっている。美術家の藤浩志氏の提案により始まったいわき市民による企画会議「Alios plants!」から派生した、アートを起点にまちの「復興」という大きなテーマを考える場である。1回目の会議では約40人が参加し、自然・観光・コミュニティ・学び・子育て・エネルギー・高齢社会・仕事という8つのテーマに分かれてさまざまなアイデアが出されたという。
仙台では、演劇人たちが中心となってアートを通じた復興に必要なネットワークづくりを推進するために「Art Revival Connection TOHOKU (ARC>T)」を設立。ニーズに応じてアーティストのスキルを被災地の現場に届けており、例えば、俳優による絵本の読み聞かせや紙芝居、ダンサーによるストレッチ体操の紹介などの活動を展開している。また、ARC>Tのミーティングは、ブログやUstreamで公開するなど情報共有に努めており、ネットワークのハブとして機能し始めている。
「アーツエイド東北」は、1995年の阪神淡路大震災を経験した神戸のアート関係者の協力で、仙台に設立された。神戸で書店とギャラリーを経営してきた島田誠氏が代表理事を務める公益財団法人「神戸文化支援基金」からアーツエイド東北の活動に寄付が引き継がれ、被災地の「毛細血管」まで届く、細やかな支援となることが期待されている。
さらに、地域を越えた取り組みで注目すべき事例として「東北九州プロジェクト」を紹介したい。東北地方の復興活動に対して、文化面から中長期的に九州と連携して取り組むべく立ち上がったプロジェクト。「東北のアーティストやデザイナーの作品を九州に送ってもらって展示・販売を行ない、九州の経済力によって東北の創造力復活を後押しできないか」という考え方のもとに、東北作家の売上はすべて東北作家へ、九州の作家の売上の利益はプロジェクト継続のための資金に充てられる、というものだ。そして、これをきっかけに九州と東北の文化面での新しい交流、新たな発見によって、未来につなげることが期待されている。
三つの共通の要因
以上が、この4カ月間のアート関係団体によるおもな復興支援の試みである。ここでは、これらの事例の復興支援面での成果、あるいは、芸術的な面での評価を論ずることが目的ではないことをご了解いただきたい。もちろん、ほかにも東日本大震災に関わるアート関係団体の動きを挙げることは可能だが
まず、紹介した事例はすべて「民間の活動」であるということだ。もちろん、国や地方公共団体、いわゆる政府セクターによる芸術や文化に関する復興支援の取り組みもある。例えば文化庁の「文化財レスキュー事業/ドクター派遣事業」や、東日本大震災復興支援に対応した「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」といった事業も挙げることはできる。しかし、政府の動きに比べて、合意形成や行動の迅速さ、総体としてのプログラムの多様性、個々の活動の切実な「思い」といった点で、民間の有志団体、アートNPO、企業メセナの動きが際だっているということは確実に言えるだろう。
2点目は「ネットワークの活用と形成」である。平時は個別に活動している個人や団体が、大震災をきっかけに、情報を共有し、協力や連携できる環境を整備しつつある。言うまでもなくこのネットワークの活用と形成にあたって、インターネットやソーシャルメディアの活用は、必要不可欠と言ってもよいだろう。逆に言えば、インターネットやソーシャルメディアといったツールを使い慣れていない人、団体、地域には、そのネットワークによる恩恵が受けられにくくなっている、という課題もあるだろう。
3点目は「中心のない水平な関係」である。前述したネットワークのもうひとつの側面として言えることだが、上意下達を基本とするピラミッド型の関係性ではなく、ネットワークのなかでは誰もが発言する権利を持ち、自由に意見や情報を交換できる。東京という地理的な中心、あるいは政治や経済の中心を経由する必要性もなく、地域のなかで、あるいは地域間の結びつきのなかで、対等な関係を構築することができる。必ずしもすべての地域が平等で一律の支援を受けるものではないかもしれない。だが、個別の地域の特徴や課題にフィットした活動が自発的に生まれ、自然発生的にパートナーと出会う。そうした有機的なつながりが生まれている。
私たちは転換点に立っている
こうした特徴に着目しながら、アート関係者による復興支援の試みを紹介させていただいた。ただ、こうした取り組みは、復興支援という旗のもとに生まれたが、復興が完了してもなんらかのかたちで、それぞれの特徴が残る活動が継続してほしいと願う。というのも、大きな視点から2011年3月11日以前を振り返れば、筆者は次のようなことに気がつくのだ。私たちは、政府セクターに依存し過ぎてこなかっただろうか。競争こそが全体をより良くすると考えるあまりに、共有することや支え合うことを忘れていなかっただろうか。東京やいくつかの大都市の繁栄のために、地方の地域資源を浪費してきたのではないか。その地域資源の貴重さに気がつかないまま、東京や大都市の価値観で地方を塗り替えてきたのではないか……。
これらは、芸術や文化だけの問題ではなく、政治や経済の問題でもある。いや、個々人の価値観や生き方の問題、あるいはコミュニケーションや自治のあり方の問題である。その転換点に立たされた私たちに、3月11日以後に見えてきた道筋が、前述した数々の復興支援の取り組みなのではないかと、筆者は強い期待を込めて観察している。